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よろしくお願いします。
「────ってな作戦なんだけど。レファリオ、お前はどう思う?」
俺がレファリオに伝えたのは、反撃の糸口となりえる“巨大植物の性質”から思い付いた作戦だ。
それを聞いたレファリオは少しだけ思案してから口を開く。
「正直、かなり綱渡りな作戦ですね。僕とオチバさん、どちらかが失敗した時点で僕たちの負けですよ?」
「なら成功させるしかねぇな。まぁ、他に代案があるってんなら乗らせてもらうけど」
「…………いえ、僕もこの作戦が一番ゲルトナーさんを倒せる可能性があると思います」
「よっし! それじゃあ、暫くの間ゲルトナーの相手は任せたぜ」
「オチバさんこそ僕がやられない内に準備を整えて下さいよ……っ!」
そう言ってレファリオはその場で影魔法を行使すると、俺とレファリオの二つの影を伴ってゲルトナーへと突き進んでいく。
「さて、俺もさっそく準備に取り掛からねぇとな……っ!」
そして俺も準備のため、壁際で倒れるキールの下へと走り出すのだった。
◆◇◆
「キールを助け……味方を増やす作戦か」
キールを担いだオチバが四方それぞれにある一本道の一つへと姿を消していくと、ゲルトナーはオチバたちの作戦がどんなものなのか推察する。
「それとも……外に助けを求めようと……しているのか? だがそれは……無駄な足掻きだ。僕の庭園に……出口も……逃げ場も……存在しない」
ゲルトナーは淡々と告げながらも、巨大植物を動かして周囲を走り回るレファリオに対処する。
「くっ!? 全く近づけませんね……っ!」
オチバと分かれたレファリオは、あれから何度も果敢にゲルトナーの懐に潜り込もうと動いていた。
しかし、ゲルトナーの周囲には複数の巨大植物が待機しており、既に近づくことすら困難な状況と化している。
そんな攻めあぐねるレファリオにゲルトナーは語り掛けた。
「レファリオ。僕は君と……戦いたくない。君はまだ……子供だ。僕の邪魔をしなければ……君は僕の前に立ちはだかる試練とは……ならない」
「……? 言ってる意味が分かりませんね。少なくとも僕はリスティアお嬢様の従者になるために戦っているんです。貴方の都合で棄権なんてしませんよ」
ゲルトナーの本性や思惑を知らないレファリオは、当然ながらそれを一蹴する。
「どうして……分からない……? 何故……子供の君が……そこまで頑張るんだ……?」
ゲルトナーはそんなレファリオの反応が本気で理解できないのだろう。
困惑した表情でレファリオ見つめていた。
「僕は……ウルリーケ公爵様を尊敬しているが……君のような子供を……使用人に取り立てる所業は……よく思っていない。リスティア様の件も……同様だ。大人の都合で……子供を駒のように操る。それが……正しい大人の姿だとは……僕には到底思えない」
次第に表情が虚ろになっていくゲルトナーは、自身の口から漏れる言葉が公爵に対する不平不満だというのにそれを失言とすら思っている様子がない。
そんな公爵家の使用人としてあってはならない発言を聞いたレファリオは、ゲルトナーに対して大きく失望した感情を覚える。
「正気で言っているのでしたら今の台詞、公爵様に対する背信行為と取られても仕方ありませんよ。尚の事、貴方に負ける訳にはいかなくなりました……ねっ!」
レファリオはそう言いつつ、二つの影をゲルトナーを挟むように走らせる。
だがそれはゲルトナーの隙きを作るための動きだというのは明白であり、ゲルトナーも不用意に巨大植物を動かすような真似はしない……と思われた。
「……予想していましたけど、やはりそうでしたか」
影に見向きもしないと思われた巨大植物だが、影たちがそれぞれ別々の巨大植物の根本に接近した瞬間、その別々の巨大植物はほぼ同時に動き出し、それぞれ近くの影を叩きつけてみせた。
「その植物、魔力に対して反射的に攻撃する性質を持っていますね」
それが巨大植物の性質だった。
「それが分かった所で……君が僕をどうこう出来るとは……思えない」
「そうですか? この性質を利用すれば貴方に近づくのも不可能じゃないと僕は思ってますよ。確かに僕一人では中々の難題でしょうが、僕は一人で戦っている訳ではありませんから」
レファリオの言葉を聞いたゲルトナーは、ゆっくりとその口元に弧を描いていく。
「なんですか……? その顔は……」
その不気味な表情にレファリオも思わずたじろぎ、身構えるが、特段ゲルトナーが攻撃的な動作に出ることはない。
「なに……残酷な真実を……子供の君に伝えるのは……忍びないが……これで君の洗脳を解くことが出来ると思うと……笑いが込み上げてきたんだ」
「仰っしゃる意味がまるで分かりませんね……」
ゲルトナーの言動の殆どがレファリオには理解できない。
しかし、
「オチバは……ここに……戻って来ない」
直後に放たれた言葉の意味は明確に理解できた。
「戻って来ない……?」
「そうだ。オチバは……君を置いて……逃げ出そうとしているようだ」
「…………全く信じられませんね」
そう否定するレファリオだが、その言葉が発せられるまでには間があった。
それは幼少時からアーディベル家の使用人となるために鍛えられた洞察眼が、ゲルトナーの言葉に嘘がないと看破してしまったためだ。
そしてゲルトナーはそんなレファリオの動揺を感じ取ると、
「オチバから……聞いてないのか? 僕は……この庭園に存在する魔力を……全て感じ取る事が出来る。それが……僕の領域魔法だ」
自身のオリジナル魔法を明かし、
「オチバは今……キールと共に……庭園を走り回っている。この速度だと……キールは既に起こしているようだが……」
オチバの現状をレファリオに教え、
「二人とも……ここに戻る気配は微塵もない。レファリオ……君はオチバに……囮として使われたんだ」
レファリオが抱くオチバへの信頼を打ち砕こうとする。
「彼らは……僕の庭園から出ることは……絶対に出来ない。それは君も……散々試したなら……知っていることだろう?」
ゲルトナーの言う通り、レファリオはここに辿り着くまでに巨大植物の壁を突破する術を模索しながら動いていた。
その結果、巨大植物が魔力に引っ張られるという可能性に気付く事が出来たが、同時に巨大植物の壁に接近するだけで壁の植物から狙われてしまう可能性も理解した。
そして先の攻防で巨大植物の一撃がどれほどの威力なのかもその目で見ている。
「…………確かに常人が壁を突破するのは、不可能と判断せざるを得ませんね」
「そうだ。そして……オチバと……キール……どちらも君を助けに来ない事こそ……君が見捨てられた……最大の証拠だ」
「…………オチバさん」
失意に項垂れる様子のレファリオにゲルトナーは穏やかな声で語りかける。
「気にすることは……ない。君は……悪い大人に騙されただけだ。僕の試練を……このまま見守り続けるのなら……子供の君に……危害を加えることはない」
その言葉にも長年の使用人教育から嘘がないとレファリオは悟る。
しかし、
「…………オチバさんが普通の人でしたら、ゲルトナーさんを信じていたかもしれませんね」
「なに……?」
「まさか、こんなに上手くいくとは思いませんでした」
その瞬間、
「ぐぉ……っ!?」
誰かがゲルトナーの背後に飛び掛かって首を絞めつける。
「思わず笑ってしまいそうでしたよ。ここにいないとされる人が徐々に後ろから近付いてくる光景は」
レファリオが話し掛けているのはゲルトナーではない。
「うるせぇ!? こっちは物音一つ立てねぇように慎重だったんだよっ!! 多少不格好だろうが、見て見ぬ振りくらいしやがれっ!!」
その聞き覚えのある声にゲルトナーは動揺を隠せない。
何故ならその人物は今まさに庭園の中を走り回っている筈だからだ。
「どういう事だ……!? 何故……!? 有り得ない……!? ここにいる筈がない……!?」
そしてその人物を背中越しに確認したゲルトナーは、驚きと共にその名を口にする。
「どうして……ここにいる……!? オチバ……!!」
「やっと反撃してやったぜ!! ゲルトナー……!!」
◆◇◆
「ぐっ……!? 君は……誰だ……!? オチバの魔力は……ここにない……!! 魔法なのか……!? いや……魔力が感じられない……!! 魔法ではない……!!」
ゲルトナーは俺の顔を見てその存在を認識するものの、ゲルトナーの領域魔法は俺の存在を認識していないようだった。
だがゲルトナーの背後から首を絞め付ける俺は、魔法でも他の誰かが変装した偽物でもない。
「悪ぃが、俺は正真正銘オチバ・イチジクだよ……っ!!」
「あ……有り得ないっ!!」
それでもゲルトナーは信じられないとばかりに驚愕の表情を浮かべている。
────まぁ、ゲルトナーが信じらんねぇって思うのも無理もねぇ……っ!
ゲルトナーからしてみれば、いない筈の人物が突然背後に現れ、更にその人物からは生物なら持っていて当然での魔力が感じられず、挙げ句その人物の魔力と思われるものは依然として違う場所に感じている、そんな状況の筈だからだ。
しかし、その説明は単純明快だ。
─────単に俺が魔力を持ってねぇってだけの話だからな……っ!!
ゲルトナーの領域魔法は、設定した領域内の魔力を探知する事が出来る。
見向きもせずにレファリオの影魔法を対処したことや、これまでの攻防からもその情報に間違いはないと確信していた。
だからこそ、俺は内心不思議に思っていた。
どうして魔力のない俺を前にして、ゲルトナーは違和感を感じた様子を見せないのか。
そのヒントは、巨大植物の性質にあった。
何故あの巨大植物は俺を確実に仕留められるチャンスを逃したのか。
──────それは巨大植物が俺の手先にあった魔剣の魔力に引っ張られたからだ……。
あの時の魔剣は、防御のためにありったけの魔力が注ぎ込まれていた。
何故ゲルトナーは魔力を持たない俺に対して何の疑問も抱かなかったのか。
──────それはゲルトナーが俺から魔力を感じていたからだ……。
俺は今回の試験試合が始まる前から、魔力を生み出し続ける魔道具を首から下げている。
つまり、
──────ゲルトナー。お前はずっと、タリスマンの魔力を俺の魔力だって勘違いしてたって訳だ……っ!!
そして既にタリスマンは俺の手元にはなく、協力関係となったキールに預かって貰っている。
レファリオと分かれてキールを介抱した俺は、キールに協力関係を持ち掛けた。
本来なら試験試合の対戦相手として敵対する関係であり、キールの性格も相まって説得にはかなり骨を折ると覚悟していたのだが、
──────予想外に肩透かしだったな……。
気絶から起きたキールは『助けられた借りは返すのが筋だ』と、俺の頼みを素直に聞き入れてくれた。
しかしまぁそれを言えば、俺もお前に助けられたのだが、という話になるのだが。
とは言え、せっかく思惑通り聞き入れてくれるというのに断る理由はない。
今頃キールは、俺の頼みを聞いてタリスマンを片手に外部に繋がる出口を探し回ってくれているのだろう。
──────お陰でこうしてゲルトナーの油断を誘って、不意を突くことが出来た……っ!
俺はゲルトナーに精一杯しがみ付き、ゲルトナーは俺を振り解こうと藻掻くいている。
今この瞬間、ゲルトナーは巨大植物を制御出来ないほどの大きな隙きを生んでいた。
そしてその隙を逃さず正面から猛接近するのは、
「───────っ!!」
闘技場から試験試合まで続く俺の相方、レファリオ・アルメヒスなのだった。
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