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なんとか毎日投稿です…!
時間は、ノイギアの店の二階で俺が靄に伝染した時まで戻る。
「何だこれ!? 伝染すんのかよ!? あっ! クラルテ、さっきこれ消せるみたいなこと言ってたよな!?」
「えーと、ボクを取り巻いてるこの靄は、多分誰かの魔力で作られてて、魔力を使った呪いみたいなものだと思うんだ。だからこれなら一応、ボクの魔力で相殺出来ると思うけど」
「消せるんだな!? ふぅ、なら安心……」
「でも、それはボクが自分の魔力を上手く操作出来るからで……。オチバのを消すってなるとすごく難しい魔力操作が必要かも。この呪いを作り出した張本人ならともかく、ボクはこの呪いに詳しくないから……。上手くいかなかったら何か問題が残っちゃうかもだけど、大丈夫?」
「大丈夫じゃない!! よ、よし! 無理に消すよりかは正攻法で消す事にするぞ!」
「それがいいだろうな」
そう同意するノイギアは俺に向かって手を差し出す。
「俺にも伝染させてくれ。ある意味じゃ、その呪いが招待状みたいなもんだろうからな」
そうしてノイギアも俺と触れた事で靄に纏わりつかれる。
「さて。これで俺たちはこの呪いを消すためにも、案内状に従わなければならなくなった訳だ」
ノイギアがそう言ったのは、クラルテが俺たちの同行に反対する目を潰すためだろう。
事実、この呪いを消すためには、案内状に従ってこの呪いを作り出した張本人に会って消してもらうしかない。
そして、そうした事情があるためクラルテが俺たちを止めることは出来ない。
「なら意見も纏まったし早速向かおうぜ? 精神操作とか危なげなワードも聞いちまったし、おちおちしてられねぇよ」
「それはそうなんだけど、その前にちょっと聞いて欲しい事があるんだ。この精神操作、調べてみたら感情の抑制を緩める効果があるみたい。だから呪いがある間は慎重になった方がいいかも」
「感情の抑制を緩めるねぇ……。あんま実感ねぇけど」
「確かに今のところ異変は感じないな。だがクラルテの言う通り、何事も慎重に動くに越したことはないだろう」
事の重大さに重苦しい空気感が漂い始める。
しかし、この空気でさえも、この呪いによって感情の抑制が利かないからかもしれない。
──ここは空元気でも話題を変えた方が得策かもな……。
「そういや、クラルテはなんでそんな冷静でいられんだ? 勇者っては、ただの称号なんだろ? それともその称号って、実は持ってると呪いに耐性とかがついたりすんの?」
「え? そんな耐性ないよ?」
クラルテが言っていた『勇者だから大丈夫』、という発言からもしかしたらと思って聞いてみるが、どうやらそういう訳ではないらしい。
「いや、でもさっき言ってたじゃねぇか」
「あー、さっきのかぁ……。うーん、あれはボクの勇者としての自信だねっ! 実はこの呪いって悪いことばかりじゃないんだよ? 逆に利用できれば負の感情だけじゃなく、正の感情の抑制も緩めてくれるからねっ」
「利用できればって……。うれしいとか、楽しいとかって感情を利用するって事か?」
「うん! この呪いはボクの持つ全部の感情の抑制が緩くなるんだ。でもそういう呪いならボクは大丈夫! だってボクの中で一番大きな感情は常に前向きでいることだからね!」
「それはそれで注意力散漫になりそうなもんだけどな……」
でも、上手くこの呪いを利用すれば俺でも何かしらの自衛が出来るかも知れないという事でもある。
「そ、そこは気持ちで何とかするんだよ! 心が負けなきゃボクは絶対に諦めないからね!」
「結局、ゴリ押しかよ!?」
「ところでお前ら、ドレスコードはどうするつもりだ? 封筒に入ってた紙にそう書いてあるみたいだが」
場が盛り上がってきた所でノイギアから声が掛かる。どうやら俺とクラルテが話してる間に封筒の中身を調べていたようだ。
そしてノイギアは、封筒から出したであろう一枚の紙を俺たちへ見せる。
相変わらず日本語じゃないが、何故か俺でも読める。
そこに書いてあったのは、
「「ドレスコード……?」」
「こいつにはフォーマルな服装、と書かれてるな。任意でマスク等の着用も認められてるらしい。これは正体を隠したい身分の高い人物のためだろうな。で、お前らはフォーマルな服装ってのは調達出来そうか?」
俺とクラルテは顔を見合せると、おずおずとノイギアに向かって平伏する。
当然ながら無一文でこの世界に来た俺だ。
財産と呼べるだけのものはモルテ=フィーレの衛兵たちからカンパしてもらった少量の手荷物と数日分の宿代くらいしかない。
「……金は貸してやる。だから直ぐにそれを止めろ。当たり前だが、すぐにとは言わないが必ず返せ」
そうして、迅速な手際で支度を整えた俺たちは、目的地に到着して間もなく、この集会の主催者に関係するであろう人物に声を掛けられたのだ。
◇◆◇
周囲に浮かぶ靄はナビのような効果があるのか、常に一定の方向に向かってなびいている。
地図を見ながら来る人や俺たちのように靄を纏いながら来る人が同じ場所を目指して進んでいく。
ということは、本来は地図さえあれば来れるようになっていたということだ。
──わざわざ呪いの封筒なんか渡してきやがって!
なんて、恨み節を考えていたからだろうか、俺はマスクで変装した旅館『スクラヴェルバウム』の翼人受付嬢本人に補足されてしまっていた。
翼人の受付嬢は豪奢なドレス、そしてきらびやかな装飾のあるマスクを着用し素顔を隠しているが、マスクの奥にある瞳を見て、この人物が旅館で会ったあの受付嬢と同じ人物だと確信する。
「御待ちしておりました。どうぞこちらに」
さらにここから別の場所へと案内するのか、翼人の受付嬢は俺たちに着いてくるように言うと背を向けて歩き出す。
両脇にいるクラルテとノイギアのお陰なのか、なんとか平静を保って対応できた俺は小声で二人に文句を言う。
(嘘だろっ!? 接触が早すぎんだけど!? まだ心の準備も出来てねぇよ!? つーか、俺にばっか場を任せんなよ!)
だが、
(ね、ねぇ!? ボクやっぱり変じゃないかな!? スッゴい見られて恥ずかしいんだけど!? 今更だけどボクもマスクを着けたほうが良くないっ!?)
(その話は十分話し合って決めただろうに。気にしすぎだ。注目はされてるが、今のところ怪しまれてる様子はない)
二人の耳には俺の抗議が入っていないように見える。
(納得いかねぇ……)
ノイギアの言うとおり、この集会へ来場するにあたって、俺とクラルテはマスクを着けないと相談して決めていた。
俺もクラルテもこの国では新参者であり、無名だ。だから正体がバレても対して問題はないと判断したのだが、クラルテはいざマスクを着けないでここまで来たことに後悔しているようだ。
俺が素顔を晒すのは、最終的に案内状を寄越した受付嬢を探すのに役立つと判断した為である。
その結果、封筒を受け取った本人で、素顔を晒している俺が、クラルテとノイギアを引き連れて動くという形に収まった、という訳だ。
少なくとも俺はクルエル教徒だと思われている身だ。クルエル教徒に仲間意識があれば、基本的に俺の身の危険の心配はない……と信じたい。
いざとなれば、勇者であるクラルテを頼る事になる、とのことでクラルテの様子を窺ってみるが、正直に言えば頼りない雰囲気だ。
クラルテは身長が低いこともあって、ドレスを着用した姿を最初に見た時、まるで子供が仮装しているような姿になってしまった。そのため、急ピッチでメイクを施し、今は少しだけ大人っぽく見せることが出来ている。
ノイギアは店を持っているため正体を隠す必要もあり、その他の参加者同様のタキシードとマスクを着用した姿だ。
(それにしてもお前……。いったい何したらあんなにヤバそうな奴に興味を持たれる?)
受付嬢が時折後ろを振り向いて俺の姿を見ては、マスクの奥の眼光を光らせ、むき出しの口角を上げている。
ノイギアは既にそれに気付き、俺に質問してくるが、
(んなこと知るかよ!? アイツが勝手に盛り上がってんだ!)
(あの翼人、完全にクラルテや俺に興味がないな。曲がりなりにもクラルテは勇者だ。当然戦闘力には期待できる。俺も一般人よりかは戦えるつもりだ。なのに警戒されているのはオチバだけというのは気になるな)
ノイギアが色々考察するなか、クラルテは目を回しながら俺たちに着いていくことで精一杯の様子だ。
(むりむりむりむりっ!? ボク、こんな風にオシャレなんてしたことないからやっぱり全然集中できないよっ!?)
とは言え、クラルテの服装はフォーマルドレスで、特別どこかが露出したようなものではない。
しかし、大人っぽく見せる、というコンセプトの下、ドレスに合わせた準備に翻弄され、クラルテは混乱を極めていた。
(わわわ!? 足下がぐらつくっ!? このハイヒールっ何なの!? 動きづらい! うわぁっ!? みんな見てないっ!?)
結果、空気に飲まれ、呪いに感情の抑制を緩められたクラルテは、未だかつてないほど使い物にならなくなっているのだった。