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よろしくお願いします。
ゲルトナーが俺に明確な殺意を向けると、
「嘘だろっ!?」
目の前で揺らめく巨大植物が鞭のように大きくしなり、俺を叩き潰そうとその質量を振り下ろした。
「うわぁぁあ!?」
咄嗟に真横へ転がって避ける事に成功するが、巨大植物が地面に叩きつけたその威力は凄まじく、直撃していれば只事では済まなかっただろう。
「あ、あいつ……マジだ……。マジで俺を殺ろうとしてやがる……っ!?」
本気の殺意、下手をすれば死んでいたかもしれない状況。
それらを自覚したことで全身から冷や汗が吹き出し、思考が恐怖と困惑に染まりかけるが、
──いや、落ち着け!! 今はそんな事よりこの状況を何とかすんのが先だろうが……っ!!
そんな思考を無理やり他所にやり、足を動かして目の前の巨大植物から距離を取る。
──今、一番考えなきゃなんねぇのはゲルトナーの攻撃をどうやって止めさせるかだ……っ! どうすりゃあいつを止められる……っ!?
ヒントを求めてゲルトナーの様子を改めて確認するが、
「もうすぐ……もうすぐ……会える。もうすぐ……もうすぐ……」
今のゲルトナーに対話による解決を求めるのは難しいと考えざるを得ない。
すると残された選択肢は、
──立ち向かうか、逃げるかのどっちかしかねぇってのか……っ!?
しかし、ゲルトナーのオリジナル魔法によって居場所が割れている以上、この場から逃げるという選択肢は意味のないものとなる。
──かと言ってゲルトナーを正面から倒せる力なんて俺にはねぇ……!!
と、考えている間にも新たな巨大植物が地面を突き破って出現する。
「くそっ! 今は回避に専念するしかねぇか……っ!!」
だが、巨大植物はそんな俺の考えをふいにする動きを見せた。
「おいおいおい!? その軌道はヤバいっ!!」
今度の巨大植物はその巨体を縦ではなく横に大きくしならせている。
それはつまり、次の攻撃が薙ぎ払いであることを示していた。
──無理だ……っ!? これは回避出来ねぇ……っ!!
間合いを取ることでしか回避不可能の攻撃だと即座に理解した俺は、急いで強度の高い魔剣を作って盾にしようと構えるが、
「がっ……!?」
巨大植物の薙ぎ払いは魔剣ごと俺の体を吹き飛ばす。
受け身も取れずに地面を転がる俺だが幸い意識は飛んでいない。
それは何とか魔剣による防御が間に合ったことや、使用人服の防御性能の高さ故のものだ。
だが、それは決してダメージがないという訳ではない。
──全身が痺れて動かねぇし、めちゃくちゃ痛ぇ……っ。 こんなの何度も受けらんねぇぞ……っ!?
「……っ!? 待て!? ここは!?」
そこで俺は自身が吹き飛ばされた先が何処か気づく。
俺は、最初に振り下ろし攻撃をしてきた巨大植物の間合いに再び戻されていた。
目の前の巨大植物は今度こそ俺を叩き潰すために振りかぶりモーションに入っているが、俺は逃げるどころかまだ起き上がることすら出来ていない。
──あっ……。これ、終わった。
今からでは確実に防御も回避も間に合わないと頭が理解し、死の危機を間近に感じて思考が停止するが、
「…………え?」
巨大植物の一撃は僅かに俺から逸れた真横に振り下ろされていた。
──外した……? この間合いで……?
しかし、これまでの巨大植物の挙動を思えば、動いている相手ならいざ知らず、動けない相手であれば当てることはそう難しくない命中精度だった筈だ。偶然この瞬間だけ外すとは考えにくい。
つまり、
──外す要因が何処かにあったってことか……?
必中を外すというその不可解な挙動に巨大植物の謎を解く鍵が見つけられそうな予感がするものの、
「うおっ!?」
真隣で発生した衝撃は這っている俺にも伝わり、再び俺の体を吹き飛ばす。
──気になる事はあるが、それより先ずはここから離れねぇと……っ!!
僅かに体の痺れが引いたのを感じた俺は次の攻撃に備えて立ち上がろうとするが、
「仕留め損ねて……しまった。オチバ同志……本当に……本当に申し訳ない。だがこれも……僕の願いのためなんだ。同志なら……分かってくれる筈だ」
頭上から聞こえるゲルトナーの声に逃げる手立てが無い事を察知する。
目線を上げると、既に俺とゲルトナーの距離は手を伸ばせば届くほどの距離にあった。
──だ、駄目だ……。 この距離じゃ回避なんて出来っこねぇ……。
最早、立ち向かう事も、逃げる事も、回避すらも不可能になってしまった。
強いて使える武器はもう言葉くらいのものだが、今のゲルトナーが俺の話を聞いてくれるとは思えない。
──…待てよ……? いや、一つだけある。ゲルトナーを止められるかもしれねぇ可能性が……っ!!
「これで終わりに……しよう。最期は僕自身の手で……終わらせる。オチバ同志……安心して逝くと良い」
ゲルトナーがそう言って俺の首目掛けて手を伸ばした所で、
「お前が『あの方』って慕う存在って、ラスバブ同志の事だろ」
俺はゲルトナーの目を見て、その名前がしっかりと聞こえるように発音した。
その効果は覿面で、ゲルトナーはその動きをピシリと止めると、
「ら、ラスバブ……様……? あの方の……名前……? ラスバブ様……ラスバブ様……」
不明瞭ながらもラスバブの名前をしきりに繰り返し呟き始める。
これがゲルトナーを止められるかもしれない唯一の可能性。
「……ラスバブ同志は、俺の事をクルエル様の使徒だって言ってたぜ」
今のゲルトナーにはどんな言葉でも届かないのは明白だった。
だが、それがゲルトナーの慕っているであろう人物の言葉なら届くかもしれない。
そんな可能性に俺は首の皮一枚の所で行き着く事が出来た。
「今お前がしようとしてる事は、ラスバブ同志の意思に反するだけじゃなく、クルエル様に対する背信行為でもあるんだぜ。本当に俺を殺していいのか?」
ゲルトナーの戦意が削がれる雰囲気を察した俺は態勢を整えつつ話を続けるのだが、
「うぅ……うぅぅうぅぅぅ……おぉぉぉぉお!!」
──って、聞いてるようには見えねぇな。
ゲルトナーは滝のような涙を流し、くぐもった嗚咽を辺りに響かせている。
──本当に危なかったが、一先ずの危機は乗り越えられた。後はこれで時間をどれくらい稼げるかだな……。
ゲルトナーが落ち着きを取り戻すまで暫く時間が掛かるだろうと、今後のゲルトナーとの会話をどのように持っていくべきか検討するが、
「やはり! やはり! 君はあの方と…ラスバブ様との繋がりを…持っていたんだな!! ならば…あるのだろう!? 僕への新たな指示が!!」
「うおっ!?」
ゲルトナーは喜色満面な様子で俺に詰め寄ってくる。
ゲルトナーの激しい情緒の変化に気後れするが、答えに詰まってしまっては同じ轍を踏むだけだろう。
それに加え、迂闊な指示は余計な混乱を生み出しかねない。
だから、
「ゲルトナー。お前への指示は現状維持だ」
「……現状……維持?」
俺は角の立たない嘘の指示でゲルトナーを大人しくさせる事にした。
「お前が想像してた通り、俺はラスバブ同志の指示でお前と接触した。だがそれは、お前が敬虔なクルエル教徒のままなのかを確かめるためだったんだ」
「…………」
「けど、安心してくれ。これから俺がきちんとラスバブ同志にお前の事を伝える。そうすりゃお前に新たな指示が──」
「有り得ない」
しかし、事はそう上手く運ばなかった。
ゲルトナーは俺の言葉を遮り、有り得ないと断言する。
「現状維持……だと? そんな指示は……有り得ない」
「……っ」
「あの方が……ラスバブ様が……欲を抑えつけるような指示を出す事など……有り得ない事だ」
──やべぇ、ミスったっ!
考える時間がなかったというのは完全に言い訳だが、俺は保身に走りすぎてラスバブという人物の性質を考慮し忘れてしまっていた。
ラスバブは、興味のある対象に遠慮なく呪いをかけるような人物であり、攻めてきた勇者に対して逃走ではなく戦闘を迷い無く選ぶ好戦的な考えの持ち主だ。
ラスバブを深く知る人物であれば、彼女が現状維持なんて指示を出さないのは当たり前のことなのだろう。
それに考慮し忘れたのはそれだけじゃない。
「冷静になってみると……どうもおかしい。オチバ同志は……ラスバブ様の拠点を……壊滅に追いやるような人物。現状維持なんてヌルい指示を……わざわざ僕に伝えに来るとは……到底思えない」
それは俺自身がゲルトナーに植え付けた『俺の人物像』における矛盾点だ。
俺は、用心深く、警戒心が強く、それでいてどんな犠牲を支払ってでもクルエル教に殉じる、そんな人物像を演じ続けなければならなかった。
現状維持に賛同する保守的な良識人は、その人物像とかけ離れてしまっている。
──完全にやっちまった……っ!
既にゲルトナーは訝しげな視線を俺に向けており、喜色満面な様子などどこにもない。
「オチバ同志……君は本当にラスバブ様の遣いか? もしかして……僕を騙そうとしているんじゃないか?」
そしてとうとうゲルトナーは、俺が嘘を吐いているという可能性に行き着いてしまった。
ひりつく空気の中、会話の主導権を握ったゲルトナーが続ける。
「君がクルエル教徒だというのは……本当なんだろう。符号や……ラスバブ様の名前を知ることが出来るのは……クルエル教に深く足を踏み込めた者だけだからだ」
静かに話すゲルトナーだが、その言葉の節々には明確な怒りが感じられる。
「だが……僕が忠誠を誓うのは……ラスバブ様と悪神クルエル様だけだ。だから……もしその名前を……君が利用しているのだとすれば……君を生かしておくことは……出来ない」
「……っ」
ゲルトナーの気迫は凄まじく、先程とは違う冷静な殺意が俺に浴びせられる。
「改めて……見極めさせてもらう。君が本当に……ラスバブ様に認められた……悪神クルエル様の使徒なのか」
据わった目のゲルトナーが地面に手をつくと、あの巨大植物がまた一本地面から生えてくる。
「君が本物だというのなら……僕を倒して証明してみせてくれ」
こうして俺はいよいよゲルトナーの逆鱗に触れてしまったのだった。
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