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よろしくお願いします。
影魔法の発動条件は、“レファリオの魔力が対象の影と接触すること”だが、レファリオの魔力が注がれた影が他の影と重なった場合でも発動できる。
だから、キールの槍が風船爆弾を掬い取ったタイミングというのは、“レファリオの魔力が注がれた風船爆弾の影”と“槍の影”、そして槍を持つ“キールの影”の三つの影が同時に重なる瞬間でもあった。
これが“キールの影”をレファリオが操れた理由だ。
とは言え、“風船爆弾の影”に注いだ程度の魔力では“キールの影”を長く操ることは出来ず、僅かに動きを封じることしか出来ない。
だが俺たちの狙いはこのチャンスを生み出し、キールに接近することだった。
──その結果、キールの槍を破壊して今に至るって訳だ。
「キールさん、暫くそのままでいてもらいます」
レファリオの影魔法によって実体化したキールの影が項垂れるキールをしっかり拘束すると、レファリオはキールから手を離す。
「これで僕が影に注いだ魔力が無くなるまでキールさんはどうすることも出来ません」
「後はゲルトナーだけだな」
「えぇ。ですが……」
俺とレファリオがキールからゲルトナーに意識を移すと、
「…………」
ゲルトナーは無言で俺たちの動向を見続けながら、未だ地面に手をつけて何かしらを施しているようだった。
「……明らかに何か準備してますね。迂闊に近づくのは得策じゃない」
「なら、取り敢えずゲルトナーの手を知るところからだな」
「何か考えでもあるんですか?」
「いいや。俺はあいつの手を知る方法なんて思いつかねぇ。マジで魔法は専門外だからな。けど、あいつの狙いは俺で間違いねぇ筈だ。だから、俺ならあいつの注意を引き付けられる」
「……つまり、その隙きを僕が突く、ということですか」
「そういうこと。何ならそのまま倒してくれてもいいぜ」
「……無茶言いますね。まぁ、ゲルトナーさんの準備が整うのをただ待つよりはマシですけど」
「それじゃ、決まりだな」
作戦会議が終わると、さっそく俺はゲルトナーの意識が俺に向くように立ち回る。
「よぉ、ゲルトナー。元気にして……いや、めちゃくちゃ顔色悪そうだな……」
「そう……見えるか? だが……それは違う。今日は……ここ数ヶ月の中でも……かなり調子が……良い。それに……僕がこの日を……どれだけ待ち望んで……いたことか」
「そうか。元気なら何よりだよ」
──なんとか会話はしてくれそうな感じだな。だったら……。
「そういやお前、俺を見極めるって前に言ってたよな? 今日の本題はそれなんだろ? それに他に聞きたい事もあるようにも見えたし、だったら交換条件ってことで俺の質問にも答えるってのはどうだ?」
ゲルトナーがクルエル教徒だと俺に暴露したあの時、ゲルトナーは俺をクルエル教徒だと認識していた。
だが、それと同時にクルエル教徒である筈の俺がクルエル教徒の拠点を破壊したという話を耳にしていた事で混乱しているようでもあった。
ゲルトナーはこの疑問を解消するため、俺の事を見極めたいと言っていたに違いない。
だとすれば、
──お前はこの誘いに乗ってくる筈だ。
「……良いだろう。なら……先に質問してくれ」
──よし。
ゲルトナーは俺の誘いに乗ってくれたが、どうやら先に質問の順番を譲ってくれるようだ。
もしかすると、これだけの人が見てる前でクルエル教の話題を出すリスクを感じているのかもしれない。
「なら、遠慮なく聞かせて貰うぜ。お前、何でキールの助太刀に入らなかったんだ? お前が介入してたら俺たち結構ヤバかったと思うぜ?」
俺がゲルトナーにそんな質問したのは、注意を引くという意味合いも当然あるが、実のところゲルトナーという人間を知りたかったからというのもある。
俺はゲルトナーのことを単にクルエル教徒というだけで恐れてしまっていた。
それは俺が以前にラスバブという恐ろしいクルエル教徒と接触した事や、クラルテやノイギアから数多のクルエル教徒の悪事を耳にしたからとも言える。
──いや、まぁそれだけじゃなくて普通に恐い絵面を見せられたってのもあるんだけど……それは置いといて。
しかし、ゲルトナーは不気味ではあれど今日までの数ヶ月で俺に危害を加えてくるような真似は一切なかった。
日に日に不気味な雰囲気を纏っていくものの、今日まで見張り続けたクラルテの証言によれば、この数ヶ月でゲルトナーが誰かに悪事を働いたという形跡もないという。
それに最初ゲルトナーと話した時、ゲルトナーは“子供への暴力を無くす世界を作りたい”という夢を語っており、暴力に対する嫌悪が強く感じられた。
──だから、俺は知らなきゃならねぇ。お前が子供想いの無口で良い奴なのか、それとも本当は危険な事を企む悪い奴なのか。
ゲルトナーの答えに固唾を呑んで見守っていると、
「先ず、僕は……この試合に勝つことを目指して……いない。勝てば……その使命を全うするが、僕の……目的は君が言った通り、君を……見極めるためだ。そして、僕が……彼を助けなかった理由だが……それは彼が……責任ある……大人だからだ」
やがて、ゲルトナーはゆっくりとそう答えた。
その台詞の前半はある意味で予想通りのものであるが、後半はいまいちピンとくる答えではない。
だが、少なくとも想像しうる最悪な返答でなかった事に内心俺は胸を撫で下ろした。
ならばその答えがいったいどういう意味なのか尋ねようとゲルトナーに目を向けた瞬間、
「なっ……!?」
目を疑うような光景が飛び込んできた。
これでもかと言うほどに瞼を見開き、瞳を爛々と輝かせたゲルトナーが、天を仰ぎながらぶつぶつと呟き始めたのだ。
「そう彼は…子供ではない。およそ二十代前半と言ったところだ。それは立派な…大人だ。そして大人の決断…意思決定というのには大きな責任が生じる。彼が…自分の意思で立ち向かった事、そして僕に…協力を求めなかった事、これらは全て…彼の意思によって引き起こされた事象だ。僕は…そんな彼の意思を尊重したからこそ助けに…入らなかった。もし僕が…彼を助けてしまえばそれは僕が…彼を侮辱した事になる」
一息でそれを言い切ったゲルトナーは、突然硬直したように動かなくなったかと思うといきなり俺に視線を向け、
「僕が……彼を助けなかったのは……そういう訳だ」
そう答えた。
──こ、怖ぇぇぇぇ!? え!? 怖いって!? 怖すぎんだけど!?
ゲルトナーの言ってる事はそこまで偏った考えだと思わないが、その口調と身振り手振りは完全にイッちゃってる奴のそれで、俺はただただ恐怖した。
流石に外野までゲルトナーの呟いた言葉は届かなかったようだが、普段の彼を知る者たちは彼の不気味な挙動に面食らった様子で、次々と驚きの声が聞こえてくる。
だが、ゲルトナーは唖然とする俺や驚く外野の人たちなどまるで気にしてないようで、完全に自分の世界に入り込んでいるように思える。
「それに彼は……」
そして、そんな大きな隙きを逃すレファリオじゃない。
ゲルトナーに気付かれないよう少しずつ死角に移動していたレファリオは、音もなく自身の影を実体化させ、ゲルトナーに奇襲攻撃を仕掛けた。
勢い良く飛び出したレファリオの影は完全にゲルトナーの不意を突き、真っ直ぐゲルトナーの影に急接近していく。
レファリオの狙いはゲルトナーの影にあった。
なんでも、影の身体能力は影の持ち主に依存しているのだという。
つまり、影魔法は一対一の状況においてどんな相手であっても渡り合えるポテンシャルを持っているのだ。
だがそれは、
「!? オチバさん! 気を付けて下さい!」
相手の影を影魔法で操れた場合の話だ。
「ゲルトナーさんの魔法は既に発動してます!!」
レファリオの影はゲルトナーの影に届くことはなかった。
「彼は……時間稼ぎとしても……君たちの戦い方を見極める試金石としても……十分に役立ってくれた」
ゲルトナーの影まであと僅かな距離まで近付いたレファリオの影だったが、目の前に突如出現した巨大な植物に衝突すると跡形もなく霧散してしまう。
そしてその巨大植物の出現を皮切りに強い地鳴りが辺りで響き渡り、新たに太い蔦と根を持った巨大な植物が次々と訓練場の地面から生えてくる。
そんなあまりにも想定していない急な事態に外野の人たちも大騒ぎの様子で、俺とレファリオも完全に反応が遅れてしまった。
巨大植物の生長は止むことなく続き、隣接する別の巨大植物と絡み合いながら強固な壁を作り上げていく。
──これはマズいぞ!?
その結果、地鳴りが収まる頃には訓練場は巨大植物による巨大迷路空間へと姿を変えていき、
──やられた……っ!!
俺とレファリオは完全に分断されてしまったのだった。
◆◇◆
「レファリオっ! 聞こえるか!?」
慌てて壁の向こうにいるはずのレファリオへと声を投げ掛けるが返事はない。
「いや……返事どころか、外野の声すらも聞こえねぇぞ……」
レファリオの返事に耳を澄ませて気付いたが、先程まで聞こえていた筈の外野の声が一切耳に入らないのはおかしい。
「……俺に異常が起きてるって訳でも無さそうだし、音が遮断されてんのか?」
直前にレファリオが言っていた台詞から考えても、これがゲルトナーのオリジナル魔法という可能性は濃厚だ。
「けど、どんな魔法なのか全然分かんねぇな……」
巨大植物に音遮断、おまけに予兆のないレファリオの影に見向きもしないで対応した。
全てに共通する点なんてそう思い浮かばない。
「……何はともあれ、不味い状況なのは違いねぇ。最優先はレファリオとの合流だな」
手っ取り早くレファリオを見つける手段として考えられるのは、この巨大植物の壁を何とかする事だろう。
巨大植物によって作られた壁は、高さがニメートル以上もある。
壁から伸びる太い蔦はゆっくりとだが蠢いており、俺が近付く素振りを見せるとその勢いを増して絡め取ろうとしてくる。
「食虫植物のようなもんってところか? 取り敢えずこの壁に近づくのは危険、と」
そうなると、
「この一本道を進むしかねぇって訳か……」
俺の左右の空間は巨大植物の壁に阻まれてしまっていたが、前後には道が用意されていた。
問題はこれがゲルトナーの敷いた道であり、ほぼ間違いなくこの道の先にゲルトナーが待っているという事だ。
とは言え、ゲルトナーの動機を考えれば問答無用で攻撃される心配はまだないように思える。
「それにこうして悩んでる間にレファリオがやられちまってるってパターンが一番最悪だからな……」
そう結論付けた俺は意を決して前方に広がる道へと歩を進めることにした。
そして、
「……待っていた……オチバ。ようやく……誰にも聞かれず……君と話せる」
予想通り道の先でゲルトナーが俺を待ち構えていたのだった。
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