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よろしくお願いします。
スピラとティミが従者に決まったその翌日、残り二人の従者を決める試験試合のために俺とレファリオは衛士宿舎に併設された訓練場へとやってきていた。
「闘技場ほどじゃねぇけど、割と人が集まってんな」
「闘技場での決闘で僕たちの名前も随分と広まったようですから」
公開試合と銘打ってるだけあり、訓練場の外野にはそれなりの人集りが出来ていた。
その多くは衛士や使用人といったアーディベル家の関係者なのだが、それなりに見覚えのない顔も見受けられる。
果たしてそれがアーディベル家の領民なのか、それとも他の貴族の手の者なのかは俺には判別出来ない。
また訓練場を広く見渡せる位置には仮設の横幕テントが設けられており、その中でウルリーケ公爵とリスティアお嬢様が椅子に腰掛けている様が窺える。
因みに二人のそばにはロルフさんの姿も見えた。
「それにしても対戦相手の二人、何だか異様な雰囲気ですね……」
レファリオの強く警戒した声が耳に入り、俺は意識して避けていた本日の対戦相手の二人に視線を向ける。
ゲルトナーは俺にクルエル教徒であるとカミングアウトしてからというもの、日に日にその異様な雰囲気を人目を憚からず出すようになってきていた。
「………………」
今も多くの人の視線があるというのに感情の落ちた不気味な目つきでただひたすらに俺を凝視し続けている。
──怖すぎる。
もう一方の対戦相手のキールもやはり俺を見ていた。
「オチバ! お前は必ず俺が倒す!」
しかし、それは分かりやすく俺に向けての敵愾心と言える。
嬉しくはないが、ゲルトナーの不気味な視線と比べたら多少はマシかもしれない。
「むっ!! あれは……ドミさん!! 来てくれたんですね!!」
すると、キールが突然外野に向けて大きな声を上げた。
釣られて外野に視線をやると、いつの間にかドミ、スピラ、ゼン、クラルテの姿がある。
「ドミさん! 見てて下さい! 俺はこの闘いに勝って、貴女に相応しい男だと証明します!!」
キールの声掛けに対してドミは眉にしわを寄せて困惑している様子だ。スピラとゼンに至ってはあからさまに不機嫌な顔つきになっている。
クラルテはそんな彼らを見て苦笑いを浮かべていた。
──っと、んなことよりもっと対戦相手を観察しなきゃだな。
改めてキールの装備を確認すると、衛士の標準的な防具に加え、リーチのある槍を手にしている。
この槍は他の衛士たちの標準装備の槍ではない事から私物であることが窺える。
対してゲルトナーは、どこか儀式的な真っ黒なローブを纏っており、その見かけ上は無手だ。
「武器がねぇって事は魔法を駆使して戦うタイプなんだろうけど、あの巨体が武器って線はあり得るな。それにもしかしたら闘技場の時の俺と同じでローブの下に何か隠し持ってる可能性もある。レファリオも注意しろよ」
「そのくらい分かってます。オチバさんの方こそ注意して下さい。今回は道具を隠し持ってないんですから」
レファリオの忠告は尤もだ。
というのも、今の俺は闘技場の時のようにローブを纏っておらず、俺とレファリオの防具はこの前に用意された専用の使用人服のみだからだ。
だが、これには訳がある。
新たな使用人服は防御性能が向上した代わりに重量が増してしまっていた。
つまり、ローブに加えて道具まで身に付けてしまうと動きが大きく鈍ってしまうのだ。
──特に今回に関しちゃ、肉体派の二人が相手だからな。動きやすさを軽んじる訳にもいかねぇ。
そんな訳で俺の武器は、腰に吊るした一見何の変哲もない剣に見える魔剣と、これまた腰に巻いたベルトに吊るした邪魔にならない程度のいくつかの小道具、といった塩梅だ。
「これより、リスティアお嬢様の従者を決める試験試合を執り行わせて頂きます」
ロルフさんの声が響き渡ると、訓練場はしんと静まり返って誰もがその声に耳を傾ける。
「勝利条件は対戦者ニ名ともが戦闘不能な状態に陥る、または降参の宣言がなされるまでです。明確に対戦相手を死に至らしめる攻撃が確認された場合は失格としますのでご注意下さい。そして試験試合の戦闘区域は訓練場のみとし、試験試合が開始されたら対戦者の外野への移動を禁じることとします。それでは────試験開始!」
◆◇◆
ロルフさんの合図で最初に動きだそうとしたのはキールだ。
「よしっ! それじゃあ先ずは俺が──」
「……待て」
しかし、得物の槍を構えて走り出そうとしたキールをゲルトナーが止める。
「ん?どうしたよ?」
「僕が……オチバと戦う。……君は、もう一人を……やってくれ」
「あー、お前もオチバが目当てだったっけか。けど悪いがそれは断らせて貰うぜ。俺もオチバと決着をつけなくちゃならないからな。だから、ここは一つ──」
キールは素早く得物を構え直すと、
「──早いもの勝ちってことでどうよ!」
ゲルトナーとの会話を切り上げ、俺に向かって突進してきた。
「……そうか。……なら僕も。……好きに……やらせて貰う」
ゲルトナーはそう呟くと、地面に両手を付いて動きを止める。
ゲルトナーの動向は気になるところだが、
「今はこっちに集中しねぇとだな……っ!」
俺は迫りくるキールの突貫攻撃に備える。
「レファリオっ! 先ずはキールからやるぞ!」
レファリオに合図を送った俺は、腰に巻いたベルトポーチから小道具を抜き取り、それをキールが走ってくる地面に向けて叩きつける。
だが、
「おっと! 危なかったぜ……っ!」
俺が叩きつけた筈のその小道具は、地面に接触する前にキールの槍によって掬い取られてしまった。
「知ってるぜ。こいつは催涙風船爆弾ってやつだろ? この戦いに備えてお前の闘技場の戦いは調べさせて貰ったぜ!」
どうやらキールは帝都での俺の戦いをしっかりと研究してきたようだ。
──けど、んな事は織り込み済みだ!
俺とレファリオは既に二人ともキールの下へと走り出している。
「へぇ! 敢えて接近するかっ! 爆弾のせいで俺が槍を動かせないと判断したって訳だな! だがその程度、爆弾を余所にぶん投げれば済む話だぜ!」
キールは瞬時に槍を振り回して爆弾を遠くに飛ばそうと試みる。
しかし、
「んなっ!? 槍が動かない!?」
槍には他の力が働いているのか、キールは槍を振り回す事が出来なかった。
キールはその謎が分からないでいるが、傍から見ればその原因は明白だ。
やがてキールは外野の視線が自身の足元に向いていることに気付き、その正体を知る。
「こいつは……っ!」
キールが足元に視線を流すと、いつの間にか自身の影から細い腕が伸びており、それが槍を掴んで押さえていたのだ。
「もう一人の奴の魔法か!!」
しかし、気付いたところで俺とレファリオの接近を妨げるだけの時間はもうない。
キールが驚いている間にもレファリオ自身の影が実体化し、レファリオ本人と影の二人がかりでキールの体を羽交い締めにして動きを封じることに成功した。
そして同じタイミングで俺は魔剣に魔力を注ぎ、揺らめく剣身を持った魔剣をキールの喉元へと突きつける。
「ぐ……っ!! どうやって俺の影を操った!!」
「……どうやってとは随分ですね。闘技場での事を下調べしたのなら僕のオリジナル魔法が影魔法というのは知ってるでしょうに。それとも、もう一人の奴、と僕の名前すら覚えて頂けてないようですので、僕の魔法なんて眼中にもありませんでしたか?」
レファリオはキールを締め付ける力を強めながらそんな事を尋ねる。
──レファリオの奴、根に持ってんなぁ……。
「お、お前の影魔法は、魔力が影に混ざらないと発動しない筈だ……っ!! なのに、どうして……っ!!」
「おや、これは失礼しました。一応僕のことを調べてはいたみたいですね」
キールの言う通り、レファリオの影魔法はレファリオ本人の魔力によって操ることのできる魔法だ。見境なく視界に映った影を動かせる訳じゃない。
「ま、まさかっ! 先に訓練場に来て何か細工でもしてたのか!?」
「はぁ……そんな真似してませんよ。ですが、あなたのその魔力感知能力の低さには救われましたね……」
「なんだと……っ!!」
「レファリオ、もういいだろ。その台詞は俺にまで飛び火してんだよ。……キール、勝負ありだ。降参してくれ」
俺は魔剣の揺らめく剣身をキールにより近付けて降参を促す。
しかし、
「ふっ……降参はしない。俺を退場させたいなら気絶でも何でもして戦闘不能にするんだな……っ!」
キールは何かを感じ取ったのか、不敵に笑いながら強気な姿勢を示す。
「……あんまり手加減とか得意じゃねぇから降参してくれると俺も心が傷まねぇんだけど」
「構わないぜ! 本当に出来るならな……っ!」
──なるほど。これは困ったことになった。
「……やっぱりな! そう言うことなら俺が降参する理由はないぜ! この状況、不利なのはお前らも同じって訳だ」
俺が魔剣を突き出したまま動かないでいる様子を見て、自身の推察に確信を得たらしいキールは威勢を取り戻していく。
「お前らが俺を気絶させられない理由、それはこの距離で催涙風船爆弾が爆発したらお前らも巻き添えを食らうからだ! わざわざ俺に降参を勧めたのは、俺が気絶した拍子に槍を落として爆弾が爆発するのを防ぎたかったからなんだろ? 俺の槍に対処するための接近だったんだろうが、結果的にそれは間違いだったな! 俺はお前らを巻き添えにするのを躊躇わないぜ!」
そう言って、よりいっそう力を込めて動こうとするキールに俺は話し掛ける。
「なぁ。お前はマジで俺たちが無策でこの状況を作ったって思うのか?」
「お? 揺さぶろうってか? 生憎だがそうはいかないぜ。 俺としては爆弾が爆発してくれた方が勝ち筋があるからな! この距離だ! 適当に槍を振るってもお前らに当てるくらい訳ないぜ! お前らは自分たちの策に嵌ったんだよ!」
「いや、策に嵌ったのはお前だ。キール」
俺はそうキールに告げると、たっぷりと魔力を注いだことで揺らぎのない剣身となった魔剣の矛先をキールから別のモノへと変えていく。
さっきはいきなりの事で魔剣にしっかり魔力を注ぐ事が出来ていなかった。
──だから、気絶させろなんて言われてもどうしようもなくて困ったぜ……。
「お、おい! お前、何して……まさかっ!!」
「そのまさかだ。俺とレファリオの策は最初からこれだったからな」
俺がキールの得物である槍に魔剣を宛てがうと、魔剣は僅かな抵抗もなく槍の中に吸い込まれるように通過し、槍を両断した。
「槍を破壊すればお前はほぼ無力化される」
キールが持つ部分を残して分断された槍は地面に向けて落下していく。当然その穂先にある爆弾も一緒だ。
「うぉぉぉぉ!?」
槍を失ったキールは全力でこの場からの離脱を図ろうと暴れるが、レファリオとその影がキールを羽交い締めにして放さないため身動きが取れない。
「放せ!!お前らも巻き添えを食らうのに何考えてんだ!!」
焦り、怒鳴るキールだが、
「全く、五月蝿いですし、馬鹿力ですね……。それにいつまで騒いでるんですか」
レファリオは平然とした姿を崩さずにそう答える。
「は……? ど、どういうことだ……? 爆弾は……?」
キールはレファリオを見て混乱し、次に自身も平然と出来てしまっている状況を確認して混乱していた。
「まだ分からないんですか。催涙風船爆弾というのはあなたの思い込み、ブラフですよ。あの風船爆弾の中には僕の魔力が入っていたんです」
「キール、お前の影をレファリオが操れたのは、レファリオの魔力が入った風船爆弾をお前が槍で掬ったからって訳だ」
俺とレファリオが揃ってネタバラシをするも、
「だ、だとしても俺はあの風船爆弾を割ってない! 中に魔力が入ってたとしても俺と接触出来る筈がない!」
「僕の魔力が風船爆弾の中にだけ、なんて誰が言いました? 風船爆弾に僕の魔力が込められてるなら、その影にだって僕の魔力が込められていても不思議じゃないでしょう?」
「あっ………!!」
全てを説明されて理解したのか、キールはハッと驚いた表情を浮かべると続けて悔しげな顔をして俯くのだった。
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