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よろしくお願いします。
『ティミ殿。スピラ殿。リスティアお嬢様をよろしくお願いします』
ロルフさんから聞こえたその台詞は間違いなくスピラを従者とすると言っており、スピラから聞いていた話の流れを知っていただけに俺は衝撃を受けた。
「本日の報告は以上となります。各自、業務へとお戻り下さい」
報告会を締めたロルフさんがバルコニーから去ると、周囲の人々も次々に中庭から立ち去っていく。
「……どうやら先を越されてしまったみたいですね。オチバさん、明日はよろしくお願いします。それでは」
レファリオもスピラと俺に一言ずつ告げると中庭を後にする。
「わ、わたしが従者って……。いったいどうなって……」
しかし、スピラはクラルテが従者に選ばれなかった事と自身が従者に選ばれた事、二つの衝撃から未だに立ち直っていない様子だ。
「取り敢えず、落ち着けってスピラ。混乱すんのは分かるけど、こんな時こそ冷静にならねぇと。ほら、深呼吸でもしてみろよ」
「し、深呼吸………………ふぅ。もう大丈夫だ」
両目を閉じて深く息を吸ったお陰か、スピラはどうやら多少の落ち着きを取り戻したようだ。
「よし。色々と分かんねぇ事もあるけど、先ずはおめでとう。不安になるようなこと言ってたからてっきり落ちたもんだとばかり思ったぜ」
「う、あ、ありがとよ……。でも、マジでどういうことか分かんねーんだよ。試験じゃクラルテさんに一回も土をつけらんなかったのに……」
訳が分からないと疑問を掲げるスピラだが、俺はちょっとだけ原因に心当たりがある。
「まぁ、違うかもしんねぇし、本人に聞いてみるのがいいよな」
そう言って周囲へと目を向けると人が少なくなったお陰か、白金の短いポニーテールを持った少女──クラルテの姿は直ぐに見つけられた。
そして俺たちの視線を感じ取ったのか、クラルテはこちらに振り向くと俺たちに気づき、気まずそうにしながら近寄って来る。
その姿を見たスピラもどことなく気まずそうだ。
「え、えーと。オチバ、それにスピラも……これは……その……」
「試験結果は残念だったな。けどスピラから聞いてるぜ。護衛試験じゃトップだったんだろ?その上で聞きてぇんだけど、マナー試験の方はどうだったんだ?」
「ゔっ!?…………じ、実技は余裕だったよっ」
クラルテは一瞬だけピシリと体を硬直させると、視線を泳がせながらそんな事を言う。
「実技? どういう事だ? 試験は護衛試験とマナー試験の二つなんだろ?」
「あー、うん。そうなんだけどね。マナー試験には実技と筆記の二つの試験があったんだよ。実技は言葉遣いとテーブルマナーの試験で、筆記は学力とか常識に関する試験だったんだけどさ。正直、筆記の方があんまりで……」
俺の心当たりとはマナー試験の事だったのだが、どうやら的中してしまったらしい。
護衛試験でトップだったクラルテが落とされたということは、恐らく従者採用試験では護衛試験よりもマナー試験の配点が大きかったのだろう。
この背景には護衛能力を重視する従者を明日の試験試合で決めるというのがあるからなのかもしれない。
「そうか。けど、学力と常識の筆記試験ってのは予想してなかったな……」
だがそれは予想して然るべきことだったのだろう。
公爵令嬢であるリスティアお嬢様の女性従者となれば、多くの人からリスティアお嬢様と一緒にいるところを見られるのは明らかだ。
そう考えれば、公爵家としての面目を保つ意味でも、従者がある程度の学力と常識を身につけていることは非常に重視される要素となる。
──そうすると、この従者採用試験はクラルテにとっちゃかなりのハンデがあったって事になる訳か。
クラルテは十四という年齢で魔王因子とやらを探して色んな場所を旅して周っており、勉学に励む時間がなかった境遇だというのは容易に察する事が出来る。
「悪い。これは俺が気づくべきだったな……。お前なら勉強すれば直ぐに学力なんて上がっただろうし」
色々と反省すべき点が見つかってクラルテに申し訳無い気持ちを覚えるが、
「え? 学力の試験問題は簡単だったよ? ボクって一度覚えたものはだいたい忘れないしねっ」
クラルテのその言葉でとある事実が浮かび上がる。
「……ちょっと待て。それじゃあ、お前が試験で出来なかったのって“常識”って事に」
「あっ!? あー! はいっ! はいっ! この話はお仕舞いっ!! それにしてもスピラ! よくこのボクを押さえて従者に選ばれたねっ! おめでとうっ!」
「ま、マジか……」
雲行きが怪しくなったクラルテは、いつにもまして声を張り上げると場を仕切り直すようにスピラへと話を持っていく。
「え、あ、ありがとうございます! クラルテさん! でも、やっぱり納得がいかないっつーか……」
「何言ってるのさっ! もっと喜びなって! あっちにいるティミなんか号泣するくらい喜んでるよっ!」
そう言ってクラルテが向ける視線の先には余程従者に選ばれたことが嬉しいのか、ボロボロと涙をこぼすティミの姿がある。
「けど、わたしはクラルテさんに全く歯が立たなかったし……」
「スピラ」
それでも納得のいかないスピラに対して、クラルテはその両肩を掴み、目を合わせる。
「ボクは護衛試験でも、マナー試験でも全力だったよ。少なくとも今回に限っては、すっっっごく悔しいけど、結果はキミの勝ちだ。……真剣勝負の結果なんだからもっと誇ってよ」
「クラルテさん……。分かりました! なら今回はわたしの勝ちだって誇ることにします! そんで、今度戦う時は文句なしに勝ってみせるから待ってて下さいよ!」
「うん、いいよっ! その時はまた軽く捻ってあげよう!それとオチバも気にしないでよ? ボクはキミがセアリアス学園に行くって言うから手っ取り早く従者になって付いて行こうとしただけなんだからさっ!」
そうして何故か従者になれなかった筈のクラルテに励まされた俺とスピラは、改めてクラルテの精神的な強さを実感するのだった。
◆◇◆
「なぁ? お前らは俺の明日の対戦相手のキールって衛士の事で知ってる事はあるか?」
話が一段落したところで、俺はクラルテとスピラにキールについての情報を尋ねてみた。
「うーん。ボクは知らないなぁ。でもさっき叫んでた人だよね? 見た感じだとあんまり魔法は得意じゃなさそうに見えたけど」
クラルテはキールについての情報はあまり持っていないようだが、魔法があまり得意じゃないという情報は中々に有益だ。
そしてスピラはというと、
「確か……得物は槍だったか?あと、衛士たちの間じゃ結構慕われてるって自称してた覚えがあるな」
その話ぶりから知らない相手という訳でもないようだ。
「知り合いなのか?」
「知ってる奴だけど、別にそこまで詳しい訳じゃねーぞ。あいつドミ姉の事が──」
「おっ! 俺の噂をしてくれてんのか、スピラちゃん。そのまま明日の試験試合を応援してくれても良いぜ?」
「──うわっ……来やがったよ」
スピラが話をしてる最中に近づいてきたのは、まさにその話の種であったキール本人だ。
「そう邪険にしなくても良いだろ? 取り敢えず、まずはスピラちゃん、従者就任おめでとう! ま、ドミさんの妹だから心配はしてなかったけどな!」
さっぱりとした口調で話すキールは、明るくて気のいい性格の人物であるようだ。
「はいはい、ありがとよ。けどアンタは残念だったな。明日の試験試合に負けちまうなんて」
しかし、スピラはそんなキールをぞんざいに扱う。
「ちょっ、ちょっと待ってくれよスピラちゃん!? その冗談は笑えないって!?」
「冗談じゃねーしな。そんでさっきの続きだけど、わたしがこいつの事を知ってんのは、こいつがドミ姉に会いにしょっちゅう魔法研究機関に顔を出すからなんだよ」
「酷い言い草!? だけど本当の事だから言い返せないんだなこれが!」
何かと騒がしい様相を見せるキールだが、なるほど確かに親しみやすい気質をしている。
「よっし! スピラちゃんは俺にあんま長居してほしくないみたいだし、手早く名乗るとするか! 俺はキール・リアドス!お前がオチバ・イチジクだな!」
「ああ、俺がオチバ・イチジクだ。キール・リアドス、明日は御手柔らかに頼むぜ」
そう言って俺はキールと握手を交わすのだが、
「御手柔らかにだって? いいや! そういう訳にはいかないな!」
キールは俺の社交辞令の言葉に強く反応する。
──これは、言葉選びを間違えたか……?
「気を悪くしたなら悪かったよ。そんなつもりは────」
「俺はドミさんの心を惑わすお前を成敗しなければならないからな!!」
「────は?」
俺は急いで訂正しようと口を開いたが、直後に被せられた耳を疑いたくなるようなキールの台詞に思わず固まってしまった。
「惚けようとしても無駄だ! 俺は諦めない! 正々堂々とお前を倒し、ドミさんの目を覚まさせてみせる! そして俺が勝ったその時、この想いをドミさんに……っ!!」
「え、いや、お前何か勘違いして────」
「おっと、これ以上の問答は無用だったか! 全ては明日の試験試合で白黒つける、そう言いたい訳だな? ふっ、言うじゃないか! 望むところだ! 覚悟しておくと良い!」
キールは大声でそう言い放つとそのまま俺たちから背を向けて去って行ってしまう。
「あ、あいつ全然話聞かねぇじゃん……」
「ボクなんて皆と一緒にいたのに挨拶すらされなかったんだけど……」
いつもは常に目立つポジションにいるクラルテも、今回ばかりは勇者の威光が届かない帝国であることや、従者採用試験に落ちてしまった事も相まって、キールからはただのメイドとしか思われなかったようだ。
しかし、今はもっと気になる事がある。
「何でいきなりドミが話に出てきたんだ……?」
「あー、それについてはドミ姉の責任も少しだけある気もするからわたしが説明するよ」
そして、俺の疑問に答えたのはスピラだ。
「この前キールの奴がドミ姉にしつこく話し掛けてた時なんだけど、ドミ姉のする話って大体いつもわたしかゼンが関係する事ばっかだろ? それでキールの奴が兄妹以外の話も聞かせてくれってドミ姉に言ったんだよ」
ここまで来れば何となく察せるが、キールはドミの事が好きなのだろう。
それでドミの事を知りたくてそんな事を聞いたというのは想像に難くないのだが、はっきり言って既に嫌な予感がしている。
「そしたらドミ姉が『強いて上げるならオチバは尊敬してるな』って返してさ。それからキールの奴はあの調子ってわけ」
「ほら!? やっぱりとんだとばっちりじゃねぇか!?」
この瞬間、明日の試験試合は俺に異常な執着を持つクルエル教徒のゲルトナー、そして俺を恋敵だと勘違いしたキールの二人がほぼ間違いなく俺を狙って仕掛けてくるだろうことが確定したのだった。
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