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よろしくお願いします。
「それじゃっ!わたしも今すぐ参加するって言ってくるぜ! またな!クラルテさん!それとオチバ!」
心を躍らせた様子のスピラは一目散に走り去っていく。
行き先は恐らく試験の参加受付人であるロルフさんかメナージュメイド長あたりだろう。
余程クラルテとの手合わせが楽しみに違いない。
「……ライバルも増やしちゃったし、ボクも気を抜いてられないかな」
そして、そんなクラルテも瞳に闘志を宿しているのが見て取れる。
「それじゃあ俺たちも持ち場に向かうとするか。俺はリスティアお嬢様のとこだけど、クラルテもそうだよな?」
「うん。あっ、でもその前にオチバに伝えようと思ってた事があるんだけど……」
とクラルテは周囲に人が居ないのを確認しつつ、小声で続ける。
「あの庭師の人の件なんだけど。あの人、只者じゃないよ」
庭師の人、ゲルトナーの事だ。
「この間のオチバの話を聞いて、その庭師の人を遠目で観察してみたんだけど、何度かボクの視線に気付いたみたいな素振りがあったんだよね。その時ちょっと魔力の気配もあったし、多分感知能力に長けた魔法が使えるんじゃないかなって思う」
「そいつはまた厄介な魔法って感じがすんな……。わざわざありがとな」
魔力や魔法の見識が広いクラルテの判断ならゲルトナーの魔法はほぼ間違い無くそうなのだろう。
「ううん、気にしないでドンドン頼ってよ!取り敢えず報告はそれくらいかな」
「分かったよ。お前も何か困ってたら言ってくれよ」
「そんな時が来たらねー!」
そんな軽い調子でリスティアお嬢様の下へ向かう俺たちだったが、ふとある疑問が過ぎる。
「そういや、随分と試験に自信があるみてぇだけど、不安とかねぇの?」
「えぇ〜?護衛能力なら誰にも負けるとは思えないし、それともオチバはボクが負けると思ってるの〜?」
クラルテはからかい気味にそんな事を言うが、
「いや、だって護衛能力の試験はともかく、マナーの試験までそんな自信あるとは思わなかったからさ」
俺の言葉を受けてクラルテはピシリと固まる。
「おい、クラルテ……お前まさか……!?」
「ど、どうしよう!?マナーの試験があることすっかり忘れてた!?護衛能力の試験が完璧ならマナーの試験が悪くても大丈夫だったりしないかな!?」
「いや、駄目だろ……。公爵家の者の従者として相応しい品格を持ってるかって試験だし……」
マナーの試験が、学園で問題を起こさない人物を選定するための試験であるのは明白だ。
「そんなぁ……」
俯くクラルテだが、ハッと何かに気付いたように顔を上げ、俺を見つめる。
「えーと……ねぇ、オチバ?た、助けて欲しいなぁ〜……なんちゃって……?」
どうやら早速“そんな時”が訪れてしまったようだった。
「勿論良いぜ。いつも俺ばっか助けられてるしな」
「オチバっ!!」
「けど、俺が助けられる事なんて正攻法の勉強しかねぇから覚悟しろよ?」
「オチバ!?」
そうして、リスティアお嬢様の付き人としての業務を熟す一方で、クラルテにいくつかの作法について教える日々はあっという間に過ぎていった。
◇◆◇
二週間後、今日は俺の休暇日であり、魔法研究機関の所長と会う約束をした日でもある。
因みにリスティアお嬢様が学園に行く日まで残り四ヶ月と少しといった具合だ。
また、女性従者の試験受付は昨日で終了しており、俺とレファリオの対戦相手を決める予選試合においては既に連日行われているとのことだ。
しかし、
──問題は予選試合の詳しい情報が入って来ねぇことだな……。
というのも外からの干渉を避けるためか、予選試合は非公開で行われており、今現在勝ち残っている者すらの情報も入って来ていないのだ。
当然、大多数の使用人にとっては必要のない情報のため、使用人報告会で知らされるような事でもない。
対戦相手が分からないため具体的な対策が絞れない上に、帝都の決闘で自分たちの戦い方だけが一方的に対戦相手に知られているという不利な状況。
「……取り敢えず今出来んのは、ゲルトナーの魔法とその他大勢にも応用できる近接戦闘の対策ってところだな」
などと魔法研究機関へと向かう道すがら試験試合について頭を悩ませていると、いつの間にか大きな建築物が視界に映り込んでいた。
「っと、ここがそうか?」
その建築物はアーディベル邸と比べると外観に凝った装飾などがなく、まるで病院のような印象を感じさせる。
ある種の意外な光景に目を奪われていると、そこへ聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだ。
「こんにちは、オチバさん。お待ちしてましたよ」
「ゼン!」
俺を出迎えたのは白衣姿のゼンだ。
「魔法研究機関へようこそ。先ずは中へどうぞ。案内しながら所長の下へお連れしますよ」
ゼンに導かれて建築物──魔法研究機関の施設内へと入っていくと、そこは俺の予想とは大分かけ離れた世界が広がっていた。
両手に沢山の記述が書き込まれた羊皮紙の束を抱えている人や、何やら用途の分からない大きな道具を運ぶ人があちこちを慌ただしく往来しており、いくつもの区切られた部屋の一つ一つでは様々な実験が複数の人によって行われている。
「……もっと薄暗くて怪しい雰囲気のイメージだったけど、予想以上に活気がある場所なんだな」
「そうでしょう。ここはあらゆる魔法の可能性を追求する魔法研究機関ですから。その名の通り、ここでは魔法の研究が日夜行われているんです。魔法、そして魔力は潜在的な能力が全てだと言われています。ですが、そんな魔法を誰もが使えるとしたら素晴らしい発展に繋がるのではないか、この魔法研究機関はそんなウルリーケ公爵の考えの下に生まれた施設なんですよ」
ウルリーケ公爵が領民からも使用人たちからも慕われているのは、こういう考えがきちんと伝わっているからなのだろう。
「ん? ぜ、ゼン?……あれは何してんだ?」
ゼンの話に耳を傾けながら辺りを見回していると、ふと気になる光景が目に入る。
それはスピラやリスティアお嬢様よりも幼い子どもたち数名が列をなしている光景だ。
列の先頭では魔法研究機関の人員である事を示す白衣を着た人物が子供たちの身体を事細かに計測しているように見える。
「あれは、実験前の検査ですね」
「実験?」
「ええ。あの子たちは能力開発の被験者としての素養が認められたという事でしょう。この部署では“魔法に代わる能力”の研究をしているんです」
「へ、へぇ〜」
「当然、被験者の子たちから実験の同意は得てますよ」
事実上の人体実験してます宣言に思わずたじろいでしまうが、ゼンは苦笑しつつそれをフォローしてみせる。
「それと以前に私やドミ、スピラには特異な能力があるというお話をしたのを覚えていますか?実は私たちも能力開発の被験者なんです」
「!!」
「私たちの能力もこの魔法研究機関の実験によって得た能力なんです」
それは帝国に来る前の、ミッドウィルの地下施設でゴーレムと戦闘した時に明かされた話だ。
ゼンには予知能力、ドミには強靭な筋力、スピラには魔眼、それらは魔力を行使せずに使える能力とのことだが、その能力の由来については今まで語られていなかったことだ。
「……すまねぇ。ちょっと驚いちまっただけでお前たちを忌避するつもりとかはねぇんだ。それによく考えりゃあのウルリーケ公爵が子供に非人道的な事をするとは思えねぇし、それなりの事情があるってことだろ」
「ありがとうございます。オチバさんなら理解して頂けると思っていました。ですが謝る必要なんてありませんよ。私たちに限った話ではなく亜人の方など、魔力を使わない能力を持つ人は帝国で忌み嫌われる傾向にあるんです。オチバさんの反応は、確かに動揺こそありましたが、嫌悪感はありませんでした。それで十分ですよ」
「嫌悪感って。ンなもんお前らにも、あの子供らにも持つ訳ねぇだろ……」
「ふふ、それでこそオチバさんです」
「あーーっ!!やっぱりオチバじゃねーかよ!!」
とそこへ子供たちの計測をしていた白衣の人物が急に立ち上がって駆け寄ってきた。
「えっ、スピラ……?お前何してんの?」
その疑問は自然と口から出てきたが、そんな事は見たままの状況が物語っている。
「み、見て分かんだろ!仕事だよ!こいつらの身体検査してんだ!」
そう言って突き出してきた書類には、子供たちの健康状態に関する情報らしきものが記載されているのを確認出来る。
「何か、スピラの仕事にしては意外だな……」
「うっせーな!今日は偶々こんな仕事を任されちまっただけだ!」
「スピラは魔眼で魔力の流れが見えますからね。実は色んな部署で引っ張りだこなんですよ」
「なるほど」
確かにスピラの魔眼は戦闘以外での活躍も十分に見込める優秀な能力だ。
スピラの活躍に感心していると、
「スピラねーちゃん、けんさおわったー?」
「あー!その人白衣きてなーい!」
「ゼンだ─!」
スピラを追って子供たちまでもが駆け寄ってくる。
「あっ!お前ら検査はまだ終わってねーから動くんじゃねーよ!」
「でもスピラねーちゃんが先にそっち行ったんだよー?」
「服かっこいー!」
「そっちの人だれー?」
「大人しくしとけって言ってんじゃねーか!」
「「「あははー!!」」」
スピラがいつもの乱暴な調子で注意しても子供たちが動じた様子はなく、このやり取りが日常的に行われているものだというのが分かる。
──スピラの奴、めちゃくちゃ懐かれてんな。
「はぁ……悪い、オチバ、ゼン。こいつらの検査が終わったらすぐ行くからドミ姉のとこにでも行っててくれねーか?」
「分かりました。スピラもお仕事頑張って下さいね。それではオチバさん、次に行きましょう」
そうして次にゼンに連れてこられたのは、魔法陣のようなものが彫られた大きな台座を中央に設置している部屋だ。
部屋の中にいる人は少なく、壁の付近には用途の分からない様々な形の道具が整理された状態でいくつも置いてある。
「ここは……?」
「ここでは魔道具の研究を行っているんです。魔道具は魔力を注げば誰でも同じ魔法が使えますからね。発掘された珍しい魔道具の効果や構造を調べて新たな魔道具の開発に繋げているんですよ」
「へぇ、それじゃレファリオの魔道具もここで作られたのか?」
「はい。それと……あ、来ましたね」
そう言ってゼンが視線を向けるのは、よく分からない大きな道具を部屋に運んできた人物に対してだ。
その人物も漏れなく白衣を着ており、大きな道具を軽々と部屋の隅に置くと俺たちに気付いて近付いてくる。
「お疲れさまです、ドミ」
「ゼン兄さん、戻ってたのか。姿が見当たらなかったから運んできた魔道具はいつも通りその辺に並べておいたぞ。……ん?あぁ、オチバを迎えに行ってたのか。よく来たな、オチバ」
「おう、久し振りだな。ドミ」
現れたのはドミだ。
ドミは印象通り、力仕事で役立っているようだ。
「これから所長のところに行くのか?」
「ええ。これからオチバさんを連れて行く所ですよ」
「そうか。なら私もついていこう。丁度、所長に持ってくるように頼まれていた荷物があるんだ」
「あぁ、例の荷物ですね。分かりました。ではここで待ってますね」
「ん」
ドミは小さく頷くとこの場を後にする。
だが、俺は今の会話を見逃せない。
「なぁ、例の荷物ってもしかして……!」
「はい。恐らくオチバさんが今日一番の目的としている物ですよ」
◇◆◇
「ここが所長のピアード博士がいる研究室です」
スピラ、ドミと合流し、ゼンの案内のもと辿り着いたのはこの施設内で最も奥に配置された部屋だ。
「所長の研究室なのに随分隔離された場所にあるんだな……?」
「ピアード博士は忙しい方ですからね。出来るだけ研究に集中してもらうためにこのようになっているんです」
「研究の事になると周りに迷惑ばっかかけっからだろ?ピアードのおっさん、少しでも気になる事があると形振り構わねーからな。オチバも気をつけろよ」
「……らしいけど?本当のところどうなんだ?ゼン」
「否定はしません」
「ゼンがフォローしきれねぇとなるといよいよだな……」
だがこれも魔道具を得るためだ。
「ピアード博士、ゼンです。オチバ・イチジクさんをお連れしました」
『おー!!やっと来たか!!ほれっ!早く中に入っとくれぃ』
ゼンが部屋に向かって呼び掛けると、非常に活力に溢れた声が返ってきた。
「失礼します」
ゼンが先進を切って部屋に入っていき、俺たちも続くと、まず目に飛び込んだのは山積みされた書類の山だ。
「うわぁ……」
「おぉ!!お前さんが魔力のないっていう珍しい奴か!!」
お世辞にも綺麗な部屋とは言えない状況に思わず声が漏れてしまったが、部屋の主であろうピアード博士と思われる人物は全く気にした様子はなく、手に持っていた物を放り出して俺に近寄ってくる。
「オチバさん、この方が魔法研究機関の所長、ベゼッセナー・ピアード博士です」
「おうとも!!ワシがここの所長、ベゼッセナー・ピアードじゃ!」
ベゼッセナー・ピアードを名乗る人物は、魔法研究機関特有の白衣を着たモジャモジャ頭の老人だ。愛嬌のある顔つきで、初対面としてはとても印象が良い。
「えーと、はじめましてピアード博士。俺は──」
「分かっちょる!!オチバ・イチジクじゃろう?この日をどれだけ待ちわびたと思っとるんじゃ!」
「そ、そうですか。それで俺にどんな───って痛った!?」
そして、その印象は突如裏切られた。
ピアード博士はたじろいだ俺に近づくと、何の躊躇いもなく俺の髪の毛を数本毟り取るという行動をとったのだ。
「はぁ!?何すんだこのおっさん!?」
唐突な奇行っぷりに俺の危険センサーも警鐘を鳴らしている。
「用件が聞きたいんじゃろ?ほれっ、これでワシの用件はほぼほぼ終わりじゃ! それにしてもワシ如きの魔力強化についてこれないとは、本当に魔力で身体を強化出来ないんじゃのう……」
「マジでヤベぇな!?このおっさん!?」
「はぁ……だから気をつけろって言ったろー?」
「いや、初手で髪の毛毟んのは予想外過ぎんだろ!?」
なるほど、これは誰もが毛嫌いする訳だ。
もう俺の中でこの人に敬意を払う気持ちは完全にない。
「おほーーー!!!こいつはたまげた!!この髪には全く魔力が流れておらんのか!!」
既にピアード博士の興味は俺よりも、俺の髪の毛に向いている様子だ。
「……もう用件がねぇってんなら俺も魔道具だけ貰って帰りてぇんだけど構わねぇかな?」
「そうしたくなる気持ちは分かりますが、魔道具の所有権移譲の確認は所長にしてもらう必要があるので……ピアード博士、例の魔道具をオチバさんに渡しても構いませんか?」
ゼンがピアード博士にそう聞くと、
「おぉー!そうじゃったな!」
ピアード博士は手に摘んでいた俺の髪の毛を放り──出すのを止め、
「……ちょっと、待つんじゃ」
俺の髪の毛を小さなガラス瓶に詰め、棚へと仕舞ってから再び戻ってくる。
「待たせたのう!それでお前さんに渡す魔道具じゃが……んあ?何処に置いたんじゃったか……」
「ピアード博士、ドミに運ぶように言ってたのではないですか?ドミが博士から荷物の手配を頼まれていたと言っていましたよ」
「おぉ!そうじゃったそうじゃった!!」
「ドミ、ピアード博士に荷物を」
「ああ」
ドミから荷物──箱を受け取ったピアード博士は無造作にそれを開封していく。
箱の中から出てきたのは首飾りと刃の付いていない剣の柄だ。
「こいつらをお前さんにやろう」
ピアード博士は首飾りと剣の柄を掴むと俺に手渡してくれる。
首飾りは、表面が削られた黒い小さな円盤に紐が通されたタリスマンのような造形であり、
「……この黒い円盤、なんか何処かでみたことあるような気がすんな」
「あっ!!それわたしたちがぶっ倒したゴーレムの核じゃねーか!?」
スピラがズバリと指摘する。
「そうじゃ、お前さんたちが倒したゴーレムの核はゴーレム討伐の功績が認められた後、最終的に魔法研究機関で買い取って研究材料になったんじゃ」
「へぇ、それでこれはどんな魔道具なんだ?」
「こいつは魔力を自動で生成して保存する魔道具じゃ」
──なっ!?そ、それは……!?
「あのゴーレムの素材なのに案外ショボい能力なんだな。わたし、アイツに骨折させられたんだぜ?」
そうボヤくスピラだが、とんでもない。
「何言ってんだ!!こいつはすげぇ魔道具だぞ!?」
「えぇ……オチバ、それマジで言ってんのか?」
「マジもマジ!!大マジだっての!!」
「ほう、やはりお前さんにとっては役立つ道具じゃったか」
「役立つなんてもんじゃねぇよ!こいつがあれば日常生活は勿論、今後の魔道具の発動における魔力問題が全部解決すんだからな!!」
この瞬間、俺は再びベゼッセナー・ピアード博士への評価を百八十度変えたのだった。
読んで頂きありがとうございます。




