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よろしくお願いします。

 明くる日、もうすっかり日が出る前に起きる習慣がついた俺が朝の支度を終えると、それとほぼ同じタイミングで部屋のドアが小さく叩かれた。


「オチバ様、おはようございます。起きてらっしゃいますでしょうか?」


 出来るだけ迷惑を掛けないようにと細心の注意を払っているのか、小声で俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。


 ──この声、確かここの従業員の人だな。


 その声に覚えがあったのでドアを開けると、そこには申し訳なさそうな表情を浮かべたこの宿屋の従業員が立っていた。


「ああ、良かった!起きてらっしゃいました!オチバ様、おはようございます。朝早くに大変申し訳ございません。その、お客様が外にお見えです」


「お、お客様?こんな時間にか?」


「はい。どうも急ぎの様子でして、直ぐに呼んできてほしいと……。それでは」


 従業員はそう告げるとそのままレファリオの部屋の前でも同じ事を繰り返し、階下へと降りていった。


 程なくして、支度を済ませたレファリオも部屋から顔を出す。


「おはよ。お客さんが来てるみてぇだけど、こんな早い時間に来る人なんて心当たりあるか?」


「おはようございます。さぁ?でも訪ねてくるとしたらリーノさんくらいじゃないですか?まさか今のアルメヒス家がそこまで暇してるとは思えませんし」


「まぁ、昨日の今日だしな。決闘の影響が所々に出て忙しくなっててもおかしくねぇか」


「いえ、どうやら決闘のあと直ぐにルーマ姉上が行方をくらませてしまって、アルメヒス家ではそれが結構な騒動になってるんですよ。家督相続権がなくなったとは言え、二種のオリジナル魔法が使える希少な人材ですからね」


「……いや、お前かなり冷静だけど、それルーマのやつは大丈夫なのか?」


 ルーマ・アルメヒスは、レファリオの双子の姉で、アルメヒス家の長女だったが、昨日の決闘によってアルメヒス家の家督相続権を失ってしまった。


 ルーマ本人は嬉しそうに去って行ったので心配はいらないように思えたが、どうやらそのまま誰にも行方を伝えず足取りが掴めていないとのことだ。


「心配いりませんよ。ルーマ姉上は元から貴族としての矜持なんて気にしていませんでしたし、要領も良いんで食い扶持(ぶち)に困ることは多分ないですよ」


「あー、確かに頭の回る奴だったしなぁ」


 そんな会話をしながら俺たちも階下に降り、外で待つというお客様のところへと向かうと、


「フォルカー衛士長……?」


「……どうしてあなたがここにいるんですか?」


「よぅ、二人とも。今朝はよく眠れたか?快眠中だったら邪魔して悪かったな。それと噂は聞いてるぜ?随分な活躍だったんだってな?」


 そこには、アーディベル家の家紋が入った魔馬車の手綱を手にするフォルカー衛士長が待っていた。


 フォルカー衛士長は、謂わばアーディベル家の騎士団長のような役職を持った、掴み所のない性格の中年だ。

 アーディベル家に俺が来た当初は何度か話す機会もあったが、俺の仕事がリスティアお嬢様の付き人というのもあって最近では関わる機会は殆ど無い間柄でもある。


「どうしてここにいるか、なんて冷たいねぇ。同じアーディベル家を盛り上げる仲間だろうに」


「仲間かどうかはともかくとして、あなたの役目はアーディベル家の守護の筈です。まさかそれを放ってる訳ではありませんよね?」


「はぁ、見りゃ分かんだろ?仕事だよ仕事。全く、少し表情が柔らかくなったかと思えば相も変わらずレファリオ少年は頭が固いねぇ。ま、とにかく魔馬車に乗り込みなっ、ほれ」


 フォルカー衛士長は豪奢な魔馬車を指し、俺たちに有無を言わさず乗り込むように言う。


 あまりの性急さに俺もレファリオもフォルカー衛士長に懐疑の眼差しを向けるが、


「安心してくれっての。ちゃんと行き先はアーディベル公爵家だよ」


「……分かりました。オチバさん、この人がここまで明言するなら少なくとも行き先は僕らと同じのようです。何か隠してるのは間違いないでしょうけど」


 そう言って魔馬車に乗り込むレファリオに続いて俺も乗り込んでいくのだが、途中でレファリオの動きが止まる。


「どうしたレファリオ?」


 レファリオの肩越しに覗き込むと、


「オチバ、そしてレファリオ。二人とも昨日はよく勝利した。アーディベル家当主としても鼻が高い思いだ」  


 そこにはアーディベル家当主、ウルリーケ・アーディベル公爵が既に座していたのだった。



 ◆◇◆



 既に俺たちが乗った魔馬車はアーディベル領に向けて走り出しているが、リーノに関しては宿屋の人に言伝(ことづて)を頼んだのでカザン亭についての心配はいらないだろう。


 だから今俺たちが気にするべきは、


 ──なんで俺たちがアーディベル公爵と同じ魔馬車で帰ることになってんだって事だ。どう考えても異常事態だろ……。


 と考えていると、


「うむ、この状況に戸惑うのも無理はない。君たちを迎えに来た理由を簡潔に説明しよう」


 嬉しくも公爵の方から説明してくれるようだ。


「実は、昨日の決闘を聞きつけた敵対派閥の貴族たちがこぞって君たちを引き抜くために動き始めた、という話を耳にしてな。彼らがどんな手を使うか分かったものではないから急ぎでフォルカーを呼び寄せたのだ」


 この状況は公爵が俺たちの身を案じてのことだったという訳か。


「そして当然あの決闘は敵対派閥のみならず、私も支持するクラウディオ様の派閥の者たちの耳にも入ったようでな。端的に言えば、リスティアの従者選びについて君たちを推す意見が多く届いたのだ」


 そして今の話を聞くに、どうやら状況は俺にとって追い風のようだ。


「ロルフと相談して決めることになるだろうが、リスティアの従者採用試験についての新たな発表をすることになるだろう」


 公爵が邸宅に帰るのも、急いで俺とレファリオを回収したのも、全てはその“従者採用試験の新たな発表”が関係しているに違いない。


 ──そしてこのタイミングっ!もしかするとっ!?


 もとより俺が一足飛(いっそくと)びにリスティアお嬢様の従者として採用されていないのは、(ひとえ)に公爵が最も実力のある人物を娘の従者に付けたかったからだ。


 決闘で実力を示すことが出来た今、その可能性に期待せざるを得ない。


「と、その前にこれだけは確認しておきたい事があったのだった」


 思わず頬が緩みかけていると、一層真剣味を帯びた公爵の声が俺とレファリオに掛けられる。


「お前たちの“リスティアの従者になる”という意思に変わりないな?」


 正面から見据えられる公爵の眼力にはたじろかされるものを感じるが、俺だって退くわけにはいかない。


 目的の一つとして、俺はセアリアス学園でライハ神から神の情報を得るというのは確かにある。


 だが、リスティアお嬢様の事が心配だという気持ちも本当のものだ。


「はい」


「勿論です」


 レファリオもレファリオで目指すものがあるのだろう。

 俺たちは二人して公爵の問に力強い返事で(こた)えていた。


「ならばこれ以上私から言うことはない。お前たちはその覚悟を示しさえすればいい」


 公爵は何やら思わせぶりな台詞を放つが、


「さて、真面目な話ばかりでは疲れるだろう。まだ着くには時間が存分にある。そうだ。二人が帝都に来ることになった経緯でも話して貰えないだろうか」


 公爵にそう言われてしまえば俺たちに断ることなど出来るはずも無く、話題は次から次へと移り変わっていき、結局アーディベル邸に到着するまでの間に公爵の言葉の真意を探ることは出来なかったのだった。



 ◆◇◆



 俺たちがアーディベル邸に到着したのは日が傾き始めた夕刻の頃合いだった。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 それでも流石というべきか、アーディベル邸の正面玄関にはロルフさんを筆頭にメナージュメイド長や他の使用人たちがずらりと並んで公爵を出迎える準備を整えていた。


「みんな出迎えご苦労。ロルフ、直ぐに衛士や研究員たちを含めた使用人を集める手配をしてくれ。それと従者採用試験についての相談もある」


「畏まりました。旦那様」


 公爵からいくつか指示を受けたロルフさんは、近くの使用人を呼び付け、走らせる。


 そんな中、突如アーディベル邸の玄関から桃色のシルエットが飛び出してきた。


「お父様!お帰りなさいっ!」


 それは付きメイドのティミを後ろに引き連れたリスティアお嬢様だ。


 飛び出したリスティアお嬢様はそのまま公爵目掛けて抱き着くとその胸に顔を埋める。


「おお、リスティア!出迎えありがとう。だが、人前ではそれは少々はしたなくないかい?」


「あ、えと!…………お帰りなさいませ、お父様」


 公爵に指摘されるとリスティアお嬢様は、バッと公爵から離れて取り繕うようにカーテシーをする。


「ただいま、リスティア」


 リスティアお嬢様はそれからいくつかの言葉を公爵と交わすと、今度は俺たちの方へと駆け寄って来た。


「オチバもよく戻ったわ!それにその様子だと仲直りできたようね!ねっ!わたしの作戦通りだったでしょ?わたしに感謝していいわよ?」


「は、はは……。仲直りするにしては結構な労力を使ったけどな……。でも結果的に上手くいったし、ありがとよ」


 リスティアお嬢様の言葉を聞いて、そう言えば当初はレファリオと打ち解けてレファリオの情報を得るための帝都へのお使いだった、と思い出しながら礼を言うと、


「リスティアお嬢様、この度はオチバさんと打ち解ける機会を頂き誠にありがとうございました」


 隣にいたレファリオがリスティアお嬢様に向かって膝を着き、感謝の言葉を述べだした。


「えーと……貴方は……レ、レファ……?いえ、気にしなくていいわ」


 それに対してリスティアお嬢様は戸惑った様子だ。


 ──まぁ、身内ノリに水を差された形だしな。無理もねぇか。


 それよりもレファリオの名前がまだリスティアお嬢様に覚えられてない方が問題だと言える。


「そもそもわたしは、貴方と仲直りがしたいって言うオチバに少し力添えしただけだもの。それでも、恩を感じているならこれからもアーディベル家に尽くしてちょうだい」


 リスティアお嬢様はそう言ってレファリオとの会話を切り上げると俺に向き、


「それじゃあ、オチバ。帝都のお菓子はちゃんと買ってきてるわよね?早速お茶にするわよ!」


 その興味は帝都で手に入れた菓子に注がれるのだが、


「待ちなさい。リスティア」


 それを父親であるウルリーケ公爵が止める。


「? 何でしょう?お父様?」


「このあと直ぐにお前の学園生活における従者に関する話をする手筈になっている。お茶はその後にしなさい」


「……分かりました、お父様」


 目に見えて落ち込むリスティアお嬢様に少し困った表情の公爵は、そのままリスティアお嬢様の肩を抱いて邸宅へと入っていく。


 すると、


「これより中庭にて旦那様よりお言葉を(たまわ)ります。各々(おのおの)長職に就く者は部下たちへの連絡を徹底し、迅速に中庭へ集合させなさい」


 いつものロルフさんからは想像もできない重低音の声が辺りに響き渡り、長職に就く使用人たちが慌ただしく動き始めた。

 そしてそれぞれが動き出すのを見届けたロルフさんは、続いて俺たちの方へ歩み寄る。


「オチバ殿、レファリオ殿。帝都でのお勤めご苦労様です。お疲れのところ早速ですが、これからお二人には急いで支度を整えてもらいます」


「支度、ですか?」


「はい。昨夜、旦那様からお二人の特別な使用人服を作るようにとの指示をいただきました。既にそれらの使用人服はお二人の部屋に届けていますのでそちらに着替えてから中庭に来るようお願いします」


 ロルフさんはそれを俺とレファリオに伝えると早々に背を向けて去っていく。


 もとより慌ただしい雰囲気に落ち着かない気持ちではあったが、


「……これってもう決まりじゃねぇか?」


「奇遇ですね……僕も多分今オチバさんと同じことを考えてますよ……っ」


『クラウディオ派閥の貴族の後押し』、『魔馬車での公爵との問答』、『特別な使用人服』、これらのピースが結び付き、俺とレファリオは浮足立つ気持ちを抑えられず、自然と高揚した気持ちになりながら口角が上がる。


「とにかく急ぎましょう……!この感じですと、多分僕らが遅れるのは非常にまずい気がします……っ!!」


「間違いねぇっ!急ぐぞっ!!」


 俺たちは期待に胸を膨らませながら急いで各々の部屋へと向かうのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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