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少し遅れましたが、よろしくおねがいします。

「先ずは、戦い抜いた両者に賛辞を贈らせて貰おう」


 大きな歓声に埋め尽くされた闘技場だが、アーディベル公爵の重々しい声が響くと一気に静まり返る。


「決闘に基づき、勝者であるレファリオ・アルメヒスを我がアーディベル家の正式な使用人として迎え入れる事を約束する。救護者よ、勇士たちの治療を急いでくれ」


 公爵から指示が出されると闘技場の隅に控えていた救護者たちがティグルとレファリオをこの場から運び出す準備を始める。


「素晴らしい決闘だった。我がアーディベル家の使用人の力を示す事は勿論、志を共にするアルメヒス家の次代を担う者たちの姿も十分に見ることが出来た。改めて、信念を懸けて闘った勇士たちに敬意を」


 アーディベル公爵がそう締めくくって立ち去ると、闘技場は再び大きな歓声に包まれたのだった。



 ◆◇◆



 公爵が去れば観客席の注目が嫌でもこちらに向くのが予想できた俺は、公爵が立ち去るのを見て早々に選手通路へと引っ込む事にすると、


「お疲れさま。やっぱりわたしの目に狂いはなかったわね」


 そこにはしたり顔をしたリーノが待ち構えていた。


「それにもう戻って来ちゃって良かったの?こんな経験、中々得られるものじゃないわよ?それに名前を売るには打って付けの機会なのに……勿体ないわね」


「そもそも好き好んで得た経験じゃねぇよ。お前に巻き込まれなきゃ今頃は俺も観客席にいただろうしな」


「そうかしら?あなた、何処に居ても注目の的じゃない。ねぇ、本当は最初からこうなるって分かってたんじゃないの?」


「だから、全部偶然だって言ってんだろ……」


「ふふ、あんな勝ち方しておいてよく言うわ。まぁ、あくまで白を切るつもりなら、そういう事にしておいてあげるけど」


「あんな勝ち方……?はぁ、もう疲れたからどうでもいいよ。で、決闘の件を話すんだろ?レファリオたちの容態は大丈夫なのか?…………正直、ティグルにはちょっとやり過ぎちまった気もすんだよ」


 そんな不安を口にするが、


「その心配はないわ。二人ともしっかり魔力を頭に行き渡らせて防御はしてたもの。見た限り、気絶しちゃっただけよ」


「……え、それだけで済んでんのか?」


 どうやら二人とも大事には至っていないらしい。


「むしろ、魔力のない攻撃でよくティグルさんを落とせたわね?まぁ、それだけティグルさんも消耗してたって事でしょうけど」


 逆にリーノからすれば、僅かな差で俺が負けてたかもしれない状況にヒヤヒヤしていたようだ。


「……そう聞くと本当、魔力ってズリぃな」


「勝ったあなたがそれをいうのね……。でも、これで一件落着だわ!あなたの名前もこれで帝都に広がるだろうし、わたしの野望もこれで一歩進んだもの!」


 ──リーノの野望って、故郷の国を転覆させる、だっけか。マジで関わりたくねぇんだけど。


 もう荒事には巻き込まないで欲しいが、言ったところで徒労に終わるのだろう。

 なら、俺に出来るささやかな抵抗は、話題を変えることくらいだ。


「……つーか、決闘はともかく、闘技場での試合ってのは帝都じゃ割とメジャーな催しだって聞いたぜ?俺は闘技場で一回戦っただけなのにそんな名前が広がるもんなのか?」


 俺の繰り出した話は、この決闘の影響力についてだ。


「確かに普通はそうね。試合の名称を決闘に変えたところで帝国民にその違いはピンと来てないと思うわ。でも今回は公爵様と男爵様が見届けてくれたお陰で多くの人に注目されたのよ」


 そうなると、アーディベル公爵とアルメヒス男爵が闘技場に現れたのは偶然ではなく、リーノが密かに暗躍した結果なのだろう。


「なるほど。それじゃあほとんどアーディベル公爵とアルメヒス男爵のお陰ってことか」


 それならこの騒ぎも一過性のものだろうと安堵するが、


「それだけじゃないわよ?あなたが帝国民にとって特別な戦いを見せたのが一番大きいわね。わたしもあなたがあんな勝ち方するなんて本当に驚かされたわ。まさか、初代ロイライハ皇帝の戦いを模倣するなんてね」


 リーノは俺に新たな事実で追討ちをかけた。


「…………初代ロイライハ皇帝の戦い方を模倣?お前、何言ってんだ?」


「何って、『相棒の魔法使いから魔法を託されて敵を打ち破る』、これはロイ神とライハ神、そして初代ロイライハ皇帝の有名な逸話よ?」


「…………あっ!?」


 ──そ、そうだ!?確かにリスティアお嬢様の授業の中でそんな話を聞いた気がする……っ!?


「レファリオさんから魔道具を託されて、ルーマさんとティグルさんを打ち破ったあなた。どう見ても逸話通りの展開じゃない。もしかしてこれも偶然だって言うつもりかしら?」


「ち、誓って偶然だぞ!?」


「はいはい、偶然よね」


「おいっ!?」


 この決闘は魔力のない俺が必死に足掻いて掴んだ勝利なのだが、最早リーノはまともに取り合ってくれるつもりはないようで、


「そろそろ二人も起きた頃合いじゃないかしら。さ、行きましょう?」


 俺の言葉を軽く流すと、レファリオとティグルのいる医務室に向けて歩き出すのだった。



 ◆◇◆



 医務室にたどり着くと、レファリオもティグルもベッドに横たわっているが起きているようで、ルーマも俺たちより先に既に医務室へとやって来ていた。


「オチバさん、お疲れさまでした」


 レファリオは俺を見つけて目が合うとそう言って小さな笑みを浮かべる。


「レファリオもお疲れ。その感じだと本当に無事みてぇだな。良かった」


 レファリオが無事な様子を確認し、続いてティグルの様子も確認しようと視線を向けるが、ティグルは全く視線を合わせようとせず、無言で腕組みをしている。


 ──うわぁ……めちゃくちゃ怒ってんなぁ。


 とは言え、ティグルも見た感じでは重体という訳でもないのだろう。


 レファリオ、ティグルと続いて一応ルーマの様子も見てみると、ルーマはうっすらと口角を上げながら俺にひらひらと手を振って反応して見せる。


 ──こっちはこっちで何考えてんのか分かんねぇけど、平気そうだな。


 と全体の様子が確認出来たところで、


「お待たせました。皆様、怪我の具合は如何でしょうか?差支えなければ此度(こたび)の決闘の結果に(ともな)う清算の読み上げをさせて頂きたく思います」


 リーノの凛とした声が医務室に響く。


 そして誰も口を挟む様子が無いのを確認したリーノは、手元で書状のようなものを広げ、それを読み上げた。



「一,この決闘で勝った『レファリオ・アルメヒス』をアルメヒス家からアーディベル家に送り出す正式な使用人とする」


「ニ,決闘者の『ルーマ・アルメヒス』、及び審判者の『リーノ・プルプァ』の命運を『レファリオ・アルメヒス』、『オチバ・イチジク』のものとする」


「三,『カザン亭 ロイライハ支店』の『リーノ・プルプァ』が持つ全権を『レファリオ・アルメヒス』、『オチバ・イチジク』に譲渡する」


「四,此度の決闘以後、『ルーマ・アルメヒス』、『ティグル・アルメヒス』の『オチバ・イチジク』に対しての報復行為を禁ずる」


「以上となります。また、これらの項は見届人であるウルリーケ・アーディベル公爵様、オーレイ・アルメヒス男爵様、両名の立会いのもと作成させて頂きました。違反した場合、両名の名の下に罰せられるとのことです」


 ──よしっ!!


 読み上げられた内容の中で、俺が一番重要視してたのは当然四つ目の項だ。

 このためだけにこの決闘に首を突っ込む事になったと言っても過言じゃない。


「一つ、宜しいですか?」


 満足のいく結果に喜んでいると、レファリオが声を上げて注目を集める。


「この決闘、確かに僕とオチバさんが勝ちました。ですが主観的にも客観的にもこの決闘の功労者は間違いなくオチバさんの筈です。ですから僕は二項と三項の権利を放棄して、オチバさんに譲りたいと思います」


「ちょ、ちょっと待て!!お前、厄介だからって俺に押し付けようとしてんだろ!?」


 リーノは自国の国家転覆を謀る危ない奴ということが俺の中で判明している。


 ルーマは俺に対して報復出来ないものの、催涙風船爆弾を浴びせた手前、友好的かと言われれば疑問を抱かずにはいられない。


 カザン亭は少しメリットを感じるが、店なんか持ってしまえばここから離れられなくなってしまう。


「俺だってそんな権利いらねぇよ!?」


 これからの事を考えればどの権利も足枷(あしかせ)になる可能性が高いとしか思えないため強く抗議するが、


「ならオチバさんも所有権の放棄をすればいいじゃないですか」


「え、出来んの……?」


 レファリオのあっけらかんとした答えに俺は毒気を抜かれる。

 確認のためにリーノにも視線を向けると、


「出来るわよ?所有権を放棄することは項目で禁止されてないもの」


 リーノもそれを肯定する。


「えぇ……?じゃあ俺もそうさせて貰うぞ?」


 困惑しながらも出来るならば、と俺も権利の放棄を決める。


 ──でもリーノの目的って、俺に取り入って国家転覆の下準備をするためだったよな……?


 あっさりと俺が権利を放棄するのを認めたリーノの狙いに首を傾げるが、


「良いわ。それじゃあ、先ずは二項から処理するわね」


 疑問が晴らされる間もなく、迅速に権利の放棄の手続きが進んでいく。


 しかし、リーノがこのまま何もしないとはどうしても思えなかった俺はリーノの企みに身構える。


「はい。ルーマさん、これでわたしとあなたは自由の身よ」


 リーノがルーマにそう告げたのを見て、


 ──ん?今、リーノのやつ……。


 俺はリーノの新たな違和感が引っ掛かってしまい、先程の疑問は頭の隅へと追いやられてしまう。


「……あぁ、そういう事か。道理でティグル兄上が静かな訳だ」


 ルーマもリーノの言葉づかいの変化から何かに気づいた様子だ。


「確認だが、君は貴族に対して常に敬語を使っていたはずだけど、今の言葉には敬語(それ)がなかったね?」


 正しくその通りだ。今のリーノの台詞はルーマに対して敬称はつけていたが、その口調はフランクなものだった。


「ええ。敢えて敬語を使わなかったわ。こういうのは早く気づくことに越したことはないもの」


 言葉づかいの変化がリーノの気まぐれではないと確認したルーマは確信を得る。


「やはりそうか。つまり、もう私は貴族でも、アルメヒス家の者でもないということか。なるほど、ティグル兄上の狙いはこれだったのだね?」


 そして、ルーマが事態を理解するのを待っていたのだろう。今まで黙していたティグルがここに来て口を開く。


「そうだ。この決闘が決まった時点で、勝敗に関わらず私の目的は達成されていたも同然だったという事だ。……オチバ・イチジクに一杯食わされたのは気に入らんが、貴族の名にかけて誓った言葉だ。見逃してやる」


 ティグルはそう告げるとベッドから立ち上がり、もうこの話に自分は関係ないとばかりに部屋を出ていった。


「…………どういうことですか?ルーマ姉上が貴族でもアルメヒス家でもないって。そんな決まりは先程の項目にはなかった筈ですよね?」


 ティグルが去って静まった部屋の中でレファリオがリーノに問い詰める。


「そうね。ルーマさんの家督相続権の剥奪は決闘の清算の項目にはないわ。でも予め決めたことよ。決闘は互いの命運を懸けて戦い、敗者は勝者に全てを明け渡すと」


 リーノの口から語られるのは、決闘で互いに懸けたものについてだ。


 そして、いち早く状況を理解したルーマがリーノの言葉を引き継ぐ。


「決闘相手にアルメヒス家とは無関係のオチバがいる以上、敗者である私から“アルメヒス家の家督を継ぐ権利”を剥奪しなければ、アルメヒス家としては将来的に不安な要素を残すことになるからねぇ。敗者の私がアルメヒス家から放逐されるのは当然の流れという訳さ」


「……ルーマ姉上はそれで平気なんですね?」


「平気も何も、これは私にとってむしろ良い話じゃないか!まさかティグル兄上が最後にこんなプレゼントをくれるとは思わなかったよ!これで私は名実共に自由の身となった訳だ!……いっそ名前も変えてみるのもありだとは思わないかい?」


「……どうやら余計なお世話みたいだったようですね」


 既に自分の世界に入ってしまっているのか、ブツブツと嬉しそうに悩むルーマは、やがて思い立ったように部屋を出ていったのだった。



 ◆◇◆



 ティグルとルーマは決闘に負けたが、結果的には両者とも納得の行く成果が得られたようだ。


 俺とレファリオも決闘に勝って目的は達成出来たし、ルーマとリーノの所有権だって放棄することが出来た。


「さて、後は“カザン亭 ロイライハ支店”の権利も放棄すれば──」


 と言葉にしたところで、



「本当に手放して良いのかしら?」



 リーノが言葉を被せてきた。


「…………良いに決まってんだろ。レファリオも放棄するよな?」


「えぇ、僕には必要ないですし、その店が潰れても別に構いませんから」


「そうそう、俺だってこの店が潰れようが…………はぁ!?もしかして俺たち二人ともこの店の権利を放棄したら、この店って潰れちまうの!?」


「それは、そうじゃないですか?だってもうリーノさんはこのお店に関して一切の権利がない訳ですし。僕とオチバさんがこのお店の権利を放棄するならそのまま売却されるのが普通ですよ」


「いや!?それは困るだろ!?だってリスティアお嬢様が万が一この店の菓子を気に入ったら何処で手に入れればいいんだよ!?」


 以前と比べて我儘の度合いも頻度も柔らかくなったとされるリスティアお嬢様だが、やはり根っこの性格は激情家で、ストレスが溜まってくると見るからに機嫌が悪くなる。


 そして、そのストレス発散に付き合わされるのが付き人である俺やティミだ。

 リスティアお嬢様が俺たちを頼りにしているのは分かるが、そのストレス発散に付き合わされる身としては中々にハードだ。


 ──ましてや、店が無くなる原因が俺にあるって知ったらどんなハードな無茶振りに付き合わされるか分かったもんじゃねえぞ!?


 だからこそ、俺はこんなにも店の存続について躍起になっていた。


「…………お店を潰したくないのであれば、他の人にお店の権利を譲って経営してもらう、という手はどうです?」


「それだ!!早速明日帰ったらロルフさんに相談──」


 レファリオの名案に飛びつく俺だが、


「無理よ」


 リーノが即答で(いな)(とな)える。


「なんで!?」


「だってあのお菓子は私じゃないと作れないもの」


 それは至ってシンプルな理由だ。

 だがそれならそれで話が早い。


「……分かった。いくらであのお菓子のレシピを売ってくれる?言い値を出すぞ」


 これでも公爵令嬢の付き人だ。金に関してならかなり出せる。決闘の道具が買えたのだってそんな背景があったからだ。


 しかし、


「レシピを売るつもりはないわよ?」


 リーノは無情にもバッサリと切り捨てた。


「何の腹いせだよ!?お前に巻き込まれて散々な目にあってる俺の気持ち考えたことある!?」


 思わず泣き言めいたことを口走ってしまったが、


「…………あっ、まさかお前!?」


 そこでリーノの思惑に勘づく。


「気付いたかしら?そうよ。あなたがこの店のオーナーになって私を雇えば解決するわね?」


 やはりリーノは企んでいた。


「お、お前!?そのために先にお前の所有権を俺たちに放棄させたな!?」


「当たり前じゃない」


 リーノは自身の所有権を俺たちに放棄させ、菓子のレシピを聞き出せなくなる状況を見越していたのだ。


「言っておくけど、わたしはあなたが所有するお店じゃなきゃ雇われるつもりはないわよ?」


 そして、その言葉が決定的だった。


「はぁぁぁ………………。分かったよ、この店の権利は俺が貰う。そんで店のことに関しては全部リーノに任せてぶん投げる。これでいいんだろ!」


「流石ね!最高の結末よ!」


「俺は特大の爆弾を抱えた気分だよ……」



 ◆◇◆



 決闘の清算が終わり、リーノがカザン亭へ向かったのを見届けた俺とレファリオはその足で宿へと帰ることにした。


 宿の廊下でレファリオと別れ、借り部屋に入った俺は、備えられているそれなりに上等なベッドに吸い寄せられ、くたくたになった体をベッドに投げ出す。


 それから俺は、疲れから動く気力もなく、ぼーっと頭に浮かぶ悩みのタネを数えていく。


 ──神について……セアリアス学園……リスティアお嬢様……。


 そうしてる内に意識が朦朧としていき、


 ──クルエル教……ゲルトナー……従者採用試験……レファリオ……。


 (まぶた)も落ちていく。


 ──魔王因子……勇者……クラルテ……………。


 やがて意識を手放した俺は、翌日の朝まで泥のように眠ったのだった。




 ◆◇◆




 誰もが寝静まる夜中、オチバの借り部屋の前に誰かが立つ。


 その人物は部屋の扉に触れるようなことはせず、耳を澄まして中の人物が完全に寝入っているのを確信すると一人で呟きだした。


「…………あなたの事を誤解してました。あなたは魔力を持たない。けれど、だからこそ何事にも全力でぶつかることが当たり前だと知っていたんですね。その姿勢が僕には全く足りてなかった。リスティアお嬢様があなたを付き人に指名したのは、そんなあなたの真摯な姿を見たからだと、今なら分かります」


 言葉を区切ったその人物は、少し悩む素振りをしたあと、ふぅ、と息を吐き出して続ける。


「……面と向かって言うのは癪なんで、いま言わせてもらいます。ありがとうございました。あなたのお陰で勝つことが出来ました。この恩は近い内に必ずお返しさせてもらいます」


 そう言い切った人物は、その場を目撃する者は誰もいないというのに、次第に恥ずかしくなったのか、そそくさと急いで自身の借り部屋へと戻っていくのだった。





読んで頂きありがとうございます。

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