65
よろしくお願いします。
決闘に巻き込まれ、レファリオのパートナーとなり、危機的状況に立たされた俺だったが、それは皮肉にも俺の当初の目的を果たす結果をもたらしていた。
というのも、決闘の作戦を考える事を理由に、レファリオ本人から“影魔法”について詳しく聞き出すことが出来たのだ。
影魔法は、“レファリオの魔力を纏わせた物体の影を立体化させ、その影を自在に操る事が出来る魔法”との事で…………。
◆◇◆
「なんだこいつは!?」
ティグルの目の前に現れた“黒い人影”の正体は、レファリオの影魔法だった。
「ティグル兄上、僕たちの勝ちです。降参してください」
正面から影魔法によるレファリオの人影に羽交い締めされ、背後からはレファリオ本人に勝利宣言を突き付けられたティグルは、その表情も相まって追い詰められているのは間違いない。
──それに、ルーマも……!!
粉塵による煙幕が落ち着き、周囲の状況を確認できるようになった事でルーマの姿も確認出来た。
「……影魔法、まさかそこまで器用な真似が出来る魔法になっているとは知らなかったねぇ。オチバを囮にしていた件も驚かされたよ。ティグル兄上、どうやら私たちはしてやられたみたいだ」
──危ねぇ!?ルーマの奴、もう回復してやがったか……!
ルーマは既に目を開き、立ち上がっている。
──けど、この間合いならレファリオの方が先に動ける……!
更に言えば、レファリオの直ぐ近くにティグルがいることでルーマは先程のような大技を繰り出すどころか、迂闊に動けない状況でもあった。
「オチバ・イチジクを囮にするとは思わなかったが……なるほど。今思えば、オチバ・イチジクが意識を失なっていなかった時点でレファリオの演技を疑うべきだったか」
ルーマとティグルの推察通り、俺とレファリオは“俺を囮にした罠”を張っていた。
──まぁ、要はただの“死んだ振り作戦”だけどな。
アーディベル家の使用人服とカザン亭で買ったこの外套、これら二つの“魔法に対する強い耐性”あってこその作戦だ。
ティグルの側で倒れていたレファリオは勿論やられた振りであり、俺に集中したティグルをレファリオが影魔法と共に奇襲した、というのがあらましだ。
「もう一度言います。降参してください。ルーマ姉上の助けも期待出来ないこの状況でティグル兄上に勝ち目はありません」
レファリオがティグルに二度目の降参を勧めるが、
「……その口振り、ルーマがいなければ私は何も出来ない、そうお前は言っているのか?」
「そんなつもりは…………いえ、分かりました。ティグル兄上、ご覚悟を──」
ティグルの降参しないという強い意思を感じ取ったレファリオが、ティグルを戦闘不能にしようと動いたその時、
「レファリオ、覚悟するのはお前の方だ……っ!!」
ティグルの手元にある長銃が光りを放つ様子が俺の視界に入った。
「っ!? 気を付けろ!!ティグルの奴、何か企んでるやがる!!」
「これはっ!?魔力の暴発っ!?」
俺の声にレファリオも危険を察知するが、しかし一手出遅れてしまっていた。
既にティグルは長銃を手放して防御姿勢を取っているのに対し、レファリオは防御の構えを取る間もなく、長銃から放たれる衝撃が二人を、閃光が辺りを包み込む。
──くっ!?眩しくて状況が掴めねえ!?
ティグルは魔道具である長銃を暴発させることで窮地を脱する賭けに出たのだろう。
それは長銃に最も近くにいたティグル自身も深手を負うリスクを伴う荒業であったが、
──光が収まった!!レファリオとティグルは!?
視界が良好となって二人の姿を見つけると、状況がティグルの思惑通りの展開になりつつあるのを理解した。
ティグルは暴発のダメージなのか、背中に大きな火傷の負傷をしつつも這って距離を取っており、レファリオの包囲から完全に投げ出す事に成功していた。
逆にレファリオは正面から暴発に巻き込まれたせいで額から夥しい血を流し、仰向けに倒れている。
「レファリオっ!?無事か!?」
「大した事……ありません。ですが、ティグル兄上の覚悟を、見誤りました……」
どう見ても重症だが、レファリオは強がる様子を見せる。
「まさか……魔力の暴発による閃光で……僕の影を掻き消すとは……ぐっ……!?」
レファリオは何度も立ち上がろうとするが、フラフラとした足取りで上手くバランスが取れず、膝をついてしまう。
「無理すんな!待ってろっ!!今そっちに──」
そう言ってレファリオの下へと足を踏み出そうとするが、
「──!?」
「……おや、気づかれてしまったか。魔力の気配は極力抑えたのだけどねぇ。殺気、というのを感じ取ったのかな?」
視界の端で僅かに感じた気配に足を止めて振り向いた先には、息を潜めて俺の様子を窺うルーマの姿があった。
そして『殺気』という言葉を聞く限り、
──こいつ!?この状況で俺を攻撃しようとしてやがったのか!?
「ルーマっ!?んな事してる場合か!?お前の兄貴と弟が大怪我してんだぞ!?」
俺はティグルとレファリオを指差して大声で事態の深刻さを伝えるが、
「ふむ。確かに二人とも大怪我をしているね。様子を見るに、最悪の事態の可能性も否定出来ない状況と言えよう。しかし、それで絶好のチャンスを逃すのは勿体ないだろう?」
ルーマは至って当然といった態度でそう述べた。
「お、お前……それマジで言ってんのか?」
「ん?あぁ、兄弟の情があるのか、という話かい?当然あるとも。早く治療してあげたい気持ちは私にもあるさ」
「ならっ!?」
「そのためにもオチバ、君を倒してこの決闘に終止符を打つ、実に合理的な結論だろう?よく見てみるといい、この観衆たちの熱を前に正当性を持って決闘を中断する術など決着をつける以外ないさ」
確かに観衆たちが熱狂している様子は確認出来る。
ルーマの言う通り、ここで決闘を中断する事に観衆は不満を覚える可能性は高い。
もっと言えば、その不満は決闘の当事者に留まらず、アーディベル家、アルメヒス家の両家に対してまで爆発してしまいそうな勢いが感じられる。
「あぁ、それと君が降参するという手もあるにはあるね」
──状況的に俺とルーマが戦っても俺に勝ち目は見えねぇ、な……。
「……なら、ここで降参しちまうのが──」
「まぁ、そんなつまらない決着に観衆が満足するとも思えないから私の魔法で昏倒するくらいのダメージは覚悟して貰うがね」
「──ちょ、ちょっと待てや!?いや、それ降参する意味ねぇだろ!?」
思わずルーマに思いっきりツッコミを入れてしまったが、ルーマの顔は笑っているようで目は笑っていない。
──すげぇ嫌な予感がすんだけど……。
「当然じゃないか。この決闘が終わったら約束で私は君にさっきの仕返しが出来なくなるんだ。仕返しするならこのタイミングしかないんだよ」
ルーマは俺が催涙風船爆弾を投げた事を相当根に持っていた。
「お、お前!?性格ひん曲がりすぎだろ!?そんなの理由で兄弟どもを放置すんのか!?」
「うるさいっ!!元はと言えばあんな非道な道具を使った君に非があるのは明白だ!!あんな痛い思いをしたのは生まれてこの方初めてだ!!絶対にやり返す!!」
そして逆上したルーマは勢いをつけて俺に迫って来る。
俺も何となく不穏な空気を感じた瞬間から懐に手を伸ばしており、
「またさっきの風船爆弾かい?接触しなければ済む話さ!!」
「だぁぁぁ!?結局こうなんのかよ!?」
懐から取り出した小瓶を地面に叩きつけて割る。
「瓶!?さっきのとは違う!?」
ルーマは俺が小瓶を叩きつけた箇所から黒煙が溢れ出すのを見て足を止めるが、
「レファリオ!!全部使うぞっ!!」
俺が計十本もの小瓶を周囲で割った事で辺りが黒煙に包まれ、俺もルーマも互いの姿を視認出来なくなった。
◆◇◆
「……この煙、魔力を含んでるようだねぇ。そして体に害があるわけでもない。使い捨ての魔力瓶、といったところかな?」
ルーマは煙が無害なものであると結論づけると、足元に転がる適当な土くれを左手で拾う。
「……まぁ、有害であればレファリオを巻き込む事になるだろうし当然と言えば当然だねぇ。私が君の立場ならティグルの戦闘不能を狙える道具を使ったがね」
そして握った土くれに反発魔法を行使し、
「だが、私の魔法の前では一時しのぎに過ぎない」
目の前に充満する黒煙へと放り込み、正面の黒煙を打ち払った。
「……煙の量が多いねぇ。これは手間がかかりそうだ」
◆◇◆
次々と黒煙が打ち払われる様子を確認しながら、俺は逃げ回っていた。
──これで手持ちの瓶は使い切っちまった……!
煙のお陰で何とか身を隠すことが出来ているが、見つかるのは時間の問題であり、
「──やべっ!?」
風圧が体に当たったかと思うと、俺を取り巻く黒煙が打ち払われ、
「やっと見つけた。……なるほど、それが君の狙いだったか」
とうとうルーマに、レファリオに肩を貸す俺の姿が捉えられてしまった。
「だが、その様子を見るにレファリオの回復は間に合わなかったのかな?」
ルーマの指摘通り、俺はレファリオに肩を貸して逃げ回っていた。そして、レファリオはまだ一人で歩けるだけの回復も出来ていない。
「では遠慮なくいかせて貰うとしよう」
魔力で強化されたルーマの体が素早く俺へと接近する。
眼前まで迫ったルーマは、俺が逃げられない様に俺の外套を右手で掴み、左手を俺の頭部にかざす。
が、紙一重のタイミングでルーマの左手の向きは明後日の方向へと変えられた。
「なにっ!?」
ルーマの左手を掴むのは俺の影から出てきた人影であり、そしてもう一つ、
「何故私の影までもが操られているっ!?」
ルーマの影から出てきた人影までもがルーマの動きを阻害していた。
「ふふっ、ルーマ姉上は知らなくて当然ですが、この黒煙は僕の魔力なんですよ」
俺が割った小瓶の正体は、リーノ曰く、何処でも市販されている“魔力が詰められる小瓶”だ。
その用途は多岐に渡るが、大抵の場合は使い捨てであり、必要な時に小瓶を割ることで中に保存した魔力を取り出す、という使い方がメジャーらしい。
もちろん俺が魔力を込められるはずも無く、この小瓶に込められた魔力はレファリオのものであり、控え室を出る直前に協力してもらって作った物だった。
そして、レファリオの魔力である黒煙の只中にいた俺やルーマの影はレファリオの魔力を帯びており、
「当然、ティグル兄上の影も僕の影魔法の影響下です……!目視出来ていないので直ぐに拘束することは出来ませんが、僕がティグル兄上の下に辿り着けば決着がつきます……!!」
レファリオの宣言通り、俺たちの作戦はものの見事にルーマの動きを封じるのに成功していた。
ルーマが右手を構えた次の瞬間までは。
「無駄です……!!ルーマ姉上の反発魔法は手の平を此方に向けさせなければ対処出来ます……!!」
レファリオがそう言うのと同時に、俺の影がルーマの右手の向きを誰もいない方向へと逸らす。
だが、
「レファリオ、私が何故、君より優秀だと、君より強いと自負出来るのか分かるかい?」
ルーマは落ち着き払った様子で淡々と話す。
「それは姉だからでも、理由のない自信からでもない。私自身が特別な存在である、という確たる証拠を持って産まれたからだよ」
「…………いったい何の話ですか?」
「実は父上にも明かした事がなかったのだがねぇ。私は魔法をもう一つ扱える」
直後、ルーマの右手の平に風が渦巻き、空気で出来た球体のような物が出現する。
その球体はルーマを抑える俺の影やルーマの影から“何か”を吸収すると、影たちは実体を失っていった。
それだけじゃなく、球体は周囲を取り巻く黒煙をも、あっと言う間に吸収し尽くす。
「二つの魔法が使えることは面倒だから秘密のままにしておきたかったのだが、どうもこのままでは負けてしまいそうだからねぇ。これが私の奥の手、誘引魔法だ」
「二つの魔法……っ!?」
レファリオはルーマの言葉に驚愕し、言葉を失っている様子だ。
しかし、
「……えーと、魔法が二つ使えんのってすげぇの?」
俺にはその凄さが今一伝わらない。
俺の知る限り、ゼンなんかはいくつも魔法が使えていた記憶がある。
「……そう言えばオチバさんって魔法について不勉強でしたね。魔法には理論が──」
「よし、時間がねぇから分かりやすく頼む!!」
「……魔法には、勉強すれば誰でも使える魔法と、勉強せずとも感覚で使える自分だけの魔法のニ種類があります。そして、感覚で使える魔法は普通一人一つが一般的なんですよ」
──つまり、ゼンの使ってた魔法は勉強すれば誰でも使える魔法で、レファリオやルーマの使う影魔法や反発魔法はこいつらにしか使い方が分からない唯一のオリジナルな魔法って訳か。
「んで、ルーマはそのオリジナルの魔法がもう一つ使えると……反則だろっ!?」
「そう言われても仕方がないが、容赦するつもりは全くないねぇ」
ルーマは自由の身となり、右手を俺たちに向ける。
そして、先程と同じく右手の平に風が渦巻いて空気の球体が出現すると、
「レファリオっ!!」
風が起こり、レファリオの体がルーマの方へ強く引き寄せられていく。
「なんつー力だ!?」
レファリオが引っ張られないように押さえるが、球体のレファリオを引き寄せる力は弱まる気配がなく、俺ごと地面を引きずり始める。
というのも、レファリオはまるで体に力が入っていなかった。
「……僕の影魔法は強い光に弱く、ルーマ姉上の反発魔法は手の向きによって指向性が限定される……大抵の場合、どんな魔法にだって欠点がある……でも……」
呟く声はルーマの魔法を分析しているようだが、全く覇気が感じられない。
──諦めんなよ!?お前が諦めたら俺がサンドバッグになっちまうだろ!?
だから俺は、
「あぁ。絶対に誘引魔法にも弱点がある!……少なくとも右手が誘引魔法、左手が反発魔法って法則は間違いねぇ……と思う。あと、ルーマの性格からして奥の手って言葉に嘘はねぇとも思うんだけど、お前はどう思う?」
「え、えぇ……僕もそう思います。ですが、もう……」
「よし、なら相手の手札はもう全部見えてるって事だ!勝ち目は十分にある!!」
空元気を出してレファリオを鼓舞する。
そしてそれが効いたのか、レファリオはキョトンとした顔を浮かべた後、軽い笑みを見せた。
「────。…………ふっ、何故リスティアお嬢様があなたを付き人に指名したのか分かった気がします」
レファリオはそう言うと、おもむろに魔道具の本と小瓶を数本、俺に押し付けてきた。
「レファリオ……?」
この小瓶はさっき控え室でいざという時のためにレファリオにも渡していたものであり、渡された小瓶には見たところレファリオの魔力が込められているようであった。
「この小瓶にある魔力と触媒さえあれば、オチバさんでもこの魔道具が使えるはずです……回数は限られますが」
「……おいっ!?それってどういう事だよ!?」
「ルーマ姉上の誘引魔法が僕の影魔法を破った時、正直僕は勝つのを諦めてしまいました。ですが、あなたはまだ諦めていない。そして、僕もあなたの言葉に乗せられてみたくなりました」
──ま、まさか!?
「僕にはもう戦う力が残ってません。ですからあなたに託すことにします」
──こいつ一抜けしやがった!?
「お前、ふざけ──」
「後は任せます」
俺に文句を言わせず、レファリオは自ら俺を突き放し、ルーマの方へと引き寄せられていく。
「ん?引き寄せられたのはレファリオだけか……オチバも引き寄せるつもりだったのだけど、どうやら射程外だったようだねぇ」
そして、レファリオはルーマの目の前へと引きずり出されるが、
「レファリオ、安心したまえ。君は死に体だ。そこで見ているといい」
ルーマはレファリオを無視し、再び右手を俺に構えたところで、
「そうは行きません……!!」
足元で倒れるレファリオがルーマの体にしがみつく。
「くっ!?往生際が悪いじゃないか!?だが、それが君の覚悟と言うなら良いだろう!!」
ルーマは右手でレファリオの頭を掴むとそのまま地面に押さえつけ、左手をレファリオの体にかざし、
「────」
ルーマに押さえつけられていたレファリオの体が大きく跳ねた。
「レファリオ!?」
しかし、レファリオは俺の声に反応を示さず、完全に沈黙している。
──し、死んでねぇよな?つーか、もしかして次にアレをやられんのって……!?
レファリオを心配する気持ちは、直後俺の方を向くルーマの姿を見て恐怖に変わる。
「ふむ。オチバ、君は勝ち目があると言っていたが、是非出来るものならやってみるといい」
──んなもんレファリオのやる気を出させる出任せに決まってんだろ!?
ティグルは動ける状態でなく、レファリオもやられ、とうとうこの闘技場に立つ者は審判のリーノを除いて俺とルーマだけとなった。
ここからは、
誰の助けも頼ることが出来ず。
誰の邪魔も入ることはない。
俺とルーマの一対一。
──正真正銘の最終ラウンドって訳かよ!?
読んで頂きありがとうございます。




