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よろしくお願いします。
レファリオとルーマの決闘が決まり、俺もレファリオのパートナーとして決闘に参戦する事が決まった日から一夜が明け、早くも決闘当日。
俺とレファリオは闘技場の控え室で呼ばれる時を待ちながら、それぞれの武器や防具の最終確認を行っていた。
闘技場は帝都にある巨大な施設で、昨日の内に決闘の舞台として取り決めた場所だ。
──にしても、待ってる時間ってのは精神に来るもんだな……。
控え室に案内されてから暫く経ち、決闘の時間まで残りもう僅かといったところだが、俺は全く集中出来ていない。
レファリオもさっきから思い詰めた顔をしており、緊張していることが窺える。
──つっても、緊張してんのは俺もか。
緊張の理由は、今日闘技場に来る道中で多くの人がこの闘技場に押し寄せていた事実を目の当たりにしたという事もあるが、それだけじゃない。
──普通に怖ぇぇ……。
率直に言えば、俺は決闘にビビっていた。
今まで俺が潜り抜けてきた戦闘という戦闘は、仲間の協力があってこその結果だった。
だが今回ばかりは、クラルテにスピラ、ゼンやドミの力は当てに出来ない。
こんな物騒な催しに出た経験は、それこそモルテ=フィーレの北方にあるミッドヴィルでスピラに連れられて飛び入り参加した剣闘士大会くらいのものだ。
あの時は偶然、対戦相手が何故か棄権して勝つことになったが、今回の相手であるティグルは俺に対して明確な攻撃意思を持っている。
それに今回のルール、二対ニの決闘ではあるが、その勝利条件は主人役の戦闘不能、つまり俺かティグルの戦闘不能だ。
──絶対に俺が狙われんのが確定してんのも最悪過ぎる……。
だからなのか、思わず気を紛らす為の話題が口をついた。
「……そういや、昨日の今日なのにもうお前らの決闘の件が知れ渡ってんのな? すげぇ人集りと熱気だし、もしかしてアルメヒス家って凄い有名なのか?」
それは俺自身の緊張を和らげる為のものであり、今までのレファリオの様子からも返事が来るなんて期待していなかったのだが、
「……別にアルメヒス家が特別な訳ではありませんよ。多くの人が集まるのも、熱気があるのも、この闘技場で戦うからです」
意外にもレファリオから返答があった。
「この闘技場は帝都の名所の一つなんですよ。初代ロイライハ皇帝は、その圧倒的な武によって帝国を一つに統べたと伝えられています。それに因んで、いつからか力や魔法といった武を競う試合が帝国の伝統の一つとなり、この闘技場が作られたそうです。今でも毎日のようにこの闘技場で試合が組まれてるそうですから、多くの帝国民に知れ渡っている理由はその関心の高さ故でしょうね」
「…………え、お前、どうした?」
レファリオの反応は、昨日帝都に到着するまでのものとは打って変わったものだ。
──いや、邪険にされるよりかは良いに違いねぇけど……。
しかし、レファリオのそんな態度は初めての事だ。当然驚くし、何なら驚きを通り越して不気味にさえ思える。
「どうしたって……あなたが聞いた事じゃないですか。それに『どうして』って疑問なら、それこそ僕の台詞ですよ。……まさか、協力して頂けるとは思っていませんでしたので」
その台詞を聞いてやっと俺もレファリオの考えを理解する。
──なるほど。つまりこいつの態度の変化は、俺がパートナーになった事に対する礼みたいなもんって訳か。
だがそういう事なら、
「それはお前も聞いてただろ?ここでお前に協力するのは、俺にもメリットがあるからだよ。だからそんなに気にすんな」
「…………そうでしたね。ですが、それでも僕の事情にオチバさんを巻き込んでしまったのは事実です。それにオチバさんのお陰でこうして僕は決闘に応じる事も叶っています……ので、その」
レファリオは目を逸し、言い淀みながらも、
「……協力して頂き……ありがとう、ございます」
そんな台詞を口にする。
──なっ……!?
そしてレファリオは、そのまま此方の様子を確認する事もなく黙々と自身の得物の確認作業に戻る。
予想外の台詞に思わず固まってしまったが、一際大きな歓声が闘技場の方から響き、俺も昨日の内に調達した道具の最終確認を急ぐ。
しかし、表面上は平静を取り繕ったが、その胸中は平静ではなかった。
というのも、これから行う決闘において“意図的に敗北する”という手段が俺に最もメリットのある作戦として視野に入っており、レファリオに強い罪悪感を感じてしまったからだ。
レファリオが従者採用試験を受けられなくなるという点。
ルーマは従者採用試験の受験資格を持っていないという点。
決闘に参加したことでこれからティグルに命を狙われる心配も無くなるという点。
決闘に敗北する事で得られるこれらの点は、従者採用試験の事を考えればそう簡単に無視できない事だ。
だが、それをする事はレファリオを裏切る行為であり、いくらメリットがあるとは言え、
──感謝してくれてる相手を裏切るとか、流石にクソ野郎過ぎねぇ……?
ましてや、俺の中には日本で培った道徳観があった。
故に、
──まだ“わざと負ける”って作戦を決め打つには早ぇ気もするし、先ずは互いの実力をある程度見てからでも遅くねぇかもしんねぇな……。
と日和見的な方針を決意したところ、
「レファリオ・アルメヒス様、オチバ・イチジク様。選手入場口へとお越し下さい」
リーノに雇われているらしき闘技場の運営スタッフが俺とレファリオを呼びに控え室へとやって来た。
「分かりました。……僕の準備は大丈夫ですが、オチバさんはどうですか?」
レファリオは既に自身の得物を携えて立ち上がっている。
「ああ、俺も直ぐに……」
俺も昨日リーノから破格の値段で譲ってもらった道具を次々と装備していき、最後に残った道具を見て思い出す。
「いや、レファリオ。そういや、お前に頼みてぇ事があったんだった」
「…………それくらいなら問題ありませんよ」
俺の頼みは問題なくレファリオに聞き入れられ、準備が調った俺たちは選手入場口へと進んでいった。
◆◇◆
闘技場は所謂、コロッセオのような円形闘技場となっており、歓声の発生地はやはり闘技場を囲む観客席からのものだった。
そして、俺とレファリオは闘技場のまさに入場口の付近でリーノに呼び出されるのを待っている。
「ここからでもすげぇ数の人がいんのが見えんな。この世界に来てから初めてこんなに大勢の人見たぜ…………なぁ?今思ったんだけど、これって観客席から攻撃されたりしねぇよな?」
という俺の懸念に対し、
「その心配ないですよ。この闘技場は外部からも内部からも、そして物理的にも魔力的にも容易には突破出来ない不可視の壁が張られてますから」
そうレファリオが教えてくれる。
それはつまり、以前のリーノとネーロの決闘の時みたいに逃げる事は出来ないということでもある。
だがそれにしても、
「お前が素直に答えるって状況にまだ慣れねぇな……」
「無視したほうが良いなら遠慮無く無視させて貰いますよ?」
「冗談だよ、冗談…………ん?何だ?この音?」
突如としてラッパを吹いたような一音が闘技場を包み、それを皮切りに段々と人々の歓声が小さくなっていく。
「……どうやら始まるみたいですね」
レファリオが向ける視線の先を確認すると、一等席の辺りから三人の人物が闘技場中央へと降りてくる様子が窺えた。
「あれはリーノと……アーディベル公爵!?」
思わぬサプライズゲストに驚かされるが、アーディベル公爵は帝都に勤務しており、よく考えればそうおかしい話でもない。
「そうすっともう一人は状況的に……」
「ええ。僕の父上、オーレイ・アルメヒス男爵です」
レファリオが肯定することで最後の一人の素性も把握する。
客席から降りてきた三人は闘技場中央に出てくると、最初にリーノがマイクに似た道具を手に取って話し始める。
『皆様、お集まり頂きありがとうございます。わたしは今回の決闘の審判を務めさせて頂きます、リーノと申します』
──いや、似てるとかじゃなくてそのままマイクだな。
リーノが持つその道具は、リーノの声を拡声し、闘技場に響かせた。
恐らく、例に漏れず魔力で動いてるに違いない。
『本日闘技場で執り行われるのは、アーディベル公爵家とアルメヒス男爵家、両家の盟約に従った、“アーディベル公爵家の正式な使用人を決する儀”となります。アーディベル公爵様、アルメヒス男爵様、よろしくお願いします』
リーノがアーディベル公爵にマイクを手渡すと、
『アーディベル公爵家当主、ウルリーケ・アーディベルだ。実を言うと私もこの決闘が執り行われると聞いたのはつい先程なのだが、どうやらこの決闘はニ対ニのチーム戦との事だ。詳しいルールは後で審判が話してくれるだろう。では、──』
アーディベル公爵はいつもの穏やかな口調で話していたかと思うと、
『──盟約に従い、ルーマ・アルメヒスかレファリオ・アルメヒス、このニ名のどちらか、決闘の勝者となった者を正式に我がアーディベル家の使用人として迎え入れる事を誓う』
厳かな口調で宣誓する。
そして、アーディベル公爵からマイクを渡されたアルメヒス男爵も続いて宣誓し、マイクを再びリーノに渡した両者は闘技場の一等席へと戻っていった。
残されたリーノは特に慌てた様子もなく、アーディベル公爵が指摘していたように観客にルール説明を始めるようだ。
ニ対ニの決闘。
主従どちらかの役目を持って戦う。
敗北条件は主人役が戦闘不能となること。
──よし、ルールに変更はなさそうだな。
勝敗後の清算について触れていないが、これは観客にとって関係のない話だからだろう。決闘を重んじるリーノがそれを反故にするとは思えない。
『──ですので、これは“試合”ではなく“決闘”、特別なルールによる仮の主従を組んだ二組によるニ対ニの闘いであるという事を予め御了承下さい……………それでは、両対戦者に入場して頂きましょう』
リーノが手を振って各地に合図をすると、何処からか打楽器によるリズムが流れ出す。
そしてこれは俺たちが入場する合図でもあった。
対面する選手入場口からはルーマとティグルが現れ、俺とレファリオも選手入場口を出発する。
俺たちの姿が現れた事で、リーノは客席に向かって俺たちの紹介を述べて始めた。
ルーマ、ティグル、レファリオと続いて俺の紹介は、
『レファリオ・アルメヒスのパートナーを務めるのは、オチバ・イチジク。帝国の外からやってきたにも関わらず、異例の速さでアーディベル公爵令嬢の名誉付き人の称号を授かり、帝国に来る以前では魔法の効かないゴーレムの討伐を成し遂げる程の実力者です』
──勘弁してくれよ……。
めちゃくちゃハードルを上げられた紹介をされてしまい、客席もそれを聞いて盛り上がってしまっている。
やがて、正面で対峙するティグルとルーマが足を止め、俺とレファリオも足を止める。
互いの距離は五メートルくらいだろうか。
それなりに離れた距離ではあるが、相手の装備を目視で確認することが不可能な距離ではない。
──ルーマは事前情報通り魔法職で、ティグルは……っ!?まさか銃かっ!?
ルーマはやはり魔法を主体とする戦法を得意とするのか、見た目以上の大きな武器を所持している様子は見られず、黒衣のローブに身を包んだ姿だ。
ティグルはタキシードを着用しており、防御力は魔法職と大差なさそうではあるが、腰から右脚にかけて巻かれているホルスターに仕舞われた武器は、その形状を見る限り長銃に思える。
銃の類はこの世界でも見たことはある。
ただし、ミッドヴィルの魔法研究地下施設の門番と戦った時に見かけたきりだが。
──そうすると、あの長銃も魔道具の可能性が高ぇな。
と、目の前の二人を観察しているとルーマと視線が合った。
向こうも俺たちの装備を観察しているのだろう。
「ほぉ?その装備、それが君の戦闘スタイルなのかい?その大きな外套の下に何か武器を隠しているとみたよ」
パッと見で分かる俺の装備は、体全体を覆う外套と、頭部に掛けている大きなゴーグルだ。
外套は魔力を含んだ攻撃に対して抵抗力を持ち、当然下にはアーディベル家御用達の使用人服も着込んでいる。
これらは、昨夜の内にリーノから買い叩いた防具や道具であり、ルーマの言う通り外套の内には他にも幾つか小道具を用意している。
だがそれをわざわざ教える必要も、弱気を見せる必要もない。
「さぁな……気になるなら暴いてみろよ」
「なるほど。それは名案だ。俄然、君に興味を持ったよ、オチバ」
「そういう訳には行きません、ルーマ姉上。仮とは言え、今の僕はオチバさんの従者です。先ずは僕を倒してからそんな台詞を吐いて下さい」
レファリオもルーマと同じで魔法主体の戦いを得意とするらしく、魔法職らしいローブ姿だ。
しかし、ルーマと違いその手には分厚い本を手にしている。
「ハッ、精々足掻け」
ティグルは鼻で笑いながら、この戦いの勝者は既に決まっていると言いたげな表情だ。
次第に俺たちは口を開く事を止め、それぞれが臨戦態勢を取る。
そして、
『始め!』
審判の宣言で決闘の火蓋が切られた。
読んで頂きありがとうございます。




