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よろしくお願いします。
まずルーマが最初に話したのは、アルメヒス家の伝統についてだった。
それはこの間リルドから聞き及んだアルメヒス家の伝統と殆ど変わらない内容で、“アルメヒス家は代々次男以下から優秀な子供を選び、アーディベル家の使用人として育てあげて仕えさせる”というものだ。
「つまり、私かレファリオがアーディベル家に仕える事になるのは生まれたときから決まっていた、という訳さ。だが本題はここからだよ」
ルーマはその話をした上で、更に続ける。
「私とレファリオ、どちらを使用人として育てるのか。それを決める必要があったからね。私たちは幾度となく競わされたよ。私たちが年子であれば、多少の実力差が生まれ、私が選ばれていたのだろうが、双子だからね。私たちは共に優秀で、私たちの間に大きな実力差はなかった。そこで当主である父上は、私たちのどちらが使用人となっても問題がないよう、私たち二人に使用人教育を施す事にしたという訳さ」
ルーマは優雅な手付きでティーカップを手に取り、喉を潤してから話を再開する。
「しかし、私は元々使用人に固執するつもりはそもそもなくてね。いざとなればやる気のあるレファリオに譲れば済む話だと考えていたのだよ。だが父上は少々伝統を重んじ過ぎる人で、『実力の高い方を使用人とする』と頑なだった。そこで私は手加減をしてレファリオとの実力差を作り出すことにしたのだが、思いの外それが上手くいってね。“レファリオをアーディベル家に仕えさせる”という流れを作り出せた。しかし──」
「ルーマ姉上!!それはどういう事ですか!?手加減!?」
「ふぅ、レファリオ。人の話の途中で口を挟むのは頂けないね。まだ私の話は終わってないだろう?君のその行いは、場合によってはアーディベル家に泥を塗る行いになりかねないと分かっているのかい?」
ルーマの言葉でレファリオは口を噤み、その様子を確認したルーマは続きを話す。
「話を戻すが、“レファリオを使用人に”という流れを作り出す事が出来たまでは良かったのだがね。父上は、私とレファリオの間に生じた急な実力差を不安視してしまった。つまり、逆の事態もあり得ると考え、どちらを使用人にするのか決められなかったという訳さ。参ったよ。まさか父上が頑固者なだけでなく、あそこまで心配性な人だったとは……」
げんなりした様子のルーマだったが、ティーカップに残った茶を飲み干すと、元の調子で話を続ける。
「しかし、いつまでも決めないという訳にもいかないだろう?何せ父上は伝統を重視しているからね。そこでリスティア様がセアリアス学園に入学する時期を目処に、私とレファリオで最後の力比べをする事が決まった、という訳さ」
ルーマは説明を終えるとティーカップに手を伸ばすが、空のカップを見て、今度は用意された菓子に手を伸ばす。
──なるほど、それがルーマがレファリオの前に現れた理由か。
だが、まだ話されてない不明な点がある。
ティグルがこの場にいる理由や、今まで使用人にならないように立ち回っていた筈のルーマの心変わり等だ。
それらに疑問を覚えていると、ティグルが俺に話し掛けてくる。
「オチバ・イチジク、お前も安心するといい。最初からアーディベル公爵にも、『ルーマかレファリオのどちらかをアーディベル家の使用人とする』という話で通っている。アーディベル公爵もこの機に双子が入れ替わったところでお前を咎めることはないだろうよ」
それを不安に思った訳ではないが、ここでレファリオとルーマが入れ替わったとしても俺に責任が及ばないというのを知れたのは一つ朗報だ。
──そういう事なら今回は見守んのに専念しても良さそうだな……。
そう判断してテーブルに着く面々の様子を窺っていると、レファリオに動きが見られた。
「……リスティア御嬢様が学園に入学する時期に僕とルーマが最後の力比べをする、この話は僕も勿論承知しています。ですが、リスティア御嬢様が学園に入学するまでまだ五ヶ月近くあります……何故今なのですか?」
「そんなの分かりきった事じゃないか。ティグル兄上はお前がリスティア様の従者となり、共に学園に行くことでその寵愛を受け、なし崩し的にアーディベル家の使用人となってしまうのを恐れているのだよ。そうなれば私がアルメヒス家に残る事となり、アルメヒス家次期当主の座が危ぶまれてしまうからね」
そうルーマが答えた瞬間、突如ルーマの隣に座るティグルがルーマの長髪を鷲掴みにする。
「っ痛!?」
「ルーマぁ、あまり私を舐めるような真似をして煽るなよ。お前みたいな大人をコケにする子供を、私が思わず手を上げてしまうくらいには嫌いだという事、お前は知ってるだろう?」
──あ、こいつ、やべぇ奴だ。
俺もリーノもそしてレファリオも、ティグルの豹変ぶりに目を丸くするが、
「っ……おや?ティグル兄上、それは文字通りっ……悪手じゃないかい?私の機嫌を損ねればっ……レファリオと戦わないという選択だってっ……取れるのだよっ?それを分かってての暴挙かな?」
ルーマは痛みに顔を引きつらせながらも変わらない調子で反論する。
するとティグルはルーマの長髪をより強く引っ張り顔を引き寄せ、
「分かってないのはお前だ、ルーマ。私はお前ごときに次期当主の座を奪われるような事は決してない。私はお前と違い、金も地位も力も、全てにおいて優っている。ただ、私はお前ごときであっても容赦しない主義というだけだ。今回の取引も私にとっては些事に過ぎない、むしろ血を分けた妹に対する私からの温情であるといっていい。それを深く理解しろ」
ティグルは乱暴にルーマの髪を解放し、ルーマはやれやれといった風に乱れた自身の長髪を撫でて整える。
ティグルとルーマを除く誰もが沈黙せざるえない状況下で、レファリオがいち早く正気を取り戻すとルーマに声を掛ける。
「大丈夫ですかルーマ姉上!?」
「ありがとう、レファリオ。魔力で身体を強化したから外傷という意味では無傷さ。無様ではあったけれどね」
飄々としたルーマの様子にレファリオはホッと息を吐くが、
「……取引、とはどういう事ですか?」
レファリオは先程の会話にあった不明な点について切り込んでいく。
「ん?ああ、そういえば言っていなかったね。今までの会話で既に察してるかもしれないが、実力を隠していたのをティグル兄上に見抜かれてしまってね。父上に口外しない代わりに、“君を倒して私がアーディベル家の使用人となる”という条件をティグル兄上から提示されてしまったのだよ」
──ルーマが心変わりする事になった理由はそれか。
「ティグル兄上からすれば、私が使用人となれば厄介払いでき。使用人になれずとも君に負けたという事実があれば私が次期当主に選ばれる可能性が低くなる、という話さ」
ルーマの事情を聞き終えたレファリオは、暫く黙り込み、やがて覚悟を決めた顔つきでルーマとティグルの二人の顔を見据える。
「……ルーマ姉上の事情は分かりました。今まで僕との手合わせで手を抜いてきた事も。ティグル兄上に脅されているという事も。ですが、だからといってルーマ姉上にアーディベル家使用人の座を譲る訳にはいきません。それに、僕の実力がルーマ姉上より下だと判断するのは早計ですよ」
「それはつまり、私と決着をつけてくれる、という解釈で構わないかな?」
「はい。僕はアーディベル家の使用人であり続ける為に、ルーマ姉上と決着をつけます」
レファリオが啖呵を切り、明確にレファリオとルーマが敵対する関係が浮き彫りになると、ティグルが拍手で視線を集めた。
「素晴らしぃ!私の思い描く通りに進めてくれてありがとう双子たち!!それでは興奮冷めやらぬ内に事を運ぶとしようじゃないか!」
ティグルが高らかにそう宣言すると、
「少し宜しいでしょうか?」
「……あん?」
まさかのリーノが口を挟んだ。
当然ティグルは不機嫌な表情でリーノを睨みつける。
「リーノ・プルプァ……だったか?それなりに上等なお茶を出せる店のようなので贔屓してやるつもりだったが、私の会話に水を差した事で差し引きはゼロだ。この後の台詞には十分気をつけろ」
凄むティグルだがリーノは涼しい顔だ。
「話を聞いて下さるようで安心しました。でしたら、気が変わらない内に提案させて頂きます。レファリオさんとルーマさん、二人が戦うと言うのなら、決闘によって決着をつける、というのは如何でしょうか?」
──お前、またなんてもんを提案しやがる……っ!?
「わたしの故郷では二者が争う際にその決着をつける神聖な伝統が決闘なんです。二者の間に審判を立て、審判に自身の勝ちを認めさせた側が勝利する、というものです。実はわたしの故郷、今しがたルーマさんが手に取って頂いたお菓子の発祥地でもあるんですよ」
「なるほど、道理でこの辺りでは見かけないお菓子の筈だね。君の故郷に少し興味が湧いたよ」
ルーマはリーノの話に興味を持ったようだが、リーノが熱弁するその決闘、俺にとってはトラウマ以外の何物でもない。
(おい、リーノ!?俺は金輪際、審判なんかしねぇぞ!?)
小声で真っ先に審判役はやらないとリーノに伝えると、
(何言ってるのよ。当たり前でしょう?あなたはレファリオの側じゃない。それじゃ公平性が保てないでしょう?)
(そ、それなら良いけどよ……)
リーノが当然だと返してくれたので一先ず安心と言ったところか。
「この決闘の提案を承諾されるのでしたら、帝都の闘技場の確保、それに観客の動員はカザン亭が責任を持って受け持たせて貰います。どうでしょう?」
リーノは未だ反応を示さないティグルに対し、さらなるアプローチを試み、その言葉を受けてティグルは反応を示す。
「……観客の動員か。それは悪くないな。大勢の前で決着がつくのは大歓迎だ。だが、肝心の審判はどうするつもりだ」
ティグルの疑問は真っ当なものだ。公平性を考えるなら俺やティグルが審判にはなりえない。
すると、
「審判はわたし、リーノ・プルプァが受持ましょう」
リーノが自ら審判に名乗り出た。
「レファリオさんとは今日が初対面なんです。勿論、ルーマさんとも。そして、審判者は公平であると同時に決闘者と同等の覚悟を持って挑まなければなりません。ですからわたしは、わたし自身と、このカザン亭ロイライハ支店の命運を勝者に託す事を誓いましょう。これで公平性についてはお約束出来ます。異議があるようでしたら此方で双方が納得出来る審判を改めて探す事になりますので少し時間は掛かりますが、必ず準備致します」
──いや、お前どんだけ決闘開催してぇんだよ……。
かつて見たことのないリーノの態度に胡散臭さを俺は感じたのだが、
「私は構わないよ。そもそも審判が否定出来ない程の圧倒的な勝利をレファリオに叩きつければ済む話だからね」
「僕も承諾します。ルーマ姉上、その言葉そのままお返しさせて頂きます」
ルーマとレファリオはリーノの提案に賛成の模様だ。
「ふむ、そこまで言うのなら審判はお前に任せるとしよう。だがこの決闘には条件を二つ、つけてもらう」
ティグルもリーノが審判をするのを了承するが、決闘を執り行うに当たって条件を要求するようだ。
「……お聞かせ願えますか?」
「一つは、決闘の日時は明日だ。本来ならこれから直ぐに始める所をお前に中断させられた訳だ。これ以上の延期は認められないのは分かるだろう?闘技場の確保や観衆を一日で集めるのは大変だろうが、それはお前が言った事だ。守ってもらう」
「それくらいでしたら、わたしの方は問題ありません。ルーマさんとレファリオさんは決闘は明日行うという事で問題ありませんか?」
「私もどうせなら早いほうが良いからね。明日やるのは賛成だ」
「僕も今日は帝都で一泊して、明日帰路につく予定でしたから支障はありません」
リーノは決闘する当事者二人の意見を聞き、合意を得ると改めてティグルに向き直る。
「分かりました。では、もう一つの条件もお聞かせ願います」
「もう一つは、決闘にルールを追加する」
「追加のルール、ですか?決闘する両者が合意するのであれば、審判を勤めるわたしが言うことはありません」
「至って簡単なルールだ。ルーマとレファリオは互いに主人役であるパートナーを用立て、二対ニの構図で決闘してもらう。そしてこの決闘において主人役のパートナーが戦闘続行不能となった時点でその主従を敗北とする、というルールだ」
提示されたのは意外にもシンプルな追加ルールだ。
だが、シンプルなルールに反して、その実行難易度は易しいと言えない。
「ティグル兄上、明日までにパートナー役、しかも戦闘のできる相手を見つける、というのは極めて困難な話であると言わざるえない」
それをルーマは指摘するが、
「なに、お前のパートナーは私が勤めよう。それにお前たちは付き人や従者といった役目を熟すために育てられたのだ。その腕前で決着をつけられるというのなら本望であろう?」
「……すまないね、レファリオ。私はパートナーが早々に見つかってしまったからね。勝利を重んじるならば、私はこのルールを否定する必要がなくなってしまった」
合理的な判断を下したルーマは、ティグルの追加ルールを了承する結論に至る。
対するレファリオは、ティグルの要求する追加ルールを聞いて苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「どうした、レファリオ。お前にルーマを倒せる実力があるのなら、どんな相手がパートナーでも問題あるまい?」
そんなレファリオに、ティグルは追い打ちを掛け、
「くっ……分かり、ました」
苦味を含みながらも、レファリオはティグルの提案する追加ルールを飲むんだ。
レファリオやルーマの反応から、恐らくはティグルもそれなりに戦える人なのだろう。
つまりこの時点で、レファリオが適当な人物をパートナーにしてしまえば一対ニの構図が出来るどころか、荷物を抱える羽目になってしまうという事だ。
早くもレファリオは苦境に立たされてしまった形になる。
──こりゃあ、レファリオは苦しい戦いを強いられそうだな。
なんて状況を読んでいると、
「……なら、オチバがレファリオさんのパートナーになれば解決ね」
リーノのとんでもない言葉が俺の耳に届くのだった。
読んで頂きありがとうございます。




