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よろしくお願いします。

「へー、じゃあこの焼き菓子ってリーノの故郷(ふるさと)の料理なんだな」


「ええ、古くから続く伝統のお菓子なのよ。他にもこの辺りじゃ珍しい料理なんかもカザン亭(うち)で取り扱う予定だからまた来てちょうだい」


「ああ、また帝都に来たら寄ることにさせてもらうよ」


 リーノとの商談が纏まり、噂の菓子の説明も受け、本日の表向きの目的は概ね達成出来たと言ってもいい。


 それに何だかんだでカザン亭に対する苦手意識がかなり薄れ、リーノも話してみれば良識のある側の人だと理解出来たのも今日の成果と言えよう。


 ──でも肝心のレファリオの調査が進んでねぇんだよなぁ。


 わざわざリスティア御嬢様に用意してもらった機会を無駄にしないためにも、せめて帰るまでにはレファリオと気軽に挨拶出来るくらいの関係にはしておきたい。


 そう心掛けたその時、


「……ん?なんか急に外が静かになったな」


 カザン亭の店先から聞こえていた雑踏音がいつの間にか小さくなっている事に気付く。


 窓から外の様子を見ると、行き交う人が足を止めているように見受けられた。


「あら?本当ね……この通りで何かあったのかしら?話も一段落ついたことだし見てきていいかしら?」


「なら俺も行くよ。レファリオが外で待ってる筈だしな」


 リーノと共に店先の様子を確認しに行くと、やはり窓から覗いた通りあれだけ波打っていた人の波が動きを止めていた。


 そして、足を止めた誰もが店の前に停まる魔馬車から降りてきたであろう二人の人物を注視しているようであった。


 二人の人物は一目(ひとめ)で貴族と分かる豪奢(ごうしゃ)な服装の男女だ。


 男は短い黒髪で目つきが鋭く、口髭を(たくわ)えているが、若々しい顔つきや身長から二十後半くらいに思える。


 もう一人は女……というより、少女と言った方が適切だろう。まだ幼さを感じる顔と低い身長から十代前半であると窺える。

 少女は男性の血縁者なのだろうか、腰にまで届きそうな長い髪の色や、鋭い目つきなどがそっくりだ。


 ただし二人の服装は正反対で、男性の紳士服が鮮やかな色彩に華やかな刺繍(ししゅう)が施されているものに対し、少女のドレスは金糸と銀糸のみのシンプルな刺繍が施された漆黒のドレスである。


「え!?あの魔馬車の家紋ってアルメヒス家のものじゃない!?それにあの二人、あなたの同僚の子に顔がそっくりよ!?」


 リーノが指摘したのはレファリオの事だろう。

 確かに魔馬車から降りた二人の顔は、レファリオと非常に似通っていた。


 そして、レファリオのファミリーネームもアルメヒスだった筈だ。


 ──つーことは、


「あなたの同僚ってアルメヒス家の出だったのね……ほら、あの貴族の二人も彼の方に向かってるわ」


「みたいだな」


 リーノのさらなる指摘に視線をずらすと、レファリオそっくりの男女が向かう先にはレファリオがいる。


 しかし、レファリオの表情は硬く、“感動的な家族の再開”という訳でもなさそうだ。


 事実、レファリオに似た顔の男性は、レファリオに対して嘲笑(ちょうしょう)の意を込めた表情を向けており、あまり良い関係という訳でもないのが窺える。


 ──なーんか、嫌な感じがすんなぁ。取り敢えず、状況が把握出来るまでは様子見した方が良さそうだ。


「まぁ、いいわ。せっかくカザン亭(うち)の前に止まってくれたんだもの。挨拶に行かない手はないわね」


 どうやら、リーノは様子見するまでもなくレファリオと他二人の貴族と接触することにしたようだ。


 と、呑気に観察していた俺は完全に油断していた。


「さ、行くわよ」


「うわッ!?何だこれ!?」


 前を進むリーノは、スカートの(すそ)から伸び出る尻尾の先端で俺の手を巻き取り、レファリオの方へと進み始めたのだ。


「? 見て分かるでしょう?尻尾よ?竜人族は身体の一部を誇る文化があるのだけど、わたしの自慢はこの尻尾と言ったところかしら?」


「んな事聞いてねぇよ!?何で俺まで行かなきゃ何ねぇのって事だよ!?」


「だってあの貴族ってどう見てもあなたの同僚のご家族だもの。あなたが居てくれた方がわたしも話に混ざりやすいでしょ?」


 さも当たり前のようにリーノは話すが、そこに俺の都合や同意は含まれていない。


 ──こ、こいつを“良識のある奴”なんて少しでも思った俺がバカだった!


「それにあなた、(レファリオ)と合流するって言ってたじゃない」


「そ、そりゃそうかもしんねぇけど!?どう見てもそんな雰囲気じゃねぇだろ!?」


 リーノは、俺の言葉に足を止めると真剣な表情で俺と目を合わせ、


「オチバ、良いことを教えてあげるわ。商気は“読む”だけじゃ駄目なの。“掴んでこそ”なのよ!!」


 そして再びリーノは前を向いて歩を進める。


「…………いやっ!?それって商人じゃない俺には関係ねぇじゃん!?」



 ◇◆◇



 否応なしにリーノに引きずられてレファリオたちとの距離が縮まると、やがてレファリオとその身内らしき二人の会話が聞こえてきた。


「レファリオ、お前は頑張った。しかし、成果を上げる事が出来なかった。それどころか不甲斐ない話ばかり耳にする始末ときた。もうアーディベル家の使用人という役目をルーマに任せるべきだと思わないか?」


 話しているのは、レファリオと似た男性の方だ。諭すような口調だが、レファリオを(あざけ)る態度が見て取れる。


「……確かにティグル兄上の言う通り、未だ目に見える成果は上げられておりません。ですが、ルーマ姉上と決着をつける時期はまだ先の筈です」


 レファリオの返事を聞いて確信する。


 ──やっぱ身内だったか。


 それも“ティグル兄上”と呼んだ事から、あの男はレファリオの兄なのだろう。


 続いてティグルという男性の隣にいる少女が口を開いた。


「なぁレファリオ、大人しく私に使用人の役目を譲るつもりはないかい?君が頷けば面倒事もなく済む話なんだが」


「そんな……!?ルーマ姉上までいったいどうしたのですか!?」


 続いて判明したのは、この少女がルーマという名前で、レファリオの姉ということだ。


「私にも事情が出来てしまったんだ。本当は使用人人生なんて真っ平ごめんなんだが、ティグル兄上が五月蝿くてね。やむを得ない事情があるのだよ」


 ルーマという少女は、その子供らしい容姿と裏腹に大人っぽい喋り方を好んでいるようだ。


「……ティグル兄上が何か企んでいるんですね」


 レファリオがティグルを睨みつけるが、


「さあ?仮にそうであったとして、お前が成果を上げられていない状況に嘘偽りはあるまい」


 ティグルはどこ吹く風といった様子だ。


 ──(こじ)れてんのは間違いねぇみてぇだな……ってリーノ!?


 そして双方の会話が途切れた瞬間を見計らったのか、リーノが彼らの前へと躍り出た。


 俺はというと、尻尾に掴まれたままだ。


 勿論、そんな目立つ行動を取ればティグルやルーマ、レファリオの視線は俺たちに向く。


「……お前は誰だ?」


「失礼します。その家紋、アルメヒス男爵家の方とお見受けします。わたし、こちらで新しく商売をさせて頂いてるカザン亭のリーノ・プルプァと申します。不躾ながら、貴族様がこんな往来で立ち話も如何かと考えまして。カザン亭では貴族様との商売も何度か経験しておりますので、是非こちらで用意した席でお話頂ければと」


 ティグルの問にリーノはスラスラと言葉を並び立てて店へと案内しようとするが、


「家名持ちのようだが、つまりお前は部外者だな。なら私が話す事はない」


 ティグルはリーノに興味を無くすと視線をレファリオに戻す。


 だが、それで折れるリーノじゃなかった。


「重ね重ね失礼します。確かにわたしは貴族様にとっては部外者です。ですがそちらのレファリオさんは、こちらわたしの友人の同僚でして、わたし共カザン亭の取引先でも御座います」


 台詞と共に突き出したのは尻尾の先に捕縛されている俺だ。


 ──仮にも友人にその扱いはおかしくね?まぁ、こっちの方が安全なんだからだろうけど……。


 リーノの身体能力は身を持って知るところであるため、いざという時を考えたら今の尻尾に捕縛されてる状態の方が回避率が高いのは間違いない。


 ──全く己の非力さに涙が止まんねぇよ。


 そんな感傷に浸っている間にも、ティグルは俺を値踏みするように観察し、


「お前は……アーディベル公爵家の使用人か」


 俺の正体を察したようだ。


「はい。こちら、わたしの友人で、アーディベル公爵家の使用人──」


 それにリーノは頷き、俺を紹介しようと口を動かすが、


「オチバ・イチジクだな?」


 ティグルはリーノの言葉に被せて俺の名前を言い当てた。


「平民でありながらも公爵令嬢の付き人となり、そして“レファリオが負けた相手”という訳か」


 どうやら俺の事を嫌っているのを隠すつもりはないらしい。


 ──今のところアルメヒス家で俺に友好的な人がロルフさんしかいねぇんだけど、ロルフさんも実は俺の事嫌ってるなんて事ねぇよな……?


「なるほど、部外者と言ったのは訂正しよう。私の早とちりだったようだ。リーノ、と言ったか?アーディベル公爵家の使用人が通う程の店であると言うのなら是非とも私も関わりを持ちたいものだ。案内してくれたまえ。そこで話をしよう」


 ティグルは手のひらを返し、一度蹴ったリーノの提案を飲み、俺は再びカザン亭へと引き返すのだった。



 ◇◆◇



 俺とレファリオが隣合って着席し、その向かいにティグルとルーマが着席する形でお茶会に似た何かが始まってしまった。


 リーノは、お茶や菓子の準備が整うと中立ポジションで静観する構えのようだ。


 ──リーノ、お前流石にそれはズルくね?俺もそのポジションがいいんだけど……。


 しかし、いくら不満を持ったところで事態は好転しない。


 ──ならまずは、


「俺はオチバ・イチジクです。現在アーディベル公爵家で使用人をしておりまして、公爵の一人娘であるリスティア様の付き人という大変な名誉な役目を授かっています。レファリオとは……同僚ですね」


 この場はレファリオという存在が俺たちの共通の繋がりであるため、一応の関係性を告げたのだが、あまりにもレファリオとの接点が無さすぎて言葉に詰まってしまった。


 しかし、ティグルは不信に感じた様子はなく、


「知っている。アルメヒス家では最近よく聞く名前だ。レファリオが平民に出し抜かれ、付き人の座を取り損ねたという一報は私たちを大きく震撼(しんかん)させたものだ」


「くっ……!」


 レファリオが悔しそうに歯噛みしているが、俺に対してではないと願いたい。


「ティグル兄上、人を嘲笑する趣味があるのは勝手だがね。そんな下らない話を聞かせるために態々(わざわざ)連れてきたと言うのなら、今すぐ帰らせて貰いたいところだよ。それともそれがティグル兄上の自己紹介なのかな?」


 どうやらティグルとルーマも決して良好な関係という訳でもないと見れる。


「ぐっ……!私はティグル・アルメヒスだ。アルメヒス家の長男であり、アルメヒス家の次期当主に指名されている」


 ──悔しがり方まで兄弟そっくりとは……。


「それでは、次は私だね。私はルーマ・アルメヒス。アルメヒス家においては一応“長女”という事になるけれど、レファリオとは双子の姉という関係だよ」


 この時点で明らかにルーマの方が話の通じる相手であることが理解出来た。


 ティグルよりもルーマが当主になるのが良いように感じるが、そうなっていない以上何か事情があるのだろう。


「取り敢えず、ティグル兄上に任せていたらどれだけの時間が無駄になるか分からないからな。このまま私が説明するとしよう」


「なっ……!?」


 ティグルが憤慨し何か物申そうとしているが、ルーマは気にせず続ける。


「発端は私とレファリオが双子としてアルメヒス家で生を受けたのが切っ掛けだった」


読んでいただきありがとうございます。

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