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よろしくお願いします。
「…………決めた……僕も試験に……参加しよう……妹の為なんかじゃ……ない……僕の目的の為だ……君が……本物か……見極めたい」
俺がゲルトナーを従者採用試験から遠ざけようと動いた結果、ゲルトナーは試験に参加する意思を完全に固めてしまった。
しかし、本当に恐ろしいのはゲルトナーがクルエル教徒だったという事だ。
クルエル教は悪神クルエルを主神とし、悪行を是とした宗教だ。
はっきり言えば、犯罪集団という事になる。
何故か俺の考え込む時の癖(姿勢)がこのクルエル教の符号と偶然一致しており、以前にも似たような経緯でクルエル教徒に目を付けられた事があった。
以前俺が出会ったクルエル教徒は、俺を同志と呼び、挙げ句には使徒だとか言い始めてとんでも無い目に合わされた。
その件もあり暫くはその癖に注意していたのだが、忙しい使用人生活を送る中でいつの間にか忘れてしまっていた。
──いや、今は反省なんてしてる場合じゃねぇ!?とにかく何とかして逃げねぇと……ッ!?
その時、温室から離れた位置で俺を呼ぶ声が聞こえた。
「あ…あの……お、オチバさ〜ん?そ、その……じゅ、準備…出来てますか〜……?」
緊張感漂うこの場に現れた第三者の存在に助けを求めようと振り向くが、
「ティミ!?」
俺の視界に収まった相手はリスティア御嬢様の付きメイド、ティミであった。
今この状況下において、第三者の登場は俺にとって救いの手となるかもしれない存在だ。
だが、それがティミとなると話が変わってくる。
──ゲルトナーがクルエル教徒なら、その妹のティミだって……ッ!?
「……妹は……同志じゃ……ない」
俺が危惧した状況は、しかしゲルトナーに否定される。
「……この話の続きは……人目のない時、いや……試験の最中にでも……しよう」
再びゲルトナーの方へ視線を向けると、ゲルトナーはいつの間にか歪な体勢を解いて立ち上がる所だった。
「オチバ……従者採用試験……楽しみに……している……」
ゲルトナーがそう告げて去った事で、この場に漂っていた緊張感が霧散し、安堵の気持ちが押し寄せてくる。
──な、何とかやり過ごせた……のか?
ホッと息を吐くと、ティミが近づいてくる足音が耳に入ってくる。
ゲルトナーの言葉を信じるべきか否か、ティミがクルエル教徒かどうかは見ただけでは分からない。
──つっても符号で確かめる、なんてしてやぶ蛇を突いても勘弁だしな……。
ティミに訝しげな視線を送っていると、途端にティミは顔を青ざめさせる。
「お、オチバさん!?な、何してるんですか!?」
「へ……?」
「お、お茶の準備も先生を呼ぶ準備も……ぜ、全然出来てないじゃないですか!?……も、もうリスティア御嬢様来ちゃいますよ!?急ぎましょう……!!」
「あっ!?悪い!直ぐに取り掛かる!!」
俺は一度考えるのを後回しにし、リスティア御嬢様とマナーの講師を呼ぶための準備に取り掛かるのだった。
◇◆◇
俺たち使用人の夕食は、主人たちが夕食を終えた後、各自使用人寮の自室や台所で取る事になっている。
俺はクラルテと台所で夕食を取りながら、今日の出来事について情報を共有していた。
「ふーん、ゲルトナーが……人は見かけによらないねー?」
「そんな悠長に構えてて大丈夫なのか……?めちゃくちゃ危険な奴が野放しになってるって事だろ?」
「うーん、一応ボクが奇襲を仕掛けてゲルトナーを先に取り押さえるって事も出来るけど……やっぱりその後が問題だよね。ボクとオチバが皆に『ゲルトナーはクルエル教徒なんだ』って訴えても証拠なんてないし、信じて貰えるかなぁ……?」
「まぁ、そうなんだよなぁ……」
ゲルトナーは俺たちよりも長くアーディベル家に仕えてる使用人で、メイド達からの信頼も厚い。
俺もクラルテも最近は一目を置かれ始めているが、ゲルトナーとどちらを信用するか、という話ならゲルトナーに軍配が上がる可能性の方が高く思える。
──リスティア御嬢様は俺たちを信じてくれるかもしれねぇけど、それじゃあリスティア御嬢様に危害が及ぶ可能性が高まるだけだしな。
現状、ゲルトナーの興味は俺に向いているが、ゲルトナーの正体を他の誰かが知った時、ゲルトナーがその誰かに危害を与える可能性を否定しきれない。
──何よりゲルトナーの力が底しれねぇからな。下手に手出しすんのは悪手かもしんねぇ。
「でも安心してっ!その話を聞いた以上、ボクがゲルトナーに目を光らせておくからっ!オチバは試験の対策してるんでしょ?なら今はそっちに集中しなよっ!」
そんな暗い雰囲気を払拭するようにクラルテが元気な声を出す。
「悪ぃ、押し付けちまって。ありがとな」
「ううん。ボクの方こそ教えてくれてありがとう、オチバっ!仮にも勇者だからねっ!もし、ゲルトナーが悪巧みしてるなら止めないとっ!それに最近はちょっと気も緩んできてたし、リハビリには丁度いいよっ」
結局、この話し合いではゲルトナーの対処をクラルテに一任し、俺は従者採用試験に集中するという事でお開きとなった。
◇◆◇
夜が明け、従者採用試験の受付終了日まで残り十四日。
ゲルトナーとは出来るだけ顔を合わせたくないが、毎朝の使用人報告会に出席する以上どうしてもそれは回避できない。
使用人寮の玄関ホールに向かえばやはり使用人たちが綺麗に列をなしている様が窺える。
そして、その中には当然昨日クルエル教徒であるとカミングアウトしたゲルトナーの姿もある。
昨夜のクラルテとの話し合いで、『ゲルトナーがクルエル教徒だという証拠が出るまで此方からちょっかいを掛けない方がいい』という方針を定めたため、俺は極力ゲルトナーを意識から外していつもの定位置である最前列の端に加わった。
「オチバ〜、今日は何だか寝不足かニャ〜?」
いつも通り列に加わると、リルドが俺に話し掛けてくる。
「あぁ、試験対策が難航しててな。お前は……いつも通り元気そうだな」
「ニャハハ〜。元気はオレの取り柄の一つだからニャ〜」
リルドの他愛のない話を聞き流していると、
「……それでは、報告会を始めます」
ロルフさんの一声で場が静まり返った。
隣にはリルド、その更に隣にはレファリオがいる。
──今はゲルトナーの事は一旦忘れて、レファリオに集中するべきだな。
◇◆◇
「なんて意気込んだは良いけど、レファリオと接触するタイミングが全然ねぇな……」
そもそも、俺とレファリオが対面する機会なんてのは朝の報告会の時間くらいしかない。
俺はリスティア御嬢様に殆ど付きっきりであるため、リスティア御嬢様の行き先にレファリオが偶然居合わせる、というのを祈る事しか出来ないのは完全に盲点だった。
──おっと、移動だな。
既に今日のリスティア御嬢様の予定はつつが無く終了し、後はお茶の時間を残すのみだ。
リスティア御嬢様が講義室を退室するのに続いて俺とティミも講義室を退室する。
──つーか、レファリオって普段どんな業務こなしてんだ?
思えば、俺はレファリオの魔法どころか、普段使用人としてどんな仕事を任されているのかも知らない。
──まずはそこから調べねぇとだな……。
差し当たって、明日リルドに聞いてみよう、などと考えていたところ、
「今日は部屋の気分ね。お茶の用意はわたしの部屋でしてちょうだい」
リスティア御嬢様から声を掛けられる。
お茶をする場所はローテーションで変えており、本日はテラスでの予定だったのだが、主人の意向に従うのが俺たちの仕事だ。この程度の要望は我儘でもなんでもない。
「ん。分かった。それじゃあ俺が先に」
迅速に動こうとした俺だが、
「待ちなさい、オチバ。あなたにはお話があるわ。ティミ、お茶の準備は任せるわね」
それはリスティア御嬢様に止められる。
そして、その言葉の端には小さな怒気のようなものが感じられ、ティミなんかは小さな悲鳴を上げながら急ぎ足でこの場から去っていった。
ティミが去った後もリスティア御嬢様はその吊り上がった瞳で俺をジッと見るだけで、言葉を発することはしない。
ただ、その視線には俺を咎めるような意味が込められているように感じられる。
──また変な勘違いしてんのか?
なら正しておくべきだろうと、俺の方から尋ねることにする。
「えーと、話ってなんだ?」
「……あなた、何か悩んでるんでしょ?今日のあなた、すごく疲れてるように見えるもの」
どうやらリスティア御嬢様は俺を心配してくれていたようだ。
リルドにも追求されたが、ゲルトナーの件や迫る従者採用試験に対するストレスは、確実に俺を疲弊させていたらしい。
少なくとも十三の少女に見透かされるくらいには。
「……まぁ、試験なんて随分久し振りだからな。試験対策の勉強で少し疲れただけだよ。心配すんなって」
心配してくれる相手に嘘を吐くのは心苦しいが、リスティア御嬢様の安全を考えればゲルトナーの件をいたずらに吹聴する事は出来ない。
「あなたね、正直に話しなさい。明らかに昨日のお茶の時間から様子がおかしいわ」
──そんな事言われてもゲルトナーの件はマジで話す訳にいかねぇし、困ったなぁ……。
すると俺の返答に詰まった姿を見たリスティア御嬢様は、先程までの迫力が次第に消え失せ、
「……どうしても話せないのかしら?わたしじゃ力になれそうにない?」
段々と気落ちしていく様を見せつけてくる。
──いや、待てよ?あれについてならリスティア御嬢様に助けて貰っちまった方が手っ取り早いんじゃねぇか?
一度思いついたその考えは、何の糸口もない現状を打破する手としては試してみる価値があるように思える。
「……あー。それじゃあ、お言葉に甘えてリスティア御嬢様に聞きてぇ事があんだけど」
俺の質問を受けたリスティア御嬢様は、俯いた顔を勢いよく上げ、
「聞きたい事があるならもっと早く聞きなさい!またごまかすようなら容赦しないわ!」
「お、おう。いや、マジで困ってる案件だ。レファリオって使用人についてなんだけど、知ってる事があれば聞かせてくれねぇか?」
レファリオについてならリスティア御嬢様に聞き込みをしても何ら問題はない。
ゲルトナーの件じゃないから誤魔化していると捉えられかねないな、と少しヒヤヒヤした気持ちでリスティア御嬢様の返答を待つと、
「……ふん、ごまかしてる訳じゃないみたいね?」
──え、何?俺、それなりにポーカーフェイス得意な方だと思うんだけど……もしかしてそれも魔法だったりしねぇよな?
「な、何驚いてるのよ!?これだけ毎日顔を見てたら嘘か本当かくらい分かるでしょ!?」
──つっても、まだ一ヶ月程度だぞ……?
◇◆◇
機嫌を直したリスティア御嬢様は、
『落ち着いて話せる場所に移動するわよ!』
とティミがお茶の支度を整えているであろうリスティア御嬢様の私室へと俺を連れて行った。
「さ、話の続きね!えーと、レファリオ?だったかしら?」
「ああ、少年の使用人なんだけど、知ってるか?」
アーディベル家で少年の使用人と言えば、俺はレファリオしか見覚えがない。
しかし、リスティア御嬢様は首を傾げてかなり悩んでいる様子だ。
──おいマジかよ……!?レファリオ……お前、全くリスティア御嬢様に覚えられてねぇみてぇだぞ!?
それだけ当時のリスティア御嬢様が使用人に興味を持っていなかったのか、それともロルフさんが言っていたようにレファリオの努力不足だったのか。
──きっと、どっちもなんだろうなぁ。
「うーーーん、あっ!!思い出したわ!あのつまらない無愛想な使用人よね!?」
──もうこれ、俺が何もしなくたってレファリオが付き人になる未来なかったろ……。
なんて、心の中で悠長にツッコミを入れていると、
「分かったわ!そいつがオチバを困らせてるのね!今からわたしから直接話を付けてきてあげる!!」
突如、リスティア御嬢様は椅子から立ち上がり出す。
「ま、待て待て待て!?はえーよ!?俺が求めてんのはそういうことじゃねぇんだわ!?」
そんなことされればより事態がややこしくなって悩みのタネが増えるのは目に見えている。
「あら?そうなの?」
「そうなんだよ!?つまり、その、なんだ……マジでレファリオについて知ってる事を教えて欲しいだけだからさ」
リスティア御嬢様の暴走を止めるのを手伝って貰おうとティミにも目配せをすると、ティミもハッと気づいた様子で会話に加わる。
「そ、そう言えば……お、オチバさんと……れ、レファリオさんって……こ、この前の使用人報告会で……い、色々ありましたもんね……な、仲直りしたいとかじゃないですか?」
──助けてほしいとは思ったけど、かなりクリティカルに拗らせにくんじゃねぇか……。
「そ、そうだったのね。わたしったら早とちりしちゃったわ……。そうよね!仲直りは大事よね。そうた!それならわたしに良い考えがあるわ!」
「もう嫌な予感しかしねぇんだけど……」
「ふふっ、明日を楽しみにしてなさい♪」
様々な不安が残るが取り敢えず、
──ゲルトナーの件について話さなかったのは間違いなく正解だったな。
読んでいただきありがとうございます。




