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よろしくお願いします。

 ティミの情報を探り始めてから三日が経過し、試験参加受付の締切日まで残り二週間余りとなった。


 この期間で俺はティミ、ゲルトナー、レファリオの三名の弱点を出来るだけ調べなくてはならないのだが、


 ──思いの(ほか)ティミの情報を手に入れんのは簡単だったな。


 ティミの魔法については早い段階で知ることが出来ていた。


 ──まぁ、ティミの魔法に関しちゃある程度見当がついてたっつーのもあるか。


 と言うのも、以前スピラとリスティア御嬢様が魔力欠乏症になった時、リスティア御嬢様はティミが付いているため心配はいらない、というような話をロルフさんの口から耳にした事があったからだ。


 事実、リスティア御嬢様にティミの魔法についてそれとなく聞いてみた所、


『ティミの魔法?えーと、確か再生魔法って言ってたかしら?…………何でそんな事が気になるのかしら?も、もしかして!?ティミが気になってるなんて言わないわよね!?』


 あっさりとティミの魔法が判明した。


 その後のリスティア御嬢様を(なだ)めるのに一悶着あったが、最終的には試験相手の情報を集めていると正直に話したことで事なきを得た。


 ──しかし、再生魔法か。いかにも回復効果のある魔法って感じだな。


 また、身体能力は一般的な女性の範疇(はんちゅう)であり、あまり力技は得意としておらず、護衛能力は決して高くない事も判明した。


 大して恐ろしい相手ではなさそうであるが、魔力で身体能力を強化されれば俺程度なら軽く捻り倒せる力はあるに違いない。


 ──ティミを探るのはこれくらいでいいか。そろそろゲルトナーとレファリオの情報も集めねぇといけねぇし。


 などと考え込んでいると、傍らにいるティミの悲鳴が耳に入り、意識を目の前に広がる光景へと向ける。


 眼前にはメイド服のクラルテに転がされているリスティア御嬢様、という図だ。


「お…御嬢様っ…!?だ…大丈夫ですかっ…!?」


 本日のリスティア御嬢様はクラルテに護身術の指南を受けるため、アーディベル家の保有する訓練場にやって来ていた。


 俺とティミも付き人として訓練場の片隅でその様子を見守っており、ティミはリスティア御嬢様が倒される度にこうして何度も悲鳴を上げていた。


「し、心配し過ぎよ!受け身の練習だもの!転ぶ度に騒がないでちょうだい!!」


 リスティア御嬢様はそう言うが、素人目線でも非常に危なっかしく思える。


 これはクラルテの指南が悪いのではなく、リスティア御嬢様の苛烈な性格のせいだろう。護身術だというのに、守りよりも攻めの姿勢が多く見られるのだ。


 当然クラルテもそれを指摘するが、


「だったらどっちも出来るように教えなさい!」


 負けず嫌いのリスティア御嬢様はムキになっているようである。


「うーん。それでもいいけど、もう集中力も息も切れてきたんじゃない?そんな状態で訓練なんて続けたら本当に怪我するかもしれないし、ボクは休憩するのがいいと思うなぁ」


「怪我ならティミの魔法があるから心配ないわ!」


「え〜?これって怪我しないための訓練だよ?そんな風に考えちゃったら元も子もないじゃん。はいっ!ということで今日の訓練は終わりっ!」


「ちょっと!?何よそれ!?」


 クラルテが強制的に今日の訓練を終わらせた事で、俺とティミは慌ただしく動き始める。


「次って、庭園でマナーの授業だったよな?」


「は…はい。わ…私は御嬢様のお着替のお手伝いに行きますので……あの…」


「分かった。じゃ、俺は先に庭園に行って準備しとくよ」


「は、はいっ!……お願いしますっ……」


 タイミング的にはちょうど良い。


 次はゲルトナーの魔法について探る事としよう。



 ◇◆◇



 ゲルトナーはその大きな体格と庭師という肉体を酷使する職業から、フィジカル面において対峙したくない相手の筆頭と言える。

 しかし、主人の側に控える従者としての能力は不足しているのは明らかであり、そもそも従者採用試験に合格することはないだろう、とはリルドの言だ。


 それでもゲルトナーが試験に参加するであろうと予想する訳は、彼が公爵家の庭師という職や肩書に執着しておらず、試験に間違いなく参加するティミの兄であるからだ。彼の性格上、ティミの応援のために試験に参加する可能性が考えられた。


 現在、ゲルトナーについて分かっているのは、恵まれた体格と体力、そして妹のティミの存在くらいのものだ。


 だが、何より俺が知らなければならない事はやはり魔法だ。


「まずはゲルトナーの魔法を調査しねぇと」


 魔力はこの世界の生物全てに平等に与えられた能力であり、その魔力を使ってどんな魔法が使えるのかは千差万別である、という事をこの数ヶ月の異世界生活で俺は知った。


 俺に魔力がない時点で平等も何もないが、それは俺がこの世界の生物ではないからだろう。


 物申したいのは山々だが、今は『ゲルトナーの魔法について探る』という方針を定めて庭園へと足を踏み入れるのだった。



 ◆◇◆



 花々で彩られている生垣に挟まれた道を通り、ガラス張りの温室に辿り着くと早速目当ての人物が花壇で屈みながら作業している様子に出くわした。


「よっ、ゲルトナー」


「……オチバか………どうした?……御嬢様が来る時間にしては……早い気がするが……」


「予定の前倒しだよ。前の授業が早く終わって、この後リスティア御嬢様もこっちに来る事になったからその連絡だ」


「……そうか……なら急がないとな……助かった」


 言葉数の少ない返事だがそれはいつもの事だ。


「何か手伝うか?俺もここでリスティア御嬢様を迎える準備しなきゃなんねぇけど、直ぐに済むし、手は空いてるぞ?」


 リスティア御嬢様の行動ルーチンはだいたい把握している。体を動かした後の予定は決まって湯浴みだ。時間的余裕はある。


「……いや……気にしなくていい……これは……僕の仕事だ」


「ま、そう言うなら手は出さねぇけど」


 上手く会話の流れを作ってゲルトナーの魔法について聞かせて貰おうと思ったのだが、遠回しなやり方は上手くいきそうにない。


 ──なら、単刀直入に聞くしかねぇか。


「ゲルトナーは従者採用試験には参加すんのか?」


 スマートなやり方じゃないが、俺としても時間が惜しい。


 対するゲルトナーは俺の質問に若干の間を置きながらも答えてくれた。


「…………それか。実は……参加するかどうか……まだ迷っている。妹の……ティミの……手助けをしてやりたいが……」


 しかし、その答えは俺とリルドが予想したものとは少し離れたものだ。


 ──参加に迷ってる?


 もしかして今ならゲルトナーを試験に参加させない事も出来るかもしれない、などと(よこしま)な考えが過ぎった所で、ゲルトナーの方から質問が飛んでくる。


「オチバは……君は何故……従者になりたいんだ?」


「なんでって、そりゃあ……」


 ──安全にセアリアス学園に行ってライハ神とかいう神様と話がしてぇから、なんて言うわけにはいかねぇよなぁ。


 他に理由があるとしたら、


「……リスティア御嬢様が心配だから、とかか?」


 俺は、リスティア御嬢様の仕組まれているかのような境遇に同情した。

 この世界には神がいて、その存在に振り回されているとしたら、と思うと他人事には思えなかったからだ。


 ──それに、流石にこれだけ懐かれて一緒に生活してたら情だって沸いちまうしな。


 だから、リスティア御嬢様を心配するこの気持ちは嘘じゃないとはっきり言える。


「なら……やっぱり……僕は……試験に参加すべきじゃ……ないな。僕は……御嬢様の……従者になりたい訳じゃ……ない。ただ…妹を手助けしたい……それだけの理由で……」


 その言葉は強敵が減るという意味で、俺にとって非常に喜ばしい展開だ。


 それに本人が試験に乗り気でないのなら俺も遠慮無くゲルトナーの辞退を後押しをしてやれる。


 ──ここは慎重に言葉を選ぶ場面だな……。


 押し黙ったゲルトナーと熟考する俺との間で短い沈黙が流れる。

 そして先に考えが纏まった俺から口火を切った。


「……正直、従者になるつもりがなくて、他の参加者の邪魔するために参加するっつーのは迷惑極まりねぇ話だけど」


「…………済まない」


「謝る必要なんかねえって、従者になるつもりがなくても試験に参加出来るルールなんだからよ。それに、それがゲルトナーのやりてぇ事だってんなら俺がとやかく言うような事でもねぇ」


 ──まぁ、とやかく言う為にこうして言葉を(ろう)してんだけど。


「……僕の……やりたい事」


 俺はゲルトナーが庭師に執着していない事を知っている。

 そして、ゲルトナーのやりたい事()が『子供に対する暴力を無くす』という事も。


「ああ、多分他の奴らだって大体そうだろ。自分の目指すもんの為に試験に参加する。俺だって目的があって、それを成し遂げる為に従者になろうとしてんだ」


「…………」


「重要なのはこの試験を通してそれが自分の一番やりたい事()に繋がんのかどうかって事だろ?」


 一見、俺のこの言葉はゲルトナーの試験参加を応援しているようにも見えるかもしれない。


 だが、実態は違う。

 これは俺がゲルトナーに示した逃げ道だ。


 俺はゲルトナーに『試験に参加しなくていい理由』を作ったのだ。


 何せ、ゲルトナーの一番やりたい事、つまりゲルトナーの夢はこの試験を通して繋がるようなものではない。


 むしろ、まかり間違って従者になってしまえば夢から遠ざかってしまう事にすらなるだろう。


 ──ゲルトナーが本気で夢を叶えたいなら、リスティア御嬢様の従者になるべきじゃねぇって結論になるっつー訳だ。


「参加するかどうかで悩んでんなら、自分がやりてぇ事を基準に考えてみても良いんじゃねぇか?」


 そう締め括りゲルトナーの反応を窺うと、ゲルトナーは訝しむような視線を俺に向けていた。


 そして、ゲルトナーの方から俺に向かって語りかけてくる。


「オチバ……君の目的は……何だ?」


「え……いや、何も俺はお前を(たばか)ろうとしてる訳じゃ!?」


「何かを……勘ぐっている訳じゃ……ない。ただ……今……言っていた……君が……試験に参加する……目的を……教えて欲しい」


「あ、あー……そっちか」


 ──さて、素直に教えるかどうかだけど。


「分かった。教えるよ」


 正確には、ここは教えるしかない。


 この局面においては教えることのメリットの方が大きいからだ。


 ゲルトナーなら教えても言いふらすような事はないだろうし、『従者を目指す人物がいる』という事実を突きつける事でゲルトナーの試験を辞退する気持ちに拍車をかける事が出来るかもしれない。


 逆に教えないのはあからさまに何か後ろめたいものがあるという事の表れになってしまう。


 ──それに一から十まで説明するって訳でもねぇしな。


 話す内容を軽く頭で整理すると、早速俺の目的について説明する。


「えーと、俺の目的はリスティア御嬢様の従者になって安全にセアリアス学園に行くことだよ。ほら、今年は皇帝選ぶのにライハ神が降りてくるって話だったろ?神に会える機会なんてそうそうねぇだろうし…………ってうおッ!?」


 驚いたのは、目の前で屈んだままのゲルトナーの思いもよらぬ奇行を目にしたからだ。


 ゲルトナーは屈んだ姿勢で直立する俺の顔を下から覗き込むように凝視していた。


 ──な、なんだ!?どっかでボロでも出しちまったか!?いや、この感覚、何処かで覚えがあるような……!?


 ゲルトナーはその姿勢のまま、軍手を付けた手を自身の顎下(あごした)へとそっと持っていく。


「ずっと……分からなかった。君が本物か……それとも……僕の思い違いなのか……だけど……今……君の符号を見て……確かめたく……なった」


 ──符号!?…………あぁっ!?


 癖で(あご)に持っていっていた右手を急いで顎から遠ざけるが、ゲルトナーは意に介した様子もない。


「オチバ……君を……本物だと……思いたい……僕と……同じだと……きっとあの人にも……会ったに違いない……だけど……分からない……なら何故?……同志達の組織を……壊滅させた?」


 ──ヤバいヤバいヤバい!?


「…………決めた……僕も試験に……参加しよう……妹の為なんかじゃ……ない……僕の目的の為だ……君が……本物か……見極めたい」


 ゲルトナーはクルエル教の信者だった。


 ──もう魔法を探るどころじゃねぇんだけど!?



読んでいただきありがとうございます。

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