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よろしくお願いします。
クラルテがアーディベル公爵夫妻と話をする傍ら、オチバは改めて今日自分たちがアーディベル公爵に呼ばれた経緯と出来事について頭の中で整理していた。
──まず、公爵が帝都でリスティア御嬢様の評判を聞きつけて、それが事実かどうかって事を確認するために俺とクラルテを呼びつけたんだったな。
正確には娘であるリスティアの素行が良くなった経緯と帝都で流れているリスティアの噂の原因をアーディベル公爵は探っていた。
──リスティア御嬢様の素行が改善された経緯についちゃ、なんとか説明は出来た。公爵夫妻に失礼がないよう気を付けすぎたせいでかなり脚色された話になっちまったけどな。
オチバが話を脚色してしまった理由には、公爵夫妻に心労を掛けさせないようにした為というのもあるが、
──リスティア御嬢様にめちゃくちゃ失礼な言葉使っちまったし、泣かせちまったしなぁ。
一番の理由は公爵夫妻からお咎めを受けるのを恐れたからである。
──絶対バレねぇようにしねぇと……。
続くリスティアの噂については、その一つである〝会った者の心を掴むほどの美貌〟の原因の推測を公爵に語り、それに納得した公爵の一声で発生した軽い休憩時間も先ほど終えた。
そして、その休憩時間にオチバよりクラルテの方ががリスティアの噂の原因に詳しい事が判明し、公爵夫妻との対話をクラルテと交代して今に至る。
──何せ、リスティア御嬢様の噂が流れたのはクラルテとメイドのティミの仕業みたいだからな。当事者のクラルテに任せときゃ問題ねぇだろ。
◇◆◇
──そう判断した俺が間違いだった……。
クラルテが二つ目の噂として取り上げたのは、〝リスティア御嬢様が優秀な能力を持った平民を取り立てた〟という噂だった。
『この噂の由来は、リスティア御嬢様がオチバを名誉使用人に取り立てた事ですねっ』
という切り出しから始まり、最初は大貴族の令嬢であるリスティア御嬢様が平民を取り上げる、という美談の類いだったのだが、
『使用人たちの間じゃ、リスティア御嬢様がオチバを付き人に取り立てた事に疑問視する声もあったみたいでねっ』
と話が進むにつれて、いつの間にか主題がリスティア御嬢様ではなく、俺の話にすり替わり始めていた。
──クラルテの奴、敬語も忘れて話してやがるな。
元々クラルテは身分に頓着しておらず、このロイライハ帝国においてマイナーであるものの、多くの国でそれなりに優遇される『勇者』の肩書きを持っていたため、そもそも敬語を話すのに慣れてないのだ。やはり一ヶ月程度では馴染んだ話し方を変えるのは難しいのだろう。
「でもねっ!それは皆がオチバの事を知らないだけなんだよっ!その凄さは次の噂にも繋がってるんだっ」
随分楽しそうに話しているが、
──もうこれ以上過大評価されるような事言わないでくんねぇかな!?
今すぐにでもクラルテを静止させたいのだが、自分から話し手をクラルテに交代すると宣言した手前、それをするのはあまりにも格好がつかない。そもそも公爵との会話を遮るという行為もよろしくない。
色々と考えを巡らすも、結局のところ俺に出来ることはクラルテが変な事を言わないように祈る事しか出来ないのだった。
◆◇◆
──祈りは届かなかった……。つーか、祈る神なんていなかったわ。
俺を呼び出した神への文句が一つ増えたのを心のメモに留め、現実逃避していた意識を戻す。
これから三つ目の、リスティア御嬢様が〝慈愛と正義の心で悪人を懲らしめた〟という噂についてクラルテが話すのだが、これまでクラルテが話した内容に俺はかなりのメンタルをやられていた。
それはもうクラルテは俺を持ち上げた。
その理屈は分からなくもない。俺を持ち上げる事は、間接的に俺を付き人に取り立てたリスティア御嬢様を持ち上げる事になるからだ。
──とは言え、お前の中の俺ってどうなってんの?
クラルテは、自身と俺が魔王因子という先天的な呪いのようなものにかかっており、俺はその影響で魔力が使えず、呪いと今も戦い続けていると公爵夫妻に説明した。
──それ、勘違い。
更にクラルテが言うには、魔王因子に縛られた俺の魔力が解放されれば勇者であるクラルテ自身より強いのだと豪語し出す始末だ。
──それも、勘違い。
そして、とうとう俺がクラルテと同じく勇者の志を持っていて、俺も勇者を目指しているとか言い出した。
──捏造だよな!?つーか、それ前にも言ってなかったか!?外堀から埋めようとすんな!?
俺はクラルテに話の主導権を譲った事を完全に後悔していた。
たが、三つ目の噂の話で更なるピンチが俺を襲った。
「それで三つ目の〝慈愛と正義の心で悪人を懲らしめた〟って噂の事なんだけど、多分リスティア御嬢様とオチバの噂が混ざっちゃったみたいなんだよね」
──…………は?
「それは、一体どういうことかな?」
公爵夫妻もこれにはハテナを浮かべている。
「えーと、二つ目の噂が屋敷内で流れてからなんだけど、ボクもオチバについて聞かれる事が何回かあってさ。オチバを知って貰える良い機会かなって思って、ちょっと前にオチバが解決した事件の話をしたんだ」
──お前っ!?それはっ!?
「ボクたちがこの国に来る前にいたモルテ=フィーレ共和国で起きた大きな事件なんだけど、何か耳にしてない?」
「モルテ=フィーレで起きた大事件か。ここ最近だと高級宿がクルエル教徒の根城になっていて、その首領を捕縛したという話があったな。だが、確かあれはカザン亭という同業者による協力で事なきを得たと聞いているが」
「表向きにはそうなってるねっ!でも本当は違うんだよっ」
──クラルテ!?
「ちょっと待っ……」
「何とっ!そのクルエル教の首領を捕まえた人物こそ!ここにいるオチバなんだよっ!!」
──クラルテェ!?
止めるかどうか判断する猶予もなくそれはぶちまけられた。
「お前何言ってんの!?なぁ!?何言ってやがんの!?つーか、聞く限りもう既に誰かに話してる口じゃねぇか!?モルテ=フィーレのお偉いさんにバレたら面倒って話覚えてねぇの!?これじゃ何のために手柄譲ったんだよ!?」
「あっ……で、でもほらっ!もうモルテ=フィーレに暫く行くこともないし?た、多分平気だよっ」
「そういう問題か!?お前の口の軽さに俺ビビり散らしてるよ!?」
まさかの暴露展開に流石の俺も取り乱してしまったが、
「にわかには信じがたいが……。その反応、嘘や冗談という訳でもないということか。今日一番に驚いたぞ……。まさか、クルエル教首領の捕縛にも一役買っていたとは……」
どうやらそれが決定打となって公爵は信じてしまったようだ。
「あっ!?いえ!?あれは偶然だったというか!?」
「分かっている。手柄を譲った、というのも目立ちたくない理由があるから、という訳だな」
──あー……もう、いくら俺が取り繕っても信じてもらえそうにねぇな。
「そ、それじゃ話を戻すけど。三つ目の噂はボクが話したオチバの件がいつの間にかリスティア御嬢様の噂になっちゃったっていうのがボクの結論かなっ」
「なるほど。この家に悪人が入り込んだという報告は受けていなかった。故にこの噂については甚だ疑問に思っていたのだが、そういう訳だったか」
色々と物申したいところ(主に勘違いで俺が過大評価されている件)はあるが、綺麗に収まったこの状況を引っ掻き回すだけのメリットはないだろう。
──とにかく、これで今日公爵に呼ばれた大半の要件は済んだ筈だ。残る話は、
「さて、本来ならリスティアがセアリアス学園に向かう直前まで様子を見るつもりであったが、ロルフの報告によれば既にリスティアは落ち着いていると聞き、帝都ではリスティアの期待が高まっている。オチバたちを雇った一番の目的は達成されたと私は考えているが、君はどう思う?」
「そうね。リスティアが使用人たちに不当な扱いをしなくなったのは事実のようですし」
「よし。では褒賞の話に移ろう。リスティアの素行を正し、かつその評判を高めた功績を認め、オチバ、クラルテの両名に褒美を与える」
──とうとう来たか。
「当初の依頼通り残り五ヶ月はお前たちを使用人として雇わせてもらい、その間の給金も用意する。その上で私の裁量で叶えられる範囲でなら、どんな褒美でも用意するつもりだが、何か望みはあるか?」
「うーん、そう言われても直ぐには思い付かないかなぁ。魔王因子の情報があったら欲しいけど、ロイライハ帝国に魔王が出たって話は聞いたことないし……ないよね?」
「済まないが魔王因子という話は耳にしたことがないな」
「なら、ボクはもうちょっと考えたいかな。オチバは何かあるの?」
──俺の望みは決まってる。
「公爵様、今年はライハ神が選定公としてヴィッツ公国のセアリアス学園にて降臨なされるという話を伺いました」
「殆どの皇帝候補者らがこの年のセアリアス学園に集う所を鑑みれば、恐らくそうなるだろうな」
「実を言いますと、私がロイライハ帝国に来る決断をしたのは神が降りてくるという話を耳にしたからなのです。ライハ神と対話する機会を設けて欲しいとまでは言いません。セアリアス学園に無理なく入り込むための助力が欲しいのです」
この世界で暫く過ごして見つけた俺の目的は、まず俺をこの世界に召喚した『神』っての見つけることだ。
勿論、文句は言ってやりたいし、元の世界に戻して欲しいとかの要求がない訳じゃないが、それが可能かどうかも分からない現状、考えても仕方がない。
──全ては、まず会う事からだ。
そして、その手掛かりになり得るかもしれないライハ神がセアリアス学園に現れるときた。
しかし、ヴィッツ公国に入国するだけならまだしも、セアリアス学園は貴族の子弟が集う学園だ。身元の保証をされていない人物が容易に入り込める場所とは思えない。
──だから、俺の身元を証明するアーディベル公爵の後ろ楯が必要ってこった。
「そうだな……。セアリアス学園に正式な手続きを経て行くとなれば、手段は限られてくる。生徒としてか、学園関係者として、もしくは生徒の従者としてだな」
この中だと生徒ってのは流石に無理だろう。そもそも今から何年も学校に通うつもりもない。
なら学園関係者か生徒の従者のどっちかってことになるが、学園関係者となると公爵の権限だけで決められる事でもないように思える。
──そうなれば、
「私に出来ることは、オチバにリスティアの従者採用試験への参加資格を与える事くらいになるな」
──そうそう従者採用試験…………は?
「……えっと、すみません。従者採用試験という単語は初耳なんですけど、一体どんな催しなんでしょうか……?いえ、何となく語感で分かりますけど」
「その名の通り、ここを離れてセアリアス学園で生活する事になるリスティアを支える従者を決めるための試験だ。通例なら我が家に仕えて歴の長い者にしか参加資格は与えられないのだが、オチバには特別にその参加資格を与える事としよう」
「参加資格……ですか」
「私の一存でオチバをリスティアの従者の一人として決定する事も出来ない訳ではないが……」
──是非そうして欲しいんですけど……。
「事はリスティアの安否にも関わる。私の一存でオチバを選んだ事が原因でリスティアに何かあったとしたら、私は私自身も、君の事も許すことは出来ないだろう」
「従者採用試験の参加資格、有り難く頂戴致しますっ!!」
──恐っわ!?
「ふーん、そういうことなら。公爵様、ボクもオチバと同じその従者採用試験の参加資格がいいな。さっきも説明したけど、オチバの魔王因子はボクが面倒見るって決めてるからねっ」
「宜しい。オチバ、クラルテの両名にリスティアの従者採用試験への参加資格がある事を当代当主のウルリーケ・アーディベルが認めよう」
こうして俺とクラルテはセアリアス学園に堂々と入り込むための、リスティア御嬢様の従者となるための試験を受ける資格を得たのだった。
──ややこしいなぁ!?おいっ!?
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