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遅くなってしまいました。
よろしくお願いします。
「ほう。魔法研究機関のスピラというと、ゼンの妹か」
リスティア御嬢様の話のついでにスピラについて口を滑らしてしまったが、どうやら公爵はスピラの事を知っている様子だ。
思い返してみれば、俺がゼンに連れられて公爵と対面した時、ゼンと公爵の会話の中でドミとスピラの名前が出ていた覚えがある。
「スピラもリスティアの成長に一役買ったというのであれば何か褒賞を与えることとしよう。勿論、オチバ、クラルテ、お前たちにもだ」
──褒賞、俺とクラルテが呼ばれたのにはそういう側面もあった訳か。
「だがその前にリスティアの噂についてだ。あれらの噂が何処まで事実なのか、近くにいたお前たちなら多少なりとも知っているんじゃないか?」
──〝会った者の心を掴むほどの美貌〟に〝優秀な能力を持った平民を見分け取り立てる洞察力〟、後は〝慈愛と正義の心で悪人を懲らしめた〟だったか。
どれも耳障りのよい噂である以上、深掘りしても困るような事態にはそうそうならないだろう。
「……そうですね。噂については詳しくありませんが、リスティア御嬢様のどの様な行いがそれらの噂に繋がったのか、という予想なら出来るかもしれません」
「そうか。是非聞かせてくれ」
「畏まりました」
──少なくとも、半分近く捏造した話をするってのと比べりゃ余裕だな。
「では先ず美貌の噂についてですが、私の知る限りリスティア御嬢様の容姿に劇的な成長や変化はありません。ですが、元々リスティア御嬢様は誰が見ても美人と評されるだけの容姿を持っています」
──変化がねぇのに何で噂になるほど騒がれてんのかって考えりゃ、その理由は恐らく。
「この噂は、リスティア御嬢様が外部の人間、教師の方々との接触を行うようになったからではないでしょうか?」
「ふむ、確かにリスティアが人目に触れる機会はあまり作れていなかったな」
「それなら私の責任でもあるわね。リスティアを社交界に出す機会は幾度か会ったのだけれど、あの子の素行が良くなるまで社交界から遠ざけるよう貴方にお願いしたのは私だもの」
「なに、決めたのは私だ。君が責任を感じることはないよ」
「では次の噂ですが──」
「ちょ、ちょっと待ってっ!」
公爵夫妻の会話が落ち着いたのを見計らい次の話に移ろうとした所、慌てた様子で指摘を入れたのは隣に座るクラルテだ。
「そ、それだけじゃないんじゃないかなー……?」
「……それだけじゃないって、どういう事だよ?」
「だ、だって最初に見掛けたリスティア御嬢様ってこーんなに目が吊り上がってたけど、今はそんなでもないでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
「でしょっ!?」
──あの時のリスティア御嬢様は明らかに不機嫌だったからな。
元々目尻が上がっているリスティア御嬢様だ。怒っていればさらに目尻も吊り上がるだろう。
──けど、確かにリスティア御嬢様の不機嫌な表情ってのは、初めて会った時以来見てねぇな。
「それってボクらには変化が無いように見えてただけなんじゃないかなー……なんて」
──何か白々しい言い方するな…………けど、
「そうか。俺にとっては今のリスティア御嬢様が当たり前だけど、以前のリスティア御嬢様を知る人からすれば今のリスティア御嬢様の容姿は劇的に変わったように見えてもおかしくねぇな」
名前を呼ばれただけで嬉し涙を浮かべていたリスティア御嬢様の付きメイド、ティミの反応を思い起こせばよく分かる。
以前のリスティア御嬢様はやはり相当我が儘で、常に不機嫌な表情を浮かべていたのだろう。
そしてその場合、以前と違うリスティア御嬢様の様子に気付いた人物が噂の出所の可能性が高い。
そう考えると、
「美貌に関する噂の出所は使用人たちってことか」
「そうそう!そういうことっ!」
俺の答えにクラルテは大きく頷き、早口で続ける。
「ボクって護衛役でしょ?付き人のオチバと違ってリスティア御嬢様に付きっきりって訳じゃなかったから使用人さんたちとお話しする事も少なくなかったんだよねっ!あー!!そう言えばリスティア御嬢様に見とれる衛士さんが増えたって話も聞いたことあるなー!!……噂もそこから来てるんじゃない?」
あからさまに主張の強い部分が見えた気もするが、それらが事実だと考慮すれば。
「現在のリスティアと接した使用人たちがリスティアの可憐さに心を奪われ、その話が先生方に伝わり、帝都で噂として広がった、という訳か。フッ、なるほど。合点がいった」
公爵も同じ結論に達したのだろう。
公爵の主観が混じっているように思えるが、話を要約すると俺もだいたい同じ結論だ。
「それにクラルテの言からも、リスティアの〝会った者の心を掴むほどの美貌〟の噂は事実だったという訳だ。これは喜ばしい」
「そうね。リスティアの素行が良くなったという報告はロルフからも受けているけれど、ロルフ以外の使用人からも支持が得られているようで安心したわ」
「そ、ソウデスネー……」
公爵夫妻はリスティア御嬢様が使用人や衛士から人気を得ていると知り、ホッとした様子だ。
反対にクラルテの様子は明らかにおかしい。何か隠し事をしている時のクラルテだ。
いつもならすぐに追及するところなのだが、今の俺はクラルテに構ってられる心境ではなかった。
──大見得切って推測外したぁぁぁ!!!!
俺の胸中は恥ずかしさと後悔が渦巻いているとしか言いようがなく、恥ずかしさのあまり顔を伏せたままその場を乗り切るので精一杯だった。
「よし、長丁場になりそうであるし、区切りも良い所だ。少し休憩にするとしよう。ロルフ、お茶の支度を頼む」
「はい、旦那様」
◇◆◇
公爵の提案によって突如発生した休憩の時間。
俺とクラルテ、公爵夫妻のテーブルの上にはお茶が用意されていた。
用意されたお茶に手をつけ、先ほどまでの自分の失態を反省する。
──今までが上手く行きすぎて調子に乗ってたな。
今回は事なきを得たが、武力に魔力、権力という点において誰よりも劣る俺は大事な局面で今のような見落としは致命になりかねない。
──それも違ぇか。
今までも致命的な状況に陥ったことはある。それを潜り抜けて来られたのはクラルテたちのお陰だ。
──今だってクラルテの指摘がなかったら推測とは言え公爵に間違った情報を流すところだった……。今日の失態は教訓として胸に刻もう。
などと俺の反省している姿が余程落ち込んでいるように見えたのだろう。
(そ、そんなに落ち込まないでっ!オチバはリスティア御嬢様と距離が近すぎたから気付けなかったんだし、しょうがないよっ!)
クラルテが小声で俺を励まそうとしてくれる。
(いや、今のは俺の落ち度だったよ。お前に聞いてれば一発で解決してたんだもんな。心配してくれてありがとな)
──でも、確かに反省は今すべきじゃねぇか。しっかり気持ちを切り替えて臨まねぇと。
(けど、リスティア御嬢様に見とれる衛士がいたなんて話、よく覚えてたな?帝都で噂になるくらいだからここ一週間よりも前の会話だろ?話した使用人だって一人や二人って訳でもねぇだろうし)
気持ちを切り替えるつもりで出した話題だったが、
(え"っ…………そ、ソウダネー……)
(おい、さっきから何だその反応。絶対何かあんだろ)
(………………ある……かも?)
クラルテの焦る様子に胸騒ぎを覚え、動揺する理由について追及すると、クラルテは罪悪感からか呆気なく自白する。
事の経緯はリスティア御嬢様の付きメイド、ティミの発案だと言う。
なんでも、リスティア御嬢様の我が儘ぶりを知る何人かのメイドや邸内に配属される衛士たちは、リスティア御嬢様と視線を合わせるのも恐れており、最近までその状況が続いていたのだとか。
ティミはもっと多くの人に今のリスティア御嬢様を知ってもらいたいと考え、リスティア御嬢様が慕われている噂を流すことを画策し、困ってる人を放って置けないクラルテは魔王因子を探す傍ら、ティミに協力して噂の流布を手伝っていたとの事だ。
──ちょっと待てよ……?それってつまり……。
「お前っ!?噂の真相を知ってたってことじゃねぇかっ!?何で最初から言わねぇんだ!?」
(ちょっ!?オチバっ!?声が大きいって!?)
(おっと!?……悪りぃ)
公爵夫妻を覗き見れば、リスティア御嬢様の話題で会話に華を咲かせているらしく、俺たちの悶着には気付いてないようだ。
(……えーと、怒らないで聞いてね?)
(ちゃんとした理由ならな)
──眠かったからだとか、まさかそんなんだったりしねぇだろうなぁ……?
訝しげな視線をクラルテに送る俺だったが、直後に発せられた言葉に体が硬直する。
(その、ボクだって最初は言おうと思ってたんだよ。でもオチバは任せてって言ってたし、合図もないし)
──合図……?
(もしかしてボクとティミが噂を流したって知ってるのかなーって思って……)
──…………あっ!?あれかぁ~!?
(だけど、オチバの話を聞いてたら知らないみたいだし、だからってこのまま話が終わっちゃったら公爵様たちに噂が事実だって伝える事も出来なくなっちゃうし……)
──それであんな不自然なタイミングでの指摘になっちまったのか……。
(あっ!リスティア御嬢様に見とれてた衛士さんがいるって話は本当だよ? それと、狼狽えちゃったのは……このこと知ったらオチバが怒るかなって思って……つい隠そうとしちゃって……)
──いやぁ、こりゃ俺が百悪いわ。
(えーと……因みにクラルテさん?残る二つの噂にも心当たりがあったりします?)
(えっ、あるけど………え"っ!?何で敬語になってるのっ!?)
──そっかぁ、あんのかぁ。
◇◆◇
「さて、そろそろ次の噂について聞かせて貰うとしよう」
公爵の一声で休憩は終わり、再び場が静粛な雰囲気に包まれる。
残る噂は、〝優秀な能力を持った平民を取り立てた噂〟と〝慈愛と正義の心で悪人を懲らしめた噂〟の二つだ。
心当たりがあるのは、平民を取り立てたって噂だろう。恐らくそれは俺とクラルテのことだ。
だが、もう一方の噂については全く心当たりがない。
──ま、それも最早深く考える必要もねぇ事になったけどな。
「公爵様、残る噂についてはオチバに代わってボクがお話しますっ」
俺に代わって公爵に返事をしたのは隣に座るクラルテだった。
──何せ、問い質してみりゃ噂の発信源はこいつだったんだからな。
クラルテに任せて高みの見物を決め込んだ俺であったが、間もなくクラルテに任せたことを深く後悔する事になるのだった。
読んで頂きありがとうございます。




