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手直しを繰り返してたら遅れてしまいました。
申し訳ありません。
本年度もどうかよろしくお願いします。
ヴィッツ公国は周囲をロイライハ帝国に囲まれた小さな国家で、ロイライハ帝国の多くの貴族子弟が通うことになるセアリアス学園もここに立地している。
その複雑な立地条件が帝国に許容されているのには、当然理由があった。
遥か昔、まだ各地で力ある者たちが争いあっていた争乱の時代。
初代ロイライハ皇帝はロイ神とライハ神の後押しにより大陸北部に蔓延る有力者たちを次々と下していった。
初代ロイライハ皇帝は大陸北部を平定するとロイライハ帝国を建国し、その立役者となった二柱の神を永遠の友であると語り、ロイ神とライハ神は帝国のシンボルになったと伝えられている。
しかし、英雄と讃えられた初代ロイライハ皇帝はその人生の最期に大きな失態を演じてしまう。
初代ロイライハ皇帝は、後継者を指名しないという大きな遺恨を残してこの世を去ってしまったのだ。その結果、帝国は建国以来の未曾有の危機に直面してしまう。
皇帝という統率者を失った帝国はじわじわと力を失っていき、やがて後継者を巡っての火種が国内各地で見受けられるようなった。
そこで立ち上がったのは初代ロイライハ皇帝の友であったロイ神とライハ神であった。
ロイ神とライハ神は友が残した国のため、新たに次代皇帝を指名した。
だがそれも決して良いことばかりではなかった。
確かに帝国は一つに纏まるように動き出したが、多くの帝国民が皇帝ではなく神を信奉するようになってしまったのだ。
それは、かつて初代ロイライハ皇帝が目指した国の有り様とかけ離れており、憂いた二柱は皇帝を指名する『選定公』としての役割を担う事を誓い、それ以外においてどんな危機にも帝国に力を貸さないことを宣言した。
そして、二柱を現世へと呼び戻すための術を次代ロイライハ皇帝に宿すと神々の星へと消えていったのだという。
「──その二柱の神であり、選定公でもあるロイ神とライハ神を降臨させる術─召喚魔法を持つのが、第二代ロイライハ皇帝の子孫であるヴィッツ家なのです。以来、ヴィッツ家は公爵家として帝国貴族であり続け、中立の立場で都市国家としてのヴィッツ公国を帝国内で形成するに至った、という訳です………そろそろ時間ですね。本日はこの辺りにしておきましょう」
講義室として用意されたアーディベル家の一室で歴史の教師がそう締めくくる。
「ご教授いただきありがとうございますわ」
十三才の女子としては高めの百六十センチ程の上背と、ドレスの上からでも判別出来るグラマー体型の大人びた風体の女性が桃色の髪を揺らして丁寧に礼を言う。
歴史の教師にはその姿が余程勉強熱心に見えたことだろう。
「こちらこそ、アーディベル家のご令嬢であるリスティア様にお教えする事が出来て光栄です」
そしてそんな勉強熱心な生徒(に見える)─リスティア御嬢様にそう言えばと話し出す。
「今回の降臨はライハ神であるとされていますね。皇帝候補者が一同に集いますし、時期としましてもリスティア様がセアリアス学園に滞在される最中が最も有力でしょう。もしお会いになられる機会がありましたら是非お聞かせ下さい」
「き、機会があれば話してみますわ」
「楽しみにしていますね」
歴史の教師は将来有望な歴史家の卵を見つけたかのような眼差しをリスティア御嬢様に向けた後、講義室から出ていく。
神を呼ぶってのは聞きかじっていたが、召喚魔法というので神を呼んでいたというのは初耳だ。あの感じだと召喚される場所はセアリアス学園とみていいでろう。
──そうなると、その召喚された神と接触する為にも何とかしてセアリアス学園に行く方法を思い付かなきゃな。
勉強することにそこまで苦を感じないタイプの俺は、今日のような授業は中々に興味深い内容で聞き入っていたのだが、
「………疲れたわっ!こんなの覚えたっていったい何になるのよっ!!」
歴史の教師が部屋から消えた途端、机の上でリスティア御嬢様は崩れ落ち、化けの皮が剥がれる。
どうやら彼女にとって歴史の授業は楽しいものではなかったようだ。
「お疲れ様、ティミにお茶の準備でも頼むか?」
「そうねって言いたいところだけど、直ぐに次の講義が始まるからその後に頼むわ」
「了解。次は魔法の講義だったな。外に出るならお茶も外に準備するけど?」
「次は生活魔法についての講義だから外に出ないけど、気分転換したいから外で準備してちょうだい」
「あいよ。任せとけ」
「はぁ、付き人が居れば生活魔法を覚える必要なんてないのに面倒ね……いっそ付き人と同じ部屋にしてもらえないかしら?」
俺がリスティア御嬢様の名誉付き人となって、早くも一月が経とうとしていた。
俺の役目は、リスティア御嬢様が教師陣に対して極力失礼な事や理不尽な事をしないか注意する監視役のようなものだが、この役目のお陰で俺は色々知らない知識を得ることが出来ていた。
──まさに役得ってやつだな。
「オチバ?聞いてるの?」
「聞いてる聞いてる………でも、それってお前が目標にしてる〝皆から信頼されるウルリーケ公爵〟の象からは離れてねぇか?」
「言ってみただけよ。わたしの間違いをあなたがちゃんと指摘できるのか試しただけだもの。ふふっ、ちゃんと指摘出来たみたいね」
「……期待に添えられて良かったよ。それじゃあ俺はちょっとティミにお茶の準備を頼んで来るよ。何かあったら部屋の外にいるクラルテに言えよ?」
「分かってるわ」
この一ヶ月間、リスティア御嬢様は特に問題を起こすような事もなく、身勝手な振る舞いを第三者にするようなことも見せなくなっていた。
◆◇◆
講義室の外に出るとロルフさんが生活魔法の教師を連れて来るところのようだった。
部屋の外で船を漕いでいるクラルテを軽くこずいて起こし、教師が講義室に入っていくのを黙礼で見届け、一人になったロルフさんに挨拶する。
「お疲れ様です。ロルフさん」
「お疲れ様ですっ」
「オチバ殿、クラルテ殿、御苦労様です。もうあなた方が来て一月ですか。早いものです」
「そうですね。あっという間でした。この分ですと公爵様たちとの約束の期限までもすぐでしょうね」
公爵様たちとの約束というのは、半年後に控える学園入学時期までにリスティア御嬢様の振る舞いを正す、というものだ。
この世界の一年も十二ヶ月であることは既に調べがついており、残すところ期限は五ヶ月という事になる。
「…………リスティア御嬢様は変わられました。あなた方のお陰です」
「そう評価してもらえるのは嬉しいですけど、リスティア御嬢様は特別変わってなんていませんよ。甘える相手を選べるようになっただけですから」
変わったというより〝猫を被れるようになった〟というのが適切かもしれない。
リスティア御嬢様は、教師たちの前では礼儀正しく話せるようになったが、俺やティミの前で愚痴を言うのなんてしょっちゅうだ。
「ほほ、そうなのかもしれません。とは言え、リスティア御嬢様が甘えられる相手を見付けられたのは他ならぬあなた方のお陰だというのが私たちの考えであります」
ロルフさんの弁を真に受けるならば、使用人の間でも近頃のリスティア御嬢様の態度は好意的に受け入れられているということだろう。
──この調子なら近い内に公爵様たちとの約束は果たせそうだな。
などと思っていると、
「それで急な話なのですが、本日旦那様が久方ぶりに帝都からこちらに戻られるとの報がありました。旦那様もリスティア御嬢様の件でオチバ殿とクラルテ殿の事を大変評価していらっしゃるようでして、改めて話の場を設けたいと仰せです。夕刻頃になりますが、私の方からオチバ殿とクラルテ殿を呼びに参りますのでその頃には自室にてお待ち頂けるようお願いします」
一月ぶりに公爵様から呼び出しが掛かったのだった。
◇◆◇
夕刻を迎える頃合いになり、リスティア御嬢様の付き人としての役目をティミに任せた俺とクラルテは、ロルフさんに連れられて公爵の待つ部屋へと案内されていた。
「オチバ殿はこの一月あまりで使用人としての生活に馴れたように思えますが、如何ですかな?」
道すがらロルフさんが尋ねてくる。
「馴れたといえば、馴れましたね。俺、結構順応するのは得意なんです。ただ、やっぱり魔力がないと色んな雑用で後れを取るのは否めませんね」
この世界は何であれ魔力を基準にしている。火を起こすのも、水を用意するのも、公爵家ともなれば電気だって魔力によって作られている。
そんな生活の中で魔力のない俺は使用人としての価値は非常に低い。
そんな俺が使用人たちからやっかまれないのは、偏にリスティア御嬢様の付き人だからなのかもしれない。
「大変失礼しました。ですがそれなら一度、魔法研究機関の方に足を運ばれるのが宜しいかと」
「魔法研究機関っていうと、ゼンたち兄妹が所属してる場所ですよね?」
「はい。あそこでは様々な人が様々な魔法を後天的に使えるようにするための研究をしていますので、もしかするとオチバ殿の悩みの解決になるやもしれません」
確かに、ゼンは予知、ドミは怪力、スピラは魔眼なんて能力を魔力なしで行使していた。
そういう意味では俺も魔力を使わないでも特別な力を得られる可能性はあるのかもしれない。
「興味深い話です。ゼンたちからも研究機関の方に顔を出して欲しいとも言われてますので近い内に伺わせて頂きます」
「あっ!その時は僕も行きたいっ!!この屋敷の人たちを調べてみたけど魔王因子の保持者は居なさそうだし、調べてないのはその魔法研究機関って場所くらいなんだよねっ」
ここで声を上げたのは今まで静かにしていたクラルテだ。
「…………お前、日中はリスティア御嬢様の警護してるんだよな?調べる余裕なんてあったのか?」
「え………アッタヨ?」
「さてはお前……っ!」
──朝あんなに眠そうだったのはそれが原因かっ!?
「だ、だって!元々僕がこっちの地方まで来たのは魔王因子の手掛かりを探すためだし……夜はティミが護衛してるし……僕の護衛時間は日中だし……別に問題ないかなーって……」
──こいつ、夜中に調べてたのか…。
「そりゃ毎日眠い筈だわ……」
「朝弱いのは別にいつも通りかな。あっ、でも安心してっ!リスティア御嬢様に危険が迫ったら分かるようにリスティア御嬢様の寝室にはちゃんと結界を張ってから動いてるし………あっ」
ペラペラと聞いてもいないのに白状しだしたクラルテは、途中でロルフさんと視線が合い、表情を固まらせ、直ぐにロルフに向けて謝ろうとするが、
「実害は今のところありませんし、実際クラルテ殿の仕事はリスティア御嬢様の日中の警護と護身術の指導だと旦那様より伺っております。それにクラルテ殿の魔力による結界ならばそこらの賊程度に破ることなど出来ないでしょうし、問題ないでしょう」
「……ほっ」
ロルフさんの言葉にクラルテは安心した様子だ。
──今思い出したけど、そういやクラルテは魔王因子で困ってる人を助けるって目的で旅をしてんだよな。
「…………待てよ?魔王因子の保持者ってそんな簡単に分かんのか?だったらもう一月以上は一緒にいるんだし、そろそろ俺が魔王因子保持者じゃねぇって分かったんじゃねぇの?」
クラルテが俺といてくれてるのは、俺に魔王因子保持者の疑いがあり、その面倒を見るためだと言っていた。
俺が魔王因子保持者じゃないとはっきり分かればクラルテはもっと自由に旅が出来るだろう。
──そうなるのは寂しいけど、なんか騙してるみてぇで嫌だしな。それに、俺に付き合って旅の足止めをさせちまうってのも申し訳ねぇ。
そんな複雑な気持ちを抱えつつ、クラルテに聞いてみると、
「え? むしろ、魔王因子の保持者って可能性が高まったくらいなんだけど」
クラルテは予想外の答えを返してきた。
「……待て、俺の何処に魔王因子の要素を感じたんだよ?」
「魔王因子の要素っていうか、魔王因子の保持者って特殊な人が多いんだよね。ほら、僕も勇者なんてしてるし。ネーロって魔王因子保持者の少年覚えてる?」
「………忘れたくたって忘れらんねぇよ」
ネーロは、俺がこの世界に来て初めて立ち寄ったカザン亭という宿の店番をしていた少年で、なんやかんやあって俺を攻撃してきたヤバい奴だ。
勢いのまま適当な約束をして何とか俺に危害を加えないようにしたのを覚えている。
──出来ればもう会いたくねぇな。
「ん?お前ひょっとして俺のことネーロと同じ括りにしてんのか!?それは流石に心外だぞ!?………その何言ってるのって顔止めろや!?」
「……そっかー、自覚ないんだね……でもよく考えて?危険なクルエル教徒に挑んだり、ゴーレムに立ち向かったり、リスティア御嬢様と勝負したり。ほら、こんな人が普通の括りな訳ないよね?」
「どれもあんな危険だって分かってたら近づいてねぇよ!?…………それならリスティア御嬢様は魔王因子保持者じゃなかったのか?火球を人にぶっぱなすなんて普通じゃねぇだろ」
ヤバい奴ランキングなら明らかに俺より上位だろう。
「それは安心していいよ。リスティア御嬢様は魔王因子保持者じゃない。魔王因子が作用してたらあんな程度の魔力じゃないし」
「魔…力……?」
──またお前か、魔力……。
「うん、魔王因子保持者かどうかは魔力を感じればほぼほぼ分かるかな。リスティア御嬢様の魔力は弱くはないけど、脅威じゃないよ」
「……そう言われりゃそうか。俺でもリスティア御嬢様の火球は見切れてたしな。……ん?魔力で魔王因子保持者か分かるってんなら、結局俺はどうなんだよ?魔力持ってねぇけど」
「それなんだけどね。実は魔力が読み取れないからオチバが魔王因子保持者なのかどうかよく分かんないんだよね」
「なんじゃそりゃ」
「でも魔力がない体質とか、普通じゃない人と異様に出会すだとか、そういうのだって魔王因子が影響してるのかもだし、スクラヴェルバウムの翼人のお姉さんと魔王因子保持者のネーロを倒した力も今は発現してないだけかもしれないからね。だけど心配しないで、ちゃんと僕が一緒にいて見極めてあげるからっ」
「………ったく、だからそれはお前の勘違いだっての」
そんな会話も俺たちを先導するロルフさんが扉の前で足を止めたことで自然と打ち切られる。
「旦那様、奥方様。オチバとクラルテを連れて参りました」
ロルフさんが扉に向かって声を上げると、『入りなさい』と入室を促す渋い声が聞こえ、扉が開かれる。
「オチバ、クラルテ。久しぶりだな。そこに掛けてくれ。ロルフも案内ご苦労だった」
一月ぶりに顔を会わせたウルリーケ様は、朗らかな笑顔で俺たちを歓迎するのだった。
読んでいただきありがとうございます。




