50
よろしくお願いします。
「ふぅ、これで一つ目の話は終わりね。次は……」
一つの話し合いが終わり、リスティア御嬢様の視線は次の矛先であるスピラに向かう。
「わたしだな」
スピラもいよいよ自分の番かと好戦的な表情を浮かべ、リスティア御嬢様と視線をぶつけた。
二人の空気感は一触即発といったものだ。
「でも、その前にティータイムにするわよ」
だが、リスティア御嬢様の一声が高まった緊張感を一気に解かした。
「てぃ、ティータイム?」
唐突なお茶会の宣言はスピラの毒気を抜くには十分な威力だったようで、一転してスピラは戸惑いの顔を浮かべる。
「ふふっ、ティミ、ロルフ、準備して」
リスティア御嬢様はそんなスピラの戸惑った表情を笑いつつ、ティミとロルフさんに指示を出していた。
「畏まりました」
「……は、はいぃ!……た、只今…っ!」
いつの間に目を覚ましていたのか、目を回して倒れていた筈のメイドのティミもロルフさんに続いて動き出し、瞬く間に二人の連係プレーでテーブルの上には高価そうなティーセットと複数の種類の菓子が乗ったティースタンドが準備されていった。
「オチバ……わたし、今の状況に全く追いつけねーんだけど……」
「安心しろ。俺も追いつけてねぇから」
「……もしかして、二人の好みじゃなかったかしら?」
手慣れた様子でティーカップを持つリスティア御嬢様は、俺たちが用意されたティーカップや菓子に手を伸ばさない事に不安を感じたのか、そんな事を聞いてくる。
「いや、ティータイムなんて初めてだし、いきなりなもんだから俺もスピラもビックリしたんだよ」
「そうだったのねっ!疲れたときはティータイムが一番効くのよ!」
ほんの少し、使用人風情が貴族のお茶会に参加するってのはヤバいんじゃねぇか?とも思ったが、主催者が勧めんなら大丈夫だろう、と流されるまま差し出されたカップを手に取る。
カップに注がれているのは紅茶だろうか?
俺は茶葉の種類に詳しい訳でもないし、取り敢えず飲んで判断するしかないだろう。
──落ち着く感じのする香りだな。
飲んだところでやはり詳しい情報は得られなかったが、落ち着いた気分になったのは確かだ。もしかしたら魔法的作用があるのかもしれない。
「スピラ、お前も飲んでみたらどうだ?結構落ち着くぜ?」
「アンタ初めての割に馴染みすぎだろ……」
──こういうよく分からない状況ってのは早めに受け入れた方が楽だからな。
◆◇◆
お茶会が始まってから、あっという間に一時間が経過しようとしていた。
スピラもこの状況に順応してきたのか、行儀は悪いが、菓子をつまみながらリスティア御嬢様とじゃれあいのような軽い言い合いをしている。
──リスティア御嬢様の狙いはこれか。
スピラは隙を見せまいと強がるところがある。
昨日しっかり休んだことで魔力切れの症状は回復したと言っていたが、休んだ場所が貴族の家とあって存分に疲れが取れなかった可能性は十分に考えられた。
リスティア御嬢様がお茶会を開き、率先してスピラに話し掛けているのは、そうしたスピラの緊張や疲労に気づいたからなのかもしれない。
やがて、緊張感の崩れた程よい空気感の中でリスティア御嬢様は本題を切り出した。
「さ、あなたの調子も戻ってきたみたいだし、お茶会も終わりにして、本題の話をしようかしら。分かってると思うけど、あなたが断り続けてる話よ」
やはりリスティア御嬢様の話はスピラに付き人の打診をする要件のようだ。
「はっ、なら話は早えーな。わたしは断るぜ」
しかし、その打診に対するスピラの答えは既に出ている。
スピラの意見を変える要素がなければこれで話は終わりだ。
「さっきまでなら、そうだったかもしれないわね」
ところが、リスティア御嬢様は平然とした態度でそう言い返す。
その言葉にはスピラの意見を翻させる策があるように感じられた。
「さっきまで……?」
リスティア御嬢様のその言葉にスピラは眉根を寄せ、訝しげな表情を作るが、直後リスティア御嬢様が向けた視線の先にいる俺とクラルテを見て何かに気づく。
「そうか、だからわたしの話を後回しにしやがったんだな?」
「どういう事だ?」
俺の疑問に答えたのはリスティア御嬢様だ。
「簡単な話だわ。オチバとクラルテがわたしの付き人になるって話をスピラは今初めて知ったのよ」
「……そいうや確かに言ってねぇな」
俺とクラルテがウルリーケ様の依頼で期限付きの使用人をする、という話はゼンにもドミにも、そしてスピラにも話せていなかった。
「わたし、オチバに言われて周りをもっと見るようにしたの。そうしたら気付けることが沢山あったのよ。スピラ、あなたを説得するのに一番効果的なのはオチバとクラルテでしょ?どうかしら?今なら二人と一緒にわたしの付き人になれるってことなのよ?」
なるほど、スピラとの話し合いを後回しにしたのは、俺とクラルテがリスティア御嬢様の付き人になるって話をスピラに聞かせる目的があった訳だ。
──スピラがクラルテに懐いてんのは確かだしな。
ただ付き人になれと命令するよりは効果があるかもしれない。
「へっ……だとしても、やっぱわたしは付き人にならねーよ」
だが、スピラの答えに変化はない。
「勇者になるのがわたしの夢だ。付き人になるのが勇者になる近道だってんなら付き人になってたかもしんねーし、お前の付き人になればクラルテさんの近くで沢山学べるだろうから、正直惜しい気持ちもあんだ」
スピラは隣に座る俺を一瞥してから、リスティア御嬢様へと視線を戻し、
「でも、わたしもオチバと同じで夢を叶えたい。だから付き人にはなれねーんだっ!」
笑顔でそう言い放った。
「……だと思ったわ」
そして、意外にもあれだけスピラを付き人にすることに執着を見せていたリスティア御嬢様はあっさりとスピラの答えを受け入れていた。
「はぁ、そもそもオチバを直ぐに付き人にするって案が失敗した時点で、あなたの説得も上手くいかないって気がしてたもの」
リスティア御嬢様はティーカップを口に運び、一口つけてから続ける。
「でもあなたが断ってくれて、少し安心してるわ」
「……ちょっと意味分かんねーんだけど。どういう事だよ?」
「昨日はずっとあなたを説得する方法を考えてたわ。それで、ずっと考えてたら、何かその、あなたを付き人にするのは違うって気もしてたのよ」
「ますます訳わかんねーな。じゃあ今の話し合いは何だったんだよ?」
「時間を取らせたことについては謝るわ。ごめんなさい。でもわたしは、わたしがあなたに求める関係性を知りたかったの。付き人じゃないなら、わたしはいったい何をあなたに求めてたのかを……お陰で分かったわ」
「……わたしにはよくわかんねーけど。まぁお前はさっぱりして、わたしの夢も特に邪魔される訳じゃねーなら別にいいか。よしっ、これで話は終わりだなっ!」
「ちょっと!もっとわたしの話に興味持ってくれてもいいでしょ!?」
「だってお前話なげーし、何が言いたいのかよくわかんねーもん」
「もう!!もう少し何だから最後まで聞きなさいよっ!!」
「はいはい、じゃ何が分かったんだよ?」
リスティア御嬢様は、コホンと咳払いを挟んで答える。
「あなたに付き人を断られて分かったわ。わたしはあなたにかしずいて欲しい訳でも、人形にしたい訳でも、守って欲しい訳でもなかったのよ。もちろん、師事したいとも思ってないわ」
──ちょっと待て、それ逆説的に付き人にしたい俺のことを、そうしたいって思ってる訳か?聞き捨てならない不穏な要求があったぞ?
と問い質したい気持ちは、水を差せない空気感に押しやられる。
「わたしね。あなたとこれからも好き放題言い合える仲でいたいだけだったの。だから、わたしは……あなたに付き人になって欲しい訳じゃなくて……あなたと友達になりたいのよ」
そんな一世一代の大勝負の前みたいなリスティア御嬢様の雰囲気に、
「………ぷっははっ!真面目な顔して何言ってんだよっ」
スピラは吹き出していた。
「なっ!?真面目に聞きなさい!!」
リスティア御嬢様も自身が照れ臭い事を言ってしまった自覚があるのか、スピラの反応に徐々に顔を赤くしていく。
「あ、あなたねっ!?誤魔化さないで返事をしなさいっ!!これじゃわたしだけ恥ずかしいじゃない!!」
「うわぁっ!?お前、目がやべーぞ!?」
しかし、リスティア御嬢様は、どんなに恥ずかしくても前言を撤回するつもりはないようで、顔を赤くしながら覚悟の決まった目付きで机に乗り出し、スピラに詰め寄っている。
「いいから!!返事をしなさい!!」
「えっ!?あ、ああ……要は付き人は諦めるけど、友達になろうぜってことだろ?それなら、わたしも構わねーよ」
「決まりよ!!今からあなたはわたしの友達で、これからは食客扱いで通してあげるからいつでも会いに来なさい!!」
「わっ、分かったからもう離れろって!!」
◆◇◆
それからリスティア御嬢様は、ロルフさんから手渡されたティーカップを口にして多少の落ち着きを取り戻し、今はロルフさんの進行で話し合いの総括が行われていた。
「───アーディベル家、家令ロルフ・アルメヒスが此度の話し合いの総括及び証人を務めさせて頂きました」
そう締めくくったロルフさんから出た色々な言葉を要約すると、
一、リスティア・アーディベルはオチバ・イチジクを恒久的な名誉付き人に任命する。
二、リスティア・アーディベルはスピラを食客として迎え入れる。
という二点だ。
俺は名誉付き人として、いつでもリスティア御嬢様の付き人として復帰できるらしいが、あくまでリスティア御嬢様がアーディベル家にいる間だけの期間だ。
スピラは文字通り今後から、リスティア御嬢様がアーディベル家にいる間は食客として扱われるらしい。
アーディベル家の中だけとはいえ、俺やスピラに特別な地位を与えることはまた何か色々問題があるようだが、その辺りはアーディベル家の中で話をつける必要があるらしく、俺やスピラが首を突っ込む領域じゃない。
とはいえ、何か問題があってこの話が解消されても俺やスピラに実害はないし、大した問題にはならない筈だ。
「取り敢えず、改めて宜しくな。リスティア御嬢様」
「ええ、頼りにしてるわ。それにスピラも旅立つまでは頻繁に顔を出しなさい。まだ、具体的な旅の計画なんかはないってロルフから聞いたわ」
「分かってるっての。それじゃ話が終わりならゼンとドミ姉も心配してるだろーし、わたしはそろそろ研究棟の方に帰るよ」
「忘れないでよ?時々でいいから絶対に顔を出しなさい。明日から凄く忙しくなるからストレス発散のためにもあなたが必要だわ」
「ふーん、貴族ってやっぱ大変なんだな。じゃあな、リスティア」
「──っ!!そうね、また明日スピラ」
スピラが帰るにあたり、リスティア御嬢様の指示でティミが見送りに部屋を出ていくと、俺とリスティア御嬢様、そしてロルフさんとクラルテが部屋に残った。
「さて、それじゃ俺も──」
「お待ち下さい、オチバ殿。実はまだ話は終わっていないのです」
俺が席を立とうとするのを止めたのはロルフさんだ。
「ご存じの通り、明日からリスティア御嬢様はセアリアス学園に向けて、様々なレッスンをしなければなりません」
「ええ、それはまぁ聞いてますけど」
「リスティア御嬢様のレッスン予定の関係上、オチバ殿の予定されていた指導時間にも影響が出てしまいまして、そのことについての報告を」
そういえば、元々俺はリスティア御嬢様の教育係として公爵夫婦に雇われたのだ。
ならそのための時間が組まれるのは当然であり、この報告もその時間割りについてのものだと俺も理解する。
「リスティア御嬢様は明日から山程のレッスンの予定が組まれております。スピラ殿と話せるような休憩の時間もありますが、それも限られております。そして、レッスンに招かれる教師陣は公爵家の食客として招かれるのです。そうなりますと、大変申し上げ難いのですが、付き人の立場であるオチバ殿の指導時間を調整するしかないのです」
つまり、付き人である俺は公爵家の身内側の人間で、食客である教師陣のレッスンを優先して予定を組まなければ角が立つ、という訳だ。
それにさっきの話し合いの結果、一応スピラも食客扱いになってる筈だ。そうなればスピラとの時間を蔑ろにするのも難しいのだろう。
「あぁ、そういうことでしたら全然気にしてませんよ」
昨日の出来事が余程響いたのだろうか、指導が要らないほどリスティア御嬢様の性格が良くなっているように思えるため、俺はロルフさんからの話を快く受け入れる。
──今のリスティア御嬢様なら公爵夫婦からの依頼も済んだようなもんだし、指導っつったって具体的なもんは考えてもなかったしな。
それに指導時間が減るというのは、俺にとって休みが増えるのと同義だ。空いた時間をこの世界の神について調べる時間に充てるのも悪くない。
「そう仰って頂けるなら救われます。これからオチバ殿はリスティア御嬢様の全てのレッスンに立ち会って頂き、都度リスティア御嬢様の指導をして頂く、というのが明日から予定になります」
──………あれ?もしかしなくとも、それってめちゃくちゃ忙しいんじゃ?
容易に想像できる慌ただしい日々に引きつりそうになる顔を何とか抑えていると、
「えーと、オチバ早起き頑張ってね?」
扉の前で傍観していたクラルテがそうこぼした声が聞こえてきたのだった。
──お前はリスティア御嬢様の護衛なんだから俺より早く起きんだよ。
読んで頂きありがとうございます。
五十話も続けられてる事に自分でも驚いてます。
良かったらポイントとか貰えたら有難いです。
それでは皆様、出来るだけよいお年を。




