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よろしくお願いします。

 ロルフさんの言葉を受けたリスティア御嬢様は感極(かんきわ)まってしまったのだろうか、肩を震わせて言葉が出てこない様子だ。


 そんなリスティア御嬢様を気遣(きづか)ったロルフさんが場を仕切り直す。


「リスティア御嬢様、ティミも御覧の有り様ですので調子が優れないようでしたらまた改めて時間を作るという事もできますが、如何(いかが)なさいますか?」


 ロルフさんはリスティア御嬢様に気を使わせまいと、目を回すメイドのティミを理由にそんな提案を持ち掛けるが、


「………いいえ、大丈夫よ」


 リスティア御嬢様はロルフさんの提案を退(しりぞ)け、深く息を吸って心を落ち着かせると、俺とスピラの方へと体を向ける。


「二人とも待たせちゃったわね。そこに掛けてちょうだい」


 俺とスピラは部屋に備えられてるソファーに誘導され、リスティア御嬢様もテーブルを挟んだ反対側のソファーに腰掛ける。

 ロルフさんはティミを別のソファーに寝かせるとリスティア御嬢様の座るソファーの背後に立って待機し、クラルテは警備としての役目なのか扉の付近で待機している。


「それじゃあ、昨日の話の続きをしようかしら」


「……答えは変わんねーぜ? わたしはお前の付き人になるつもりはねーし」


 昨日の話の続きとは、〝スピラに付き人になって欲しい〟というリスティア御嬢様の持ち掛けた提案の事だろう。


 スピラを呼んだ理由はそれとして、俺を呼びつけた理由は──。


「ぐっ……そう言うと思ったわ。ならスピラとの話し合いは後にして、先ずは──」


 リスティア御嬢様は俺を正面に捉えて、


「オチバ、勝負の決着についての話をするわよ」


「ようやくだな」


 リスティア御嬢様が俺をここに呼んだ理由は、この勝負の件に他ならないと思っていた。


 そもそも、昨日の騒動は俺とリスティア御嬢様の勝負が発端(ほったん)であり、それが俺とリスティア御嬢様の関係性だ。この話を無視して進めることは出来ない。


 勝負の内容を簡単にいうと、〝俺の心が折れるか俺がくたばればリスティア御嬢様の勝ち。リスティア御嬢様が俺を教育係として認めたら俺の勝ち〟というものだ。


 リスティア御嬢様の心しだいでは俺が勝てない理不尽な勝利条件。

 勝負を拒否する間もなく唐突に始まったリスティア御嬢様の攻撃。

 戦う手段に(とぼ)しく逃げることしか出来ない俺。


 改めて並べてみても、なんて俺に不利な勝負だったんだ。


 だが、結果的にクラルテやスピラ、そしてゼン、ドミの助力のお陰で、少なくとも昨日の内にリスティア御嬢様の勝利条件は達成されなかった。


 ──つっても、勝負の終わりは明確に宣言されてねぇからな。まだ勝負は続いてる、なんて言い張られちまったらどうしようもねぇ。


 とは言え、決着の話をしようと持ち掛けてきたのはリスティア御嬢様の方だ。勝負が続いていると言い張る線は薄く思える。


「単刀直入に聞くぞ?この勝負、どっちの勝ちだって判断する? 」


「そうね。確か、わたしの怒りが収まるまでにあなたが教師の役目を投げ出さなければあなたの勝ち、だったわね……………えっ、なんであなたはこんな条件呑んだのかしら?」


「お言葉だけど、それマジで言ってる?そんな文句言う暇もなく攻撃してきたじゃねぇか」


「そ、そうだったわね。悪かったわ。許してちょうだい」


 リスティア御嬢様も自身のした事を思い出したのか、気まずい表情を浮かべている。


「気にしたって仕方ねぇし、無事にすんだから別にいいけどよ。で、どっちの勝ちだ?」


 昨日の逃走劇を思い出して一気に疲れた気持ちになった俺は()れた話を元に戻す。


「え、ええ。その事だけど」


 リスティア御嬢様は居住まいを正し、真剣な表情になると、


「オチバ・イチジク、あなたの勝ちよ。わたしはあなたを教育係として認めるわ。ううん、それだけじゃない。これからもずっと、わたしが間違えた時、間違えそうになった時には付き人としてそれを正して欲しいわ」


 俺の想像する倍は面倒な事を言い出した。


「……マジか」


 素直に受けとれば明らかな大出世であり、この国の人であれば喜ぶこと間違いなしなのかもしれないが、


 ──『これからもずっと』ってのは(こま)んだよな。俺には、俺をこの世界に連れてきた神に会って文句の一つでも言ってやるって目的があるし、リスティア御嬢様の提案を受けたらこの国に永住するってことだろ?


 そんな思いから色良い返事を出せずに困っていると、扉の方で手持ちぶさたでいたクラルテが口を挟む。


「えーと、オチバはボクと魔王を退治する旅があるし、理由(わけ)あってオチバはボクがちゃんと保護しないといけないからそれは出来ないかな?ごめんね?」


 断り文句としては助け船の筈だが、


「いつの間にか俺まで魔王退治することになってんじゃねぇか」


 そんな俺の突っ込みは、隣に座るスピラの声に掻き消される。


「はぁ?それは聞いてねーんだけど?だったらオチバ、わたしと一緒に勇者目指すのも有りだよな!?」


「だから、勇者目指してるなんて言った記憶はねぇんだって……」


 ──どいつもこいつも荒事か面倒事の種が付随すんの勘弁してくれよ。



 ◇◆◇



 当初部屋に入った時の感動的な雰囲気から一転し、リスティア御嬢様、クラルテ、スピラが各々口を開いたことで騒々しさを増した部屋は、ロルフさんの『いずれにしても決めるのはオチバ殿で御座いましょう』という一言で静かになった。


 ──静かっつーか、みんな俺の事見てんな。俺が何か言わねぇとダメな空気だわ。


 そこで取り敢えず打算的にリスティア御嬢様の付き人となる提案を受け入れた未来を考えてみたが、実はこの話そう悪くない。

 迎えられるポストは公爵家令嬢の謂わば、アドバイザーとしてのポジションだ。


 もしこの世界に根を生やすとするのなら、公爵家が後ろ楯となるのはこれ以上ないくらいの保険と言えるだろう。


 だが元の世界に未練がないかと問われれば、無いとは言い切れない。

 もし元の世界に戻る選択をする機会があれば、それはその時の俺にしか分からない。


 そんな状態の俺が軽々しく付き人になる事を引き受けるのは、あまりにも無責任だ。


 ウルリーケ公爵やシェリエル公爵夫人との会話で教育係を引き受けたのは、それが期限付きだったからだ。

 期限付きじゃない正式な使用人として誘われていたら、俺は自分から期限付きの使用人として雇われるように仕向けていただろう。


 だから俺の答えは、


「……ありがてぇ話だと思う」


「そうでしょう!なら話が早いわ!早速お父様とお母様にっ」


「でも、それを受け入れるわけにはいかねぇよ」


 誠実に、真摯に向き合って出した答えは、私利私欲で迷惑を掛けない選択だ。


 元の世界に、自分の気持ちに、この世界で見つけた目的に未練がある限り、いつかリスティア御嬢様やアーディベル公爵家を裏切ることになる可能性が付きまとう。


「──っ……な、なんでよ?わたしがわがままばかり言ってたからかしら?それともオチバを危ない目に遭わせたから?それなら直してみせるわ!」


「そうじゃねぇよ、俺は──」


「い、嫌よ!わたしを独りにしないでよ!!わたし、オチバとスピラに会えて変われると思えたわ!!だからっ!!」


 リスティア御嬢様は机に乗り出すと、今にも泣き出しそうな顔で、


「わたしを嫌いにならないでっ!!」


 感情を剥き出しにする。


 その姿に〝気に食わない事は暴力や権力で従わせる〟という意志は感じられない。


 命令ではなく、願い。


 リスティア御嬢様は自分を変えることが出来ていた。


「──まず言いてぇの事は、だ。リスティア御嬢様、俺はお前の事嫌いじゃねぇぜ?昨日までのお前ならともかく、今のお前となら仲良く出来そうだしな」


「……なら理由を言いなさい……何で断るの?」


「お前から提案されたその立場だと、俺の目的が叶えられねぇんだよ」


 俺の目的は、俺をこの世界に呼び寄せた神を探し、会うことだ。出来ることなら裸一貫で呼び寄せた事に言及するつもりでいる。


 本当ならちゃんと説明したい所だが、このロイライハ帝国は神が皇帝を選ぶ国だ。

 神に仇なすような言葉はぼかした方がいいだろうと思い、俺はあえて目的の詳細を伏せる。


「……付き人だと叶えられない目的?」


 俺としては慎重、かつ真摯な気持ちから出た言葉だが、リスティア御嬢様に上手く伝わった様子はなく、頭にハテナを浮かべている。


(それってどういうことかしら?公爵家の使用人で、それに専属の付き人よ?貴族ほどじゃないけど待遇は良いのに……それでも断る?)


(………待って、もしかして貴族(・・)になりたいの? それならずっとわたしの付き人になる訳にもいかないって事にも説明がつく)


 考え込み、黙ってしまったリスティア御嬢様の様子は、落ち着いているように見える。

 ここは押し所だと判断した俺は、リスティア御嬢様が冷静なうちに自分の発言をフォローする。


「その、なんだ。俺の目的が達成されて、俺の居場所が何処にもなかったら(元の世界に帰る手段が全くないって事なら)、そんときはお前の付き人になるって道も悪くねぇかもな 」


「──ッ!?!?」


(それって、貴族になるのはわたしと一緒にいるため………ってこと?)


(貴族になって、それでも一緒になれなかったら付き人になるって、それじゃまるでっ!)


(告白じゃない!!)


 突如リスティア御嬢様は顔をボッと赤くさせ、目線を泳がせて一人でうんうんと唸り始めると、最終的に熱を帯びたような瞳で俺の事をチラチラと見始めた。


 ──何となく、嫌な予感がするな。


「えーと、何か勘違いしてそうだから──」


 何かがおかしいと俺の本能が訴え、もう少しだけ丁寧に説明しようと口を開こうとするも、


「い 、いいわ!!言わなくて!!分かってる!!確かに付き人だと叶えられない目的はあるもの!!」


「あ、ああ」


 リスティア御嬢様は興奮した様子で俺の言葉を遮る。

 だが、復唱された俺の言葉を聞く限り、聞き間違いをしてるという事はないだろう。


 しかし、リスティア御嬢様はますます顔を赤くして狼狽(ろうばい)している。


 ──いや、絶対反応おかしいって!?何か食い違ってんだろ!?


「お前、絶対に勘違──」


「い、言わなくていいって言ってるでしょ!?そういうのはもっとロマンチックに言うものよ!?」


 ──だ、駄目だ……こいつ聞く耳持たねぇ。


 そこから数分間、俺が一言も言葉を発するのを許さなかったリスティア御嬢様は、一人でもんもんと考えた末に、どうにか結論を捻り出した。


「オチバ、あなたをわたしの名誉付き人に任命するわ!!」


「……名誉付き人?」


「そうよ!名誉職なら、どんな場所、どんな地位でも、いつでもあなたは戻ってこれるわ!あなたはずっとわたしの付き人になれるし………そ、その…も、目的の邪魔にもならない筈よっ!」


 ──それはまた随分と俺としてはメリットばっかの話だが、だからこそどうにも裏があるような気もするような……。


「まだ不満があるのかしらっ!?」


 じっくりと考えるが、聞く分には俺に不都合な点はない。むしろ、考えれば考えるほど俺に都合が良いとさえ思えてくる。


「いや、ねぇ…と思う」


 俺の答えにリスティア御嬢様は顔を(ほころ)ばせて、


「なら決まりね!オチバ、これからあなたはわたしの名誉付き人よっ!」


 ──まぁ、拘束される訳でもねぇし、逃げ道もあるから大した問題じゃねぇ……のか?


 俺もリスティア御嬢様も互いに何かとんでもない勘違いをしているのかもしれないが、結局俺たちはそれに気づくことはないのだった。


読んでいただきありがとうございます。

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