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よろしくお願いします。

 日が出始めた頃に起床した俺は、新品の使用人服に袖を通すと、昨日と同じように使用人寮のエントランスへとやって来た。

 そこでは既に多くの使用人たちが定例の報告会のために集まっている。


 家令のロルフさんとメイド長のメナージュさんは当然として、料理長のセイヴァリー、庭師のゲルトナー、衛士長のフォルカー、使用人見習いのリルド。

 昨日と同様に俺やリルドと同じ使用人服に身を包んだ男性も一人いるが、この人もリルドと同じく使用人見習いだろうか。


 他には昨日と比べて少なくなったメイドたちがいる。

 リスティア御嬢様に付いているティミ、スピラの看病をしてくれてるチェスティ、公爵夫人の寝室の扉を開閉していたメイドの三人の姿は見えない。


 その三人を除いた五人のメイドと、ぽやぽやとした様子の寝ぼけ眼のメイド──クラルテを含んだ六人のメイドがこの場にいた。


 俺がこれまた昨日と同じようにリルドともう一人の使用人服の男性のいる最前列に並ぶと、使用人たちの前に立つロルフさんが口を開く。


「おはようございます。それでは報告会を始めます」


 早速とばかりに始まった報告会は、まず今日のウルリーケ様やシェリエルさん、リスティア御嬢様のスケジュールに合わせた使用人たちの動きの確認、続いて各々の役職が現在行ってる作業について滞りなく進められているか確認し、問題があればロルフさんやメナージュさんに報告、最後にロルフさんからの連絡事項を聞いて終わりを迎える……のかと思いきや、ロルフさんの連絡事項の前にメイド長のメナージュさんから何かあるようだ。


「クラルテ、前に出なさい」


 皆がメナージュさんに注目する中、呼ばれたのはクラルテの名前だ。

 そういやクラルテはまだ顔合わせが済んでいなかったな、なんて事を考えていたが、クラルテからの返事は聞こえてこない。


 チラリと後方に居るクラルテを覗き見ると、立ったまま船を漕いでいて、メナージュさんに呼ばれたことに気付いていないようだ。


「クラルテ、前に出なさい」


「……うぇっ!?」


 再びメナージュさんに名前を呼ばれ、ハッと目を覚ましたクラルテは周りを見渡して状況を理解すると、あちゃーと頭を掻きながら照れた様子で前に出る。


 それを見たメナージュさんは大きくため息を吐き、


「……こちらのクラルテ・フライハイトは昨日付けで暫くの間、リスティア御嬢様の付き人兼、リスティア御嬢様の護身術における指南役となりました。本来ならまだたっぷりと私の方で指導する筈でしたが」


「あ、あはは……またまた~」


 クラルテに言葉を遮られたメナージュさんは、ジロリとクラルテを睨み、


「な、何でもないでーす……」


 睨まれたクラルテは慌てて両手で口を押さえる。


「……やっとリスティア御嬢様が半年後のセアリアス学園入学に向けての準備に取り組まれる決意を固めて下さいました。よって、私からクラルテへの指導を切り上げ、クラルテにはリスティア御嬢様の護身術指南(しなん)に集中してもらうことにします。私からは以上です」


 恐らく学園入学に向けての準備とは、学園生活においてリスティア御嬢様が後れを取らないよう事前に学業に打ち込む、とかそんなところだろうか。


 メナージュさんが報告を終えると、それを引き継いだのはロルフさんだ。


「リスティア御嬢様のセアリアス学園入学準備の件、新たにクラルテ殿がリスティア御嬢様の付きメイド及び指南役となる件、把握しました。では先ず、クラルテ殿に使用人たちの紹介をするとしましょうか」


 そこからは昨日俺がされた光景のほとんど再現だ。特別な役職を持つ使用人─料理長のセイヴァリーや庭師のゲルトナー、衛士長のフォルカー─がロルフさんに呼ばれて自己紹介と一言を添えていく。


 やがてそれらが終わるとロルフさんからもう一つの件について言及された。


「メナージュメイド長からも伝えられた通りですが、本日よりリスティア御嬢様はセアリアス学園入学に向けて様々な稽古を行う期間に入ります。本格的に稽古が始まるのは明日からになりますが、合わせて旦那様、奥方様、御嬢様のスケジュールが大きく変動する事は胸に留めておいて下さい。それと、オチバ殿はこの後話があるので残って下さい。それではこれで本日の報告会を終了します」


 ロルフさんの解散の指示でそれぞれが散り散りになっていく中、使用人寮のエントランスには俺とロルフさんだけが残る。


 昨日の今日だ。ロルフさんからの話というのは想像がつく。


「話というのはスピラとリスティア御嬢様の容態の事ですよね?」


「はい、そうです。ティミとチェスティから、二人とも十分に回復したとの連絡がありました。リスティア御嬢様の指示でスピラ殿とオチバ殿を連れてくるように、との事ですので、先ずはスピラ殿の部屋まで参りましょうか。付いてきてください」



 ◆◇◆



 ロルフさんにスピラが居る部屋─どんな魔法か分からないが、昨日俺がスピラを運んだ部屋の場所とは違う場所に位置する部屋─まで案内され、ロルフさんがドアをノックすると、内側からドアが開かれる。


 ドアを開けたのはスピラの看病を担当していたチェスティというメイドだ。


 部屋の内装は昨日スピラを運んだときと大きく変わりのない客室で、奥には俺がアーディベル邸(ここ)に初めて来た日にも使わせてもらったのと同じ種類の上質なベッドがある。


 ベッドには空色のシルクドレスを纏った綺麗な銀髪の少女が腰かけており、(うれ)いを帯びた表情で窓外(そうがい)を眺めている。


 まさに深窓の令嬢と呼べる少女の登場に、思わずロルフさんが部屋を間違えてしまったのかと困惑していると、深窓の令嬢は窓外から俺たちへと視線を注ぎ、パァッと表情を一転させ、ベッドから立ち上がると俺に向かって駆け寄ってきた。


「お、オチバぁ~~!!助けてくれよ!!リスティア(あいつ)が寄越してきた服、どれもひらひらしてるし、色も鮮やかだし、ポケットもねーし、貴族の服って色々不安過ぎねーか!?」


「……まぁ、状況的にはそうだよな」


 昨日のスピラの服装は荒事に向いていて、リスティア御嬢様のドレスみたいに破れたりなどはしていなかったが、泥や(ほこり)(すす)まみれになってしまったのは否めない。


 スピラの(げん)から考えれば、それを察したリスティア御嬢様がスピラに着替えを用意した、といったところだろう。


「へへっ、いやーわたしもまさか一日で全快するなんて思ってなかったからビックリだぜ!ほら、この通りっ!」


 スピラは片足立ちでひらりと回ってシルクドレスを翻すと、八重歯を覗かせた笑顔でビシッとポーズを決める。


 ──ほー。素材が良いとは思ってたけど、服装だけでここまで印象が変わんのか。


 今まで機能性を重視する無骨な服装のスピラしか見たことがなかったため、ひらひらとした可愛らしいドレス姿のスピラに新鮮(しんせん)さを感じていると、


「お、おい!何か言えよ!?恥ずかしいだろっ!?」


 ポーズを決めて固まっていたスピラが不安そうに詰め寄る。


「悪い悪い、そのドレス似合ってると思うぞ」


「なっ!?ち、ちげーよ!?わたしが言ってんのは、もう魔力切れは治ったって言ってんの!!」


 スピラが元気なのはその姿を見て一目瞭然(いちもくりょうぜん)なのだが、確認のためスピラの看病をしていたメイドのチェスティに目配せをすると、


「安心して下さーい。スピラさんの魔力切れは間違いなく完治していますよー」


 チェスティというメイドは気の抜けるような声で魔力切れの完治を保証した。


「そ、そうですか」


 ──この人、真面目そうに見えて案外ノリ軽いなぁ……。


「っと、そうだ!スピラ!俺たちリスティア御嬢様に呼ばれてたろ?多分昨日の話の続きだろうけど、準備出来てるなら早速行くとしようぜ?」


「げっ!?……わたしは付き人なんかになんねーって言ってんのに、あいつまだ分かんねーのか?……はぁ、仕方ねーなー。もう一度はっきり言ってやるかー」


 スピラはやれやれといった風でドアに向かって歩き出すが、すれ違い様のスピラの横顔は満更でもないように見えるのだった。



 ◇◆◇



 何事もなくスピラと合流すると、又してもロルフさんによる案内で俺たちはアーディベル邸を移動していた。


 程なくしてロルフさんが足を止め、目の前にあるドアをノックすると、『()れなさいっ!』という昨日散々聞いた高い声と『ひぇぇぇぇ』という控え目な悲鳴が中から聞こえてくる。


 暫くすると内側からドアが開かれ、ロルフさんが『失礼します、リスティア御嬢様』と入室するのに続いて俺とスピラも入室していく。


「オチバっ!さっきぶりだねっ!」


 すると、メイドに扮したクラルテに話し掛けられた。


 ──そういや、クラルテはリスティア御嬢様の付きメイドと護身術の指南役を任されてんだからここに居るのが当然だったか。


「つーか、お前の報告会の態度に俺は心底驚いたよ。お前は強さは異常でも、わりかし常識人だと思ってただけにな」


「し、失礼なっ!?ボクは常識人だよっ!?」


「オチバ!クラルテさんは勇者なんだぜ!?常識に囚われたら勇者に成れるかよ!!」


「それはそれで褒められてるのか分かんないんだけどっ!?……えっ、その口調、髪色、目…………もしかしてキミ、スピラなの?嘘っ!?」


 見慣れないスピラの姿にクラルテもびっくりしているようだ。


 そんなやり取りをしていると、この部屋の主から声が掛かる。


「オチバもスピラもやっと来たわねっ!」


「……り、リスティア御嬢様ぁ!?……ま、まだ身支度の途中ですよぉ……じ、じっとしていて下さいぃ……」


「長いからもういいわっ!」


「そ、そんなぁ……!?リスティア御嬢様がしてほしいって言うから準備したんですよぉ……!?」


「うっ!?そ、そんな落ち込む事ないじゃないっ!?あー、もう、悪かったわねっ!!後でまた頼むから泣かないでくれるっ!?」


「……り、リスティア御嬢様が……あ、謝ってますぅぅぅ………!!」


 主従漫才を繰り広げているのは、高価そうなドレッサーの前に座るリスティア御嬢様と、両手に化粧道具を装備して働き蜂の如く忙しなく動いているリスティア御嬢様の付きメイドのティミだ。


 たった今、リスティア御嬢様はドレッサーから離れ、ティミは世話をする女王蜂(リスティア)を見失い崩れ落ちたところだが。


「なんかリスティア御嬢様、明日から色んな先生を呼ぶって話だったでしょ?だから身嗜みを整える練習って事みたい」


「それでこの状況って訳か」


 本来なら一人部屋にしては広すぎる部屋も、ドレッサーを中心に色んな服やら化粧道具やらが綺麗に並べられていて、何となく楽屋といった雰囲気を感じる。


 だが、そんな状況を目の当たりにしてもロルフさんは動揺もせず、淡々とリスティア御嬢様に報告していく。


「リスティア御嬢様、スピラ殿とオチバ殿を連れて参りました」


 すると、リスティア御嬢様は緊張した面持(おもも)ちでチラッと俺を見たかと思うと、意を決したような顔でロルフに向き合った。


「ろ、ロルフ!!いいかしらっ!?」


「おや?私ですかな?」


 流石のロルフさんもまさか自分に矛先が向くとは思っていなかったのか、僅かにポーカーフェイスが崩れ、目を見開いている。


「そうよっ!聞いてちょうだいっ!」


「ふむ、私で良ければいくらでもお話下さいませ」


 ロルフさんはリスティア御嬢様が緊張している様子に(いささ)か疑問を感じていたようだが、特に指摘もせず、話を聞く姿勢に入る。


 しかし、リスティア御嬢様は話し出しを考えていなかったのか、視線を左右に動かしながら口ごもっており、やがて言いたいことが纏まったのか、ポツリポツリと口を開き始めた。


「………わたし、オチバに言われてやっと自分と向き合えたの。わたしは……お父様とお母様にもっと構って欲しかっただけだったんだって」


「……そうで御座いましょうな」


「そ、それで…お父様とお母様に構って貰いたくて、あなたたちにたくさん酷いことを言ったりも……したわ…」


「……不満の声が無かったとは言えませんな」


「ほ、本当はみんな、お父様が偉いからわたしの命令を聞いてただけなのも……わたし、知ってたわっ!!だからっ!!」


 リスティア御嬢様は感情の昂りで詰まらせた声を落ち着かせ、ゆっくりとその言葉を声に出す。


「……だから、ごめんなさい。わたしのした事が間違いだったって今なら分かるわ。それに許して欲しいなんて言っても、わたしがお父様の、公爵家の娘だから、結局許す事しか出来ないのも分かってる」


「……確かに私達は、リスティア御嬢様の願いを出来るだけ聞いて欲しい、と旦那様から頼まれておりますので、内心はともかく、表面上は誰もが許して下さるでしょう」


「──ッ!! ………でも、オチバはこうも言ってくれたわ。お父様はわたしを信じてくれているって。みんなもお父様を信じて、わたしがいつかお父様みたいになれる日が来るかも知れないって思ってるって」


 リスティア御嬢様は今度こそ、迷いの吹っ切れた顔でロルフさんの顔を正面から見据える。


「だからわたし、お父様みたいにみんなから信頼される貴族になるって決めたわ!!多分、わたしが思ってるよりもたくさんの信頼を無くしてると思う。でも、無くした信頼よりもたくさんの信頼を勝ち取って見せるっ!!これは、そのための一歩よっ!」


 リスティア御嬢様は高らかに宣言すると、未だにドレッサーの付近で崩れ落ちているティミの手を引き、ロルフさんの隣に立たせると二人を視界に収め、


「ロルフ、それにティミ、いつもわたしを支えてくれてありがとうっ!」


 今まで聞いたことのない飾り気のない声音でリスティア御嬢様は感謝の言葉とハグを二人に見舞う。


「…………え、あ………!?り……リスティア御嬢様が!?お…お…おれ…お礼!?………フッ──」


「ちょっと!?そこまで驚くことかしら!?」


 リスティア御嬢様の付きメイドであるティミは、謝罪に加えて感謝という、今までのリスティア御嬢様から考えられない行動に余程衝撃を受けたのか卒倒し、側にいたロルフさんが倒れそうになったティミを支え、リスティア御嬢様は心配げな眼差しをティミに注ぐが、


「……呼吸は安定していますので心配はありません。それよりも──」


 言葉を区切ったロルフさんは、まるで孫を()でるかのような視線をリスティア御嬢様に向けている。


 そして、静かな語り口で、


「──ご成長なされましたな、リスティア御嬢様。私、ロルフは貴女様が立派な志をお持ちになられた事を大変喜ばしく思うと同時に、貴女様が次代のアーディベル家当主であればどれ程良かったかと思わずにいられません。貴女様をドリス公爵家に渡さなければならないことに口惜(くちお)しささえ感じておりますよ」


 そう言うのだった。

読んで頂きありがとうございます。

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