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よろしくお願いします。

 

 疾風となったドミが縦横無尽に動き回っている。

 バネのように柔軟な足腰でフォルカーの死角を見つけては拳擊を繰り出し、フォルカーは最小限の動きでその一撃一撃を左手に構える盾のみで受け流していた。


「アンタ、中々やるな……!」


 他の衛士たちとは違い、一撃で吹き飛ばされないフォルカーにドミは高揚しているようだ。


 フォルカーが手にしているのは左手に構える盾のみだ。

 最初こそ右手に剣を持つフォルカーが徒手空拳のドミに対してリーチの差で有利に思えたが、ドミの近距離超スピードの戦闘スタイルを実感したフォルカーは剣を放り出し、防御一辺倒(いっぺんとう)となっていた。


 だが、フォルカーは何かしらの魔法を使っているのか、それとも純粋な動体視力に依るものなのか、ギリギリのところで的確にドミの動きを捉えては反応し、シールドバッシュによる反撃を試みている。

 端から見れば両者の戦いは拮抗しているように思えるだろう。


 しかし、ドミの並外れた体力との持久力勝負となればフォルカーの方が分が悪い。事実フォルカーの顔からは徐々に余裕が無くなってきていた。


「ぐぉッ!?おじさんとしては、もう少しお(しと)やかなお嬢さんの相手をしたいんだがなッ!」


「?…………誰だか分からないが、そいつと戦うのは私との勝負の後になるな」


「おっとぉ!?おじさんの皮肉、全然通じてないねぇ!?」


 時間が完全にドミの味方をしている事はフォルカーも気づいているのだろう。

 フォルカーは対話で戦いのペースを握ろうと画策しているが、口下手かつ会話の内容をストレートにしか受け取らないドミにはあまり効果的とは言えなかった。


 そして、そんなドミとフォルカーの激しい攻防をオチバ、リルド、ゼンの三人は巻き込まれない位置から見守っていた。



 ◆◇◆



「うーん……そろそろですかね」


 俺の隣でドミの兄─ゼンが空を見上げ、そう言った。


「そろそろって、何がだよ?」


「いえ、もう日も暮れますからね。訓練も終わりにしてもらう時間かなー、と」


 ゼンの指摘に空を見渡すと、確かに空一面が(だいだい)色に染まりつつある。


「そう言うことか。つっても……」


「あれは中々終わりそうにニャいニャ~」


 猫人の亜人─リルドの言う通り、ドミとフォルカー衛士長の訓練は確実に終わりが近づいてきているものの、直ぐに終わるという気配はまるでない。


「少なくとも俺はあの中に割り込んでく度胸はねぇからな?」


 今まで荒事に首を突っ込んできたのは、あくまでも成り行きであって、そうしなきゃいけない目的があったからだ。

 目の前のアレは俺のサポート範疇外だ。


「ははは、イチジクさんが何とかしてくれるなら見てみたい所ですけどね」


 だが、そんな俺の不安も杞憂(きゆう)に終わる。


「私に任せてください」


 ゼンはそう言うと、躊躇(ためら)う素振りも見せずドミたちのもとへと向かっていく。


「おいおい!?ゼンくん!?こっちに来るのは危険だぞ!?」


 最初にゼンが近づいて来ているのに気づいたのは、フォルカー衛士長だ。


 そして、ドミはフォルカー衛士長の気が()れた一瞬の間を逃さない。


 ドミは即座にフォルカー衛士長との間合いを詰め、懐に潜るなり、そのがら空きの腹部目掛けて見事な構えの突きを放つ。

 同時にブォンという風切り音とフォルカー衛士長のくぐもった鈍い叫び声が響くが、



「──ドミ、合同訓練は終わりです。今日はもう研究棟に帰りましょう」



 ドミの突きがフォルカー衛士長に当たる寸前、ゼンの声が耳に入ったドミの動きは静止し、フォルカー衛士長はその衝撃波で尻餅を着かされていた。


「………そこで止まれんのかよ」


「そんニャ事より、あれが当たってたら絶対にヤバかったニャ……」


 寸止めだったとはいえ、それなりの体格があり、更に防具で身を固めたフォルカー衛士長を空気圧だけで尻餅を着かせたのだ。

 俺の常識からしても訓練で済まされる(いき)じゃないのは確かだったが、リルドの常識もそうであった事に密かに安堵(あんど)する。


 そして、当の被害者─フォルカー衛士長はというと、


「お……おお!!ゼンくん、助かった!よし、もう訓練の時間は終わりにしよう!部下たちの手当ての時間も取らなきゃならんしな。ドミちゃんもずっと休みなしで動き続けてたから腹だって減ってるんじゃないか?」


 動揺はしているが、ドミに怒っているという事はないようだ。


 対して、あれだけ続けていた猛攻をピタリと止めたドミはというと、腹部を手で押さえながら苦々(にがにが)しい表情を浮かべていた。


「ドミ?大丈夫ですか?」


「……ゼン兄さん、かなりまずいかもしれない」


 ──ドミが負傷した?いや、そもそもドミはフォルカー衛士長から攻撃らしい攻撃はもらってなかったような……。


「くっ……誤算だった…」


 腹部を押さえながら膝をつくドミにゼンが寄り添う。


「フォルカー衛士長が相手でしたからね。無理もありません」


「あんな顔のドミは初めて見るぞ!?……もしかして、フォルカー衛士長の魔法なのか?」


 ──例えば、自身のダメージを相手に移す、なんて魔法をフォルカー衛士長が使ってたとしたら。


 フォルカー衛士長へ(いぶか)しげな眼差しを向けると、この一連の流れに一番慌てているのはフォルカー衛士長だった。


「おいおいおい!?俺が防戦一方だったのは見てただろ!?ドミのお嬢さんも変なこと言うのは止めてくれぇ!?」


 ──うーん、この慌てぶり。嘘を吐いてるって線は薄い……のか?


 じゃあいったいドミに何が起きたのか、と疑問が残るが、その謎はドミ本人によって解明される。


「……すまん、何の話をしているか分からないが、腹が減って倒れそうだ。訓練も終わったのなら帰ってご飯にしてもいいだろうか?」


「えー、その前に誤解がありそうなので説明しましょう。このままではフォルカー衛士長が不憫ですしね」



 ◆◇◆



『皆さんがどんな勘違いをしてたのか、何となく想像はつきますが、これはドミの体質なので心配いりません。ドミは運動能力に優れている分、少しだけ人よりもエネルギー供給が必要なんですよ』


 というのが先ほどのゼンの説明だ。

 要約すると、ドミはたくさん動いて腹が減ったから腹を押さえていた、というのが真相だった訳だ。


 ゼンがドミの怪力をこの場で詳しく説明することはなかったが、俺の知る情報を合わせると、ドミは魔力を持たない代わりに怪力能力を得て、怪力能力を使いすぎるとデメリットとして空腹になってしまう、ということなのだろう。


「皆に誤解させてしまったようだな。すまない」


「いいっていいって、ちゃんとゼンくんに説明してもらったお陰で変な噂にもなってないからね。だからドミちゃんもそう気にしなさんなって」


 落ち着きを取り戻したフォルカー衛士長は、動けるようになった部下の衛士たちに後片付けの指示を出すと、俺、リルド、ゼン、そしてドミの輪に加わって会話に参加していた。


「そうなのか?それなら気にしないでおくとしよう」


「……ドミちゃんは兄のゼンくんと違って、ちっとばかし天然だなぁ」


「フォルカー衛士長、ドミの訓練相手として仲良くする分には大いに結構ですが、それ以上の関係になるつもりでしたら兄として黙ってませんからね?それと、さりげなく妹の呼び方を変えたつもりでしょうが、私は気づいてますよ」


「お、おう。……いや、〝ちゃん呼び〟なんて別に普通だろうに。ゼンくんと会うたびにちょいちょい妹の話を聞かされてきたが……ハハ、まさかあの真面目なゼンくんにこんな一面があるたぁなぁ?捉えようによっちゃドミちゃんとの訓練よりも驚きだぜ?……分かった分かった!?そんなおっかねぇ目で見んなっての。はぁ、ならドミの嬢ちゃんならいいだろ?」


「……そうですね。フォルカー衛士長にも立場がありますし、それで手を打ちましょう」


「……オチバ、何で妹本人じゃニャくてその兄貴が妹の呼び方の交渉をしてるんだニャ?あと、あの呼び方にどんな違いがあるんだニャ?」


「……んなもん俺にも分かんねぇよ。分かんのは、ゼンが重度の家族想いだって事くらいだろ」


 俺とリルドがゼンの強すぎる家族愛に少しばかり驚いていると、


「よっ、オチバくん。さっき振りだな」


「……さっきはすげぇ世話になりましたよ、フォルカーさん」


 ゼンとの話がついたのか、フォルカーさんが俺に話し掛けてきた。


 当然、俺の言う世話になったというのは、さっきリスティア御嬢様に追い詰められた時の事だ。

 フォルカー衛士長も職務である以上リスティア御嬢様の命令に従うのは仕方ないが、


 ──ほぼノータイムでリスティア御嬢様の指示に従って追い詰めてきたからな。


 これくらいの皮肉は言わせて欲しい。


「おー、言うじゃねぇか。ハハハ、気に入ったぜ。俺の部下って訳でもねぇんだ。そんな堅っ苦しい敬語なんていらねぇよ。御嬢様にも結構な言葉づかいしてたみてぇだしな?」


 ──ぐっ!?聞かれてたのか……。


 この人は急に現れたドミの対処に追われながらも、しっかりと俺とリスティア御嬢様の会話を聞いていたらしい。


「なら、俺のことは呼び捨てで頼むよ。フォルカーさん」


「よしきた、じゃ改めてよろしくなオチバ!……んで、今はアーディベル家の色んな場所を見て回ってるんだっけか?朝から目まぐるしい一日送ってんなぁ」


「……フォルカーさんもその目まぐるしい一日の一部を彩ったんだけどな」


「ハハハ、そりゃそうだ!」


 そんな調子で、改めてフォルカーさんが好感の持てる人柄だと認識していると、フォルカーさんのもとへ部下の衛士が駆けつけてきた。


 どうやらドミによって倒された衛士たちの手当てが済み、意識も全員取り戻したようだ。


「そんじゃあ、俺は部下たちの指揮に戻るとすっか」


 またな、と俺たちに告げたフォルカーさんはまとまって整列する衛士たちの前へと向かっていく。


「では、私はドミを連れて研究棟に戻るとします。今度私たちの研究棟に来る機会があれば是非案内しますよ」


「ああ、中々に有意義な訓練だった。この切っ掛けをくれたオチバには感謝している。案内の時は私も手伝おう」


「……感謝してんのは俺の方だよ。お前らが来なかったら完全に詰んでた」


 俺がリスティア御嬢様から逃げ切れたのは間違いなくクラルテ、スピラ、ゼン、ドミのお陰だ。


 ──面と向かって言うのはなんだか照れ臭ぇけど、


「その、なんだ、ありがとよ」


 自分でも顔が熱くなっているのが分かるが、〝言葉にしないと伝わらない〟というのはよくある話だ。


「ふふ……ならその言葉、忘れずにスピラにも伝えてくださいよ」


「きっとスピラも喜ぶな」


「と、当然スピラにもクラルテにも言うってのッ!」


 ドミとゼンに微笑まれ、ますます俺は恥ずかしい気持ちになったが、〝クゥ~〟と場違いな音で場が静まる。


「……すまない。我慢していたんだが、やはりそろそろ限界だ。ゼン兄さん、後は頼……ん………だ」


 ドミの空腹が限界を訴えると、ドミは倒れるようにしてゼンの背中に負ぶさる。


「あっ!?ドミッ!?……仕方ありませんね。もう少しイチジクさんをからかいたい気持ちもあったんですが、私たちもそろそろ帰るとします」


 ゼンはドミを落とさないようしっかり背負うと、魔法研究棟へと帰っていった。


「……さて、俺たちも使用人寮に帰るとするか」


「そうするニャ~……ところでオチバは、オレにも感謝してるのかニャ~」


「……なんだよ、急に。まぁ、案内は助かったし、ありがたいって気持ちもなくはねぇけど」


「ニャらこれで貸し一つニャ~」


「お前っ!?それズルいだろ!?」


「ズルくニャいニャ~」


 こうして、俺とリルドも下らないことを話ながら寮に帰ったのだった。



 ◆◇◆


 

 整列させた衛士たちに今日の反省点について意見を出すよう促したフォルカーは、横目で元気に騒いでいるオチバたちを見ていた。


(オチバ・イチジク……。取り敢えずアーディベル家に仇なす者って訳じゃなさそうだな)


(そんで家名持ちって事は、貴族だ。だが、オチバは帝国貴族の価値観は持ってねぇな。平民の俺たち衛士や使用人に向ける態度が証明してやがる。つまり、オチバは貴族であっても〝帝国貴族〟じゃねぇ)


(それに御嬢様へのあの態度。オチバは公爵家や次期王妃になり得る御嬢様に対しても畏怖してねぇ。そうすっと、オチバの正体は現ロイライハ皇帝を意にも介さない派閥、または組織の……)


密使(みっし)ってとこかねぇ……」


(しかも、御嬢様の教育係なんて大役が与えられるたぁ、余程オチバの裏にいる誰かと公爵様が繋がってるとしか思えねぇんだよなぁ)


「公爵様にかぎって、そう悪いようにはしねぇと信じたいんですがねぇ…………あー、御嬢様の育て方は良くなかったか……」


(けど、頼むからクーデターだとかは勘弁して下さいよ、領主様)


 フォルカーは、自身の(あるじ)が誤った道を進もうとしているのではないのか、という一抹(いちまつ)の不安を抱きつつ、オチバの姿をもう一度探したが、既にオチバたちの姿は訓練所から消えていた。

読んで頂きありがとうございます。

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