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よろしくお願いします。
流石に一介の使用人が貴族家の玄関を出入りするという訳にもいかず、俺とリルドは厨房近くにある裏口からアーディベル邸の外に出る事にした。
ひょっとして、邸内の案内で厨房を最後にした理由はこのためだったのかもしれない。
裏口から外に出て、アーディベル邸をぐるりと半周するように舗装された石畳を進んでいくと、正面玄関の方から伸びる生垣が見えてくる。
「見えてきたニャ~」
「おぉ……あれが庭園の入り口か」
リルドの指差す方には、両側を生垣に挟まれた道があり、向かい合った生垣の上部には蔓植物によるアーチが架けられている。
「温室もその先にあるニャ~」
リルドの後に続いて生垣に挟まれた庭園への道を進むと、やがてガラス張りの小さな建物が見えてきた。
「あれが温室ニャ~。ゲルトナーは………いるみたいだニャ~。おーい!ゲルトナー!」
リルドがゲルトナーと呼んで大きく手を振りながら近付いていくのは、温室で黙々と作業する大柄な青年だ。
青年──ゲルトナーは土をいじる為の作業着を着ていて、他にも軍手のような手袋や長靴といった、いかにも庭師といった格好をしている。
ゲルトナーはリルドの声に気が付き、顔を上げると軽く口角を上げて頬を緩ませた。
「リルドか…………遊びに来たのか?」
「遊びじゃニャくて、案内してるんだニャ~」
「そうか…………君は……イチジク、だったか?………改めて…僕はゲルトナーだ……」
俺に気づき、挨拶するゲルトナーさんに俺も挨拶を返す。
「オチバ・イチジクだ。オチバでいいよ。改めてよろしくゲルトナーさん」
「なら……僕の事も……ゲルトナーで構わない」
「じゃあそう呼ばせて貰うよ。よろしくゲルトナー………早速だけど、ここの庭園って全部ゲルトナーが管理してるのか?」
「ああ……この温室と…外の庭園の管理は……僕の仕事だ」
そう話すゲルトナーの顔は自身の仕事に誇りを持つ職人の顔だ。
「ありきたりな言葉だけど……すげぇな」
この温室に来るまでにも幾つもの草花を見かけた。それら全てを管理するというのが、口で言うほど容易な事じゃないのは素人の俺でも分かる。
「そうニャ。ゲルトナーは仕事も出来る上に性格も良いニャ。セイヴァリーの奴にもゲルトナーの誠実さを見習わせてやりたいニャ」
ゲルトナーと対面して、よりセイヴァリーの悪いところが浮き出てしまったのだろう。
だが、リルドがセイヴァリーの愚痴を言うのに対してゲルトナーは、
「あまり…そう言ってやるな……彼が…特別悪いことをしている訳では……あるまい」
「ま、所詮口でごちゃごちゃ言うだけニャし、それもそうニャ~」
なるほど、確かにセイヴァリーは面倒な性格をしているように思える。
だがその性格も思想も、この国に根付く貴族を上位とする階級制度を前提に考えれば、なんらおかしくないのかもしれない。
それにリルドやゲルトナーの口ぶりから、セイヴァリーはこの国の法に触れるような事をしている訳でもないのだろう。
──そうなると、俺の飛ばされた場所が差別の少ないモルテ=フィーレ共和国だったってのはマジで不幸中の幸いだったってこったな。
「それに…彼は…師を越える……という夢があると…耳にした事がある。今は…夢を追うあまり…周りが見えていない……のだろう」
「夢ニャ~?それは初耳だニャ。そうニャ!二人は何か夢はあるのかニャ?折角ニャから庭園の案内をしながら語ろうニャ。因みにオレの夢は金持ちにニャって、ぐーたら昼寝三昧する事ニャ~」
いつの間にかゲルトナーも同行する流れになっているが、ゲルトナー本人も特に不都合はないのか、それとも人がいいのか、リルドの決定に反対する様子はない。
「……つーか、お前って結構俗物的なのな?いや、リルドらしいのか?まぁ俺はそういう夢、嫌いじゃねぇけど」
リルドの次に夢を語りだしたのはゲルトナーだ。
「……僕は…出来るだけ……この世界から…子供への暴力をなくしたい」
「暴力をなくす?」
それはまたなんとも、難しい話題だ。
「ん~、オレが言うニャって話ニャけど、それは非現実的だニャ~。というか、絶対に無理ニャ話だニャ~」
「おい、リルド」
リルドの発言を遮るが、リルドは続ける。
「少なくとも、ロイライハ帝国みたいニャ階級制度のある国じゃ、最下層の位置に生まれた子供は同じ最下層の大人から虐げられるのが当たり前ニャ。虐げられた子供は生きるために暴力を使うし、成長すれば今度はそいつらが最下層の子供を虐げるようになるニャ」
悲しいがリルドの言うことは間違っていないのだろう。似たような悪循環の話は俺もネットやニュースで耳にした事がある。
だが、それを承知の上でゲルトナーは夢を語る。
「ああ……難しいのは…分かってる。だから……子供が…暴力から逃げられる居場所を……孤児院を…建てたい……そして…そこで農作物を…作って暮らせたら……嬉しい」
「それでも支えられる子供の数に限界はあるニャ~」
「だが……子供が虐げられる流れを……少しでも…絶ちきる事が……出来る」
ゲルトナーは自身の夢が甘くないことも分かった上で心の底からそう願っているのだろう。
そんなゲルトナーの答えにリルドは観念したのか両手を上げ、
「夢の話題を振ったのはオレだったのに、意地悪言って悪かったニャ~。実はオレ、スラムの孤児院出身なんだニャ。だから、ゲルトナーの夢がちょっと引っ掛かったんだニャ~」
「……流石に冗談って訳じゃねぇんだよな?」
「本当ニャ。アーディベル家には、孤児院から人材を募集して育成する事業があるニャ。それでオレはたまたまウルリーケ公爵様に拾われたって話だニャ~」
どうやら嘘や冗談ではないらしい。
「それは……軽率な事を……言った………すまない」
「全然問題ないニャ~。確かにゲルトナーの夢が叶えば、虐げられる子供の数は減ると思うニャ」
「ああ、俺もそう思うよ。少なくともゲルトナーのその夢に助けられる子供はいると思うぜ?」
「そうか……二人とも………ありがとう」
ゲルトナーが少し照れた様子で感謝を述べ、落ち着いた空気になると、リルドが俺に向かって指をさした。
「ところで、オチバだけ夢を言ってニャいんだニャ~」
「うっ!?……つってもなぁ。夢かぁ」
──元の世界の基準で言やぁ、リルドと似た感じで安定した生活と平和な日常になるのか?でも今のこの世界での夢ってなると……元の世界に帰る事とか?いや、大事な事を気付かせてくれたクラルテに恩を返したいってのが夢に近いのか?
「うーん」
ただの世間話に過ぎないが、俺にとっては久し振りの野郎だけでの世間話だ。
大したことない話題で盛り上がるのが懐かしく、夢について真剣に考えていると、
「あっ、有ったわ。夢」
ふと夢と言えるかもしれない事に思い当たった。
「お?オレの夢を俗物的って言ったからにはさぞ崇高な夢ニャんだろうニャ~。聞かせてみるニャ。ゲルトナーも気にニャるよニャ?」
「そうだな……僕にも……是非…聞かせてくれ」
──二人とも期待した表情で耳を傾けてっけど、リルドは絶対に仕返しするつもりだな。ゲルトナーは、純粋に気になってるだけみてぇだけど。
そうハードルを上げられたら、下手な語りをすればリルドに笑われるのが目に見えてるため、俺は少し頭の中で内容を整理してから話しを切り出す。
「──俺の夢は、ある人に会うことだ。俺はその人にどうしても会いたいんだ」
「「!?」」
「あ、ある人って…もしかしてオチバの想い人ニャ!?」
──おっ、食いついたな。
俺が無言で頷くと、リルドは前のめりになって興味津々の様子を見せる。
──嘘は言ってねぇ。俺はあいつを、俺を真っ裸でこの世界に呼び出したあの神を、マイナスな意味での思ってるだからな。
「──あいつに会って、俺は言わなきゃなんねぇ事があんだよ」
「ニャ、ニャんてだニャ!?」
「───さぁな。こればっかりはそう簡単に漏らせねぇな」
「ニャ!?ズルいニャ!?」
まんまとリルドを勘違いさせて得意気な気持ちになる俺だったが、ここでこの話は打ち止めにする。
──何せこの思いは、神への恨み言だしな。
最初に俺がこの世界にやって来て、モルテ=フィーレの衛兵たちに捕まってた時も、俺が神を恨んでいる事を知ると、あまり表に出さなかったものの若干の距離を感じるようになった。
どんな事情であれ、神が存在するこの世界で不用意に神を冒涜するのは得策ではないのだろう。
それから俺は、神への恨み言は出来るだけ言葉に出さないようにしている。
──それに、言わねぇ方が面白れぇしな。
リルドは俺が最後まで語らなかったことに、まるでぐぬぬという擬音が聞こえそうな表情を浮かべており、ゲルトナーも何故か甚く感銘した様子を見せていた。
と言うのも、
「………僕も……会いたい人が………いる。だから…オチバ……君の気持ちが……分かる」
「ニャ!?ゲルトナーも!?……いや、ゲルトナーニャら想い人くらいいても不思議じゃニャいニャ」
「おい、リルド。そいつはどういう意味だ?」
「んー、よくよく考えればオチバの言ってることが本当だとも限らニャいニャ………もう庭園も回れた事ニャし、そろそろ次に行くとするニャ」
随分と話に夢中になっていたが、庭園の道はしっかりと覚えられたので問題はないだろう。
「そうか……また……会おう………オチバ……君とはもっと…話をしてみたい」
「ああ、俺もだ。またなゲルトナー」
「またニャ~」
俺とリルドは、ゲルトナーと簡単な別れを済ますと次の案内先へと歩き出した。
◆◇◆
「ここは──」
「見ての通りの場所ニャ。ここは訓練場ニャ」
次に俺たちが向かった場所は、さっきまで俺やクラルテ、スピラにリスティア御嬢様のいた、衛士たちの宿舎及び訓練場だった。
「あいつら……まだやってんのか……」
俺が頬をひきつかせながら視線を送るのは、一人を多人数で囲むという、まるでリンチのような光景だ。
しかし、現実は全くの逆で、囲まれている真ん中の一人によって周囲の衛士たちがゴム毬のように蹴散らされている。
「凄まじい光景ニャ~」
あちこちに蹴散らされた人がいるが、その中には共にミッドヴィルの地下施設で死闘を潜り抜けた魔法使いの風体の男──ゼンも倒れている。
「ってゼン!?大丈夫か!?」
リルドを置いてゼンに駆け寄ると、
「あ、イチジクさん。いやー、やっぱり私に荒事は向いてませんねー」
ゼンは朗らかに笑いながら手を振る。
「ふぅ、元気そうで何よりだよ。それで?あっちは……考えるまでもなく、ドミなんだよな?」
俺が視線で示すのは衛士たちが囲む人物についてだ。
「はい。イチジクさんたちがこの場を去ってからも、ずっとですよ」
──体力おばけ過ぎんだろ……。
「ですが、そろそろ終わりも近いんじゃないでしょうか。戦える衛士も減ってきましたし、一騎討ちになります」
ゼンの言葉通り、ドミを囲む人数は最初の頃よりも目に見えて少なくなっており、一番立派な鎧を装備した男性が囲みを解くように指示を出しているようだ。
「あれは、フォルカー衛士長だニャ~」
「えーと……イチジクさん、この方は?」
途中から会話に加わってきたリルドの存在を、ゼンは戸惑った様子で俺に尋ねてくる。
「こいつはリルド。自称ただの猫で、アーディベル家の使用人見習いだとよ。今はアーディベル邸について案内してもらってたとこだ」
続いてリルドにゼンを紹介する。
「んで、リルド。こっちはゼン。俺をアーディベル公爵家と引き合わせてくれた人で、アーディベル家の研究機関って所に所属してるらしい」
「研究機関ニャ?ということはゼンもオレと似た出自かニャ?似た者同士よろしくニャ~」
「では、あなたもウルリーケ公爵様に拾われたんですね。そういうことでしたら、同じ身の上としても更に仲良くできそうです」
こっちの二人が親交を深めている間に、|あっちの二人《ドミとフォルカー衛士長》にも動きがあったようで、衛士たちのざわめきがいっそう強くなる。
「始まったみたいニャ。フォルカー衛士長の相手は誰ニャ?女みたいだニャ」
「ふふ、彼女の名前はドミ。私の自慢の妹ですよ」
「一応聞くけど心配じゃねぇの?敢えてどっちがとは言わねぇけど」
「そんな心配は入りませんよ。だってこれは正真正銘、ただの訓練なんですから」
「……確かにそりゃそうだ」
こうして、ドミとフォルカー衛士長が一進一退の激しい攻防を繰り広げるのを俺たちはただただ眺めるのだった。
読んでいただきありがとうございます。




