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よろしくお願いします。
スピラをロルフさんに案内された部屋に運び終え、その看病をアーディベル家のメイド─名前は知らないが、朝の使用人報告会で見覚えのあるメイド─に任せ、俺はロルフさんからスピラとリスティア御嬢様が陥った〝魔力切れ〟という症状についての説明を受けた。
何度も俺の前に立ちはだかる謎エネルギー、魔力についてロルフさんから受けた説明を噛み砕くと、
〝魔力とは、意思を持つ存在なら当たり前に持っている不可視の力であり、様々な種が様々な形で利用している力〟
とのことだ。
しかし魔力にも欠点があり、それが〝魔力切れ〟と呼ばれる症状なのだという。
魔力切れとは、体内の魔力を切らしてしまう状態の事で、魔力切れを起こすと魔力を使って日常的に行えていた事が一時的に出来なくなるという事態に陥ってしまう。
と言っても、魔力切れは自然に魔力が回復するのを待ったとしても数日内には回復する症状であるため、一般的にはそう恐れるような症状でもないらしい。
『早い話、魔力切れとは〝息切れ〟に過ぎません。ですから、後遺症といった心配もないのです。また、スピラ殿の側に置いたメイドのチェスティは魔力を使用した疲労回復の技能を有しています。リスティア御嬢様も回復魔法の得意なティミが側に付いております。お二方とも明日には動けるようになるでしょう』
とのロルフさんのお墨付きもあることから、二人の容態については本当に心配いらないのだろう。
そしてロルフさんは魔力切れに関する説明をしてくれた後、職務へと戻っていく際に、
『本日はリスティア御嬢様とお会いになれないでしょう。でしたらオチバ殿、本日の予定は邸内や使用人寮の部屋の把握を努めてみては如何でしょうか?必要でしたら案内もお付けしましょう』
との提案をくれた。
確かにあの疲弊したリスティア御嬢様の様子を鑑みれば、今日中にリスティア御嬢様と話をする機会というのはなさそうだ。
そうであれば、ロルフさんの提案は願ってもない話であり、俺は是非にとロルフさんにお願いしたのだった。
◆◇◆
ロルフさんが案内してくれる人を俺の部屋に寄越してくれるとの事で、俺は部屋に備え付けてあるクローゼットから新しい使用人服に着替えてその人物を待っていた。
「暇だな……」
着替え終えた俺は手持ち無沙汰から、さっきまで着ていた使用人服の焦げ具合を確認する。
「……この服どうなってんだ?」
使用人服はリスティア御嬢様の火球に炙られて黒ずんでいる箇所があったのだが、触ってみたところ穴も空いておらず、手で拭ってみるとその黒ずんだ箇所が綺麗に剥がれ落ち、まるで新品のままのような状態を保っていた。
「いや、弁償しなくて済んだってのは全然良い事だけども……」
「そりゃ、服の繊維に蜘蛛人族直伝の魔力繊維が使われてるからだニャ~」
「!?」
背後から聞こえた声に振り向くと、いつの間にか部屋のドアは開かれており、浅黒い肌に黒髪の使用人服を着た青年が壁に寄っ掛かっている。
「どもども、オレの名前はリルドだニャ~。アーディベル家に拾われて使用人見習いしてるただの猫だニャ~。キミが御嬢様の教育係のオチバかニャア?アーディベル邸を案内するように言われたニャ~」
──また随分とキャラが濃いの来たな。
「ああ、オチバ・イチジクだ。よろしくリルド」
見た目の年齢的には高校生くらいだろうか。
目元を隠せる程度に伸ばした前髪で表情は分かりづらいが、口元は弧を描いている。
髪の毛量が多くて気付きづらかったが、確かに髪の隙間から見える頭頂部には動物の耳らしきものも見える。
本人が猫を自称している事からも人をベースにしたタイプの猫の亜人なのだろう。
「お~、よろしくよろしくニャ~。朝会った時もキミとは気が合うと思ってたんだニャ~」
「ん?そうか、リルドも使用人なら朝の使用人報告会にいたんだよな。………え、でもお前みたいな目立つ奴、一度見たら忘れねぇと思うんだけど、お前居たっけ?」
朝の使用人報告会にいた使用人服を着た人は二人いたが、どちらも前髪で目元を隠すようなスタイルじゃなかったのは覚えている。
「それは簡単ニャ話だニャア。ほれ」
リルドが前髪をかきあげてオールバックにすると、目元を露にした見覚えのある使用人姿となる。
ぶっちゃけかなりイケメンの部類だろう。
「……すげぇな、全然気付かなかった。でもなんでわざわざ髪下ろしてそんな姿にしてんだ?」
リルドは再びがしかしと頭をかいて前髪で目元を隠すように垂らすと、
「それは、今は気合い入れなくてもいい時間だからニャ~。メリハリつけて、頑張るときに頑張るってのが俺の生き方ニャア」
なるほど、確かにその考え方はどことなく猫っぽい気もする。
「もしかしてリルドの語尾って猫を尊重してるからか?それともそういう風習がリルドの種族にあるとか?」
「オレの種族は猫人族だニャア。そんでもって、猫人族にそんニャ風習はニャいし、猫を尊重してるからって訳でもニャいニャ~」
「そ、そうなのか?」
「そうニャ~─────だってその方が世渡りが楽だろ~?オチバも礼儀正しかったり、口が悪かったり、おまけに同じ黒髪で俺と似てる所があるしで、気が合うかなって思ったんだよな~─────ニャア~んてニャ~」
「!?」
リルドが一瞬出したのは、素の感情だったのか、それともリルド風の冗談だったのか。
しかし、俺に尋ねる隙を与えず、リルドはその空気を吹き飛ばすように元の空気を装う。
「ささ、先ずは明るい内にアーディベル邸内の案内をするニャ~」
──何となくだが、こいつもめちゃくちゃ面倒な奴な予感がするぜ……。
◆◇◆
「ここが七個目の御嬢様の部屋だニャ~」
「こんなに部屋があるのは侵入者対策だったって訳か。まぁ、公爵家だもんな。警戒するに越したことはねぇか」
「因みに今使われてる部屋が何処ニャのかは使用人たちにも分からニャいように徹底されてるからオレにも分からんニャ~。その日の公爵様たちが使ってる部屋を把握出来るのは、公爵様とその御家族、あと付き人に付きメイド、ロルフにメイド長くらいだニャ~」
それでロルフさんは、今日はリスティア御嬢様に会えないって言ってたのか。
俺はリスティア御嬢様の付き人じゃないから部屋の場所を易々と教えられないしな。
例外は呼びつけを命じられた場合に限るのだろう。
リルドの案内は順調に進み、ウルリーケ公爵、シェリエル夫人、リスティア御嬢様の部屋をいくつも教えられ、続いて勉強部屋、浴室、客間、リネン室と使用人が立ち入る可能性のある箇所を重点的に案内された。
「次が邸内で案内する最後の場所ニャア」
リルドに付いていき、目的地の部屋に近づくに連れ、香ばしい匂いが辺りを包み込んでいく。
目的の部屋には入り口となる扉はなく、付近に配膳台があることから恐らくこの場所は──
「──厨房か」
「当たりだニャ~。当然オレたちが口にする事はニャいけど、公爵様たちに配膳する機会はあるかもしれないニャ~」
「フッ、馬鹿な事を言わないで下さい。ここで作る料理は、貴族様に腕を認められたこの料理長である私が細心の注意を払って用意する料理です。害獣に配膳させる訳がないでしょう」
慇懃無礼な態度で厨房から現れたのは、料理人服の男だ。体型は細身で、金の巻き毛を後頭部でまとめている。
垂れ目で、鼻が高く、金髪碧眼という絵に描いたような美男子なのだが、歪んだ表情から意地の悪さが滲み出ている。
──確か、セイヴァリーって名前だったか?
セイヴァリーは卑しいものを見るかのような視線をリルドに向け、再び嘲笑する。
しかし、リルドはセイヴァリーのそんな態度に特別反応せず、面倒そうにセイヴァリーの紹介を始めた。
「オチバ、こいつの事は朝に紹介されてたから知ってるかもしれニャいけど、料理長のセイヴァリーだニャア。ご覧の通りの性格だから関わらないのが正解ニャ~」
「ん~~~?私の名前を知っている?おやおや?なんと!よく見ればあなた、リルドですか?フハッ、すみません。前髪で顔が分かりませんでした。てっきり害獣が食料を求めてここにたどり着いたのかと。いえ、悪気はないんです。私は料理長ですから厨房の清潔を保つためにも敏感なだけですので…………ん?そちらは今朝の──」
つらつらとリルドに対して悪意をぶつけていたセイヴァリーは、俺の存在に気づくと閉口し、値踏みするような視線を向けてくる。
──変に絡まれたら面倒なのは分かりきってるからな。
「オチバ・イチジクです。リスティア御嬢様の教育係として雇われました。よろしく、セイヴァリー料理長」
この場はリルドの忠告に従い、当たり障りのない返答をしたつもりだったのだが、
「覚えています覚えています!当然、覚えていますとも。そうそう、家名持ちの方でした。………ところで、この時期にいらっしゃるという事は、帝位継承争いの関係者でしょうか。イチジク家……聞き覚えがありませんが、もしかしてドリス公爵家に縁のある貴族家ですか?それともアストゥリタ公爵家?流石にアーディベル公爵家と仲が悪いとされるスィエルディーチ公爵家ではありませんよね?」
「まっ、待て待て!?」
家名を持っていることが思いの外セイヴァリーの気を引いてしまい、セイヴァリーは怒濤の勢いで俺に質問を投げ掛けてきた。
「おっと失礼、少々取り乱しました。流石に私の考えすぎでしょう。ですが、やはりイチジク家という家名には聞き覚えがありませんね。おっと!聞き覚えがない家名ということは、有名貴族でないのは明白でした!いやはや誠に申し訳ない。ですが、貴族家の出であるのならばこのセイヴァリー、最低限の礼儀は尽くしますとも。それではまた機会があれば」
セイヴァリーはあからさまに下心のある笑みを浮かべながら俺にそう告げると厨房の中へと戻っていき、まるで嵐が去ったかのような静寂が俺とリルドを包むのだった。
「きっつ……」
「きっつい奴ニャ~。次は邸外にある温室と庭園の案内だニャア。温室と庭園を管理するゲルトナーはセイヴァリーと違って良い奴だから安心するんだニャ~」
──そうか、そう言えばゲルトナーって庭師の人は何人かのメイド達から熱い視線を受けていた人だったな。
がっしりとした巨体だったが、物腰が柔らかく、優しそうな表情をしていた印象がある。
「………ん?もしかして」
思い返してみれば、家令のロルフさんも、メイド長のメナージュさんも、リスティア御嬢様の付きメイドのティミも、衛士長のフォルカーさんも、料理長のセイヴァリーも、スピラの看病を任せてるメイドのチェスティさんは……まだどんな人か判断つかねぇけど、誰も彼も中々に癖の強い人ばかりだった。
「………俺、やっと普通の使用人に会えるってことか?」
「ニャに言ってんだオチバ~、普通の使用人ならオレがいるニャ~」
「……………本気で言ってる?」
「オチバ~そこは、使用人見習いだろ!って突っ込むところニャ~」
世渡りのために語尾作ってキャラ演じてる奴の癖が弱い訳も普通な訳もねぇだろ。
リルドのボケをスルーしつつ、俺たちはアーディベル邸の外にある温室と庭園に向けて歩き出すのだった。
読んでいただきありがとうございます。




