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久しぶりに日付が変わらない内に投稿出来ました。
よろしくお願いします。
スピラとリスティア。力を使い果たして倒れた両者は、さっきまでの熾烈な戦いが嘘のように、互いに遠慮のない言葉を投げ合っている。
これがもし試合や力比べといった戦いであったのなら、二人の決着は引き分けと判断されたのかもしれない。
──けど、あいつらの顔を見りゃ誰の勝ちかなんて一目瞭然だな。
ツンとした表情でスピラに話しかけるリスティア御嬢様。
やれやれといった表情でそれに言葉を返すスピラ。
二人の顔に疲労の後は残っているが、曇りのある顔には見えない。
「……二人とも勝つってのは予想外だったな」
ロイライハ帝国に来る以前、ミットヴィルの地下施設で門番と戦った時のスピラの根性を俺は知っている。
あの時のスピラはかなりの重症だったのにも関わらず、泣き言も言わずに門番を倒すために力を尽くしてくれた。
だから、甘やかされてきたリスティア御嬢様を相手にスタミナを競う戦いとなれば根性のあるスピラが勝つのは間違いないという確信があった。
しかし、同時にスピラが勝っても負けても、リスティア御嬢様が抱える心の問題が解決しない限り、一時しのぎにしかならない事も予想していた。
そのため、二人の戦いが終わり、リスティア御嬢様が落ち着いた所で、リスティア御嬢様と対話して解決の糸口を見つけようと思っていたのだが、
「まさかスピラがリスティア御嬢様の心を開くなんてな……」
アーディベル夫妻からの〝リスティア御嬢様を改心させる〟という依頼で一番苦心すると予想していたのは、リスティア御嬢様の本音を聞き出す事だった。
俺はリスティア御嬢様に事実を突き付け、無理やり周りに目を向けさせる事で本音を聞きだそうとしたが、スピラの選んだやり方は違った。
心をぶつけ合い、傷つき、認め合うことで生まれる、友情という関係性。
リスティア御嬢様とその関係を結ぶ事は、リスティア御嬢様を改心させるという目的をこなす上で最も理想的な関係性だと言える。
既によく分からない拗れた関係が出来つつある俺とリスティア御嬢様では到底難しい関係性だ。
「……流石は勇者目指してるだけあるってことか?」
俺がスピラの成した事に感心していると、
「そうだねっ。勇者には戦う強さも必要だけど、助けを求める人に寄り添える心の強さも大事だってボクの師匠も言ってた。ボクもうかうかしてられないかなっ!」
「……あの方がゼン殿が溺愛するという妹のスピラ殿ですか」
「うぉ!?クラルテ!?それにロルフさん!?」
いつの間にか俺の傍らにはクラルテとロルフさんの姿があった。
二人は邸内で異次元じみた徒手空拳の格闘戦を繰り広げながら何処かに消えてしまい、その後の詳細を俺は知らなかったが、見たところ怪我はおろか汗一つかいた様子もない。
──どっちが勝ったのかは分かんねぇけど、
「二人ともここにいるってことは、一応さっきの戦いに区切りがついたって事なんだよな?」
「うん、取り敢えずリスティア御嬢様の魔力が弱まったみたいだから様子を見ようって事になったんだよ」
「なるほどな、だったらそろそろあいつらの所に行くとするか」
「はい……ですがその前に済ませなければならない事があります」
「「?」」
俺とクラルテがロルフさんの言葉に疑問符を浮かべ顔を合わせると、ロルフさんは自身の胸に手の平を当て、元々綺麗な姿勢を更に正すと、俺たちと向き合い、真っ直ぐ目を合わせ、
「オチバ殿、クラルテ殿。貴殿方に危害を加えるような行動をとってしまい誠に申し訳ございませんでした」
「────」
一瞬、冗談かと思いもしたが、ロルフさんはそんな人でもないと思い直し、ロルフさんの真剣な顔つきを見て、俺も気を引き締めてロルフさんに答える。
「──その謝罪、受け入れます。と言うより、そもそも俺はロルフさんからは何もされてないんで気にしないで下さい」
「オチバが良いならボクも気にしてないよっ」
「…………ありがとうございます」
ロルフさんがそう礼を言って穏やかな老紳士の顔に戻したのを確認したところで、
「それじゃ、今度こそ二人の所に行こうっ!」
クラルテが先陣を切ってスピラとリスティア御嬢様のもとに向かうのだった。
◇◆◇
俺たちが未だ動けない二人に近づくに連れて、二人の少女の声が段々と大きくなってくる。
剣呑な雰囲気はないが、リスティア御嬢様は興奮していて、反対にスピラはげんなりしているようだ。
「ねぇ!!あなたにとっても悪くない話じゃないかしら!!」
「無理だっつってんだろ……」
「何でよ!!いいじゃない!!さっき、もうわたしと戦えないのをちょっと寂しがってたように見えたわ!!」
「は、はぁ!?寂しがってねーし!?」
スピラがリスティア御嬢様に食って掛かるものの、リスティア御嬢様は視界に入った俺たちを見つけるとスピラの抗議をスルーして、
「オチバ!!やっと来たのね!……ってロルフもいるじゃない!!それにあなたは……クラルテだったわね!」
リスティア御嬢様が大きな声で俺たちの名前を呼んだことで、スピラも俺たちの存在に気づいたようだ。
ロルフさんは率先してリスティア御嬢様の補助に向かったので、俺とクラルテはスピラの補助に向かう事にする。
近くで見てもスピラに何処か大きな怪我があるようには見えない。
多少服装に傷や裂けがあるが、旅に耐えれるだけの丈夫な作りをしている装備なだけあってリスティア御嬢様のドレス程の損壊はなさそうだ。
「お疲れ、スピラ」
「見てたよ~?頑張ったねっ!」
「………あぁ」
今回の一番の功労者であるスピラに労いの言葉を掛けながらクラルテと一緒に肩を貸すが、やはり気落ちした様子が伺える。
「どうした?何処か具合が悪いのか?」
「そうじゃねーけど、アンタはわたしが勝つって信じてくれたのに………」
──スピラがさっきから落ち込んでいたのはそういう理由だったのか。
「そんな心配いらねぇよ。お前は俺の期待に応えてくれてる。それにお前は負けてねぇ。この勝負は引き分け、いやもっと大局的に見りゃ俺の中じゃ大勝利っつってもいいくらいだ」
「そう…なのか?」
「おう」
これは嘘でも誇張でもない。
俺とリスティア御嬢様の勝負において俺が勝つ条件は、リスティア御嬢様を倒すことでも、逃げ切ることでもない。
リスティア御嬢様が示した唯一の俺の勝利条件、それはリスティア御嬢様に俺を認めさせること、心を動かすことにある。
スピラとリスティア御嬢様の勝負でも同じ事が言える。
リスティア御嬢様の心が発端となった勝負である以上、ただ戦いに決着がつくだけではリスティア御嬢様はスピラを認めなかった筈だ。
リスティア御嬢様が勝てば表面通りに勝ちを宣言し、スピラが勝てば意固地になって負けを認めず状況は悪化していた可能性が高い。
だが、リスティア御嬢様はスピラを認めた。
それはリスティア御嬢様の表情や態度からもよく分かる。
「お前の言葉が、本音が、リスティア御嬢様の心を動かしたんだ。この状況を作ったお前は紛れもなく勝者だよ」
「───あ、当たり前だろっ!わたしは勇者になんだからこの程度の戦いに負ける訳にはいかねーんだよ!」
照れた様子のスピラは俺から目を背けるが、
「あれっ?スピラ顔赤くなった?」
反対側から顔を覗くクラルテと目が合い、行き場をなくした視線を今度は正面のリスティア御嬢様たちの方に向け、
「そ、そういやアイツ、いきなり変なこと言い出すんだぜ?わたしに───」
分かりやすく話題を変えようとすると、
「スピラ!!何度でも言うわ!あなた、わたしの右腕になりなさい!!」
正面にいるリスティア御嬢様がスピラの話そうとした内容を説明する。
リスティア御嬢様も立つことは出来そうにないのか、ロルフさんの上着を羽織り、背中をロルフさんに支えられている。
「だから!めんどくせーし、わたしは勇者を目指してるから無理だって言ってんじゃねーか…………な?アイツ変だろ?」
俺とクラルテはリスティア御嬢様の言葉に驚いているが、もう何度も打診されたことのようでスピラは呆れたように返事をするだけだ。
「素敵ね!あなたなら勇者になれるわ!そうよ!勇者を目指しながらわたしの右腕になればいいじゃない!」
「はぁ、勇者になんのには世界中で人々を苦しめる魔王を倒して、次にそれを聖教会から認められなきゃダメなんだって……ロイライハには魔王もいねーし、聖教会もねーから無理」
取り付く島もないスピラと諦めないリスティア御嬢様、堂々巡りになりつつある事態を進行させたのはリスティア御嬢様を支えるロルフさんだった。
「どうやらこの場で問答を繰り返しても平行線のようです。それに双方とも少々御召し物が乱れている御様子。リスティア御嬢様、差し出がましい提案なのですが、ここは一度休養の時間を設けては如何でしょう?」
「え……あっ!?そ、そうね!!」
言われて気づいたのだろう、リスティア御嬢様は自身のぼろぼろになったドレスを見下ろし、肩から羽織るロルフさんの上着で前を隠そうとするが、
「くっ!?ロルフ!わたしのメイドはどこに居るのかしら!?」
腕が上がらず、たまらずロルフに自身の付きメイドの所在を求める。
「ティミ殿でございますね。クラルテ殿も本日からリスティア御嬢様付きとなっておりますが、アーディベル家の使用人は鍛えられております。お呼びになっては如何でしょう?」
「そ、そうなのね!……ティミ!!わたしの所に来なさい!!」
リスティア御嬢様が通る声で呼ぶと、何処からともなく邸内で会った目の下に隈のある病的に肌の白いメイド─ティミが現れる。
「………本当ね、オチバの言った通りだわ。ティミ、わたしあなたの事を見くびってたみたい」
リスティア御嬢様が見るのはティミのメイド服だ。
このティミというメイドはリスティア御嬢様に呼ばれて直ぐに現れたが、その服に目立った汚れはなく、汗もかいていない。それを見て俺の言葉を思い出したのだろう。
──つっても、呼ばれて直ぐに現れるなんて芸当には納得出来ねぇけど。また魔法か?いや、身体強化ってだけの説もあるな……。
「?……………!?………り……リスティア御嬢様!……あ…あの……今、も…もしかして……わ…私の名前を……?」
「……呼んだわ。ティミ、クラルテ、わたしを部屋まで運びなさい」
「り…リスティア御嬢様ぁぁ」
「な、泣くことないじゃない!?わたしはただ部屋に連れていって欲しいだけよ!?」
「は…はいぃ…!只今……!」
リスティア御嬢様に名前を呼ばれた事が余程嬉しかったのか、ティミが涙ぐみながらリスティア御嬢様を背負う準備を始め、
「よーしっ!それじゃ、呼ばれたみたいだしボクもリスティア御嬢様を手伝いに行ってくるねっ?」
「えぇ!?クラルテさん、あっちに行っちゃうのかよ!?」
「まぁ、クラルテは一応リスティア御嬢様の付きメイドだしな。妥当な判断じゃねぇの?クラルテ、スピラの方は任せとけ」
「うんっ!じゃあまた後でっ!」
クラルテをリスティア御嬢様の所に送り出すと、
「なら、代わりに私が手伝いましょう」
リスティア御嬢様の所からロルフさんがやって来る。
「スピラ殿に部屋を用意するように、との指示をリスティア御嬢様よりいただいております。私が部屋までの案内役を務めましょう」
「それは助かります。正直、スピラを何処に連れていけば良いのか分からなかったんで」
「わたしの部屋は研究棟にあるしな。確かに魔馬車がないとキツいかも……つーか、アンタのその言葉使い、なんかゾワゾワすんな」
「俺にとっちゃ、目上の人や上司に敬語を使うのは当たり前の事なんだよ」
「うへぇ…………言っとくけど、わたしが勇者になって尊敬される存在になってもそれをわたしに使うんじゃねーぞ?」
「はいはい……痛っ!?お前何すんの!?」
俺のいい加減な返事のお返しか、スピラは器用に両手を使って俺の背に負ぶさるように乗り、しっかりと俺の肩を掴んで落ちないように密着する姿勢を取る。
「わ、わたしも足が動かねーんだ!こうするしかねーだろ!!」
「……別に構わねぇけど、俺は魔力で身体強化とか出来ねぇから乗り心地に文句言うなよ?」
「どうやら私は案内だけになりそうですね。では付いてきてください」
ロルフさんが先導する形で俺たちがその場を離れようとすると、
「オチバ!スピラ!後で話があるわ!スピラの具合が良くなったらわたしの部屋に来なさい!」
ティミに背負われたリスティア御嬢様が俺たちに向けて命令し、
「………でも、わたしの方が先に具合が良くなったら、そっちに行ってもいいかしら?」
ちょっとの間の後、自信が無さそうにリスティア御嬢様がそう尋ねたことに、俺とスピラは苦笑し、それぞれ聞き入れた旨を返したのだった。
読んでいただきありがとうございます。




