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また遅れてしまいすみませんでした。
よろしくお願いします。
銀髪と桃髪の二人の少女が互いに向き合って両手の指を絡ませている、と聞けば字面こそ神秘的なイメージが湧き出るかもしれない。
だが、端から見えるそれはもっと泥臭いものだった。
二人の少女は握りあった両手を起点に、押して、押し返される。
「あなたのその乱暴な態度と口調も気に入らないのよ!あなたそれでも帝国貴族に仕えてる自覚はあるのかしら!?不愉快なのよ!!」
「素行に関してはアンタの悪名の方がこの辺りじゃ有名だろ!!それに騙すなんて陰湿なマネしやがって!わたしの方が不愉快だっつの!!」
片方がバランスを崩し、足がもつれて倒れれば、両手を握るもう一方も道連れに倒され、二人で地面をゴロゴロと転がる。
「い、陰湿!?あれは作戦っていうのよ!?あなたみたいな脳筋と違って、わたしは頭を使って戦ってるの!!」
「の、脳筋!?それもアンタにだけは言われたくねーよ!?バカみたいに魔法を撃ちまくってたのはアンタの方じゃねーか!!」
二人のボルテージは徐々にヒートアップしていき、感情を爆発させていく。
「はぁ!?バカはあなたでしょ!?あの魔法には威力なんてないって言ったのをもう忘れたのかしら!!ちゃんと考えてから話しなさい!」
「なんだと!!」
「なによ!!」
◆◇◆
スピラとリスティア御嬢様の戦いを見ていて俺が理解出来た事といえば、二人の動きが明らかに俺を越えているという事と、二人とも魔力で身体を強化しているのだろうという事だ。
──最初の邸内でリスティア御嬢様が火球じゃなく、身体強化で攻めて来てたら詰んでたな。
二人の姿はボロボロだ。
二人とも髪がボサボサになり、体中に埃や土くれといった汚れが張り付き、スピラの軽装も、リスティア御嬢様のドレスも所々が裂けてしまっている。
取っ組み合いの最中では、グーで顔面を殴るなんて事こそなかったが、パーで叩く、爪で引っ掻く、服を引っ張る等は互いにしていた。
──かすり傷とは言え、流石に年頃の少女たちが血を流すってのには肝を冷やしたが、
「……やっぱ魔力って反則だな」
その不安も直ぐに吹き飛ばされた。
二人の傷に注視して気付いたが、二人の肌にあった傷がいつの間にか治癒していたのだ。
かすり傷程度なら、今この瞬間に出来た傷口も数分後には塞がっているに違いない。
しかし、傷を塞いで見かけ上の回復は出来ても、消耗した体力や魔力を取り戻すという訳ではない。
「もしそうなら、二人ともピンピンしてなきゃおかしいからな」
覚束ない足取りや肩で息をする二人の姿を見れば、二人の体力に限界が来ているのは容易に知れる。
そして、身体強化が出来るのも魔力が続く限りなのだ。
「つまり、傷の治りが遅ぇって事は、魔力の限界も近ぇって事になる訳だ」
二人の勝負に決着の時が近づいていた。
◇◆◇
「「ッ~~~!?」」
もう何度目かになるスピラとリスティアの次の衝突は頭突きだった。
(痛い、泣きたい、最悪……でも!!)
リスティアは生まれて初めての激痛に苦悶の表情を浮かべ、泣きたくなる気持ちや諦めたくなる気持ちに屈したくなるが、目の前で倒れまいとするスピラの姿を見て、負けてなるものかと奮起する。
(でも!!あなたには負けたくないわ!!)
しかし、蓄積された疲労は誤魔化せず、リスティアは次第に足下から力が抜けていくのを感じ、仰向けに倒れてしまった。
「嘘!?わたし、負けてないわ!?負けてないのよ!!」
確かにリスティアの瞳を見ればその闘志は消えていないし、まだ喋れるだけの力も残っていた。
だが、それでも疲労の蓄積した体は本人の意思に反し、立ち上がることすら許してくれない。
体が動かないという致命的な状況にリスティアの瞳から闘志が消えかけたその時、
「わたしだって、負けてねーからな!!」
「!?」
対峙していた筈のスピラの声が足下から聞こえてきた。
リスティアが辛うじてスピラの声がする方へと首を起こせば、そこにはリスティア同様に仰向けに倒れたスピラの姿があった。
リスティアの視線を感じたのか、スピラは短く息を吐いて上半身を起こすと、リスティアを見下ろして勝ち誇った顔を浮かべる。
「……ふっ」
「なっ!?」
スピラのその顔を見たリスティアは、自分でもどこにそんな力があったのかと思うような力が溢れてくる。
「ふんんんん!!…………はぁ…はぁ…はぁ……負けて…ないって…言ってるでしょ…」
そして本能の赴くままに、スピラへの対抗意識に従ってリスティアも上半身を起こすと、スピラと目線の高さを同じにする。
いや、身体の成長を鑑みれば、上半身を起こした状態のスピラとリスティアでは、リスティアの方が目線は上のようだ。
当然、当事者の二人はその事実にいち早く気が付き、スピラは眉をひそめ、リスティアは頬を緩める。
(何だか、ボロボロなのに清々しい気分ね……でも、本当にこれ以上は無理だわ……指一本だって動かせそうにないもの……)
リスティアは自身の体の状態を確認して、やはり動かせないと判断するとスピラの動向に視線を注ぐ。
(体が動かせなくたって、まだ口は動かせるわ!)
スピラもリスティア同様に自身の体の具合を確認していた。ただし、リスティアと違うのは両手が動いていることだ。
スピラは両手で自身の足を揉んで調子を確認すると、ため息を吐く。
「………はぁ。悔しいけど、こりゃ動かねーな」
(つまり、お互い動けないってことね……いえ、演技の可能性もあるかしら……だとしても、わたしにはもうどうしようもないけど……でも、簡単に負けは認めないわ!!)
スピラのブラフを警戒するリスティアは、気を緩めずスピラに強い眼差しを向ける。
だが、スピラはまだ自由に動かせる筈の両手を後ろの地面につくと、リスティアに笑顔を見せた。
それはリスティアの予想だにしない行動だ。
リスティアがスピラの破顔に虚を突かれていると、
「……ハンデがあったとは言え、御嬢様の癖によく付いてこれたな。アンタ、強ーよ」
親しみを感じさせる口調でスピラがリスティアに話しかけてきた。
あまりにもさっぱりとしたスピラの態度にリスティアは戸惑ったが、
「……公爵家の娘だもの。少しくらい鍛えてるに決まってるでしょ」
リスティア自身も清々しい気分であるからか、自然と口が開いていた。
「へぇー、御嬢様もこの訓練所で鍛えたりしてんのかよ?」
「そんな訳ないでしょ。ここは衛士の訓練所よ。邸内に訓練用の部屋があるのよ」
「ふーん。それじゃあ、簡単に再戦とかやっぱ出来ないのか……」
リスティアは、こんな疲れ果てるような事はもう懲り懲りだと思う反面、その言葉を聞いて胸が締め付けられるような気持ちを覚える。
(これも、お父様にお母様、それにオチバに感じるものとも違う……)
リスティアが自身の感情の正体を掴みあぐね、思考の渦に飲み込まれそうになっていると、
「………なぁ、御嬢様。アンタも動けないんだろ?まぁ、わたしは両手が動くけどな」
スピラの声がリスティアの思考を現実に戻す。
「……あなた…本っ当に、体力も魔力もありすぎよ!」
「何言ってんだよ……体力ならドミ姉の方がめちゃくちゃスゲーし、魔力ならクラルテさんの方がヤベーよ」
スピラの言葉を受けたリスティアは視線を衛士たちが密集している方へと向ける。
「……ドミって、今もアーディベル家の衛士たちを投げ飛ばしてる人よね?……あの人が姉ならあなたのその体力にも納得ね」
「……言っとくけど、あれでも訓練だから手加減してんだぞ?」
「それは……アーディベル家としては頼もしい話ね……」
「だろ?」
リスティアとスピラは顔を見合わせると、同時に吹き出すように笑う。
「ふふっ…………クラルテって人もさっき会ったわ!」
思いの外スピラとの会話を楽しく感じたリスティアは、邸内で出会した、今日から自身の付きになると言っていたメイドの話題を出す。
「おっ!マジか!なぁ!あの人凄かったろ!!」
しかし、スピラが予想以上にクラルテという人物の話題に食い付くと、何故かリスティアはその事にモヤモヤした気持ちを覚え、咄嗟に否定する言葉が出そうになるが、
「……………ええ、凄かったわ。瞬きする間に現れて、メイドたちも衛士たちも……それに、わたしの火球もまとめて吹き飛ばしてくれたわよ」
スピラの楽しそうな表情を見て、リスティアは否定の言葉を飲み込んだ。
若干、含みのある言い方になったのは、自慢の火球が簡単に掻き消されたことを思い出したからだろう。
「やっぱりなー!!ロイライハ帝国じゃあんま有名じゃねーけど、他国だと勇者って呼ばれてるめっちゃスゲー人なんだよ!!」
だが、そんなリスティアの含みのある言葉にスピラは気を悪くした様子はない。
もしくは気付いていないだけなのかもしれないが。
「あなた、よっぽどクラルテって人が好きなのね……ひょっとしてご家族なのかしら?」
クラルテの話題で盛り上がるスピラを見たリスティアは、その姿が〝自身が家族に向ける感情〟に近いものであると思い、そう質問するが、
「えっ?家族じゃねーよ?まぁ好きだけどさ。でも、憧れってのがしっくりくるな!」
スピラから返ってきたのは、リスティアにとって馴染みのない言葉だった。
「……憧れ?好きとは違うのかしら?」
「いや、好きって言っても色んなのがあるだろ。そりゃ、全部ひっくるめたら好きの一言になんのかもしんねーけど」
スピラがそう言うも、リスティアにはその違いが分からない。
(でも、わたしがオチバやあなたに感じてる想いの答えはここにある気がするわ!)
リスティアはそう結論づけると、スピラから更に聞き出そうとして、
「ねえ、あなた──」
「つーかよ………アンタがわたしに喧嘩吹っ掛けてたのって、わたしとオチバが仲良くして……その、わたしに嫉妬したから…だろ?オチバを手放したくないってそういう事だったからじゃねーのかよ?」
「………………た、確かにわたしはオチバを好ましく思ったわ。でもお父様とお母様に感じるような好きって気持ちじゃないわよ?」
「…………それ、もう答えじゃねーかよ。だってアンタ、アンタの父親と母親が仲良くしてても別に嫉妬しねーだろ?」
スピラから突き付けられた事実に思考がフリーズし、動揺が隠せなくなったリスティアは突然、
「そ、そうね…………………そ、それと………わたし、あなたの事も好きみたいなのだけど?これも色んな好きの一つなのかしら?」
もっとオブラートに包んで話すべき事を叩き付けるようにぶちまけていた。
「────はぁ!?………あー、いや、取り敢えず落ち着け。そればっかしは友愛とか友情であってほしいところなんだけど……」
困った態度を取りながらもスピラはリスティアに付き合って話を聞き、リスティアはしどろもどろになりながら自分のスピラに感じてる事を吐き出していく。
そして、今のところスピラとリスティアの双方に向かう感情は友情に近いものであるとの結論をスピラは出すが、いくら魔力が見える魔眼を持っていてもリスティアの胸中を推し量ることはスピラには出来ないのだった。
◇◆◇
二人の少女の戦いの結末を見届けた俺はと言うと、
──入りづれぇな!?
ある種の独特な空気が出来上がった空間へと足を踏み入れるのに躊躇していたのだった。
読んでいただきありがとうございます。




