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遅くなりました。
よろしくお願いします。
そもそも、俺の目的は〝俺をこの世界に連れてきた神を探すこと〟だ。
ロイライハ帝国に来たのは、別の神ではあるが帝国で実際に神が現れるという話を聞きつけたからであり、〝俺をこの世界に連れてきた神〟を探す手掛かりになると思ったからだ。
そして、ロイライハ帝国に降りてくる神──ロイ神とライハ神が次代の皇帝を指名する〝選定公〟という役職を代々担っている事と、近い内に選定公としての役目を果たすため地上に降りてくるという事を知り、俺の行動指針は明確となった。
それはつまり、神である選定公と接触して、俺の探す神についての情報を得ることだ。
そう考えたとき、俺に必要なのは選定公と接触出来る立場であり、手っ取り早いのはやはり皇帝候補者らの誰かと繋がりを持つことだというのは言うまでもない。
だが何の後ろ楯もなく、武力もない俺がそんな皇帝候補者と呼ばれる人に取り入るのは簡単な事じゃないのも想像に難くない。
そんな折りにウルリーケ公爵からもたらされたのが〝リスティア御嬢様の教育係〟の話だ。
アーディベル家が公爵家という強い権力を持った家というのもあったが、何と言っても重要なのはリスティア御嬢様が〝皇帝候補者の婚約者〟という事だ。
公爵家に身元を保証され、婚約者の教育係となれば、その皇帝候補者と繋がりを持つのも難しい話じゃない。
俺が〝リスティア御嬢様の教育係〟という話に関して前向きだったのは、リスティア御嬢様が皇帝候補者の婚約者だからであり、ひいてはリスティア御嬢様と良好な関係が築ければ、俺と皇帝候補者、そして選定公との架け橋になってくれると考えたからだ。
リスティア御嬢様と実際に会ってみて、この御嬢様も俺と同じで神に運命を翻弄されているのかもしれないと同情したのは本当だ。
しかし、見返りや打算、そしてあの言葉がなければ、俺は早々に音を上げていたに違いない。
◇◆◇
──だから、リスティア御嬢様との関係が悪くなるって展開は出来るだけ避けたかったんだが……やり過ぎたな。
俺が目を向けた先には、ぺたんと座り、涙を浮かべながら此方を睨むリスティア御嬢様がいる。
その顔を見れば、少なくとも良好な関係を結べているとは言えないだろう。
「あ、おい……アイツ泣いてるみてーだけど、わたしのせいじゃねーよな?」
俺がリスティア御嬢様に意識を向けた事でスピラもリスティア御嬢様の状態に気づいたようだ。
「一概にお前のせいとは言わねぇけど、追い打ちしたのはお前で間違いねぇと思うぞ」
「ま、マジか……こういう時ってどうすりゃいーんだよ……」
──何となくそんな気はしてたが、スピラは年下や同年代と接する事があまり得意じゃないみたいだな。
「まぁ、何とかするしかねぇよな。取り敢えず、ここは俺に任せてくれ」
俺は此方を睨むリスティア御嬢様と視線を合わせ、ゆっくり近づき地面に胡座をかくと、ほっと息を入れる。
「……一先ず、いきなり火球をぶっぱなされなくて安心したぜ」
しかし、俺の軽口に対する返答はなく、リスティア御嬢様はぷいとそっぽを向く。
「……問答無用で攻撃されるさっきよりはマシってとこか」
それに恐らく仕返しのつもりなんだろう。
先ほど聞こえたリスティア御嬢様の声を思い返す。
『──どうして、何で誰もわたしの言うことを聞いてくれないのよ……ッ』
誰も言うことを聞いてくれないから、自分も誰の言うことも聞かない。
〝そっぽを向く〟というのは分かりやすいポーズだ。
──だが、その反応のお陰で〝リスティア御嬢様は俺の声が聞こえているのに無視している〟というのが分かった。
それなら、なんら問題はない。
何故なら、
「それにしても、さっきの火球には驚かされたぜ?俺は魔法が使えねぇし、流石にスピラが来なかったら危ねぇところだったわ」
「…………」
「それにリスティア御嬢様も結構体力があんのな。正直、邸内の追いかけっこでスタミナ切れを狙ってたからそこにも驚かされたよ」
「………………」
「あと知ってたか?公爵も公爵夫人もお前の事めちゃくちゃ気に掛けてんだぞ?」
「!!」
「おっ!今、反応したな」
何故なら、リスティア御嬢様が本当に俺たちを邪魔だと思うのなら、俺たちを完全に無視して自分の部屋にでも引きこもればいいだけの話だからだ。
──そうしねぇって事は、リスティア御嬢様は心の奥底で他の何かを期待してるって事に他ならねぇ。
「知ってるぜ?本当は両親に甘えたいけど、そうする機会がねぇ。だから俺や他の使用人を出しにしてその切っ掛けを作ろうって考えてたんだろ?」
「──ッ!!」
リスティア御嬢様の反応は顕著だった。
バッと振り向いたリスティア御嬢様の表情には、怒りや羞恥といった不快の感情が見てとれる。
──あぁ、これがリスティア御嬢様の大切な部分か。クッソ。こんな子供に向かって大人げねぇ。分かってんのか、オチバ。今からのお前、最低だぞ?
図星を突かれるというのは、大なり小なり誰だって不快な気持ちになるものだ。
それは、向き合いたくない真実だからだ。
だが、それはそいつにとって心が傷付くほどに大きなモノでもあるということでもある。
──そこまで世話を焼く価値がこいつにあんのか?
──こいつは俺を殺そうとしたんだぞ?
──そもそも、俺には何の力もねぇだろ?そんな奴に何が出来るって勘違いしてんだ?
それでも、
──『出来るよ。それにオチバだってキミを見捨てたりしない』
「でも、残念だったな!そんな事いくら続けたってお前の期待通りにはならねぇよ!」
俺はあいつの信頼を裏切りたくねぇんだ。
──だから、俺はお前を見捨てねぇ。
「───うああああああ!!!!!!バカにしてっ!バカにしてっ!バカにしてぇぇぇっ!!!」
リスティア御嬢様は俺の言葉でとうとう我慢の限界が来たのか、叫び、立ち上がる。
俺も負けじと立ち上がる。
「本当だろうが!お前は自分勝手過ぎんだよ!何で俺がここに呼ばれたと思ってんだ!!お前の両親がお前を想ってわざわざ帝国民でもない俺に頼んでるんだぞ!?公爵が!ほとんど平民みたいなもんの俺にだ!!」
「────────」
声を張り上げる。
「それだけじゃねぇ!!使用人たちがお前の命令を聞いてる理由もお前は分かってねぇ!!こいつらはお前がただ公爵家の娘だから言うことを聞いてるんじゃねぇ!!公爵を信じてるから、その娘のお前がいつか公爵みたいな人になる事を信じて、言うことを聞いてんだ!!」
「────────」
捲し立てる。
「それとだ!お前の振りかざす火球も俺にとっちゃ危険極まりねぇ代物だけどよ!ここの使用人ならお前ごときの魔法、多分全員対処出来るんだろうぜ!!あいつらお前が邸内でバカスカ魔法をぶっぱなしてもビビる演技はしたって、誰一人逃げやしねぇ!!あのティミってメイドだってあの騒動の中でメイド服に汚れ一つ付いてねぇんだぞ!?」
「────────」
耳を塞ごうとする腕を掴んで、伝える。
「ここに来て、まだ一日も経ってない俺がそれに気付けるんだぜ?どれもこれも全部、お前がちゃんと見てりゃ気付けることじゃねぇか」
「──あっ」
言葉が、その意味が伝わるのならば、もう俺がこれ以上出来ることなんて殆どない。
後は、リスティア御嬢様の腕から手を離して、リスティア御嬢様の答えを見守るのみだ。
一分か、それとも五分か、暫くリスティア御嬢様は、糸が切れたかのように呆然と立ち尽くし、やがて肩を震わせ、自嘲気味に笑いだした。
「──ふ、ふふ、可笑しな話ね。お父様とお母様にもっとわたしを見てもらいたかったのに、わたしはそのために利用してる人たちを誰も見てなかったのね。そんなのじゃ、お父様もお母様も会うたびに小言を言う訳だわ」
どこか納得のいった様子を見せたリスティア御嬢様は、独り言を終えると、目を伏せ、仕切り直すように俺の目を正面から見据える。
「やっと、教師でも逆賊でもねぇ俺を見るきになったみてぇだな……ッ」
俺と対峙するリスティア御嬢様の纏う雰囲気は、さっきまでとまるで全然違う。
「………そうね。あなたには、いえ。オチバと言ったわね。オチバ、あなたには礼を言うわ。わたし、お父様とお母様以外でこんなに誰かの事を意識したのも、礼を言ったのも初めてよ」
今のリスティア御嬢様に、我が儘で気性の荒い年齢相応の駄々っ子、という空気感はない。
「そいつは光栄だな……ッ」
むしろ、落ち着いた佇まいと冷血さを感じさせる瞳、そして子供らしからぬ成長を遂げている容姿と妖艶な笑みが相まって一種のカリスマ性すら覚える。
「オチバ……ッ!?さっきからどんどんコイツの魔力が濃くなってんだけど、お前何したんだよ!?」
成り行きを見守っていたスピラが周囲の異常を感じ取ったのか、俺に疑問を投げ掛けるが、
「知らねぇって、魔力に関しては専門外って前にも言っただろ……ッ」
──魔力云々は俺には関知すら出来ないってのに、自然と冷や汗が出やがる。要は俺の生物としての直感が俺自身に危険を知らせてるってこった。
スピラが危機を感じるほどだ。まさに一触即発と言っても過言ではない状況なのかもしれない。
──せっかく本音が聞き出せそうな状態まで持ってったってのに、やっぱ最後は実力行使になるのかよッ!
俺とスピラが息をこらしてリスティア御嬢様の動向を見守る中、当の彼女は片腕を組むと、悩める表情を作って口を開く。
「でも、お父様とお母様に向ける感情とは違うわね……これ、何て言うのかしら?イライラする?ムカムカしてる?ならこれってわたし、怒ってるってことかしら?でも不思議だわ?わたし、あなたを手放したいってもう思えないの。何故かしら?」
「「…………………………」」
一瞬の静寂の後、スピラが俺に振り向き、
「お、オチバッ!!このたらし野郎ッ!!」
右拳を振り上げてきた。
「危なッ!?いや、知らねぇよ!?なんだったら俺は嫌われ役を覚悟してたんだぞ!?」
スピラも本気で俺を殴るつもりでは無かったのだろう。
ぎりぎり俺でも見切れる速さと力だったお陰で、上手いことスピラの右拳を両手で掴んで拮抗状態に持ち込む事が出来ている。
「それこそわたしの知った話じゃねーよッ!!どうすんだよッ!?コイツ婚約者いんだろ!?」
スピラが空いてる左手でリスティア御嬢様を指差し、そちらを見ると、自身の感情に戸惑いながらも俺をチラチラと見るリスティア御嬢様がいる。
「……そ、それを言われると倫理的にも、身分的にも、俺の計画的にも問題が生じんだよなぁ」
「なに呑気な事言ってんだ!?」
「い、いや!悪いことばかりじゃねぇって!ちゃんと対話が出来るなら解決策はいくらでも出るだろうし、嫌われてるよりかは好感持たれてた方が話も纏まりやすそうだし、それに俺自身この国に長居するつもりもねぇし、よくよく考えりゃそんな気にすることでもねぇんじゃねぇかな!?」
「い、意外に考えてん……のか?」
「と、当然だろ!?」
──なんか、悪いことしたわけでもねぇのにとんでもなく後ろめてぇ気持ちなんだが……。
「そ、そっか。そこまで言うなら……悪い、わたしの早とちりだった……あっ」
「………どうした?」
「あ、いや!?何でもねーよ!?」
スピラは謝ると同時に右手を引っ込め、その後に何かに気付いた素振りを見せ、顔を少し赤くするが、言葉を聞くに急を要する内容ではないのだろう。
そんな一幕を繰り広げていると、
「やっぱり変だわ。そのやり取り、さっきは見ていても何とも思わなかったのよ?……いえ、違うわね。正確にはイラついたりしたけど、それだけだったわ」
リスティア御嬢様の声に振り向けば、その掌に今まで見たことのない青い炎が生成され、
「ちょ、ちょっ!?あれ、わたしに向いてねーか!?」
その掌を俺ではなく、スピラに向けて翳した姿が視界に入る。
「でも、今は無性にあなたを見てるとイライラするわ」
「オチバ!?コイツ、本質は何も変わってねーぞ!?」
本質は変わっていない。
だが、感情には素直になった。
なら、前提条件は大きく変わる。
なんせ、これは俺を教師として認めるかどうか、という勝負だ。
そうであるなら、
「スピラ、思う存分にやってくれ。共闘だ」
「はぁ!?……あーもう、全っ然訳分かんねーけど!」
仲間の力を借りて、俺が教師に適任だとリスティア御嬢様に思い知らせればいいだけの話になる。
「戦うって話なら、わたしの得意分野だ!」
こうして、リスティア御嬢様との最終ラウンドが始まったのだった。
「………一応、言うが殺すなよ?」
「分かってるよ!?締まらねーなあ……」




