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よろしくお願いします。
衛士たちの壁をぶち破るという豪快な登場をしたドミは、呆然と見つめる衛士たちに向けて〝訓練に来た〟と言った後、俺に挨拶を寄越した。
「お前、ドミッ!?」
その派手な登場に俺は面を食らうが、突飛な状況に出くわすのも、動揺した心を持ち直すのも、俺は不本意ながら慣れているため直ぐに平常心を取り戻す。
──スピラ、ドミがいるってことは、
「私だけじゃないぞ」
そうドミが言うな否や、特徴的なとんがり帽子を被り、大きな杖を携えた男性がドミの後から顔を出す。
「どうもイチジクさん、助太刀に来ましたよ」
「やっぱゼンもいたな。けど、助太刀って……一応、確認していいか?」
「反応が薄いのは気になりますが、どうぞ?」
──そりゃあ、予想できたからなぁ。
それにドミの登場のインパクトと比べれば驚き度合いも仕方ないだろう。
──けど今はそんな事より、
「俺が言うのもなんだが、お前らはアーディベル家の手勢みたいなもんだろ?」
俺の記憶が正しければ、ゼンの所属はアーディベル家の研究機関だった筈だ。
「今の俺はリスティア御嬢様からすれば逆賊らしいんだが、そんな俺に加担していいのかよ?」
ゼンたちの所属を考えれば、どう考えても俺の味方にはなり得ない立場の筈であり、下手をすれば本当に逆賊扱いになる可能性すらある筈なのだ。
今の俺に事情も知らずに加担して、ゼンたちまで逆賊扱いされるなんて事になるのは俺の本意じゃない。
「逆賊、ですか。また随分な話ですね……」
ゼンは困った表情を浮かべたものの、
「とはいえ、私にはイチジクさんたちをここまで連れてきた責任がありますから。罰や償いにも付き合わせていただきますよ」
事情を理解した上で俺に協力してくれるようだ。
──だが、
「まだ逆賊って決まった訳じゃねぇよ!!……でも実際負けりゃ逆賊扱いになりそうだから協力してくれんのはめちゃくちゃ助かる」
「なるほど、それなら安心です。まぁ、ドミは衛士たちの訓練相手として来ているだけですけどね」
ゼンはそう言いながらドミの方に視線を移し、俺も釣られてドミを見て、湧いた疑問をゼンに投げる。
「そのさっきからちょいちょい出てくる訓練ってのはいったい何なんだ?」
「ちょっと待った!それについては俺も確認したかったところだから口を挟ませて貰うとすっかね」
俺の疑問に介入してきたのは、フォルカー衛士長だ。
因みにリスティア御嬢様は未だに彼を盾にしている。
「っと、本題の前に……久し振りだなぁ!ゼンくん!」
「此方こそお久しぶりです、フォルカーさん」
「見たところ元気そうで何よりだ。それじゃあ早速なんだが、今朝の報告会の後の話なんだがな。急遽、特別合同訓練を行うって話が魔法研究機関から来てたんだよ。それでその合同訓練相手ってのがゼンくんらってことでいいのかい?」
「いえ、その話を衛士側に持ち掛けたのは確かに私ですけど、今回の合同訓練に私は参加しないですよ」
「ほう。スピラくんってお嬢さんもゼンくんと同じ魔法研究機関の所属みたいだが、彼女も訓練相手じゃないって聞いたよ」
どうやらフォルカー衛士長は、スピラやドミとは初対面だったようだが、ゼンとは知らない間柄という訳でもない様子だ。
「ええ。正確に言えば、今日の訓練相手は妹のドミ一人だけですよ。私ともう一人の妹のスピラは付き添いみたいなものです」
フォルカー衛士長はガチャガチャと鎧の音を立てながら無精髭をさすると、
「それはつまり、少なくともゼンくんはオチバくんの味方をするみたいだが、後の二人はそうでもないって事なんだな?」
「そうですね、フォルカーさんの解釈で合ってますよ」
「そういう事なら話が早い。お嬢さんら、二人とも取り敢えず俺の指揮下に入ってくれねぇか?」
──最悪の事態だ。
只でさえ戦力差に開きが有ったというのに、スピラとドミの二人が相手に回るとすれば完全に詰みだ。
しかし、フォルカー衛士長の指示に対して、
「かかってこないのか?なら此方から行かせて貰うぞ」
ドミは近場の衛士たちを次から次へと薙ぎ倒し始めた。
「おいおいおい!?お嬢さん!?あんたもオチバくんの味方をするって事なのかい!?」
これには飄々とした態度のフォルカー衛士長も驚いたらしく、取り乱した様子でドミに問いかける。
「ん?いや、だから言ってるだろう。私は衛士どもと訓練するために来たんだ。それなのに何でアンタの指揮下に入る必要があるんだ?」
「……冗談だろ?お嬢さん?」
フォルカー衛士長は信じられないといった目でドミを見るが、ドミは逆にフォルカー衛士長が驚愕している理由に思い至らないのか、僅かに眉を潜め、困惑している顔をしている。
「よく分からんが、私の行動がオチバを助けたのだとしたら、それは偶然だ。オチバが何をしたのか知らないが、味方をするつもりも敵対するつもりもない。今の私には衛士どもの訓練相手を務めるという使命があるからな」
恐らくはゼンの作戦によるものだろう。
ゼンに視線を向ければ、やはりしたり顔を浮かべている。
どうやらドミは『俺と関係なく衛士たちと訓練を行い、結果的に俺の助けになってしまう』という筋書きで動いているらしい。
そうなると、気になるはスピラの立場だ。
俺の視線は自然とスピラへと向かい、スピラと目が合う。
すると、急にスピラの挙動がおかしくなり、
「え!?あ、わたしか!?わたしはオチバを助けようと思っ……てた訳じゃなくて!!えーと……あっ!何か危ない魔力があるなって思ってたまたま調べに来ただけだぜ!?」
多分ゼンが用意した言い分を言おうとしたのだろうが、出だしを間違えたようで、スピラは焦った様子を見せて早口で捲し立てる。
流石にその焦りようは不自然すぎるんじゃねぇか?と不安に思ったが、フォルカー衛士長はそんな事より、今も訓練という名の暴走を続けるドミの動向を気にしているらしく、特に追及することなくスピラの言を聞き流してくれたようだ。
「……よし、じゃあこっちのお嬢さんは一先ず俺の指揮下に入って──「は?何でわたしがアンタの言うこと聞かなきゃいけねーんだよ」──……ちょっと待ってくれ」
フォルカー衛士長は目頭を揉みながら一頻り考え込むと、
「あー、ゼンくん?彼女は魔法研究機関の所属で俺たちと敵対する理由はない、そこに間違いはないよな?」
「そうですね。スピラは私のようにイチジクさんに肩入れする責任もありませんし、本日は衛士さんたちの訓練相手をする予定も入ってませんよ」
「………分かった、スピラくんは指揮下に入らなくてもいい。今は敵対しないってだけでも十分──「は?馴れ馴れしく名前呼んでんじゃねーよ」──俺に対する当たりが強くないかい!?」
スピラの強い当たりに声を上げるフォルカー衛士長だが、それに対しスピラは刺々しい態度を軟化させようとはしない。
──スピラの奴、そういや初対面の時はあんな感じだったな。
スピラの態度から、これ以上対話をしても進展がないと判断したのか、フォルカー衛士長はスピラとの対話を早々に切り上げ、ドミに対応する衛士たちに向けて指示を飛ばし始める。
俺も今の内にスピラを連れてゼンと落ち合う事にするが、ふとこの状況でタイミングよく駆けつけたゼンたちの違和感とその理由に思い至る。
「……もしかしてこれが前に地下施設で言ってたお前の〝限定的な未来予知〟って奴のお陰か?」
「──流石の推察力ですね、その通りです。今朝見たばかりのものでして、ここに来る理由として『衛士たちとの訓練』という予定を急遽捩じ込みましたが、かなり無理がありましたね」
ゼンはあっさり肯定すると、実は合同訓練の予定を捩じ込むのはかなり厳しかったのだとか、助けに来なければ俺が悲惨な目に遭う予知が見えていたのだとかを手短に語る。
逆に俺からはこれまでリスティア御嬢様に追われている経緯などをゼンとスピラに伝えたりと、互いに情報交換をしていると、何処からかリスティア御嬢様の怒声が響いてきた。
「ねぇ!!何であなたもわたしの言うことを聞かないのよ!!あなたもアーディベル家に仕えてるんでしょ!?だったらわたしの命令が最優先に決まってるじゃない!!」
どうやらリスティア御嬢様はドミに命令を出して言うことを聞かそうと思ったらしいが、
「いや、私は衛士どもとの訓練という指示が既に下っているからな。済まないが他を当たってくれ」
ドミはそれを拒否し、衛士たちの武器を奪ってはあらぬ方向に投げ捨てたり、衛士たちを組伏せたりと、衛士たちを無力化する手を止めない。
「あ、あなたが暴れるせいでわたしの命令を聞く衛士たちもどんどん減ってるんじゃない!!」
「……訓練とは言え実戦を想定するなら、これくらいやらなければ意味がないだろう?」
目くじらを立てるリスティア御嬢様に困惑を覚えるものの、それでもドミは動きを止めない。
「ドミくん、だったかな?確かにその通りだ。これが平時の訓練ならドミくんの意見に俺も賛成する!手抜きの訓練に意味はない!……けどよ、それも時と場合を考える必要があるんじゃねぇか?ほら、まだみんな訓練の準備も、心構えも出来てない。何だったら互いに挨拶だってまだだろう?そいつはあまりにもルール無用が過ぎるんじゃねぇかって俺は思うぜ?どうだい?取り敢えず、挨拶するまで休戦しようじゃないか!」
見過ごせないほどの被害が出てきたようでフォルカー衛士長も再びドミに一時休戦を求めるが、
「アンタは、実戦に……自分たちの都合が考慮される、ましてやルールが存在すると思うのか?」
ゼンの用意したであろう理論武装は、正確にフォルカー衛士長の言葉に対抗する。
「──っ……痛いところを突いてくんなぁ。そりゃそうだ。はぁ、悪いですけど御嬢様。こりゃ説得は無理ですよ。彼女、やけに弁が立つゼンくんの妹らしいんで、恐らく口で言ってもどうにもならんでしょう」
「はぁ!?何よ!それ!?」
「すいませんけど、これ以上の被害を食い止めるためにも、今はドミくんの方を優先させてもらいます」
フォルカー衛士長がドミの対処をするため前線に向かおうとすると、その道をリスティア御嬢様が阻む。
「ちょっと!?あなたまで何言ってるのよ!?そんなの許さないわ!!逆賊がそこにいるのよ!?」
リスティア御嬢様が俺を指差しながら、そう主張するものの、
「あのですね、御嬢様。そもそも、オチバくんが逆賊だってのもおかしな話でしょうに。だってさっき御嬢様が自身の魔法で自滅しかけた時、オチバくんは身を呈して庇ってたじゃないですか。逆賊ならあそこで命を張るなんて出来ませんよ」
「なっ!?」
それでは、と告げたフォルカー衛士長は無双するドミに対応するため前線に加わっていった。
一人取り残されたリスティア御嬢様を見つめる俺、ゼン、スピラだったが、
「さて、では私もドミの手助けに行くとしますかね」
ゼンがドミの加勢に向かうと言い出す。
「え、いや、なんで?ドミなら大丈夫じゃねぇの?」
実戦を想定した訓練だとしても、所詮は訓練であり、今後に響くような怪我の心配はないんじゃねぇの?と問う俺に対して、
「どこがですか?大切な妹に寄って集って野郎共が群がっているんですよ?心配に決まってるじゃないですか!この状況を兄である私が看過できる筈ないでしょう!」
このシスコンは誰に憚る事なくそう答える。
「お前もクラルテも揃いも揃って、俺を助けに来たって宣言する癖にほっぽるのな………ってもう行っちまいやがった」
結局ゼンをドミの加勢に送り出す事になったが、これで厄介な衛士たちをより万全に遠ざけられたのだと考えればそれは大きなメリットだ。
後はリスティア御嬢様をどう納得させるかって話になるが、
「あなたたち!!わたしの声を聞きなさい!!命令よ!命令だって言ってるでしょ!!」
リスティア御嬢様は乱闘を繰り広げる衛士たちに向けて声を張り上げるが、衛士たちはドミとゼンに対処するので精一杯で、御嬢様の声に耳を傾ける余裕は無さそうだ。
怒鳴り疲れ、肩で息をし始めるリスティア御嬢様は、今度はスピラに目を向ける。
「………どうせあなたも、わたしの命令を聞かないんでしょ」
何度も命令に背く人が出てきた事でリスティア御嬢様もいくらか学びを得たらしく、その事実に打ち拉がれているようだ。
「よく分かってんじゃねーか。わたしはオチバとアンタ、どっちを助けるかってんなら、わたしはオチバを助けるぜ」
そう言ってくれるのは嬉しいが、
「いいのか?きっとゼンの事だからお前に変な容疑が掛かんねぇように色々してくれてんだろ?」
さっきの焦っていた時のスピラの科白や、その後にゼンがしてくれたフォローもその為のものだろう。
俺がその事について触れると、
「い、いーんだよ!!ごちゃごちゃ回りくどいのはわたしの性に合わねーんだ!!……わたしはアンタを助けたい、別にそれでいーだろっ!」
スピラは顔を赤くしながらも吹っ切れた様子でそう言いきる。
「お、おう……ありがとな」
そんなスピラの反応を見て思わず俺も気恥ずかしくなり、どことなく互いに気まずい空気を感じていると、
「──どうして、何で誰もわたしの言うことを聞いてくれないのよ……ッ」
覇気のない、しかし強い当惑を含んだ声が、不意に俺の耳に届く。
声のする方に目を向ければ、ぺたんと地面に座り込み、涙ぐみながらも此方を睨むリスティア御嬢様と目が合ってしまうのだった。




