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「……それじゃあな衛兵宿舎。そして護衛してくれた衛兵諸君たち」


 衛兵らから譲って貰った荷物を手に俺は衛兵宿舎に向かって別れの挨拶を告げる。


 衛兵宿舎での二週間近くの生活は何だかんだで居心地は悪くなかった。

 奇人変人の類いがリザイアスくらいなものだったのもよかったし、そもそも衛兵たちがフレンドリーだったという点が大きい。


「へへ……。それにわざわざ俺を見送りに来るなんて律儀な奴らだぜ」

「うるせー! お前のせいで余計な仕事が増えたんだよ!」

「護衛な訳あるか! お前っていう不審人物を見張る余計な仕事を負わされてただけだっつーの‼」

「もう人様に迷惑かけるんじゃないぞ!」


 衛兵たちは色々と叫んでいるが彼らの気持ちは十分過ぎるほど伝わっている。


「ったく、見え見えな照れ隠ししやがって」


 ひょっとするとこの衛兵宿舎が最初で最後の安息地であった可能性だったのかもしれないなんて考えると少し名残惜しくもあるが……。


「「「いや、邪魔だったのは本心」」」

「あ、そうっすか……」


 どうやら割とガチ目に邪魔だったようで、俺は急ぎ足で退散する事にした。



 ◇◆◇



「そんじゃ仕切り直しってとこだけど、やっぱ当面の拠点は必須だな」


 衛兵宿舎から出た俺はもう一度拠点とする場所について考えを巡らせていた。


「前と同じような失敗はしたくねぇし、次はもっと接客に慣れてそうな人気のある宿を選ぶべきだな……。流石に人気店の従業員ならあんなヤバイ奴らはいねぇだろうし……」


 俺の頭に過ぎるのは、カザン亭の従業員である二人、竜人の女性リーノと魔王を名乗る少年ネーロだ。


「もうあいつらの顔も思い出したくねぇな……。トラウマだろ、あんなの……」


 リーノとネーロの決闘に巻き込まれた苦い記憶を噛み締めながら、俺は衛兵たちから得た街の情報を元に人だかりの多いメインストリートの方へと近づいていく。

 すると、喧騒があちこちから聞こえてくる通りに出くわした。


「おっ! 活気があるなぁ!」


 メインストリートはカザン亭が営業していた立地とは比べまでもない明らかな上等地だ。


 人だかりもあり、屋台も多く、見たことのない肉や野菜、それらを使った料理に、謎の生き物をモチーフとした民芸品などが目に留まる。


「旅行客を狙った観光街って感じだな……。あー、それで外縁部なんて外れた場所の宿をリザイアスは紹介してくれたのか」


 屋台の値札を見る限り、どの商品もそれなりの値段に思える。それはこの場所がこのモルテ=フィーレ共和国における商売の中心地だからかもしれない。


「ってことは当然…」


 俺は期待を膨らませて旅館と思われる大きな建物へと足を運ばせた。



 ◆◇◆



「ようこそ、旅館『スクラヴェルバウム』へ」


 旅館『スクラヴェルバウム』は、どこもかしこもがキラキラと光を反射させる程に掃除が行き届いていた。


 受付嬢も素人目で分かるほど格式の高そうな服装を纏っている美人な女性だ。

 しかし、特に目を惹くのは正面からでも確認できる背中に畳まれた大きな黒翼だ。


 これだけ立派な旅館ともなれば従業員の身だしなみにも気を使って当然ということなのだろう。

 さっきまで庶民空間にいた俺はとにかくスケールの大きさに圧倒されていた。


「つーか、もうまんま高級ホテルじゃん……」


 そして、そんな豪華かつ大通りで営業する旅館となれば……。


「モルテ=フィーレ通貨、聖教通貨どちらでお支払いなさいますか? 一泊で、モルテ=フィーレ通貨なら十万モルフ、聖教通貨なら一万フィロになります」

「うお……。高っか……」


 予想通り高額な宿代を提示される。


「けど、まぁそうだよな。これだけ豪華な旅館だし、想定客は金持ち前提の価格になるか……」


 手持ちじゃ泊まれないのは明らかなのでここでの宿泊を断念する他ない。


 ────まぁ正直、外観からだいたい予想はできてたしな……。ワンチャンあるかもしれないから寄ってみただけだし、何より物価価値を一通り見るのが目的だったからこれは仕方ねぇ。


 そうなると、と顎に手を当てて次の行く当てを思案する。


 ────どこもこんな値段ならやっぱカザン亭に行くしかねぇのか? ……いや、住み込みのバイトが出来る場所を探すってのも手だな。


 無理だと判断したならば早めに切り替える。それが俺の処世術だ。頭も足も止めてしまえば、新たなトラブルが増える一方だと俺は経験則で知っていた。


 ────それに当面は大丈夫だとしてもどっかで金を稼ぐ必要があるんだよな……。リザイアスから渡されたのはモルテ=フィーレ通貨だからちょっと心許ねぇし……。


 モルテ=フィーレ通貨は、この国が発行している専用の通貨だ。ぶっちゃけ信用がなく、価値が低い。それはこの国がまだ歴史の浅い国というのもあるのだろう。


 逆に聖教通貨は大陸一番の宗教勢力である女神フィロメナを崇める教会がその価値を保証しているため、ほとんどの国において信用があるという。


「うん。やっぱ稼ぐなら聖教通貨がいいな」

「…………」

「っと……! すんません! 最近独り言が多くて……!」


 思わず考えに耽ってしまったが、そう言えば俺はまだ受付嬢に返答をしていなかった。

 急いで冷やかしになってしまったことを謝りつつ、受付嬢の顔を覗くと……。


「うおっ⁉」


 入店時にはニコニコとしていた受付嬢の表情が能面のようなものへと変わっていた。


「………………」


 ────な、なんだなんだ⁉ いくら美人とは言え気味が悪りいぞ⁉


 そんな内心の突っ込みと共に、この受付嬢の様子をおかしいと感じた俺は周囲に目を配る。


「つーか、あれ……? この旅館ってこんなに静かだったか……?」


 気づけば外の喧騒も静まっており、静寂が俺と能面の受付嬢の間に流れている。


「あ、あの……。なんか静かですね。あっ、聞こえてますか……? えーと、俺ちょっと手持ちが足りないみたいなんで……。その……」


 不気味な空気感に耐えられなくなった俺は一生懸命受付嬢に話しかけるが……。


「…………………」


 受付嬢から返答はなく、いっそう不気味な空気感が増す。


「そ、それじゃあ、少し他を見てからまた来ることにしますね……」


 限界を感じた俺がさっさと退散することに決めて退店しようとした瞬間、急に受付嬢の口が動き始めた。


「……是非とも次回のお越しをお待ちしております。ですが決断はお早めに。もうすぐ建国祭の準備が始まる時期ですので、残りもすぐに埋まってしまいますから。こちら、よろしければ二号店の案内になります」


 ────う、受け取りたくねぇ……。けど、受け取らないと多分ダメなやつだよな……。


 内心ビクビクしながら受け取ったのは封筒と地図だ。


 リザイアス手製の地図と違ってしっかりと目的地までの道順も記載されている。その場所に二号店があると読み取れた。封筒は受付嬢の言葉通りなら二号店への案内状だろうか。


 ────でもこれでこの場から離脱できる……!


 そう安堵した直後、


「そうそう……」


 受付嬢が又もや口を開いていた。


「……はい?」


 嫌な予感が拭えない俺は、恐る恐る受付嬢を見る。

 すると彼女は興奮しているのか、目は血走り、口角を異常に上げ、不気味な笑みを浮かべたまま、左手で自身の首を握りしめた状態で俺を見つめていた。


 ────ひぇ⁉ こ、これはヤバイ方の奴だ⁉


「そろそろ暗くなりますので……。くれぐれも夜道にお気をつけを」


 ────こっわ‼ こっっっっわ‼‼


 恐怖が限界点を越えた俺は逃げるようにしてこの旅館から飛び出したのだった。



 ◇◆◇



 急いで『スクラヴェルバウム』と言う旅館から外に逃げると、活気を取り戻した世界がちゃんとそこにあった。


 その現実に安堵すると俺は急いで『スクラヴェルバウム』が目に入らない場所まで移動し……。


「ハァハァ……! くそ……! 何が“人気な宿ならヤバイ奴もいねぇ筈だ”だ! ちょっと前までの俺に会えるならぶん殴ってでも止めてやる!」


 過去の自分に向けてひとしきり悪態を吐いたあと、夕焼けに染まり始めた空を見上げた。


「はぁ……。しまった……。もう他に泊まれそうな宿を探す時間はなさそうだな……」


 もう他の宿屋を見る時間はない。

 つまり、カザン亭とスクラヴェルバウム、後はスクラヴェルバウムの二号店のどれかしか選択肢にないという事になる。


「いやでも流石にあれを見たら二号店もなしだろ……」


 衛兵から聞きかじった話ではこの時期の夜は涼しくて過ごしやすいと言う。

 実際、この二週間の衛兵宿舎での生活で寝苦しかった記憶はない。


「つまり、野宿でも一応死ぬことはねぇって事だ……。野宿も視野に入れるべきか……?」


 けど、お世辞でも治安が良いとは言えない世界観だ。追い剥ぎに会う可能性は当然あるだろう。


「……じゃあカザン亭に行くってのが良いのか? いや、でも……。駄目だ……。先に飯を食おう……」


 勿論カザン亭で食事をするという選択肢はない。


 ────次にリーノとネーロに会ったら何されるか分かんねぇからな。安全な食事を優先だ……。


「ゆっくりと落ち着きたいし、どっかいい店とかねぇかなぁ……」


 さっきまでの鬱蒼とした気持ちを薄れさせるため、今晩何を食べるかという思考に切り替えた俺はキョロキョロと辺りを見回す。


 すると、視界内に興味深い立て看板とログハウスが目に入った。


『 昼:喫茶店 夜:酒場 悩み相談 ノイギアの店 』


「立て看板はカザン亭を思い出すから良いイメージねぇけど……。いや、よく考えたらこの世界の店自体に良いイメージがねぇか。でもこの店、外観は悪くなさそうだな」


 店の外観は二階建てのログハウスだ。一階を店、二階を家に利用しているのだろう。


 モルテ=フィーレ共和国の建物は石材で出来ているものが多いため、この店は少し浮いている雰囲気を感じる。


 だが、そんなことより気になるのは『悩み相談』という一文だった。


 ────悩み相談か……。どーせ変な奴が相談主になって、最終的に俺が不快な思いになるんだろうって気がするな……。誰がそんな分かりきった罠に掛かるかっての……。


 そうしてこの店を通り過ぎようとすると、空腹に響く匂いが辺りを漂った。


「くっ……。この匂い、なかなか美味そうな……。いやいやいや……! そうは……いくかって……」


 匂いの発生源は言わずもがな『ノイギアの店』からだ。


「……よし、もう今日はここに決めた! 飯を食うだけだぜ? 何か変な事が起きる訳ねぇっつーの!」




読んでいただきありがとうございます。

ストーリーは決めてますが詳細な部分は自転車操業で文章を綴っているので暫くしたら週一更新とかになるかもです。

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