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よろしくお願いします。
クラルテの助言に従って俺が逃げた先は、アーディベル家の保有する衛士たちの宿舎及び彼らの訓練所だった。
「あなたたち!その男を取り囲みなさい!」
リスティア御嬢様の突然の登場に彼ら衛士たちは僅かな動揺を見せたものの、
「よーし、お前ら!ほらほら、ぼさっとしてないで動け動け」
どこか力の抜けたような男の声による命令が辺りに響くと、衛士たちは透かさず俺を取り囲むように広がり、俺の逃げ場をなくすように盾を構えた衛士たちによる隙間のない壁が完成する。
すると完成した衛士たちの壁が少し割れて、衛士たちの指揮を取っていた男が登場した。
「……あんたはフォルカー衛士長だよな?」
「ん?確か今朝の報告会にいた……えーと、オチバくん、だったっけ?」
衛士たちの動きの乱れを一声で統一したこの男は、今朝の報告会でもひょうひょうとした態度が目立っていたフォルカー衛士長だ。
今朝の丁寧な言葉遣いを使う俺しか知らないフォルカー衛士長は、俺の乱雑な言葉遣いに少しばかり目を丸くするが深く追及する事なく、
「あー、そういう事かい?でも悪いけどこれも俺の仕事っつー訳だから。恨んでくれるなよ?」
状況を理解した上で、やはり俺の味方になり得ない立場を表明する。
「よくやったわ!そのままこいつが逃げないように包囲してなさい!」
遅れて壁の中に入ってきたリスティア御嬢様は状況を見て勝ちを確信したのか、勝ち誇った顔を浮かべている。
「はいよ、御嬢様。お前ら今の聞こえたな?取り敢えず、包囲して待機命令だ」
──逃げ場は無さそうだな。
完全に囲まれて逃げられないと結論付けた俺は、逃げ道を探るのを止め、別の思考に切り替える。
「もう逃げられないわよ?」
「多数に無勢すぎてな……衛士たちがいなけりゃまだまだ追いかけっこ出来ると思うぜ?」
──何でクラルテはこの場所に向かうように言った?意味もなくこの場所に向かうように言うとは到底思えない。絶対何かがある筈だ。
「追い詰められてるのにまだ軽口を叩く余裕があるのね……!」
「生憎、自慢の火球はもう見切ってるからな……ッ」
──何があるんだ?弱点、隠れ家、罠……いやどれも昨日今日で準備出来るとは思えねぇな。そう考えれば、ここにある〝何か〟は絞られてくる。
「だったら何もしないよりかは試してみる価値はありそうだ……ッ」
「今さら何をしようと無駄よ!わたしはあなたを教師として認めないし、わたしに追い詰められたあなたはもう降参するしかないもの!今直ぐにわたしに対しての無礼を謝るなら……やっぱり無理ね!だってあなた逆賊だもの!」
許す素振りからの見事な手のひら返しを見せたリスティア御嬢様は、やはり容姿の良さゆえに悔しいが様になっている。
だが、リスティア御嬢様は大きな勘違いをしていた。
「リスティア御嬢様に追い詰められた?違うだろ。俺は迅速に動いたフォルカー衛士長とアーディベル家の衛士たちに追い詰められてんだ。それはリスティア御嬢様、あんたの能力でも何でもねぇだろ」
俺はリスティア御嬢様が冷静さを失うように、より大きく感情が昂っていくように仕向けていく。
「な!?……ああ、そう、だったらもういいわ!お望み通りわたしの魔法をお見舞いしてあげる!」
そして、目論見通りリスティア御嬢様は両手を頭上にかざして火球を生成し始める。
屋外だからというのもあるのだろうが、彼女が作り出したその火球は今まで見たどの火球よりも大きく、直径一メートルを越えつつあった。
──こんなの掠めただけでも大惨事だろ……ッ
しかし、火球がどんなに大きくなろうとも高確率で安全圏になるであろう場所に俺は見当がついていた。
今までのリスティア御嬢様の動きを見る限り、考えなしの所も見受けられるが無駄に魔力を消費しないように立ち回ったりと最低限の危機管理能力はあるように思える。
──つまり、俺がリスティア御嬢様の側に近寄れば、リスティア御嬢様も自然と火球の巻き添えを恐れて火球を霧散せざるを得ない……筈だ。
早速行動に移そうとした俺だったが、目の前の光景に思わず足が動かなくなってしまう。
──それは、やり過ぎじゃねぇ?
と言うのも、リスティア御嬢様の生成する火球が洒落にならない程の熱波を放ち、その大きさも直径二メートルに達し、俺の生物としての本能がこれ以上進むことの危険性を訴えていたのだ。
「す、すごいわ!こんな大きさの火球は初めてよ!」
リスティア御嬢様本人もこの火球の大きさ、そして威力に驚き興奮している様子だ。
「おの~御嬢様?さすがに屋外とは言えその大きさの魔法はちょっと危険じゃないすか?ほんの気持ち程度でもいいんで抑えられませんかね?」
周囲の衛士たちもこの巨大な火球に危険性を感じ取ったのか動揺が伝播し、フォルカー衛士長もリスティア御嬢様に進言するが、
「うるさいわね!あせらせないで!今集中してるんだから!」
リスティア御嬢様は、フォルカー衛士長の言葉に耳を傾ける様子を見せない。
「あー………例え怪我をしなくとも御嬢様の身に何か危険が迫った事が公爵様の耳に入れば、公爵様もお心を痛めるに違いありませんって、だからこの通~り、お願いしますよ」
「…………わかったわよ、確かにお父様に心配はかけたくないわ」
フォルカー衛士長の頼みを聞きたくはないのだろうが、リスティア御嬢様は父親の名前が出てくるとしぶしぶといった様子を見せ、巨大な火球を霧散させようと手を振る………が、巨大な火球は消えることなくリスティア御嬢様の頭上にあり続けている。
「あのー御嬢様?出来れば冗談抜きでこの火球を消してもらえると安心なんですけど……」
「う、嘘!?何で!?」
「……おいおいおい、それは想定外だっての。お前ら!防御態勢用意!」
更にはリスティア御嬢様が取り乱すのと同時に、巨大な火球はゆっくりと落下し始めた。
「制御出来ない!?」
その声が耳に入った瞬間、俺はリスティア御嬢様の下に駆け出していた。
俺は頭上の巨大な火球からリスティア御嬢様を庇うため、リスティア御嬢様に覆い被さる様にして抱きすくめる。
「あ、あなた!?なに!?」
どうやらフォルカー衛士長もリスティア御嬢様を庇いにやって来たようだが、俺がリスティア御嬢様を庇う様子を見て、俺たちを守るように巨大な火球に向けて盾を構える姿勢を取った。
「済まねぇが御嬢様を頼むぞ、これ訓練用の盾だからな。多分守りきれん……ッ」
「──ッッ!!流石に気付いてんだろ!!助けてくれッ!!」
フォルカー衛士長の背中越しに、自由落下する巨大な火球を睨みつつ俺は助けを呼ぶ。
そして───
巨大な火球は他の何かによって相殺され、何かが砕け散る音と共に爆風が辺り一面に吹き荒れた。
「あーあ、この短剣家宝にしよーって思ってたのに」
深紅色に染めた魔眼、銀色に輝く髪、そしてぶっきらぼうな口調──来たばかりのこの地で俺とクラルテが助けを求められる相手は最初から限られていた。
「なぁ?アンタいったい何してたんだ?わたしが居なかったら危ない所だったように見えたんだけど」
「スピラ、お前気付いてたんだろ?ならもっと早く助けに来てくれよ……」
「え!?いや……だって………(ピンチの時に助けた方がオチバに感謝されるかもだし………)」
クラルテが寄越してくれた助言は、スピラがこの辺りに居るってことだった訳だ。
その可能性に気付いた俺はスピラに居場所を伝えるために騒ぎを起こすことにした。
特にリスティア御嬢様の火球なら、魔眼で魔力が見えるスピラにとって目印になると判断してわざとリスティア御嬢様を煽ったわけだが、
──どうもやり過ぎちまったな……。
リスティア御嬢様を庇ったのは、煽った責任からってのもある。
「でも助かった、ありがとうスピラ……因みにあの巨大な火球はどうやって相殺したんだ?」
「うぇ!?……あ、ああ」
おそらくスピラの片手にあるボロボロの短剣に答えはあるとは思われるが。
──ん?どこかで見た気がするな。
そんな俺の既視感は直ぐに解消される。
「この短剣、クラルテさんがミッドヴィルの地下施設で作ってくれた奴だよ」
「あの時のか」
それはロイライハ帝国に来る前、ミッドヴィルの地下施設で門番と戦った際にクラルテが俺とスピラに土魔法で作ってくれた短剣だ。
特殊な素材で作った為、その短剣にはスピラの魔力が蓄積されており、少しでも魔力が短剣に流れればかなりの業物となるという説明を受けた事を思い出す。
──結局、俺に魔力がないせいで余計なピンチに陥ったけどな。
「魔眼で強化してるとは言え、流石にあの火球に手を突っ込むのは怖えーからな」
「……それは悪かった」
「気にすんなって!短剣が壊れちまったのは残念だけど、アンタが無事で何よりだ!」
──あの短剣は地下施設の素材があってこそ作れたからな、それに勇者が作ったって付加価値まである。どこかでこの埋め合わせはしねぇとな。
「お前は……魔法研究棟の奴か?そう言えば今日は訓練のために来てくれる手筈だったな。いやぁ助かった!ありがとよ!俺はフォルカーだ。衛士長をしている。今日この後に訓練があるのか分からんが、そうなればよろしく頼むな!」
「アンタがフォルカー衛士長?まぁ助けたのは事実だけど、今日の訓練相手はわたしじゃねーよ?……そ、それよりオチバッ!」
スピラの返事に多少呆気に取られた様子のフォルカー衛士長だったが、どうせ直ぐに分かるかとそれ以上の聞くことはせずに口をつぐむ。
「そ、その状態って……庇う以外に深い意味ってねーよな……?」
「は?」
スピラの少し挙動不審気味な問いかけに俺が疑問を浮かべていると、腕の中から勢いよく怒声か響く。
「ある訳ないでしょ!?こいつは逆賊なのよ!?放しなさい!!」
暴れる様にして俺の腕の中から脱出したリスティア御嬢様は、フォルカー衛士長の後ろに隠れると俺を睨み付け、感謝の念どころか顔を赤くしてより警戒心を高めたように見受けられる。
「見ての通り、懐かれてる様子には見えねぇな」
「そ、そーか。なら別にいーけど……つーか、逆賊ってどういう事だよ?アンタ今度は何したんだ?」
「詳しい話をしてやりたいのは山々だけど、その前に俺たちを包囲する衛士たちをなんとかしねぇとな」
俺たちが悠長に会話をしている内にも、衛士たちはフォルカー衛士長の命令を律儀に守って俺たちを逃がさないように包囲していた。
「でも、人数差があってもこっちにはスピラがいるからな」
スピラの魔眼による戦闘性能は一騎当千の期待が出来る。
「……アンタに頼りにされるのは嬉しいけど、多分その人数差って心配はもう必要ねーな」
「それってどういう……」
俺がその意味を問いただそうとするが、最後まで言い終える前に衛士たちの悲鳴がそれをかき消す。
何事かと悲鳴のあった衛士たちの壁の方を見やると、包囲する衛士の一部が投げ飛ばされて壁に穴が開き、背の高い人影が現れる所だった。
「さて衛士ども、頼まれてた訓練を始めるぞ……昨日ぶりだなオチバ」
俺の名を呼んだ人影の正体は、拳にナックルガードを装着し、額には鉢巻を巻く、魔力がない代わりに強靭な筋力を持ったスピラの姉──ドミの姿だった。




