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よろしくお願いします。
「そ、そう!あなた、今日からわたしの護衛なのね!」
自慢の火球を掻き消した相手に不快感を露にしたリスティア御嬢様だったが、その正体が今日から自身の〝護衛兼付きメイド〟となる人物だと分かると、苦々しくしていた表情を一転させ、ホッとした表情を浮かべる。
「わたしの邪魔をしたのはいただけなかったわ!でもわたしの護衛としての実力はあるみたいね!わたしの言うことに絶対服従するのなら今のは特別に不問にしてあげるわ!手始めにあなたの後ろにいる使用人を痛めつけなさい!」
リスティア御嬢様から命令を受けたクラルテは、リスティア御嬢様を暫く観察するようにじっと見つめたと思うと、背後にいる俺の方へと振り返る。
そして、そのまま俺の耳元に近づくと、
「……ねぇ、リスティア御嬢様ってボクより年下って聞いてたんだけど……あれ本当に十三才っ!?別に気にしてないけど、ボクより身長とか色々な所が大きいんだけどっ!?」
ひそめた声で世の不条理について嘆き始めた。
まぁ、確かにリスティア御嬢様のスタイルは十三才とは思えない成長を遂げている。
「つっても、お前だってまだ十四だし、そんな気にする事でもねぇんじゃ…」
「気にするよっ!!」
「気にしてんじゃねぇか」
「だって、ちょっと我儘な妹のお世話とか憧れてたのにっ!これじゃ色々小さいボクの方が妹みたいに見えちゃうじゃんっ!!」
「いや、お前は〝護衛兼付きメイド〟だろうが。それに妹分って言うならスピラがいるだろ?お前のこと慕ってるし」
実年齢は聞いてないが、スピラはクラルテと同年代か、少し下ってくらいに見える。
「スピラは全然妹って感じじゃないよっ!」
「……現実的な妹ってあんなもんじゃね?つーか、歴としたゼンとドミの妹だし」
そもそも他人を妹扱いしようってのが業の深い話なんだわ。
「とにかくっ!スピラは妹って感じじゃなくて、友達とかライバルって感じなのっ!」
俺にはよく分からないが、クラルテにはクラルテなりの線引きがあるんだろう。
そんな会話を繰り広げていると、
「ちょっと!?あなた、わたしの命令が聞こえなかったの!?わたしの命令は絶対なの!ちゃんと言うことを聞きなさいよ!!」
いつまでたっても俺に攻撃を加えないクラルテに痺れを切らしたリスティア御嬢様が、怒鳴り声を上げる。
「あなたたち、ものすごく不敬なことをしたって自覚がないのかしら!!わたしの邪魔をした、わたしの命令を無視した、挙げ句にあなたなんて、貴族であるわたしと姉妹ごっこがしたいなんて……もしかして、わたしを嘗めてるのッ!?」
無視された事が余程頭に来ているのだろう。先程まで浮かべていた笑みは鳴りを潜め、元から吊り上がり気味の目尻を更に吊り上げて俺たちを睨みつけている。
──これ、本気で切れちまったか?
クラルテの返答次第では、俺たちとリスティア御嬢様の間に冗談で済まない禍根が残りかねないと不安に思った俺は、状況を悪化させないよう穏便に頼む、という意図の視線をクラルテに送る。
するとクラルテも俺の視線に気付いたのか、分かってる、というような頷く素振りを見せた。
──なんだか、猛烈に嫌な予感がするんだが……。
俺の心配も他所に、クラルテは自信満々に怒り心頭のリスティア御嬢様へと向き合い、
「ねぇ、リスティア御嬢様?キミ、半年後にはセアリアス学園って貴族学校で寮住まいになるって聞いたよ?構って貰えないからって力を振りかざしてばっかりいたら友達もできないし、仲間がいないときっと向こうに行ってからも苦労しちゃうよ?」
「か、かまっ……!?」
──正論だがとんでもねぇ上から目線のせいでリスティア御嬢様も固まっちまってんじゃねぇか!?
しかし、クラルテはリスティア御嬢様を気にする様子もなく追い討ちをかけていく。
「それにボクはキミの〝護衛〟と〝付きメイド〟をする事になったけど、なんでボクがキミの命令を聞かなくちゃいけないの?」
「そ、それは……だって、あなたが平民だからでしょ?それにわたしの護衛で、付きメイドで……なら、わたしの命令を聞くのは当然じゃない!?」
ずいぶんと飛躍した話だが、長い歴史の中で身分制度が根づいた帝国では、その考え方に疑問を持つ人も、持ったとしても楯突く平民は少ないのかもしれない。
「貴族の命令は絶対!だから公爵家のわたしの命令も絶対に聞かないとダメなの!わたしがお父様に言い付ければ誰だってここから追い出せるんだから!それが嫌ならわたしの命令を聞きなさい!」
──執事のロルフさんですら爵位を持たないリスティア御嬢様の言いなりだからな。
それだけ、このロイライハ帝国では貴族の持つ影響力が大きいということだ。
「せっかく公爵家に仕えられたのに辞めさせられるなんて怖いでしょ!?」
だが、まだ一線は越えてない。
全く誉められた話じゃないが、まだ脅すだけで済んでいる。まだ間に合う。
──手遅れの状態なら俺とクラルテはここに呼ばれてないしな。
怒鳴り疲れて肩で息をするリスティア御嬢様を前に、クラルテは気分を害した様子もなく、むしろ優しく微笑む。
「別に辞めることになるのは怖くないかな」
「怖くない……?う、嘘よ!?貴族に、しかも公爵家に仕えられる栄誉が惜しくないの!?」
「うん、怖くないし、栄誉も惜しくないよ」
そんなクラルテの反応は予想していなかったのだろう。リスティア御嬢様は狼狽を隠せず、信じられないものを見る様な眼でクラルテを凝視している。
その表情から見えるのは、不安だ。
──きっと〝貴族が怖くない人〟を初めて見たに違いない。
「それに、ボクがアーディベル夫妻から正式に頼まれたのはキミの護衛なんだ。キミの無事を何より優先するのがボクの今の役目。オチバは護衛じゃないみたいだけど、キミの無事を願うアーディベル夫妻が教育係にって頼んだ。だよね?ロルフさん?」
「はい、クラルテ殿の仰った事は事実でございます」
クラルテは、ロルフさんから確認の言葉を引き出すことでリスティア御嬢様に嘘じゃないことを伝えると、結論を述べる。
「だから少なくともキミがセアリアス学園に通うまでの半年間、キミがどんなにアーディベル夫妻に頼んでも、ボクとオチバが辞める事はないんだよ」
アーディベル夫妻の目的は、俺たちを使ってリスティア御嬢様の貴族の認識を変えることだ。見す見すそのチャンスを手放す事はない。
「違う…違う…違う…!違うわ……!お父様はわたしのお願いなら聞いてくれる!お父様は公爵だから平民は命令を聞くしかないのよ!だからあなたはわたしの命令を聞くしかないの!」
とんでもない三段論法を繰り出したリスティア御嬢様に対して、クラルテは少し考え込み、何か閃いたようで口を開いた。
「例えば、ロイライハ帝国の皇帝さんの命令で、帝国中の人がリスティア御嬢様の命を狙ったとするでしょ?」
「あっ、ありえないわ!?」
あながちありえねぇとは言えねぇんだよなぁ。
「まぁまぁ、例え話だって。それで、もしそうなったらきっと皇帝さんより強い爵位ってないから誰もキミの味方はいない、合ってるよね?」
「ふんっ、絶対にありえないけど、そうなるわ……皇帝の命令なら公爵家でも絶対聞かなくちゃいけないもの……」
「でも、ボクだけは絶対にキミを護ってみせる。それが、ボクがキミの両親から与えられた護衛って仕事なんだ」
「なっ!?それって皇帝の命令を聞かないってことよ!?反逆罪だわ!?あなた帝国中を敵に回すつもり!?出来っこない!!嘘ッ!!ありえないッ!!」
リスティア御嬢様が大きく動揺し、否定する様子を見せるも、
「出来るよ。それにオチバだってキミを見捨てたりしない」
それでもクラルテは、大胆不敵に豪語する。
「だってボクは、〝勇者〟だからねっ」
「絶ッ対に!無理!ロルフ!!命令よ!!この無礼者を引っ捕らえなさい!!こんなのがアーディベル家に居たことが外に漏れたらわたしたちも揃って反逆罪になりかねないわ!!」
「……承りました、リスティア御嬢様」
リスティア御嬢様はロルフさんにクラルテを押さえる様に命令し、ロルフさんもそれに従って前に出て来る。
「……なぁ?例え話でも皇帝に反逆するって宣言は不味かったんじゃねぇか?あと、なんで俺の名前出した?」
「……だ、だってこんなに効果があるなんて思ってなかったんだもんっ!オチバの名前出したのは…その…勢い?」
「途中までは最高に勇者してたのになぁ」
「ごめんって!」
「クラルテ殿、例え話とは重々承知しておりますが、貴族の世界において不用意な言葉は大義名分として十分成り立ってしまうのです。教訓として覚えて頂きましょう」
「あ、あはは…でも、ボクが強いのは本当だよっ?」
「ほぅ?そうですか。それではお手並み拝見……」
「あっ!?ちょっと待って!……オチバ、多分ボクはロルフさんの相手で忙しくなるだろうから、これだけ伝えとくね」
「えぇ……お前、俺を助けに来たんじゃねぇのか?」
「そのつもりだったよ!?……と、とにかくっ!この屋敷の裏手、使用人寮とは反対の方に進んでみてっ」
「あっ!おいっ!」
クラルテは俺にそれだけ伝えると、ロルフさんと向き合い、数回言葉を交わした後、互いに徒手空拳の格闘戦が始まり、俺の眼で追える速度を越えたところで、二人はこの場から離脱していった。
つまり、この場に残されたのはクラルテに吹き飛ばされた数人の衛士たちとメイドのティミ、そしてリスティア御嬢様と俺だ。
「ふんっ、面白いメイドだって思ったけどとんだ大罪人だったわ!いくら強いって言っても家令のロルフに勝てるわけないんだから!」
だが、幸いなことにリスティア御嬢様の注意は未だにクラルテに向いており、吹き飛ばされたティミや衛士たちは未だに昏倒しているみたいだ。
今のうちに、と忍び足でこの場の離脱を謀りたかったのだが、
「あら?反逆者の癖して、どこに行こうとしてるのかしら?」
そう簡単には上手く行かせてくれない。
いくらクラルテに意識が向こうとも、ロルフさんと共にこの場から消えてしまったのなら自然とその意識を向ける対象は変化する。
「あー、なんだ、誤解じゃねぇかなぁ?……って問答無用なのな!?お前!?」
俺が上手い言い訳を考えている最中にも、リスティア御嬢様はその掌に火球を生成しようとし、その予兆を察知して俺は一目散にアーディベル邸の外に向かって走り出す。
「やっぱりわたしの魔法の発動が分かるのね!?生意気よ!!」
振り出しに戻ってしまったが、今度はさっきと状況が違い、衛士やメイドたちによる人海戦術も合わさる事が考えられるため、とても有利な状況とは言えない。
「けど、こっちだってクラルテからの助言もあるッ」
期待度が高いと言えないが、多人数を相手にするならアーディベル邸の外に出るのは対策として悪くないし、今のところクラルテの助言にすがるしか解決策が思い付かない以上、他に選択肢はなかった。
◇◆◇
なんとかリスティア御嬢様の火球から逃れ、衛士たちに終われながらもアーディベル邸の外に出た俺は、クラルテの助言通りにアーディベル邸の裏手へと進む。
「このまま奥に進めば使用人寮だが……ッ」
アーディベル邸から使用人寮までの道は舗装されていて、迷うようなことはない。
「こっちか……ッ」
そして、その舗装された道は三叉路になっており、もう一方の道は使用人寮とは反対の方に続いている。
「……じっくり散策する時間もなかったからな。いったい何処に繋がってんだ?」
後ろからはリスティア御嬢様とそのお供たちが俺を追って来ているため、深く考えている時間はない。
俺は急ぎ足で舗装された道を進んで行くことにする。
するとその先にあったのは、
「使用人寮……か?いや、ちょっと違うな」
使用人寮と似ているが、造りが左右反転している別の建物がある。
そして、とりわけこの場所が使用人寮でないという証拠があちこちから聞こえてきた。
──クラルテの奴、なんで俺をこんな場所に来させたんだ!?
辺りを見渡せば、使用人寮と似た建物のすぐ近場には広く整地された空き地が存在し、そこにいる人たちは誰もが武器を手にし、掛け声と共に素振りをしている。
「はぁ、はぁ、何処に逃げるかと思えば、あなたって随分と間抜けなのね!だって──」
俺が呆気に取られている間に、後方のリスティア御嬢様に追い付かれてしまっていたようだ。
リスティア御嬢様の言葉によって確信させられたが、俺のたどり着いたこの場所は、
「──ここにはわたしの命令を聞く衛士がいっぱいいるんだから!」
まさに衛士たちの宿舎とその訓練所だったわけだ。




