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よろしくお願いします。
ロルフさんに案内された先は、両開きの扉が備わった部屋の前だった。
扉の脇で武装した二人の衛士が直立して警備している事からも、この中に公爵夫人がいるのだろう。
「奥方様、オチバ殿を連れて参りました」
「入りなさい」
ロルフさんが扉の向こうへ声を投げると、少ししてから澄んだ声が扉の奥から発せられ、両開きの扉が中に居たメイドによって開かれた。
ロルフさんが先に部屋へ入室し、続いて俺が入室しきった所で、再びメイドによって扉が閉められる。
視線を巡らせると、最初に部屋の中央奥に設置された天蓋付きベッドが視界に入る。
次に視線が吸い寄せられたのは、その天蓋付きベッドの傍らに控えるメイドだ。
扉のメイドとベッドの傍らにいるメイド。どちらも名前は知らないが、二人とも今朝の報告会の時に居合わせたメイドだ。
この二人のメイドがさんの世話係メイドってところか。
つまり、この天蓋付きベッドで上半身だけを起こして此方を見ている白い肌と真っ白な長髪の女性がシェリエルさんというわけだ。
「ロルフ、案内ご苦労様」
シェリエルさんは労いの言葉をロルフさんに贈ると顔を俺の方へと向け、金色の双眼で俺を値踏みするようにじっと見詰める。
「よく来てくれました。私はシェリエル・アーディベル。貴方がリスティアの教師になるのかしら?」
「お初にお目に掛かります奥方様。公爵様よりリスティア御嬢様の教師役を拝命しました、オチバ・イチジクです」
「……姿勢、言葉づかい、受け答え、問題はなさそうね。貴族でない者がリスティアの教師になると聞いて不安だったけれど。以前に学ぶ機会があったということかしら、それとも昨日一日でロルフに鍛えられたと見るべきかしら?」
「奥方様、私はオチバ殿に一切の指南はしておりません」
「……そう。事情がありそうですけれど、アーディベル家に危害がないのであれば気にしないわ」
「奥方様、その点に関しては多少の調べは付いております。オチバ殿は帝国外の出身であり、帝国に訪れるのもこれが初めての事なのは間違いありません」
……それ、どうやって調べたんだよ。
「ですが、モルテ=フィーレ共和国より以前の足取りや、出身地の調べが未だに付いていないことは誠に申し訳御座いません」
マジでどうやって調べてんだよ!?やっぱ魔法か!?魔法なんだろなぁ。
「アーディベル家と敵対する派閥の息が掛かっていないのであれば些事に過ぎません。帝国内で情報が見つからないのであれば、何処かと繋がっているという心配も無用ということ」
「仰る通りで御座います。差し出がましい事を申し上げました」
恭しく一礼するロルフさんにシェリエルさんは、いいわ、と一言放つと再び話を再開する。
「まず、リスティアの教師役を探す事となった経緯について話しておきましょう」
シェリエルさんは小さくため息を吐くと、娘のリスティアの現状について語り始めた。
そしてその内容を聞いた俺の胸中は、どっかで聞いたことあるような話だな、という思いで埋め尽くされていた。
というのも、シェリエルさんから語られた齢十三になるリスティア・アーディベルという公爵令嬢は、まるでよく聞く小説やゲームの悪役令嬢の幼少期を彷彿とさせるエピソードばかりだったのだ。
多忙なウルリーケ様は帝都に出向く事が多々あり、幼いリスティア嬢と過ごす機会もあまり取れず、寂しい時を過ごさしてしまっただとか。
シェリエルさんも病弱な体質で、リスティア嬢と触れ合う時間が限られているのだとか。
家を離れる事が多かった公爵が、その反動からリスティア嬢を甘やかし過ぎてしまっているのだとか。
そうして、リスティア嬢は願えば殆ど何でも叶う環境を当たり前だと考えるようになってしまったのだとか。
反面、シェリエルさんがなんとかしようと数少ないリスティア嬢と触れ合う時間を厳しく接してしまって以来、リスティア嬢からは距離を置かれてしまっているのだとか。
「最初は使用人に対する我儘、不機嫌になると癇癪を起こす程度の範疇で済んでいたようですが、最近では公爵家の娘といった立場を振りかざして使用人を脅すという行為にも及んでいると聞き及ぶようにもなりました」
なんていうか、典型的な悪役令嬢すぎて顛末が容易に想像出来るな。
「まだ脅すという段階で留まっていますが、このまま放って置けばいずれ取り返しの付かない事態を引き起こすのは目に見えています」
このまま進んで立派な悪役令嬢に成長すれば、良くて追放、最悪処刑とかそんな感じになるんだろうか。
「それにリスティアは、アーディベル家の支持するドリス家の皇帝候補者、クラウディオ・ドリス様の許嫁なのです。未来の皇帝妃がこのような醜態を晒す人物であったと後世に伝わるなど、あってはなりません」
加えて、婚約破棄フラグまで立ってんじゃねぇか。
「リスティアはまだ決定的な間違いは犯していません。だからこそ、今のうちにリスティアの認識を正さなくてはならないのです」
それで、リスティア嬢の意識改革を行える教師役が必要だったって訳か。
「ですが教師役に据える以上、その者には最低限の教養が無くてはなりません。そうなれば自ずと教師役の適任者は貴族、又はそれに連なる者となります」
教師役は公爵令嬢の意識改革って使命まで背負わされるってことか、重責も重責だな。
それが帝国貴族だってんなら、特にだ。
「……その顔、理解しているようですね。そうです。リスティアに皇帝妃となる可能性がある以上、全ての帝国貴族はリスティアの不興を買いたくない、と言うことです」
リスティア嬢の意識改革に失敗し、その上で悪役皇帝妃リスティアが爆誕するとなれば、聞いた限りのリスティア嬢なら間違いなく教師役を引き受けた人物に私刑を加える事だろう。
それだけに収まらず、教師役を引き受けた人物の家にまで私刑が広がり、挙げ句には没落……なんてのは貴族にとって最も避けたい事態の筈だ。
例え皇帝がしっかりしていたとしても、リスティア嬢の性格が歪んでいるのだとすれば、いつ報復されるのか気が気じゃないってもんだしな。
だから、帝国内で教師役が見つからない。
それが、帝国外から教師役を探していた理由って訳だ。
「帝国に柵のない私やクラルテならば、リスティア御嬢様の認識を正す事に失敗し、帝国から脱する事となっても、帝国と私たち双方に大きな問題は起こらない、という事ですね」
「素晴らしいわ。そこまで話が理解出来ているのならもう私から伝える事は唯一つです。オチバ、貴方にリスティアの性根を叩き直すことを命じます。期限はリスティアがセアリアス学園に通い始めることとなるまでの半年間。分かりましたね?」
「承知しました」
「次は早速リスティアとの対面だったわね。期待しているわ。ロルフ、オチバ、もう下がって結構よ」
シェリエルさんが退室の指示を出すと、背後で扉の番をしているメイドによって扉が開かれ、俺たちは促されるまま部屋を退室する。
「……彼が敵対派閥に取り込まれずに済んだのは、案外リスティアのお陰なのかしらね」
扉が再び閉じられ、メイド二人と公爵夫人だけとなった部屋で、彼女はそう独り言を溢していた。
◇◆◇
雇い主から退室を促されれば、部屋を出る以外の選択肢はない。
粛々とロルフさんに付いていくように見える俺だろうが、その胸中は困惑に彩られていた。
セアリアス学園!?また知らん情報が出て来やがった!
半年!?急に期限付きの仕事になりやがった!
まぁ期限が半年ってのは良しとしよう。
不幸中の幸いで、俺はこの世界の時間や距離といった単位や、この世界の言葉を自然と正しく認識出来る状態でこの世界にやって来ていた。
だからこの『半年』というのも正確に、『六ヶ月』、『約百八十日』という事だ。
まぁ半年もあって手応えがないのなら、どのみち俺には手に終えない案件という事だ。
セアリアス学園に至ってはマジで初耳だ。ここは取り敢えずロルフさんに尋ねてみよう。
何せ俺がこの世界に来てからの足取りなんかを掴んでるくらいだ。
「ロルフさん、先ほど奥方様が仰ってた"セアリアス学園"という所についてお聞きしても?」
「セアリアス学園ですか。確かに帝国臣民でないオチバ殿であれば知らないのは無理もありませんね。お話しましょう」
セアリアス学園は帝国臣民なら知っていて当然の知識なのか、ロルフさんは俺の質問に一瞬驚いたような反応を見せるものの、直ぐに俺の経歴に思い至った様子で快く俺の質問に答えてくれた。
「セアリアス学園は帝国領内に存在する自治国家『ヴィッツ公国』にある学園です。帝国中の諸侯貴族の子弟や諸外国の王族の子弟が例年親睦を深めるべく、各々の領地を離れ、この学園で六年間の生活を送るのです。クラウディオ・ドリス様を含む皇帝候補者たちもこの学園に通う事が決まっていますね」
「そうだったんですね、ありがとうございます」
読めてきたな。
婚約者までいるってことは、やっぱりリスティア御嬢様はこのセアリアス学園で過ごす六年間で色々とやらかすって訳だ。
そうしてロルフさんから幾つか話を伺いながら、学習部屋の前まで戻ってくると、突然部屋の中から甲高い子供の怒鳴り声が廊下まで響き渡った。
『わたしの言うことが聞けないの!?』
それからも──
『今日は"狩り"をするって言ってたでしょ!!』
『あなたはわたしのメイドなのよ!!』
『わたしの命令を聞きなさいよ!!』
──といった怒鳴り声が学習部屋の中から聞こえてくる。
だが、どの怒鳴り声も子供の駄々を体現しているような台詞だ。
ふっ…所詮は子供だ。貴族の権力が怖くない俺の立場からすれば大して恐れることはない。
何せ俺がこの世界で一番怖いと思ったのは純粋な──
俺が何の覚悟もなしに学習部屋の扉を開いたその瞬間、俺のこめかみを火球が通過した。
──暴力………。
「……え」
振り向けば、俺の真横を通過した火球は現実らしく、ロルフさんが片手で受け止めている姿が目に入る。
「……あの、ロルフさん、手、燃えてますよ……?」
「心配は御無用です。この程度の火傷でしたら一日ほど魔力を巡らせば治りますので」
そういう問題か?
ロルフさんが軽く手を振り払う動作をすると炎に包まれていた片手の火が消える。
「そんな事よりリスティア御嬢様、屋敷内での魔法の使用はお控え下さいませ。この屋敷は旦那様の所有物で御座います」
いや!?そういう問題か!?
「大丈夫よ、だってお父様はわたしのすることなら何でも許して下さるもの」
「……仰る通りで御座います」
仰る通りなのかよ!?いや、下手に逆らえないって事情は聞いてたけど、ここまでのもんなのか。
「それで?あなたがわたしの予定をぶち壊した教師なのかしら?」
矛先を俺に向けてきた人物は、腕を組ながら、仁王立ちで俺を睨み付けている。
睨んでいても揺らぐことの無いその優れた相貌は、彼女の両親から正しく受け継いだものだろう。
吊り上がった金色の瞳は強い気性を示しながらも、どこか意地を張っている子供のような印象を受ける。
また、頭上から伸びる淡い桃色の癖毛は父親の赤毛と母親の白毛が由来だろうか。
そして、それ以上に驚かされたのは──
こいつ、本当に十三歳なのか?
──齢十三には見えないそのシルエットだ。
百六十以上はある女子にしては高い身長、そしてそれに見合うように細く長く伸びた手足、胸の起伏は一見標準的に思えるが、十三歳の標準で考えれば小さいとは言えないだろう。
そりゃそうか。
リスティア・アーディベルという人物が、本当に悪役令嬢という立場として今後舞台に立つというなら、ちんちくりんな容姿の訳がない。
なら、この公爵令嬢の性根を正すなんて事はそう簡単に出来ることじゃない。
何せ"悪役令嬢に相応しい容姿"というのは、まるで神が用意したかのような運命的な要素だからだ。
「はい。私が、いや──」
別にこの悪役令嬢様を何がなんでも助けたいって訳じゃない。
ただ、この世界には神が実在する。
だから、もしこの状況が神の用意した舞台だっていうなら、それを俺が許せないってだけの……ただの俺の意地だ。
「ああ、俺がお前の教師役──」
つまり、本気で彼女の性根を正したいのなら、俺も"型通りの教師役"に収まってちゃダメってことだ。
「オチバ・イチジクだ………うわぁあ!?何やってんだお前!?」
当然、そんな俺の独白なぞ目の前の少女が知る由もなく。リスティア御嬢様は再びその指先に業火を灯して俺へと向ける。
「あなた……わたしに何て口を聞いてるの?驚いて怒鳴り声も出て来ないじゃない………でも、気に入ったわ!わたしの怒りが収まるまでその教師役を投げ出さなければ、そして生きていたならあなたを教師として認めてあげる!」
何度でも言おう。
俺はこの世界で学んだ事がある。
この世界の挨拶、やっぱ暴力じゃねーか!?
こうしてリスティア御嬢様とのファーストコンタクト──俺の生死と教師認定を賭けた追いかけっこが始まったのだった。
読んでいただきありがとうございます。




