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よろしくお願いします。
「旦那様、お客様をご案内しました」
アーディベル公爵家家令のロルフさんによって客間へと通された俺、クラルテ、ゼンを待ち受けていたのは、いかにも位の高そうな貴族といった出で立ちの二人の男性だった。
「やぁ、よく来てくれた。私はアーディベル家当主のウルリーケ・アーディベルだ。さぁ、こちらに座ってくれたまえ」
最初に口を開いた男性──ウルリーケ様は、肩まで伸ばした髪を持ち、まるで映画の主演男優のような貫禄を感じさせる渋味のある壮年の男性だ。
もう一方の男性は、少し落ち着きがなさそうにしている様子からウルリーケ様よりも身分が下であることが予想でき、顔つきもウルリーケ様と比べて若々しいことから年齢もウルリーケ様より一回りは年下であることが伺える。
代表者がゼンである事を踏まえ、俺とクラルテは黙ってゼンの後に続くようにウルリーケ様に促されるまま勧められた座席に着く。
それを見届けたウルリーケ様は、早速とばかりに俺たちより先に客間に居た貴族らしき青年の紹介を始めた。
「彼はゼンに依頼を出した我が門閥の男爵家の者でね。すまないが先にこちらの用件を済ませても構わないだろうか?」
後半の言葉は俺とクラルテに向けられたものだ。
しかし、その穏やかな口調の中には断言に近しい有無を言わせない迫力があり、普段砕けた口調のクラルテなんかはどう受け答えすべきなのかパニックに陥りそうな勢いで目を回している。
こいつ、一応聖教会の偉い人とかから勇者の称号貰ったりしてんだし、こういうの慣れてる筈……だよな?
クラルテの混乱状態を疑問に思いつつも、ゼンからも早く返答して欲しいという意を込められた視線を受けていることもあり、今はこの場を進めることを優先する。
「ええ、構いません」
フォーマルな場や面接など、誰もが格式ばった口調や言葉づかいを用いることが自然な日本で育った俺からすれば、多少の緊張はあれど慌てるようなことでもない。
むしろ面接と違って合否が存在しないぶん気楽と言えるかもしれない。
「ふむ、公爵である私相手に堂々たるその姿勢、悪くないな……おっと失礼、先に用件を済ませよう。ゼン」
「はい」
ウルリーケ様がゼンに声を掛けると、ゼンは自身の荷物の中から包みを取り出し解いて見せると、あの地下施設で激闘の末に手に入れたゴーレムの核が現れた。
「こちらが、依頼にあったゴーレムの核です。どうぞお受け取り下さい」
「ああ、確かに受け取った。これを以てゼン、ドミ、スピラへの依頼を完遂とする。では、男爵はこれをクラウディオ様の下へ届けてくれ」
「はい、必ず」
「ロルフ、男爵に足を用意してくれ」
「畏まりました」
ゴーレムの核が再び包みの中に仕舞われると、包みを抱えた男爵はロルフさんについて客間を出ていく。
「これで、抱えていた問題が一つ解決したと思うと私も肩の荷が下りる気持ちだ」
ウルリーケ様は一息吐くと、再び姿勢を正して俺たちと向き合い、真剣な空気を漂わせ、
「どうだろう、先ずは互いに自己紹介も兼ねて共に昼食でも如何かな?」
俺たちを昼に誘うのだった。
◇◆◇
ウルリーケ様に昼食を誘われて断れる筈もなく、俺たちは客間で昼食を振る舞われ、軽い自己紹介から始めていた。
「オチバ・イチジク殿とクラルテ・フライハイト殿か。名前で呼んでも差し支えないだろうか?」
「はい、公爵様の好きに呼んで頂いて問題ないですよ」
「は、はい!ぼ、ボク、あ、いえ、ワタシも、だ、だいじょうびっ……!?」
(おい、流石に緊張しすぎじゃねぇか!?勇者として偉い人と接する機会だって有った筈だろ!?)
(そんなこと言ったってっ!そういう式典じゃボク別に喋らなくても良かったんだもんっ!それに貴族の人と会話したことなんてボクだってないよっ!?ここじゃ勇者の肩書きも通用しないしっ!もし、粗相でもしたら……っ!?むしろなんでオチバはボクより平気そうなのっ!?)
あまりにも緊張している様子のクラルテに思わず突っ込んでしまったが、クラルテは自身の声の大きさも調整出来ないほど気が動転しているようだ。
すると、突如客間に快活な笑い声が木霊する。
発生源はウルリーケ様だ。
「はっはっは!緊張せずともよい、と言っても急には無理な話だろう。ならば徐々に馴らしていけばいいだけだ」
ウルリーケ様の反応から見るに、おそらく俺たちの会話内容は筒抜けだったのだろう。
「そうだ、気持ちを落ち着ける為にも次は私の方から話でもしよう」
そうしてウルリーケ様から語られたのは、アーディベル家についてだった。
アーディベル家は、ロイライハ帝国成立から携わる由緒正しい家柄で、ロイライハ帝国の魔法研究分野において第一線で活躍しているのだとか。
ゴーレムの核を欲していたのも魔法研究に役立てる為だったという側面もあるのかもしれない。
また、それに続いて出た話題はウルリーケ様の家族についてだった。
妻の名前はシェリエル・アーディベル。
娘の名前はリスティア・アーディベル。
これに関してはウルリーケ様が非常に妻と娘を溺愛していることが伺えるほどの演説で、青年男爵を見送ったロルフさんが途中で口を挟んでくれなければ終わる気配も見えなかった次第だ。
「旦那様、お客様に奥方様からの御依頼について話さなくともよろしいので?」
「ん?ああ、そうだな。だが、もういいのか?まだまだ語りたい話があったんだが」
「旦那様の家族愛はお客様方に大変よく伝わってらっしゃるかと」
「そうか、ならばここまでにしておくとするか。シェリエルの件もある」
シェリエルというのは、まさに今ウルリーケ様から教えられた公爵夫人の名前だ。
ウルリーケ様はこれまでの弛緩した空気を変えるように真剣な表情でゼンに問い出す。
「ゼン、お前がこの者たちを選んだ理由を答えよ」
なんだっ!?この感覚っ!?
ウルリーケ様の放った言葉は客間全体に緊張感を持たせる響きがあった。
俺はまるで蛇に睨まれた蛙のように体が硬直していた。だがこれは魔法のような類いによって引き起こされた事象という訳じゃない。
ただ、純粋に俺の体が恐怖に震えているだけだ。
俺が取り乱さないでいられるのは突然の事態に感情が追い付いていないだけなのか、それとも単なる偶然の産物に過ぎなかった。
だがそんな俺の状態なんてお構いなしにウルリーケ様の問いにゼンは答えていく。
「この者たちには、ゴーレムの核を入手する際に大きく貢献していただきました。オチバ・イチジク殿は豊富な知識と柔軟な機転から、クラルテ・フライハイト殿は聖教会より勇者と認定されるほどの武勇によってです」
ゼンの口から次々に飛び出たのは俺とクラルテを持ち上げる言葉だ。
ウルリーケ様は表情を動かさず、ゼンの言葉に耳を傾けている。
罪を犯した訳でもないのになんだか、審判を待つ罪人みたいな気分だな。
そんな事を考えられる位には恐怖心も薄れ、思考にも余裕が生まれてきたようだ。体の震えも収まっている。
自慢できるような話じゃないが、元の世界で奇人変人との交流が多かった俺は異常事態に巻き込まれることも少なくなかった。
皮肉な話だが、そのお陰で特異な状況に対応するために体や精神を落ち着かせる事は俺にとっては慣れた事だった。
「加えて、公爵様も既にお気づきの通りオチバ・イチジク殿は平民とは思えないほどの教養を有しております。帝国内の息が掛かっておらず、何処の国にも所属していない。これほどの条件を整えた人材は他におりませんでしょう」
俺がこの世界において根無し草であることや、ロイライハ帝国に来るのが初めてだという情報については予めゼンから確認されていたため、平民とは思えないほどの教養、等という脚色はあったが概ね予想通りだ。
「ゼン、私はお前が優秀だと思ったからこそ、目を掛けてきた」
しかし、次の瞬間に出た公爵の言葉で、はりつめていた空気がより一層緊張感を高めた。
「お前が口にした言葉、ドミとスピラの首を懸けられるか?」
……………は?
え、おいおいおいおい!?何言ってんだ!?そんなの妹を大事にしてるゼンが首を縦に振るわけが!?
「懸けられます。間違いなく御嬢様のお役に立てるかと」
はぁ!?即答!?もっと、こう、御嬢様の家庭教師にどうですか、ぐらいの心持ちだったんだが!?
「ふっ、ゼンよ。お前の覚悟、見せてもらった。優秀なお前がそこまで言い張るなら私も懸けてみるとしよう。だが、今の言葉は戯れ言では済まされないぞ。私の信頼を裏切った時は全てを失うと思え」
いや、でも確かに冷静に考えてみれば、何処の馬の骨とも分からない奴を、あれだけ溺愛している愛娘の家庭教師に任せるってほうが随分おかしな話だ。
さらに、公爵という大貴族であれば、敵対する相手も多いことも踏まえるとウルリーケ様のゼンに対する条件はかなりの恩情と言えるのかもしれない。
「はっ」
とは言え、だ。
え、何?今の短いやり取りで、俺とクラルテの成果によっちゃドミとスピラの命が失われるってこと?嘘だろ!?
貴族こえーよ。
「そうとなれば、オチバ殿、クラルテ殿。早速貴殿方を正式に私の娘、リスティアの専属教師として雇わせていただこう」
言葉一つで命を奪う程の権力を持つ貴族という存在に、クラルテが緊張していた理由に俺がようやく理解を示していると、ウルリーケ様はこれまでの空気を払拭するような明るい声で俺とクラルテに声を掛けてくる。
「だが、貴殿方はロイライハ帝国に来たばかりで帝国の情勢について知らぬことばかりと思われる。それに旅の疲れもあるだろう。今日はこれくらいにして、明日改めて家令のロルフから帝国の内情や依頼についての詳細を聞いて欲しい。妻と娘の紹介も明日するとしよう」
ウルリーケ様はそう話を締めくくると、俺とクラルテにアーディベル家の敷地内にある使用人寮の一室を与えることを言い渡し、ロルフさんに俺たちを案内するように命じた。
こうして今日から暫くの間、俺とクラルテはアーディベル公爵家に居候する使用人として慌ただしい日々を過ごすことになるのだった。
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