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すいません遅れました。

よろしくお願いします。

「それじゃ、また帝国で会うことがあったらよろしく頼むわね」


 翌朝リーノはそんな言葉を残すと、俺とクラルテの手紙、そして肝心の配達物を携え、俺が見送る中ミッドヴィルを出発した。

 クラルテにも見送りの声を掛けたが寝起きが悪く、結局間に合わなかった。


「やっと肩の荷が降りたな」


 これで一段落と休憩したいところだが、今日の予定は既に決まっている。


「この後は旅支度だな」


 明日帝国に向けて出発することを考えれば、ゆっくりしている時間もあまりない。


 幸いにも昨日の説明で旅支度に必要な物は把握できたため、調べる手間は省けている。


「取り敢えず、クラルテを起こすか」



 ◇◆◇



「先ず、必要なもんは保存が効く食料だろ?後は──」


「はぁ?最初に荷物揃えて持ち歩いたら両手が塞がっちまうだろ?買うものも決まってんだし、ちょっと観光してからでも遅くねーんじゃねーの?」


 日が高くなった頃合い、俺は旅支度の買い出しにスピラを伴ってミッドヴィルの街中を歩いていた。


「観光って……お前、それで別行動を提案したのか」


 今朝リーノを見送った後、暫くクラルテを起こす事に尽力したがその結果は振るわず、クラルテが完全に起床したのはつい先程の事だった。


 寝癖を直したクラルテと俺がカザン亭で遅めの朝食を取りに一階フロアに向かうと、既に朝食を食べ終わって今日の予定を確認しているゼン、ドミ、スピラを見かけ、スピラの声で相席することになったのだが、そこでスピラが手分けして旅支度をすることを提案してきたのだった。


 手分けの内容は、俺とスピラが比較的軽い荷物を、ゼンがドミとクラルテを率いて重い荷物を担当することになっている。


「どうせこの腕じゃ重い荷物は持てねーし、そもそも力仕事はドミ姉が居るからわたしはずっと暇なんだよ」


 包帯で吊るされた名誉の負傷である右腕を誇示しながらスピラは言う。


「それなら大人しく部屋で養生してろよ……」


「嫌に決まってんじゃん。せっかく帝国の外に出掛けられて自由時間もあんのに勿体ねーだろ」


「はぁ……こりゃ梃子でも動かねぇな。分かったよ、少しだけだからな?」


「よっしゃ!そうこなくちゃ!」


 ずっと不機嫌でいるよりかは少しでも息抜きしてもらった方が効率的かもしれないしな。


「で?どこを観光するつもりなんだ?」


「うーん、ここって砦の街なんだろ?なら取り敢えずそれを見に行って見よーぜ!」


「まぁ、そうなるか」


 俺がモルテ=フィーレで事前に調べたミッドヴィルの情報でも砦が一番に取り上げられていた。

 昔からのモルテ=フィーレにおける北方の国境線というだけあって名所はやはり戦争に由来した、少し物騒な場所が多い印象がある。



 ◇◆◇



 そんなこんなで行き先を決めた俺とスピラは、時たま道行く人に砦の場所や他の名所、名物について尋ねつつ砦に向かうと、やがて重量感のある無骨でシンプルな黒い砦の全貌が遠目から見える距離にまで近づいていた。


「何て言うか、地下施設と比べて装飾が全然ねぇんだな」


 最初にミッドヴィルに来て直ぐに向かった地下施設では、地上にかなり凝った装飾を散りばめた神殿が建てられていたが、それと比較すると全く別の国の建物に思える。


「……そういやモルテ=フィーレは元々二つの国だったんだもんな、そう考えれば本当に別の国の建物って訳か」


「すっげーな!?わたしはあの地下施設よりこっちの砦の方が好きかもしんねー!」


 スピラも無骨ながらも歴史を感じさせる砦に満足している様子だ。


「ん?あっちでなんかやってるみてーだな」


 だんだんと砦に近づくに連れて人だかりが増しているように感じていたが、それは気のせいじゃなく、何かしらの催しが砦付近で開催されているようだ。

 俺は催しの内容らしき事が書かれている看板に目を向けて読み上げる。


「えーと、剣闘士大会?」


「うわっ!?マジかよ!?怪我してなかったら絶対出たかったー!?」


「でも、この大会って魔法が禁止らしいぞ?」


 看板に書いてある剣闘士大会のルール説明を見てみると、純粋な筋力や近接戦闘技術を競う大会らしく、当然遠距離攻撃にあたる武器や魔法は禁止で、魔法による身体強化には制限が掛かるとある。


「ま、魔眼は魔力使ってねーし!」


「いや、不正もいいところだろ」


 魔眼に魔力を使わなくとも結局は強化された魔力で身体強化するんだから間違いなく不正だ。


「そうだ!なら、オチバが出てみりゃいーじゃん!」


「なんでそうなるんだよ……」


「だってオチバは魔力がねーんだし、大会には出れるんだろ?それに命懸けの戦いって訳でもねーし、訓練するには良い機会だろ?」


「……くそ、意外と悪くない理由で否定しにくいな」


 事実、俺の戦闘経験を重ねるという意味では参加するに越したことはない。さらに言えば、大会運営は回復魔法の使い手を雇っているらしく救護面でも万全と言える。


 ただ一つ問題があるとすれば、ここまで無事に来れたのにわざわざ痛い思いをするために火中に飛び込みたくねぇ、という事だ。


 俺がどう言い訳しようかと悩んでいると、観客の歓声と拡声器を通したような音量の喧しい試合実況の声が辺りに響きわたる。これも魔法の一種なのだろうか。


『挑戦者!!ノックダァァァーーーウン!!!これで仮面の貴婦人の十連勝だァァ!!その細身の体のどこにこんな怪力があるというのだ!!次の挑戦者はいるのかぁ!?それとも挑戦者現れずこのまま時間切れで優勝者は仮面の貴婦人かァァ!?』


「え!?もう終わっちまうのかよ!?なぁ!どうせ参加するかどうか悩むなら対戦相手を見てからで遅くねーって!」


「ちょっ!?おいっ!?」


 声に誘われたスピラが俺の手を引き、人混みを掻き分けて中央にある剣闘士大会のリングに向かって進んでいく。


 そしてリングが視界に入る位置まで来た所で立ち止まると、十連勝しているという仮面の貴婦人とやら一人だけがリングで立ち、足下に屈強な筋肉を持った男性をうつ伏せに踏みつけている衝撃的な光景が目に入った。


「……あれは反則になんねぇのか?」


 だが俺が驚いたのは、細身の女性が屈強な男性を打ち破っていた事ではない。そんな常識はクラルテを始めとする女性陣を考えれば何も不思議な事はないからだ。


 だから俺がそれを反則だと思ったのは、やはり俺がこの世界の住人ではないからだろう。

 なんせ、この世界は"人"の種類が多すぎる。


 リング中央に立つ仮面の貴婦人の主力はおそらく拳でも剣や槍といった武器でもない。

 彼女の武器は足先から伸びる鋭利な鉤爪とその背から広がる大きな翼だった。


「そりゃ、翼人なら反則じゃねーだろ?」


 人種の違いによる身体的特徴の差違は、少なくともこの場において才能という範疇に収まるらしい。


『おーっと?挑戦者はいないのか!?大会終了の時間まで残り僅かだぞーー!?』


 リング外で声を張り上げるレフェリーと実況を兼ね備えた人物が挑戦者を呼び込もうと観客を煽るも、今ここにいる観客達は仮面の貴婦人の強さを目の当たりしたこともあって恐れをなしてリングに上がる気配はない。


 俺にしたってあんな凶悪な鉤爪を持つ相手に短剣で挑むような真似はごめんだ。


「ちょっと訓練にしては相手が強すぎるしここは──」


「はいっ!はいっ!はいっ!挑戦者ならここにいるぜー!!」


「は?」


『おおおお!?時間的にはこれが最後の挑戦者だぁぁ!!』


「は???」


 俺が不参加の意思を伝えようとスピラに振り向くと、彼女は俺と繋いだ手を大きく頭上で振りながら声を大にして叫んでいる所だった。


『それじゃあ挑戦者!リングに上がってくれぃ!!』


「は??????」



 ◇◆◇



「え?お前何なの?俺、絶対に勝てねぇぞ?」


「大丈夫だって!勝てるなんてわたしも思ってねーよ!」


 リングに上がった俺は、まるでボクシングのセコンドのようにリング外の端で俺を見上げるスピラに恨み言を言うが、全く効果はなさそうだった。


「勝てねぇって分かってんならなんで参加させてんの!?俺に何か思うところでもあんの!?」


「えっ!?お、思うところって……あ、あると言えばあるっつーか、ねーと言えばねーけど……」


「どっちだよ……」


 やはりこれは俺に何か思うところがあるのかもしれない。


「と、とにかく!!相手の攻撃を避ける訓練になるって思ったんだよッ!」


「そりゃそうかもしんねぇけど……」


「それに、旅するってんなら戦闘経験重ねた方が危ない時にもしかしたら役に立つかもしんねーだろ……」


 それを言われたらぐぅの音も出ねぇな。


 きっとスピラなりに俺の実力不足を心配してくれているという事なんだろう。

 正直なところ、そもそも戦闘するような事態に陥ることを想定したくねぇけどな。


「分かったよ。どのみち、リングに上がった以上今さら辞退なんて観客が許してくれそうにもねぇし、どうせなら勝つつもりでやるっきゃねぇ」


「その意気だ!頑張れよ、オチバ!」


「おう」


 スピラの声援を受けて対戦相手である仮面の貴婦人に向き合うと、場を盛り上げようと徐々にヒートアップしていく司会の声が自然と耳に入る。


『挑戦者の準備も整ったようだァァ!!おっとォ!?挑戦者の武器は短剣かァ!?先程の挑戦者と違って力勝負じゃなく素早さ勝負で挑むという事だろうか!!』


 勝つとなると出来るだけ相手の情報が欲しいところだな。

 俺は支給された木製の短剣を片手に仮面の貴婦人を観察する。


『だがァ!仮面の貴婦人もこれまでの挑戦者に対して圧倒的な実力差を見せつけて降してきているッ!!』


 まず間違いなく翼人の女性だな。

 リングの上では魔力を霧散させる仕掛けがあるらしく、魔法による擬態はなさそうだ。


 続いて見た目だが、大きく胸元と背中の開いた漆黒のドレスを着用している。

 あまりこの場に相応しくない服装から、おそらく男性の対戦相手を動揺させる作戦の一環だろう。


 屈強な男性を圧倒する実力といい、もしかするとかなりの有名な実力者なのかもしれない。


 そう考えれば仮面を着けているのも、派手なドレスを着ているのも正体を隠すためのカムフラージュとして機能している。


 ここまで観察してみて改めて分かったのは、俺が挑むには相手が強すぎるということだな。


『ではァ!試合開始ィ!!』


 なら、俺が取れる作戦は油断を誘って隙を突いての一撃しかない。


「絶対に勝つぞ…」


 俺は方針を定めると、兎に角貴婦人から一撃を貰わないように立ち回るためいつでも回避できるように中腰になり、気合いを入れる。


『おおっと!?どうしたことだァ!?仮面の貴婦人ッ!棒立ちのまま動く気配が全くないぞッ!?』


 司会が何か言っているが、集中していた俺はまさにこの瞬間こそ貴婦人が気を抜いて油断しているその時だと判断し、真っ直ぐ貴婦人に向かって駆けていく。


 そして俺が貴婦人の喉元目掛けて短剣の狙いを定めた時、貴婦人の目と仮面越しに合った。


「ッ!?」


 貴婦人の目を見れば、気を逸らすどころか俺を注意して見ていたことは直ぐに理解できた。

 しかし、戦い慣れてない俺が今さら動きを変えることなんて当然ながら出来るわけもなく、敗けを確信しながらも短剣を貴婦人の喉元に伸ばすしかない。


 俺は貴婦人からのカウンターを覚悟し、両目を瞑って衝撃に備える。




『しょ、勝者……挑戦者ァァ!!!』




「……は?」


 何時まで経っても来ない衝撃、そして司会の声に目を開けて状況を確認すると、俺は短剣を貴婦人の喉元に突きつけることに成功し、貴婦人が両手を挙げて降参の意を示している姿が目に入った。


『こ、これはどういうことだァァ!?これまで数々の挑戦者を圧倒していた仮面の貴婦人が何の動きを見せることなく後れを取ってしまったァァ!?』


 観客は盛り上がりの欠ける呆気ない試合にざわつき、司会も場を盛り上げようと必死に取り繕った声を上げている。


 貴婦人は流れるような動作で俺から視線を外し、司会者の下に歩き始めると、司会者といくつか会話をしてから観客に向かって口を開いた。


『皆様方、勘違いなされている方も大勢いらっしゃる様子ですので釈明させていただきますわ』


 どうやら司会者の声を大きくしていたものと同じ魔法を使って貴婦人の声を周囲に届けているらしい。


『まずわたくしがお伝えしたい事は、正々堂々とわたくしが負けた、という事ですわ』


 貴婦人の言葉を耳にしても観客のどよめきは収まらない。

 だが、貴婦人の次の一言で状況は一気に変わった。


『そして対峙してみて分かりました。わたくしは彼を倒すことは出来ないと』


『そ、それはつまり……挑戦者の彼は貴女以上の力量を持つという意味でしょうか?』


『ええ、そういう意味ですわ』


 思わずといった感じで司会者は観客が思った言葉を代弁してしまったが、貴婦人がその言葉を肯定したことで観客たちは挑戦者と貴婦人が強者にだけ分かる戦いを繰り広げたのだと理解し、大歓声が上がった。


『ミッドヴィル剣闘士大会優勝は短剣使いィィ!!!優勝した短剣使いには優勝商品を贈呈させてもらうからちょっと待っててくれぃ!!』


「おい、とんでもねーことになってねーか!?」


 そんなこと言われても俺だって意味不明だ。


 大会も終わりという事で観客が散り散りになっていく中、スピラは予想外の展開に驚いて俺がいるリングの中央まで駆け寄ってきていた。


「オチバ、魔力使えないけど実は強い、なんてドミ姉みたいなことねーよな……?クラルテさんも、本当はオチバは強いって言ってるし……」


「ねぇよ」


 ノイギアの言葉の影響がとうとう第三者にまで届いてんじゃねぇか。


「それより、あの仮面の貴婦人って奴……どこ行きやがったんだ?」


「あれ…?確かにどこ行ったんだ?さっきまでそこに居たと思ったけど」


 スピラと共に辺りを見渡すも、あの目立つ格好は何処にも見当たらない。


 その後、俺とスピラは優勝商品であるよく分からないモニュメントを貰うのに時間がかかってしまい、急いで買い物に走り回り、結局は重い荷物の準備も終わったゼン、ドミ、クラルテの力も借りて全員でミッドヴィルの街を駆け回ることになったのだった。





 ◇◆◇




 仮面を着けた貴婦人は、その身を黒いローブで包み、街中を駆け回る青年を遠くから見つめていた。


「やっと会えましたわね、使徒様……ですが、まだわたくしはあなた様と行動を共にするわけにはいかないのです」


 彼女の姿が闇に消えていく。


「いずれ必ず迎えに行きますわ」


 そして彼女の残した言葉だけが暗闇に染まるミッドヴィルの路地に響いた。



読んでいただきありがとうございます。

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