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よろしくお願いします。

 ゼンたちに続いて"カザン亭 ミッドヴィル支店"の中へと入っていくと店が繁盛しているのが一目で分かる。


 外観による敷居の低さからなのか、それとも開店して間もない物珍しさからなのか人が混雑しており、女性の店員があちこちのテーブルで呼ばれる度に右へ左へと移動している。


「結構、混んでんな。これって一階の飲食店が混んでるのか?」


「ええ。このお店のオーナーのシャンスさんは多才な人のようでして、なんでも極悪犯を捕まえた事で手にした多方面に対する(つて)や多額の褒賞金を使って内陸では珍しい食材の料理が堪能できると評判みたいです」


「へぇ、それはちょっと気になるな」


 極悪犯の逮捕と言えば、リーノにラスハブの逮捕の手柄を譲っちまったんだよな。

 譲ってなけりゃ今頃はもしかしたら俺もそのシャンスって奴みたいになれてたのかもしれないのか。

 ………いや、それでも有名税で命を狙われんのは勘弁だな。俺が手柄をリーノに譲ったのもそのためだ。


 きっと、シャンスって人も色んな葛藤の末にこの道を進んでいるに違いない。


「いらっしゃーい!食事?それとも宿泊?食事なら空いてる席……は、今無さそうだからちょっとそこで待っててね!宿泊なら直ぐに案内出来るわ!」


 店員が入店した俺たちに気づいたのか急ぎ足で近づきながら大きな声を掛けてくる。


 だが、俺はこの声、言葉回しに既視感を感じ、そして店員の顔がはっきりと分かった瞬間に思い出す。


「「あっ!?」」


 同時に、近づいてきた店員も俺とクラルテに気づいたようで驚きの声を上げた。


 大きなトカゲの尻尾を持ち、頭から二本の角を生やすウェイトレスの服装を身に纏った女性は、紛れもなく俺が最初にこの世界で寄ったカザン亭という店の店員であり、俺を謎の決闘に巻き込み、ラスハブを捕らえた手柄を俺が譲った相手、リーノ・プルプァその人だった。



 ◇◆◇



 カザン亭、それは俺がこの世界で初めて寄った宿屋であり、散々な記憶を植え付けられた店だ。

 散々な記憶の発端はネーロ・エンブラオンという店員にあるが、リーノ・プルプァも俺に被害を与えた要因であり、俺からすればカザン亭にあまり良い印象はない。


 しかし、リーノは俺がこの世界で知る中でも常識を弁えている部類の側なのは知っているため、そこまで心配はしていない。

 むしろ俺が警戒すべきなのはもう一人の店員であるネーロ・エンブラオンの方だ。


「警戒しなくてもネーロはいないから安心していいわよ?」


 俺が誰を警戒してるかはリーノには一目瞭然だったのか、俺の心配はすぐさま解消される。


「……お前、なんでミッドヴィルにいんだよ?」


 一番の懸念が消えると次に思い浮かぶのはリーノがここにいる理由だった。


「そう警戒しなくても……って言うのはちょっと虫のいい話よね。あなたには大分迷惑かけた自覚もあるし……でもこう見えてあなたに恩を感じてるのよ?」


「恩?」


「ええ。ところでその様子だと宿泊よね?ゼンさんたちとも知り合いのようだし、隣の部屋でいいかしら?」


 一応、ゼンに向かって目配せで確認するが特に問題はないようなのでリーノの計らいを快く受けとることにする。


「ああ、頼む」


「案内するわ」


 リーノは通り掛かった他の店員に一階フロアの接客を任せる指示を出すと、俺たちを上階へと案内しながらゼンたちに聞こえないように小声で話を続ける。


「あなたもカザン亭が経営困難だったのは知っているでしょう?」


 そりゃ、ネーロの接客は店員としては最悪も最悪だったからな。お世辞にも予想外とは言えない。


「でも、あなたが譲ってくれたラスハブ逮捕の手柄を切っ掛けにカザン亭が軌道に乗ったのよ」


 あー、確かにノイギアもラスハブ逮捕の功労者は国の重鎮に据えられる程の待遇が待ってるだとか説明してくれたな。


「あなたのお陰でカザン亭は存続出来たし、わたしも路頭にさ迷うような事にもならなかったの。だから、わたしはあなたに恩を感じてるのよ……さぁ、お客様、こちらの部屋をお使い下さい」


 少なくとも今のリーノに俺を害する意図はないことが分かって安心していると、空き部屋と思われる部屋の前に到着したリーノが本来の役目である接客モードに切り替わり、ドアを開いて入室を促す。


「わぁーっ!久しぶりのベッドだっ!あっ……ふ、二人部屋なんだね……」


 入室を促されたクラルテは用意されているベッドの片方に飛び込み、早くもゴロゴロし始めたかと思うと今度は急に大人しくなる。


 まぁ、モルテ=フィーレからミッドヴィルまで野宿だった訳だから気持ちは分かる。俺も人目がなければ同じ事をしていたかもしれない。


 その"人目"であるリーノを見ると入室を促す姿勢のままで、俺が入室するのを待っているようだ。


 リーノに去る気配がないのは、まだ話を終えるつもりはなく続きを室内でするためだと理解した俺は、促されるままに案内された部屋に入室する。


 すると、その後ろをゼン、ドミ、スピラ、最後にリーノが揃ってぞろぞろと入室してきた。


「いや多いだろ!?」


 室内はベッドが二つであることからも明らかに想定されている入室人数を越えている。


「つーか、ゼンたちは部屋既に取ってんだろ!?」


 ゼンたちがこのカザン亭を利用している事は会話の流れで知ることは出来ている。


「そうですが、どのみち情報の擦り合わせは必要じゃないですか?」


「す、擦り合わせ?」


「オチバとクラルテさんはロイライハ帝国に行く方法について知らねーんじゃねーかと思ってさ。旅支度に必要な物とか今のうちに知っといた方が良いんじゃねーの?」


「……言われてみりゃ、その通りだわ」


 スピラに指摘されて気づいたが、旅支度は確かに二日後迄には済ませなくてはならない重要事項だ。早めに知っておくことに越したことはない。


 言い訳がましいが、俺のスタミナもとっくに尽きていて注意力散漫になっているという事だろう。


「ロイライハ帝国までの道のりで必要な物は早めにプルプァさんにも共有しておきたいですしね」


「………は?なんでそこでリーノが出てくんだよ?」


 リーノがロイライハ帝国に行く流れというのは全く俺の関与していない知らない話なだけに会話のテンポも遅れてしまった。


「そうね。それは、あなたがわたしに聞いた"どうしてミッドヴィルにわたしがいるのか"という質問の答えになるわ。ゼンさんには二度目の説明になるけど、まずはわたしの事情を軽く説明する、でいいわよね?」


 リーノはゼンに確認を取ると、ゼンは了承し、リーノは話を続ける。


 そして、リーノの事情を聞くと次のような次第だった。


 まず、ラスハブ及びスクラヴェルバウムの悪事を暴いた手柄を俺がリーノに譲った事で、リーノの雇い主であるカザン亭オーナーのシャンスさんという人が首都のモルテ=フィーレを中心に英雄として祭り上げられているらしい。


 そして、シャンスさんの名声によって一躍有名となったカザン亭はひっきりなしの大人気スポットとなり、数日でモルテ=フィーレ共和国中に支店が建つ事が決まったそうだ。


 さらに、その勢いはとどまることを知らず、とうとうカザン亭の国外進出という計画が持ち上がり、その候補先がロイライハ帝国だったという訳で、リーノはその"カザン亭 ロイライハ支店"を建てるに相応しい場所や諸々の交渉のためにロイライハ帝国に立ち寄る予定が今後あるらしく、その旅支度の指南をゼンから教わるという話が元々あったのだった。


「別に直ぐに帝国に向かわなくちゃ行けない訳じゃないんだけど、ゼンさんたちもそろそろ帝国に帰るって話だったし、わたしがミッドヴィルにいる理由に納得出来たかしら?」


「納得したよ。取り敢えず、リーノについてはもう警戒する必要なさそうだ」


「誤解が解けたようで良かったわ。後わたしが知りたいのは帝国までの道のりで必要な旅支度の話だけだから、そっちだけで話したい事があるなら席を外した方がいいかしら?」


 俺たちとゼンの間でも何か話し合いたいことがあると察したリーノがそう提案するが、俺たちの話も特別秘密にするような内容でもない。


「俺たちからの方は特に聞かれて困るような話じゃねぇし居てくれていいよ」


「私の方もイチジクさんたちが問題なければ、リーノさんがいても問題はありません」


「そう?なら暫く待たせてもらうわね」


 宣言通りリーノが喋らなくなれば、次は俺たちがゼンたちに話す番だ。

 俺は、ロイライハ帝国に行く前に済ませたかった借金の返済についての事情をゼンたちに説明する。


「そういうわけで、ミッドヴィルからモルテ=フィーレは往復四日だろ?ギルドに頼もうって手もあったんだけど上手くいかなくてさ。すまねぇけど、俺とクラルテはその用事を済ませてから帝国に向かうってことでもいいか?」


「そういうことであれば仕方ありませんね。私としては早く帝国に帰ってスピラの怪我の具合を詳しく診てもらいたいので日程を伸ばす譲歩は出来ませんので」


 妹を大事にする兄としてゼンがそう答えたのは当然と言えた。


「そうなるとイチジクさんたちを帝国に案内する役目としてドミを置いていきましょうか?」


「ありがてぇけど、それだとゼンとスピラの道中が危ねぇだろ」


 ゼンたちのパーティの力仕事はドミが担当しているのは明らかだ。スピラが怪我をしている以上、ドミの役割は通常以上に重要なポジションに違いない。それに加えてゼンは後衛職であり、前衛がいないというのはあまりにも危険に思える。


「確かにそうですが……私たちが同行しているのといないとでは入国手続きに大きな差が出てしまいますからね」


 帝国は貴族社会なだけあって、平民階級よりも貴族階級が優先される傾向があるらしく、入国手続きといった諸々の審査に貴族階級が割り込んでくる事は日常茶飯事だそうだ。

 そうして帝国に入国するのに長い時間待たされる平民階級は珍しくないようで、最悪の場合一月以上も門前で待たされる事もあったという。


 そこでゼンたちと共に入国することに大きなメリットが存在する。

 ゼンたちは帝国のアーディベル公爵家の研究機関に所属しているため、公爵家の後ろ楯がある立場でもあるのだ。

 つまり、公爵家以上の貴族でなければゼンたちの前に割り込む事は立場上難しく、入国手続きに悩まされる心配はほぼほぼないという訳だ。


 出来るだけ早く俺たちを招きたいゼンとしては、俺たちが入国手続きに躓いて時間を取られるのは望まない展開なのだろう。そんな展開は俺もクラルテも望んではいない。


 だからこそゼンは苦肉の策でドミを案内役に置いていく事を提案するが、これから帝国に向かうゼンとスピラの安全を考慮すれば諸手を挙げて賛成することは出来ない。


「……ボクは安全を一番に考えた方が良いと思うけど」


 クラルテも同様に反対の意思表示を出している。


 安全を第一にするならば、俺とクラルテだけで後から帝国に行くのが一番良い選択だろう、そう結論付けようと返事をしようとしたその時、予想外の所から助け船が出る。


「あら、届け物ってノイギアさんの所に運べばいいの?だったらわたしが持って行ってあげてもいいわよ?」


「そういや、リーノってノイギアと面識あったんだっけか」


 ラスハブと対峙した時に俺、クラルテ、ノイギア、リーノ、ネーロは短い時間ながらも同じ空間で対面し、ノイギアに至っては一体何の怪我をしたのか不明だがリーノに介抱されていた場面を覚えている。


「ええ、いつかはノイギアさんのお店にも寄ってみたかったし、それであなたに恩を返せて、ゼンさんに借りを作れるならお安いご用よ?」


 リーノは人の物を盗むような奴じゃないし、ノイギアとの面識もある。


「驚いたな、俺たちとしては文句なしの逸材じゃねぇか」


「イチジクさんの恩を返すという話なのに、何故か私が借りを作る話になっているのは流石は商売人と言うべきでしょうか。ですが、その話事態は私にとっても好都合ですし、借りを作っておきましょうか」


「それじゃ、これ頼むよ」


 俺は元々配達依頼をする予定で用意したノイギア宛の包みをリーノに差し出す。


「結構大きいし、重いわね。あなたいくら借金してたのよ……いえ、聞いたら頭痛がしそうだから止めとくわ」


「そうしてもらえると助かる」


 こうして、俺たちの借金問題はリーノに託すことになり、その後にゼンから帝国までの旅支度に必要な物について一通りの説明を受け、みんなが部屋から出ていくと、俺はクラルテが同室ということも、飯の事も忘れて久し振りに柔らかな寝床に就いたのだった。




読んでいただきありがとうございます。

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