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まず俺たちが知らなければならないのは“亜人村を襲った奴らとラスバブたちの関係性の有無”だ。
俺たちに課せられた最重要使命は“ラスバブとアリルドの居場所の特定”と“拐われたユーリィさんとルーマの救出”の二点であり、つまるところ亜人村を襲った奴らがラスバブやアリルドと無関係であるのなら俺たちにとってこの件の重要度は大きく下がる。
────つっても、目の前で困ってる奴をクラルテが無視するとは思えねぇから重要度が低くても結局は首を突っ込む事になるんだろうけど。
何れにせよ“ラスバブがこの件に関与しているかどうか”について早い内にはっきりさせておくに越したことはない。
「それじゃあ早速だけどイルハイア。お前の村が襲われた日がいつなのか、それと襲った奴らについて詳しく教えてくれ」
「分かった。けど少し待ってくれ。いま思い出す……」
そう言うとイルハイアは目を瞑り、腕を組んで集中する姿勢を見せる。村が襲われた正確な日を思い出そうとしているのだろう。
────まぁ、そりゃ簡単じゃねぇよな。少なくとも二週間以上は前の出来事だろうし。
俺たちが行商人から盗賊の話を聞いたのが七日前。
行商人がハウデムから俺たちと出会った街道に着くまでの日数は、俺たちがハウデムに到着するのに掛かった日数で考えれば僅かな差があるかもしれないがおよそ七日前後。
そうなると単純計算であの行商人がイルハイアたちに襲われたのは今からおおよそ十四日前、つまり二週間ほど前という訳だ。
また、イルハイアたちが行商人を襲った件より前に亜人村の襲撃問題があった事から、亜人村が襲撃された日は少なくとも二週間以上前の出来事と推測できた。
そうして暫く思考に集中していたイルハイアだったが、ようやく頭の中で整理がついたのか腕組みを解く。
そしてと俺と視線を合わせると……。
「……………………む、村が攻撃されたのはかなり前だ」
想定外の残念極まりない返答がイルハイアから飛び出した。
「一応、確認すっけど……。俺たちに話したくないって訳じゃねぇんだよな……?」
「ち、違う‼ 村が襲われた時のことはしっかり覚えてるし話せる‼ でも、頭の中で一日一日順繰りにさかのぼって思い出そうとしたら何かごちゃごちゃしてよく分からなくなったんだ‼ 仕方ないだろ‼ もう何日も前のことなんだから‼ お前の質問がわるい‼」
「逆切れマジか……⁉ いや、落ち着いてくれ。お前に話す気があって、そんで村が襲われた時の事を覚えてるってんなら全然問題ねぇから。そうだな……。なら村が襲われた日から今日までの事を順に話してくれねぇか? それなら別に難しくねぇよな……?」
「…………まぁ、それなら出来そうだ」
大雑把な返答をした上に逆切れまでしたイルハイアからは不安要素を強く感じ取れたが、続く話を聞く限り伝達能力や記憶力に関して問題はなさそうだ。恐らく単に日数の計算が苦手というだけの話なのだろう。
こうして俺たちはイルハイアの口から亜人村で何が起きたのか、そして村が襲撃されてから今日に至るまでイルハイアたちがどのように過ごしてきたのかを知る事になった。
◆◇◆
「…………くそ! 逃げられた!」
亜人村から程よく離れた森の中で悔しさの込もった声が反響する。声の主であるイルハイアの視界先には逃げていく兎の姿が映っていた。
「残念だったな、イル」
兎が完全にイルハイアの視界から消えるとイルハイアの背後に狼の顔を持つ亜人の男が現れ、イルハイアに声を掛ける。
狼の亜人は顔の印象こそ恐ろしいが、イルハイアに対しての態度や声色からイルハイアに深い愛情を持っている事が窺えた。
「父さん……。ごめん。せっかく訓練につきあってくれてるのに……」
「気にするな気にするな。そもそも最初から一人で狩りを成功させられるなら俺は要らないだろう? 失敗は次に活かせば良いさ」
「うん……」
狼の亜人の名はアルガイアと言う。彼はイルハイアの父であり、狩人だ。
この日、イルハイアは朝から父であるアルガイアに狩りの訓練に付き合ってもらっていた。
「よし、じゃあ早速イルが失敗した原因を考えるとしようか。イルは何が原因だと思う?」
「え……? うーん……。オレの足がおそかった……とか?」
「まぁ確かに身体能力面はまだまだ伸び代があるな。だが、俺が思うにイルが狩りに失敗する一番の原因は他にあると思ってる。そうだな……。イルは今日、どんな気持ちで狩りに臨んだ?」
「どんな気持ちって……。獲物を仕留めるって気持ちだけど……」
「本当にそうか?」
「…………そうだけど。というか、失敗する原因が分かってるならもったいぶらないで教えてよ」
「もちろん最後までイルが分からないようなら教えるつもりだ。だが、イルは一人前の狩人を目指しているんだろう? なら思考を停止して日々の研鑽を怠るべきじゃないな」
「うぐっ⁉ そ、そうだけど……。うん、分かったよ」
「よし、なら今日の訓練の終わりに答え合わせをしようか。狩りをする中で何がイルの心の中心にあるのか、ここからはそれを意識しながら──」
その瞬間、アルガイアの言葉を遮るように怒号と地響きが森中に轟いた。
「うわっ……⁉ 何だよ今の……⁉」
聞いたことのない音にイルハイアは飛び上がり、アルガイアにしがみつく。
そこでイルハイアはアルガイアの様子が変わったことに気がついた。
「──イル。訓練は中止にするぞ。今の大きな音は村の方角から聞こえた。直ぐに村の様子を確認しにいく」
「え……?」
「とにかく急ぐ。背中に乗れ」
「う、うん」
狩りの時にしか見た事のない父の剣呑な雰囲気に呑まれ、イルハイアは言われるがままアルガイアの背に乗る。
アルガイアは身体強化を用いて全力で森の中を駆け、二人が亜人村の見える場所に到着したのは怒号が聞こえてから三十分ほど経った頃だった。
そして、亜人村の光景を目の当たりにして二人はその惨状に絶句する。
「と、父さん……⁉ 村が……⁉」
「分かってる……‼」
亜人村は二人が朝に出発した時とはまるで違う姿に変貌していた。
家々は尽く破壊され、村の中には既に事切れていると思われる仲間の姿も見受けられる。
また、魔物と思わしき存在が何体も村の中を闊歩していた。
「な、なんで……⁉ 朝はこんな事になってなかったのに……⁉」
「……イルハイア。俺はこれから仲間を助けに村に入る。お前はここで父さんが仲間を連れて戻るのを待て」
「父さん……⁉ 待ってよ⁉」
「分かるな? お前がいては俺は全力で戦えない。安心しろ。父さんは村一番の狩人で戦士だ。一人でも多くの仲間をここに連れてくるよ。いいか。ここで待ってるんだ」
アルガイアはイルハイアの返事を待たず村に向かって駆け出していく。
イルハイアは村に走る父を呼び止め、父を追いかけようとするが……。
「そ、そんな……⁉ なんで⁉ なんでこんな時に動けないんだよ……⁉」
イルハイアの足は地に張り付いて動かない。目の前の現実を受け留めきれず気が動転していたイルハイアは体を思うように動かせなかったのだ。
既にアルガイアの姿はイルハイアの視界内にはいない。こうなってはもうイルハイアは父の言葉を信じてその場で待つという選択肢を選ぶ他なかった。
そうしてアルガイアが村に入ってからどれくらいの時間が経ったのか。イルハイアはそれすらも分からない。
だがそれでもイルハイアはアルガイアの言いつけを守り、その場でひたすら父の帰りを待ち続ける時間を過ごす。五分、十分、それとも一時間か。もしかするとまだ一分も経過していないのかもしれない。
村からは絶え間なく戦闘の音が鳴り響き、それが今も父の生きている証なのだとイルハイアは信じて父の帰りを待つ。
そして、とうとうイルハイアの前に人影が現れた。
「っ……! 父さ──⁉」
しかし、現れたのはアルガイアではない。黒いローブを纏った集団だ。
「────」
黒いローブの集団と目が合い、イルハイアは本能で彼らから危険を感じ取る。
とはいえ、彼らはイルハイアに攻撃態勢を取っている訳でもなく、イルハイア自身も彼らから敵意のようなものは何も感じ取っていない。むしろ彼らからは喜びに近い感情の色をイルハイアは感じ取っていた。
だが、黒いローブの集団の目は誰一人としてイルハイアを助けようと考えている者の目ではない。
狩人を目指すイルハイアは経験上、この目を知っていた。
────っ……⁉ これは獣が獲物をいたぶる時の……⁉
イルハイアの本能はこのローブの集団から逃げろと警鐘を鳴らす。足が震えて動かなくても逃げろと訴え続ける。
堪らずイルハイアはあらゆる思考能力を投げ捨て、この場から逃げる事だけに意識を集中させて逃げ道を探す。
しかし、そうして状況を確認した事が返ってイルハイアの意思を挫いた。
視覚は自らがローブの集団に囲まれてしまった現実を突きつけ、聴覚はローブの集団が自らに残酷な結末をもたらそうと口々に呟いているのを聞き取ってしまう。
“絶対に逃げられない”という確信がイルハイアの頭を覆い尽くし、イルハイアの逃げ出そうとする意思は急速に失われていく。
「……何をざわついている、お前たち……」
そんな危機的状況に追い打ちをかけるように新しく黒いローブの人物が集団に加わる。
ただ、この人物は他のローブの集団と違うようで独り言ではなく理性のある言葉を発していた。
「……君は……子供だな。お前たち……僕は、子供は見逃せ……と、言った筈だ……。それに……まだ終わってない……。さっさと、動け……。逆らうなら……殺すぞ……」
また、どういう訳か新しく加わったその人物はイルハイアを確認すると他のローブの集団を村の方へと追い払う。
「……それで、いい……。君は……解放、された……。何処へでも……好きな所に……。行くと、いい……」
言葉に比較的理性を感じられるローブの人物はそう言うと他のローブの集団と同じく亜人村の中へと歩を進ませ、イルハイアの前から姿を消す。
「────っ」
張り詰めた空気が霧散し、イルハイアは呼吸を思い出して大きく息を吸う。
酸素が脳に巡り、思考能力が再起動する。
そして今のローブの人物の言葉を心の内で反芻し、この瞬間イルハイアは黒いローブの集団が村を襲ったのだと初めて理解した。
「イルハイア……⁉ イルハイアか‼ 無事でよかった‼」
「族……長……?」
イルハイアの呼吸がやっと落ち着きを取り戻し始めたところで、数人の大人と子供たちを率いる亜人村の族長がイルハイアを見つけて駆け寄って来た。
「アルガイアにお前の事を頼まれている! 私たちと来なさい!」
「で、でも……! 父さんは……!」
「……っ! 今アルガイアと共に何人もの村の者が襲撃者と戦っている! お前たち子供を安全な所に避難させるのが今の私の務めなのだ! 着いてきなさい‼」
普段温厚な族長がここまでの剣幕を見せるのはイルハイアにとって初めての事だった。
それだけの事が現実に起きていると自覚させられ、いっそう心が不安に覆われていく感覚をイルハイアは覚える。
だが、族長が命令してくれた事はイルハイアにとって僅かな救いだった。
────族長の命令に従ってればもう安全……なんだよな? 父さんはきっと大丈夫……なんだよな?
そうしてイルハイアは族長たちと合流し、村から離れた狩人の小屋へと身を寄せる事となった。
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