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「その白い服の女とさっきの大男はだめだ。でも、おまえとだったら話をしてやる」
俺を殺しかけた子供に話し掛けられ、俺は改めてその子供を観察する。
イヌ科を彷彿とさせる特徴的な獣耳と尾を持ち、顔の造形は人間に寄っているタイプの亜人種だ。身長は百四十ほどで、外見通りの子供なら特におかしな点は見られない。
────他に見た目から分かる事があるとすりゃあ、かなり野性味溢れる格好って事だな……。
襤褸布同然の衣服に、整えられていないボサボサの髪や尻尾の毛並み。それは話し掛けてきた子供だけじゃない。他の子供たちもだ。恐らく短くない野宿生活によるものだろう。
また、性別に関してはそうした野性味溢れる姿である事や成長期前で性差がはっきりと体に表れていないのもあって外見だけで判別するのは難しい。
────まぁ、でもこいつの役割みたいなもんは何となく見えてきたか。
粗暴な口調と態度、そして接敵時に迷いなく攻撃を仕掛けてきた事から一見して好戦的な性格だと考えられたが、その一方で今は話し合いに応じる冷静な一面を見せている。
つまり、この子供はその時々の状況に合わせて柔軟に対応を変えているという事だ。
そして何よりも注目すべき点は、“そんな自分勝手とも言える行動が仲間の子供たちに咎められていない”という点だろう。これはこの子供が特別な立場にいる事を示しているようにしか見えない。
────それが許される立場はリーダーしかねぇよな。しかも信頼されてるリーダーだ。
先の戦闘で確かフォルグーンさんもリーダー格の存在を示唆するような事を口にしていた。きっとこの子供がそうなのだろう。
────そうと分かれば話に応じない手はねぇな。
と、俺がリーダー格の子に返事をしようとしたところ……。
「ちょ、ちょっと⁉ どうしてボクはダメでオチバなら良いの⁉ 魔力が苦手ならちゃんと抑えられるよ⁉ ほら!」
既の所でクラルテがリーダー格の子に突っ掛かっていった。
つい先ほど、クラルテは子供らの心を開かせようと自らの魔力の強さを披露したらしい。だが亜人村の文化において魔力はあまり褒められた力ではないようで、クラルテは子供らから大きな顰蹙を買ってしまったそうだ。
それを反省して今は魔力を抑えていると主張しているようだが……。
「………………」
「これでも無視するの⁉」
「………………」
しかし、リーダー格の子はクラルテの言葉に全く耳を貸すつもりはないらしい。無言でそっぽを向いている。
「う〜〜! もう‼ 分かったよ! じゃあオチバに聞いてもらうから! ねぇオチバ! どうしてボクじゃダメなのかこの子に聞いてよ!」
「えぇ……? 本気で言ってんの……? 本気で言ってそうだな……。でも絶対に最初に聞くべきことじゃねぇと思うぞ……? つーか、話を聞く限りじゃ明らかにお前の落ち度だろうし。……いや、けど待てよ? それなら特に魔力を披露した訳じゃないフォルグーンさんも話しちゃダメな理由はちょっと気になるか……」
「オチバ⁉ ボクが話しちゃダメな理由もちゃんと気にしてよ⁉」
「分かった分かった。今から聞くから落ち着けって」
別に質問の数や時間に制限がある訳でもない。強いて言うなら下手な質問をしてリーダー格の子にヘソを曲げられるとそれ以上こちらの質問に答えてくれなくなる可能性があるが、この質問ならば悪い結果にはならないだろう。
いや、むしろ亜人村の文化の一端を知る事で思わぬ地雷を避けられるヒントが得られるかもしれないという意味では有益な質問だ。
「それじゃあちょっと教えてくれ。どうして俺になら話をしてくれるんだ? クラルテとフォルグーンさん……こっちの白いマントの人とさっきまでいた大きい人と話したくない理由は何なんだ?」
自らの魔力の強さを披露したのはクラルテだけで、フォルグーンさんはその点で該当していない。つまり、魔力を披露することそのものは対話を拒否する理由とは考えづらい。
一方で俺とフォルグーンさんの二人でリーダー格の子を倒したが、俺との対話が許されてフォルグーンさんとの対話を拒否しているという状況から、リーダー格の子と直接対峙したことが対話を許される理由でもないのだろう。
「決まっている。おまえだけが戦士だったからだ」
「戦士……?」
リーダー格の子が俺とだけ対話をする理由は、“俺だけが戦士だったから”らしい。
だが、俺には何のことかさっぱり分からなかった。
するとそこへ……。
「……南の亜人村では勇敢な狩人を戦士と評する風習があるらしい。たった今、父テルグから聞いた話だ」
村長のテルグさんに亜人村の話を聞きに行っていたフォルグーンさんがちょうど帰ってきて俺の疑問に答えてくれた。
「フォルグーンさん……! てか早いな⁉ もうテルグさんから話を聞いてきたのかよ⁉」
「……私たちがフェリミリカと連絡している間に父テルグが状況を見越してハウデムと亜人村の関係を知る村の狩人たちを集めてくれていてな。お陰で亜人村に関しての情報は直ぐに聞くことが出来た」
流石は大公の騎士をしている者の父親と言うべきか。頭の回転が早い上に行動も迅速だ。テルグさんは俺たちが必要とする情報を先んじて集めやすいように準備していてくれたらしい。
「……話を戻すが、南の亜人村には魔力を用いずに戦い抜く狩人を一人前の戦士として認める習わしがあるようだ。オチバ・イチジク、君は亜人村の習わしにある戦士として認められたのだろう」
魔力を使わない戦いという事なら心当たりしかない。魔力を持たない俺は終始魔力を基準としない方法を駆使して戦っているからだ。“魔力を用いずに戦う”という点は確かにその風習と合致していると言えよう。
とはいえ、腑には落ちない。
「う〜ん……。でも俺は最後にフォルグーンさんの助けがなかったら絶対にやられてたぞ……? それなのに俺を一人前の戦士って認めるのはかなりおかしな話じゃねぇか……?」
魔力を使わなかった事は事実だが、あのまま一人で戦っていたら確実に俺は負けていた。それに俺の立ち回りはどう見ても一人前の戦士として認められるようなものでもない。やはり一人前と評されるのは疑問が残る。
「おかしくない。おまえは戦いにマリョクを使わなかった。勝ち負けは関係ない。だからオレはおまえを戦士として認めることにした。それだけだ」
だが、そんな俺の疑問をリーダー格の子は一蹴した。どうやら勝ち負けよりも魔力を使わないで戦う事の方が亜人村の価値観においては重要視されるらしい。
────今の言葉からすると、亜人村では実利より名誉を大事にするって価値観がある訳か……。いや、でも名誉を重んじる感覚を持つ奴が盗賊行為なんて働くか……? 好戦的な面と冷静に話し合いに応じられる面を柔軟に使い分けられる奴が実利を優先しないなんて事があり得るのか……?
戦闘で好戦的だった面と、こうして冷静に話し合いに応じる面。そして盗賊行為を働いていた件からもこのリーダー格の子は名誉よりも実利を優先する人物のように思える。
────なら多分、こいつは他に思惑がある……。それは何だ……?
リーダー格の子の思惑は読めない。
しかし、その答えはリーダー格の子を見つめる仲間の子供たちの視線で間もなく晴れた。
「──あぁ、そうか。難しく考えすぎたな。そうだった。仲間からこんなに信頼されてるって事は、それだけ仲間からの信頼を得られる行動をしてきたって事だもんな。お前は“何に置いても仲間の事を守る”って信念に基づいて動いてたのか」
「────」
「図星って顔だな」
戦闘で好戦的だったのは、勝って物資を相手から奪う事が明確に仲間の生存へと繋がるからであり、最前線に自身を配置していたのも仲間が危険に晒されるリスクを少しでも減らす為だろう。
そしてこうして話し合いに応じるのも仲間の安全を第一に考えているから、という訳だ。
全ての行動は仲間の為にしたと考えれば辻褄が合う。
「って事は、狙いは分からねぇけどクラルテやフォルグーンさんじゃなくて俺を対話相手に選んだのも同じように仲間の為って事なのかもな。……俺はそんな風に思ったけど、クラルテはどうだ?」
「うぅ……。一応、納得はできたよ……。仲間のためって理由なら納得するしかないね……。ボクの代わりにこの子に聞いてくれてありがとう、オチバ」
「そう落ち込むなって。てか、むしろ誇ってくれ。クラルテがいたからこいつら全員捕まえられたんだし。それにフォルグーンさんが俺を助けに動けたのだってクラルテが捕縛に集中してくれたお陰だ。こっちこそありがとな」
そうしてクラルテの疑問も晴れ、一段落つくと……。
「……さて、状況を見るに話を聞いて貰える状態にまでは持っていけたようだな。ならば丁度いい。父テルグから聞いた話を君たちと共有しつつ、不明な点はその子に聞くとしよう」
フォルグーンさんがテルグさんから聞いたという話を口にし始めた。
「……先程、父テルグの協力を得てハウデムの狩人たちに南の亜人村について何か異変を感じたりはなかったかと尋ねたのだが、やはり亜人村方面で何かしらの異変があったのは間違いないようだ」
「異変?」
「……ああ。あくまで証言によるものだが、“以前までは狩りに赴くと見掛けていた狩人と思われる亜人の姿をここ最近は全く見ていない”というような話を村の狩人たちから聞くことが出来た。加えて南の方での狩りでは魔獣が頻繁に出没しているように感じるという声もある」
「なるほど、両方を合わせて考えりゃ取り敢えず南の方で何かあったって推理すんのは妥当な話だな」
「……そういう事だ。では本題といこう。南の亜人村で何があったのか。この子に聞いてみてくれ」
「了解。……なぁ? 亜人村で何があったんだ?」
フォルグーンさんに代わって俺が尋ねるとリーダー格の子は言い淀む雰囲気を覗かせながらも重い口を開く。
「………………知らないやつらがオレたちの村を攻撃してきたんだ」
なんでも突如として現れた見知らぬ集団に亜人村が襲われたようだ。
「大人たちのお陰でオレたちは逃れた……。けど、その後大人たちは村に取り残された仲間を助けるために村に戻って……。オレたちは村から遠くにある狩人の小屋で待ってるように言われてた……」
子供たちを避難させた亜人村の大人たちは村の奪還と逃げ遅れた住民たちを救う為に村へと戻ったらしい。
そして子供たちは大人たちが戻るまで村から離れた所にある小屋での待機を命じられていたとの事だ。
「でも結局お前たちはその小屋で待機しないでハウデムに来たんだよな? どうしてだ?」
「一日待っても大人たちが戻らなかったら北にある人間の村に行くようにって族長に言われてたんだ。だからオレたちはここに来た」
南の亜人村から見ての北にある人間の村となると、それはここハウデムで間違いないだろう。
「え? じゃあお前たちはハウデムに助けを求めてやって来たって事か? いや、だったら何で早くハウデムに助けを求めなかったんだよ?」
「それは……。そもそもこの村の人間を信用して助けを求めるべきか分からなかったからだ……。人間には近づかないようにってオレたちはずっと聞いてきたから……」
ハウデムと亜人村は様々な問題を避ける為に表立った交流をしていない、とテルグさんも話していた。亜人村で人間に近づかないよう教えられていたのもその一環だったと思えば納得はできよう。
「じゃあ、そうやってどう接していいか迷ってる内に食料が必要になってハウデムの畑に手を出したり、行商人の荷物を奪おうとした……ってな訳か?」
「…………そうだ。だがそれを仲間たちに命令したのはオレだ。バツを受けるならオレだけにしろ」
「え、いや……。別に罰とかそういう話に広げるつもりはねぇんだけど……。つーか、その辺りの判断は俺じゃ決められねぇし……」
子供らの処遇を決める権利は俺にない。その判断を下せるのは被害に遭ったハウデム村長のテルグさんに任されたフォルグーンさんとフェリミリカ大公、そしてロイライハ帝国の東側辺境領域の統治を任されているフロンツィエ辺境伯の三人だけだ。
「まぁ、でも聞いた方が安心できるだろうし一応確認しとくか……。フォルグーンさん。フェリミリカ大公はフロンツィエ辺境伯なら悪い様にはならないって言ってたけど、具体的にどうなるかって想像ついてたりするのか?」
「……ある程度は想像できる。そうだな。作物の盗難自体はハウデム側が気にしていない点から不問になるだろう。だが、行商人を襲った件についてはそうもいかない。襲撃に加担した者は罰を受けてもらう事になると思われる。対外的な意味を重視するなら死罪となる場合もなくは……」
「ちょっ⁉ フォルグーンさん⁉ フロンツィエ辺境伯は悪い様にはしないって話だったろ⁉ 脅すにしてもやり過ぎだって⁉ よく見てくれ⁉」
「……む?」
子供たちはフォルグーンさんの淡々とした語り口と死罪という言葉に身体を強張らせていた。
俺の指摘でフォルグーンさんもそんな子供らの様子に気付いて口を噤み、改めて言い直す。
「……とはいえ、襲撃そのものは失敗に終わり行商人側にも大きな損失はなかった。辺境伯は亜人に寛容だ。君たちの身の振り方次第で不問になる可能性は大いにある。だがそれも私たちの口添え次第と言えるだろう」
「えーと……。フォルグーンさん? その言い方だとめちゃくちゃ脅し文句みたいになってんだけど……?」
「……言われてみればそうか。すまない。つい尋問時の流れで説明してしまった」
「いや、俺に謝られても……」
「……その通りだな。君たち、すまない。だが脅しているつもりはない。全て現実的に起こりうる話だ」
「フォルグーンさん……。その言い方もちょっと……。いや、もういいか……」
口下手なだけでフォルグーンさんにも悪気はないのだろう。だが、この一瞬で子供たちとの心の距離がより一層開いてしまったのは間違いない。
「あー……。要は俺たちに協力してくれるなら罪に問わないって話みたいだからさ。もう暫く付き合ってくれねぇか?」
「………………オレはおまえを戦士として認めた。おまえの言葉を信じてやる」
リーダー格の子の返事が来るのに割と長い間を感じたが、なんとかまだ対話に応じてくれるつもりはあるらしい。
「そう言ってくれて本当に助かるぜ。……あ、そうだ」
と、今更になって距離を縮める最初の一歩を完全に忘れていた。
「俺はオチバ・イチジク。オチバでいいぜ。お前のことはなんて呼んだらいい?」
「………………イルハイア。人狼族の戦士アルガイアの子、イルハイアだ」
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