208
2026年度もどうぞよろしくお願いします。
ヴィッツ公国からフロンツィエに向かう数時間ほどの船旅は特に大きな問題もなく終える事が出来た。
とはいえ、到着した時間は昼を大きく過ぎた頃合いだった。今からフロンツィエを出発しても次の街に着く前に夜を迎えてしまう。
東の国境線付近は近づけば近づく程に亜人たちが数多く住まう領域となっており、そこに住まう彼ら亜人たちを下手に刺激しないように辺境伯は魔獣掃討の部隊を頻繁に送れない事情がある、とルフナから聞いている。
要するに“東の国境線付近は他の地域よりも魔獣が生息しているから夜間の旅は避けた方が良い”という事だ。
そんな訳でフロンツィエに到着した俺たちは事前の打ち合わせ通り今日の残り時間はフロンツィエでの情報収集に充てていた。
「……すまない。少し尋ねたい事があるのだが……。いや、貴方を捕らえに来たわけでは……。待て。何故逃げようとする? 別にやましい事がある訳ではないだろう。なに……? 急ぎの用がある……? そうか、ならば致し方ないな。引き止めてすまなかった。ならばそっちの……。む、行ってしまったか……」
しかし……。
「…………二人ともすまない。また聞き込みに失敗してしまった」
船を降りてからフォルグーンさんが幾度も通り掛かる人に聞き込み調査をしてくれているが、その試みは今のところ全て失敗に終わっていた。
俺たちが尋ねているのはラスバブに繋がりそうな臭いのする情報や噂、そしてラスバブにアリルド、ユーリィさんとルーマの目撃情報なんかについてだ。尤も未だ芳しい成果は上げられていない。
「……だが安心してほしい。今のは間が悪かっただけだろう。フロンツィエはロイライハ帝国の重要な交易地点であり、多くの商人や旅人がここを通過して帝都へと向かう。聞き込みという方法に間違いはない筈だ。もう暫く続ければ何かしらの情報は得られる。待っていてくれ」
などとフォルグーンさん本人は豪語しているが、問題はそこじゃない。
────この人、単純に威圧感がすげぇんだよな……。
全身を鎧に包んだ大男にいきなり絡まれれば誰だって逃げ腰になる。俺だって相手の立場なら逃げていると思う。
「えっと、フォルグーンさん。じゃあ次はボクかオチバが聞き込みを代わろっか?」
「……クラルテ・フライハイト、君のその気持ちは大変有り難い。しかし、勇者と言えど君はまだ子供だ。娘を持つ親の身としては出来るだけ君のような子供を危険な目に遭わせたくはない」
「き、危険って……。そんな大袈裟な。ただ聞き込みするだけだよ……?」
「……それでも用心するに越したことはない。正直なところ、娘と同じくらいの年の君に魔王との戦いを任せることにも抵抗があるくらいだ」
「だったら聞き込みは俺が代わるよ。それなら問題ないよな?」
フォルグーンさんの気持ちは俺にも分かる。
いざ戦いとなれば戦闘能力の劣る俺はいつもクラルテの世話になりっぱなしだ。そんな時、“年長者として不甲斐ない”という思いはいつも感じている。
ならせめて戦闘じゃない部分で年長者としての意地を見せるべきだろう。
けれど、その理屈で言えば……。
「……待つんだ。それを言うなら私から見ればオチバ君も同じ若者だ。やはりここは私に任せてほしい」
三人の中で一番の年長者はフォルグーンさんだ。
今の俺の発言は裏目だった。当然、俺以上にフォルグーンさんは年長者としての意地がある。
「……それに私はフェリミリカの騎士だ。負けっぱなしではいられない。待っていてくれフェリミリカ。私は必ず勝利の報を君に届けてみせる」
違った。この人のこれは年長者としての意地じゃない。
「まさかこの人、あれこれ言ってたけどフェリミリカ大公に格好つけた報告をしたいってのが根幹なんじゃねぇか……?」
「お、奥さん想いの人だね……!」
「いや、そういう問題か……?」
俺とクラルテの声を他所にフォルグーンさんは再び聞き込みへと乗り出していく。
しかし、どれだけ張り切っても聞き込みの結果が出るかどうかは相手が情報を持ってるかどうか次第だ。
「…………本当にすまない。結局有益な情報を得られなかった上、時間も無駄にしてしまった。私の失態だ」
詰まる所、あれから日が暮れるまでフォルグーンさんは聞き込みに力を尽くし、何とか数回の聞き込みに成功したがこれと言って特別有益な情報は得られず、撤退を決めた俺たちは宿を探して夕食を取りながら明日以降について話し合っていた。
今、俺とクラルテの前には無精ひげを蓄えた渋いイケオジが見るからに申し訳ないといった表情を浮かべている。兜を取ったフォルグーンさんだ。
「そんな謝らないでくれって。一応、聞き込み自体は出来たんだからさ。というか、そもそも初っ端から手掛かりになる情報が得られる可能性の方が遥かに低いんだから“手に入れられたら儲けもの”ってなもんだろ」
「うん、オチバの言う通りだよ。それにあの感じだと本当に誰もラスバブに繋がるような情報は持ってなかったみたいだし、ボクやオチバが聞き込みしても結果は同じだったと思う」
「そうそう。むしろラスバブたちがこの辺りにいない可能性が高くなった事を受け止めて次に進もうぜ」
「……そうか。確かにそういう捉え方もあるな。二人の心遣いに感謝する。フェリミリカにはそのように報告するとしよう」
今日一日フォルグーンさんと過ごして分かった事がある。
どうもこの人は非常に生真面目で不器用な人らしい。
感情の起伏をあまり感じさせない冷静な口調から冷たい印象を受けるが、それは真面目すぎる故のものだ。
話す時に間を置く癖があるのも、口にする言葉を慎重に選んでいるからなのだろう。
ひょっとするとフルフェイスの兜を好んで着けているのは真面目すぎて直ぐに浮かび出てしまう表情を相手から隠す為なのかもしれない。
「ま、それじゃ明日以降の動きについて纏めとこうぜ」
「……そうだな。とはいえ、情報を得られなかった以上は街道に沿って国境線に真っ直ぐ進む方針を取るつもりだ。勿論、提案があれば聞こう」
「提案か……。いや、俺からは特にないな」
少し考えてみる素振りをしてみたが、俺は全くロイライハ帝国の地理を知らない。提案できる要素は欠片も持ち得ていなかった。
「あ! 提案提案!」
だが、クラルテには何かあるらしい。手を高く挙げて強く主張している。
「……勇者の君からの提案か。是非聞かせてほしい。何処か気になる場所が?」
「あ、いや……。何処に向かうとかって話じゃないんだけど……。ほら、ボクたちってこれから旅をする仲間でしょ? だったらお互いのことをもっとよく知っておいた方がいいと思うんだ」
「…………なるほど。分からないでもない。互いの能力を把握し合うことで戦闘中もよりフォローしやすくなるという訳か。しかし、手の内を明かす事が全て良い方向に行くとは限らない。例えば、捕虜となって尋問された時に手の内を明かした事で情報が漏れてしまうなどという危険もあり得る。それは分かっているか?」
フォルグーンさんは手の内を明かすのは危険と隣り合わせだと判断していた。流石は大公の騎士と言うべきだろうか。警戒を怠らない。
そして危険を承知で手の内を明かすのかと確認するフォルグーンさんに対し、クラルテはというと……。
「へ……? 手の内……? えっと、それでもいいんだけど……。ボクとしてはもっと仲良くなる為の話がしたいなって! 何が好きとか、何が苦手とか、思い出話とか! 因みにボクは果物全般が好きだよ!」
目をパチクリとさせ、堂々と自分の好きな物を宣言する。つまり、自己紹介だった。
「苦手なのは……う〜ん、あんまり思いつかないかな!」
「なに言ってんだ。朝起きるのとかめちゃくちゃ苦手じゃねぇか」
「オチバ⁉ そ、それはいつか苦手じゃなくなるからいいの! はい! とにかく次はオチバの番だよ!」
「はいはい。ま、俺もフォルグーンさんと仲良くなるのは賛成だ。つっても、好きな物か……」
考える。少し前までは好きな物と言えば勘違い系の作品と答えられたが、最近は勘違いされて崖っぷちに立たされる心情というのを数多く経験してしまって素直に即答し辛い気持ちが強い。
それにこの世界にはそういった娯楽に徹した書物はあまり普及していない様子だ。
目的はフォルグーンさんと打ち解ける事であり、だとすればこの世界である程度普及している物で答えるべきだろう。
とはいえ、この世界で経験した中で俺が好きになったものはいったいどんなものがあったか。取り敢えずこの世界に来てからの事を思い出してみる。
知らない世界に俺を裸で転移させた神。
無関係なのに突然俺を決闘に巻き込んできた危険な宿の店員。
俺に呪いを掛けた上に危ない宗教を信仰して俺を勝手に使徒認定してきた熱狂的な狂信者。
────ん……? あ、あれ……?
この世界に来てからの事を思い返せば思い返すほど理不尽な目に遭った思い出が最初に脳裏を駆け巡る。
────い、いや! よく思い出せば仲良くなった奴らもいるし……!
強く印象に残っていたのは理不尽な思い出ばかりだが、きちんとしっかり思い出せば良好な関係を築けた奴らも大勢いた。
尤も良好な関係を築く彼ら彼女らも初対面の印象はたいていマイナスからのスタートだったが。
────てか、別に好きな物を人に限定する必要はなかったな……。
強烈な思い出の数々に思考が本題から脱線してしまっていた事に今更気付く。
「あ……」
そうして考えた末、俺は“この世界にだけ存在するあまりにも衝撃的で今でも憧れる事象”に思い当たった。
「魔法だ……。俺、魔法が好きかもしんねぇ」
魔法。それは俺には理解不能で、意味不明で、この身においては魔力を持たない故に使う事すら出来ない事象。
これまで戦ってきた相手が使う魔法には何度もふざけんなと思うこともあった。
だが、それと同じ数だけ俺の窮地を救ってくれたのもまた魔法なのだ。
「いや、“かも”じゃない……。間違いなく俺は魔法が好きだ……! あ、もちろんその中には魔道具も含んでるぜ。そんで後は苦手な物だけど……。これは決まってる。暴力沙汰はマジで勘弁って感じだ」
「そっか。当たり前過ぎて思いもよらなかったけど魔法って凄く便利だもんね! 分かる! それに、うん! ボクも出来るなら争い事は話し合いで解決したい派かな!」
クラルテが相づちを打ち、次はフォルグーンさんの番だ。クラルテはパスを投げる様にその視線をフォルグーンさんに向かわせる。
そうして俺もフォルグーンさんを見て、そこで彼が目を見開いて驚いている事に気づいた。
「……意外だな。オチバ・イチジク、君はてっきり好戦的な性格をしているのだとばかり思っていた。あれだけの功績を戦闘面で叩き出しておきながら君は暴力沙汰を忌避しているのか」
疑っているという表情じゃない。心の底から驚いている顔だ。この人は本当に感情が直ぐ顔に出る性格らしい。
そしてフォルグーンさんのその顔を見てたった今気づいた。
────そう言えば“俺が戦闘能力を殆ど持たない”って事をフォルグーンさんにまだ伝えてねぇじゃん……⁉
勇者の同行者で、アーディベル公爵家令嬢の付き人で、帝都の決闘で名前が広がっていて、セアリアス学園でも立て続けに決闘をしてそれらの全てに勝ち、ラスバブの襲撃騒動でも一定の働きを見せた立役者。
そんな経歴があると事前に耳にしていたら俺に何かしらの特別な戦闘能力が備わっていると思ってもおかしくはない。
というか、確実にこの反応は俺が特別な戦闘能力を保有していると思っているやつだ。
「あ、いや……⁉ それは多分違くて……! 俺は──」
否定すべく俺は口を開いたのだが……。
「……待ってくれ。話さなくていい。今のは私が迂闊だった。何も君の手の内を知りたくて口にした訳では無い」
俺の声にフォルグーンさんの声が被さる。
「いや! そうじゃなくて! 単純に──」
「……すまない。私は直ぐ顔に出る人間なんだ。そして見ての通り私の本分は騎士。前衛として最前に立つ事にある。兜で顔を隠してはいるが、いざという時に私の表情が原因で敵に情報を与えてしまう可能性は否定できない。……この短期間でこれの程の功績を打ち立てた事を思えば、君は恐らく私より多くの修羅場を潜り抜けているのだろう。戦闘の機会があれば頼りにさせてもらう。上手く私を使ってほしい」
めげずに続けようとしたが駄目だった。
困った。完全に誤解を解くタイミングを逃してしまった。どう説明しようとも俺のふざけた経歴が邪魔をして謙遜しているようにしか見えなくなってしまう。
口頭での説明は最早不可能。模擬戦をして実力を明らかにするなんて手段も一考するが、どうせ手加減をしたと思われるのがオチだ。というか、そもそも模擬戦と言えど不用意に戦って怪我をするリスクは負いたくない。
「あー……。うん。こっちこそ頼りにさせてもらうよ。フォルグーンさん」
そういう訳で、今回も俺は早々に無駄な抵抗は止める事にした。
「……ああ。よろしく頼む。オチバ・イチジク」
「それじゃあ次はフォルグーンさんの番だね!」
「……む、そうだったな。私の好きな物……」
クラルテが話を軌道修整し、フォルグーンさんが考える素振りを見せるが……。
「……ふむ。やはり私が好きなのはフェリミリカだな。私は彼女を愛している」
その答えが出るのに十秒も掛からなかった。
いや、今日のフォルグーンさんを見ていればこの答えが出るのは最初から分かりきっていた。
けれど、この会話の目的は互いを知って仲を深める事にある。既に分かりきっている既出の情報よりも新出の情報の方が欲しいところだ。
要するに、もしかしなくてもフォルグーンさんはかなり天然が入っているのだろう。
「そ、そうだったね! あ! それなら次に好きな物とか──。あ、ボクたちの料理が来た!」
クラルテが続けて質問を浴びせようとすると、ここで俺たちのテーブルに料理が運ばれてきた。
クラルテの意識は既に料理へ向いている。
フロンツィエで出される料理は種類が豊富だ。
それはフロンツィエが東の国境線から尤も近い貿易都市として栄えているからだろう。フロンツィエでは常に他国の畜産物、農産物が市場を出回っており、湖と隣接しているお陰で水産物にも事欠かないのだ。もしかすると食事事情に関しては帝都よりも優れているのかもしれない。
「フロンツィエもヴィッツ公国も色んな食材が集まるから沢山のジュースがあって飽きないよね! 今日は初めて見た名前の果物のジュースがあるから頼んだんだ〜!」
クラルテはワクワクとした様子でテーブルに置かれたジュースに手を伸ばし……。
「ちょっ⁉ 何するのさフォルグーンさん⁉ それボクが頼んだジュース……⁉ あ〜⁉」
寸前でフォルグーンさんがそのジュースを取り上げ、一気に飲み干した。
「ぼ、ボクのジュース⁉ 酷いよフォルグーンさん⁉ どうして⁉」
動揺し、僅かに涙まで浮かべるクラルテはよっぽどジュースを楽しみにしていたに違いない。
フォルグーンさんはイタズラのつもりだったのだろうか。だとしたらその距離感は明らかにおかしい。はっきり言ってドン引きだ。
なんて感想を抱いていると、フォルグーンさんが口を開いた。
「……いきなり奪ってすまない。だがこれには理由ある。これは酒だ。そしてこの酒は間違っても子供が飲むものじゃない。その証拠に。私の顔を見ろ…………」
そう言われてフォルグーンさんの顔を注視すれば、その顔がみるみると赤く染まっていくのがはっきりと分かる。
「フォルグーンさん⁉ だ、大丈夫⁉ ご、ごめん! ボク、そうとは知らずに……⁉」
「……なに、心配するな。ん…………? 何故ジークリットがここに……? 学園はどうした?」
「おいおいおい⁉ 酔いが回るの早すぎるだろ⁉ 酔ってジークリットさんの幻覚が見えてんぞ⁉」
フォルグーンさんはクラルテを見て存在しないジークリットさんに話しかけていた。既に瞳も胡乱げであり、更には座っているのに上半身がふらふらと大きく揺れている。
「こんな所で寝られたら厄介だぞ……⁉ クラルテ! フォルグーンさんの意識がある内に部屋のベットに運ぶ! 手伝ってくれ!」
「う、うん……!」
「……すまない、ジークリット。学園で好きな人が出来たのか尋ねるのはもうしない。謝るから無視はしないでくれ」
「フォルグーンさん! それ以上は静かにしてた方が身のためだぞ! てか、こんなので他所の家庭の生々しい事情なんて知りたくねぇ!」
果たして仲が深まったと言えるかは微妙だが、こうして図らずも俺たちはフォルグーンさんの新たな一面を垣間見たのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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