207
拐われたユーリィさんとルーマ。
二人を拐ったラスバブとアリルド。
四人の居場所は“ロイライハ帝国の東側にある今は稼働していない砦や要塞等の施設”と見られ、フェリミリカ大公の指示で捜索班がそれらの施設を調査する事になった。
また、クラルテの提案により俺とクラルテも捜索班として動く事が決定し……。
「校門前で集合って話だけど、いったい誰が来るんだろうな……」
「ね? 誰だろう? う〜ん、“現地に詳しい人”って事はアリクティさんとか?」
捜索班から必要物資を受け取った俺とクラルテは、今セアリアス学園の校門前でとある人を待っている。
だが俺たちはその人物の詳細な情報を受け取っていない。
分かるのは“その人は連絡役兼現地に詳しい案内役として俺とクラルテに付いてきてくれる”という事と、“待ち合わせ場所にセアリアス学園の校門が指定されている”という事だけだ。
しかし、未だそれらしき人物は校門に現れていない。
「どうだろうな。アリクティさんはルフナと一緒に動きたいだろうし……」
「あ、そっか。ん……? あれって……」
なんて会話をしていると、二つの人影が校門に近づいて来ていた。
「あ! いた! 良かった! まだ出発してなかったわ!」
「オチバ、クラルテさん、見送りに来たぜー」
「え……? リスティアお嬢様とスピラ……?」
二つの人影はリスティアお嬢様とスピラのものだ。
もしかして二人が俺たちの待ち人なのかとも一瞬だけ考えるが、見送りに来たという発言からその考えを直ぐに打ち消す。
「何よその味気ない反応は⁉ オチバ! あなたはわたしの従者なのよ! ここはもっと別れを惜しむ感動的な場面なんじゃないかしら⁉」
「悪りーなオチバ。これから出発するって時に邪魔しちまって。でもリスティアがどうしても見送りたいってうるさくてさ。……ま、それにしたってその反応はどうかと思うぜー?」
「ご、ごめんって! ちょっと待ち合わせしてる人が来なくて肩透かし食らったんだよ。二人とも見送りに来てくれてありがとな」
「ふふ、冗談よ。でもあなたがわたしの従者って事に変わりないのは本当だから。ちゃんとあなたの無事を祈って見送るわ」
と、リスティアお嬢様が微笑みを浮かべたその時……。
「……すまない。お待たせした」
突如、男性のくぐもった低い声が響いた。
声が聞こえた方へ目を向けると、いつの間にかそこに魔馬車がある。
そしてその御者台には全身を鎧で覆って大剣を背に携える鎧騎士が腰を据えていた。声の主はこの人物だろう。
一昨日までの俺ならこの人物が誰なのか全く見当もつかなかったに違いないが、今ならその人物が誰なのか見当がつく。一昨日の騒動で俺はこの人物を見知っていた。
鎧騎士は魔馬車の御者台から颯爽と降り、俺たちに一礼する。
「……案内役として君たちと行動を共にさせてもらうフォルグーン・ヴィッツだ。よろしく頼む」
連絡役兼案内役として俺たちに派遣されたのはフェリミリカ大公の伴侶であり、彼女の騎士──フォルグーン・ヴィッツさんだった。
「……この魔馬車は私たちの移動手段だ。乗ってくれ」
フォルグーンさんはそう促してくれるが、俺たちはその声に即座に反応できない。
何故なら……。
────でっけぇ……。身長いくつだよ……。
二メートルを軽く超えるフォルグーンさんの巨体にこの場の全員が圧倒されてしまっていたからだ。
「…………すまない。どうやら人違いをしてしまったようだ」
「っ……⁉ いや! 合ってる‼ 返事が遅れた! 悪い! ……俺はオチバ・イチジク。こっちがクラルテ・フライハイト。俺たちがフォルグーンさんと一緒に捜索するメンバーだ。此方こそよろしく頼むよ」
「ご、ごめんね……⁉ 気配で強い人って分かったからちょっと警戒しちゃった……。フォルグーンさん、よろしくね!」
俺と違ってクラルテはフォルグーンさんの巨体に圧倒された訳ではなく、フォルグーンさんの強者としての気配を感じて警戒していたらしい。
「……そうか。それならよかった。……いや、よくはないな。別れの挨拶の邪魔をしてすまない。準備が出来たら乗り込んでくれ」
フォルグーンさんは言葉少なに再び御者台へと戻っていく。
「……それじゃあ行ってらっしゃいオチバ。ちゃんとユーリィとルーマを連れて帰ってくるのよ? クラルテはオチバをよろしく頼むわね?」
「クラルテさん、お気をつけて! オチバはクラルテさんの足を引っ張らねーように気をつけろよな! つーか、ケガとかすんなよ……?」
「ああ。ユーリィさんとルーマを連れて戻って来るし、怪我もするつもりはねぇよ。行ってくる」
「大丈夫! オチバの事はボクに任せて! 行ってきます!」
そうして挨拶を済ませた俺とクラルテはフォルグーンさんが御する魔馬車に乗り込み、程なくして魔馬車は出発する。
リスティアお嬢様とスピラは俺たちが乗り込んだ魔馬車の姿が見えなくなるまで校門で見送ってくれていた。
◆◇◆
俺たちを乗せた魔馬車はセアリアス学園の校門を出てヴィッツ公国の街中を走る。
「マジで外に被害は出てねぇんだな……」
事前に学園外に大きな被害はなかったと聞き及んでいたが、実際にこの目で見れば明らかだ。
一昨日の騒動でセアリアス学園内の幾つかの棟は倒壊してしまっていたのに対し、ヴィッツ公国の街中には倒壊している建物など一つも見当たらない。
往来する人々は皆ライハ神の降臨を祝うムードに包まれて笑顔を浮かべており、まるでつい先日崇拝するライハ神が凶悪なクルエル教徒に狙われた事など知らないかのようだった。
「いや、これってマジでラスバブの騒動を知らされてないのか……?」
「……その通りだ」
俺の独り言に御者台のフォルグーンさんが答えてくれた。
「……ヴィッツ公国で暮らす国民たちには一連の騒動について知らせていない。騒動があった事を知っているのは祝祭会の日にセアリアス学園にいた者だけだ。生徒や教職員、あの日祝祭会に招かれた来賓者には箝口令を敷いている」
「か、箝口令……? そんな事して大丈夫なのか? この国の人たちは皆してライハ神を崇めてるんだろ? そんな隠蔽みたいな事してたのがバレたら……」
「……大丈夫ではないだろうな。国民のライハ神への想いはそれだけ大きい。だがそれだけ強い気持ちを持っているからこそ、真実を伝えてしまう事が国民たちの暴走に繋がって良からぬ事態を招く可能性も危惧される。今は何より拐われた者の救出に注力せねばならない、そう大公は考えて国民に今回の騒動を伝えない判断をした」
「そうか。真実を伝えた方がよっぽど危険って場合もあるよな……」
要は混乱を防ぐ為という訳だ。
ライハ神の人気を見るに、ヴィッツ公国の国民たちは真実を知ればラスバブを打倒しようと立ち上がってしまう可能性が高い。
そうなれば予期せぬ新たな問題が続け様に勃発してしまうだろう。
これからユーリィさんとルーマの救出やラスバブとアリルドを倒さなければいけないという時に新たな問題を発生させるべきではない。
その意味においてフェリミリカ大公の情報統制という判断は理に適っていると言えよう。
とはいえ、“情報統制をしていた事実が国民の前で明らかになればそれ相応の報いを受ける”というリスクを抱えている判断でもあった。
「ボクもフェリミリカ大公の立場だったら同じ判断になってた思う。相手は魔王だからね。街の人たちを危険から遠ざけるなら伝えないのが確実だもん」
クラルテもフェリミリカ大公の判断を推す。
思想的な意味でも戦闘能力的な意味でもラスバブは特大の危険人物だと言える。国民の安全を考えるならラスバブと接触させないに越したことはないという事だ。
「……ところで話は変わるが、フロンツィエに着いた後の具体的な行動指針や捜索班からの伝達事項について共有しておきたい。構わないだろうか?」
ヴィッツ公国は湖に囲われた孤島のような立地であり、魔馬車だけでは湖を越えて東側を捜索しに行くことは出来ない。
だから俺たちはこれから魔馬車と共にヴィッツ公国とフロンツィエを往来する定期船に乗船する予定だったのだが、そう言えばフロンツィエに着いた後の事はまだ決まっていなかった。
「ああ、それは助かる。俺もそれについては相談したかったんだ。というか、捜索班からの伝達事項って……?」
「……そうだな。先ずはそれから話そう。ユーリィ・マヤリス。ルーマ・アルメヒス。アリルド・レイジアン。そしてラスバブ。捜索班はこれらを捜索対象とし、幾つかの小隊に分かれて捜索する計画を立てた。私たち三人もそうした小隊の一つだ。だが私たちは他の小隊とは違い計画的な動きを求められていない。私たちに求められているのは臨機応変な動きだ」
「臨機応変な動き? 何でボクたちだけ他の小隊と違うの?」
「……それは勇者クラルテ・フライハイト、貴女がいるからだ。魔王の対処に関しては貴女に一任する、という旨を大公から伺っている。いざという時に貴女が自由に動けるようにするには貴女を捜索班の指揮系統に組み込む訳にもいかない」
「あ、そっか! それは助かるよ!」
「ん……? けど、そうすっと俺たちは何処を捜索するって事になるんだ?」
捜索班の指揮系統に組み込まれていないという事は、俺たちは何処からの指示もないまま捜索に当たるという事だ。そうなると他の小隊と捜索箇所が被ってしまうなんて可能性は大いにあり得る。
もっと最悪なのは既に他の小隊が捜索を終えていた場合だ。捜索箇所の距離が距離なだけにそうなった時の徒労感は凄まじいだろう。
「……それについては一応だが決まっている。配られた物資に地図がある筈だ。広げてくれ」
しかし、捜索箇所が被る可能性についてはある程度の対策をしてくれていたようだ。
フォルグーンさんに言われて俺は捜索班から配給された必要物資から地図を取り出して広げる。その地図には先の作戦会議でアリクティさんが机の上に広げていた地図と同じように幾つかの箇所に丸印が記されていた。
そして御者台のフォルグーンさんが後ろ手に地図の端に付けられた丸印を指さす。
「……他の小隊は各地の近場の箇所から順に巡り、最後には国境線付近の箇所を捜索するルートを辿る事になっている。つまり、“計画されたルートを逆から巡るならば捜索箇所が他の小隊と被る可能性は限りなく低くなる”という事だ。だから私たちは最も国境線付近にある要塞、ここを目指して出発する」
フォルグーンさんが指し示したのは地図に付けられた丸印の中でも一番遠い箇所だ。
地図上の目算でもアーディベル領からヴィッツ公国までの距離の五倍はある。魔馬車での移動で本当に助かった。
「……とはいえ、これは一応で設定された目的地だ。私たちに求められているのは臨機応変な動きだというのを忘れてはならない」
「臨機応変っていうと……。なるほどな。俺たちは他の小隊と違って“手掛かりを集めながら動くこと”を求められてる訳か」
「……そういう事だ」
他の小隊に求められているのは計画通り指定されたルートを通って全部の丸印の箇所を捜索する事だが、俺たちに求められてるのは現地の情報収集であり、国境線付近の丸印の箇所を捜索する事は俺たちに与えられた本命ではないのだ。
「え⁉ ちょ、ちょっと待って⁉ もう少し分かりやすく教えてほしいかも⁉ どういうこと⁉」
俺たちに与えられた役目は、この道中で得られる現地の情報から捜索対象の位置をより詳しく特定すること……。
「早い話、国境線に着くまでに色んな人から話を聞いて怪しい場所に見当がついたら寄り道するって事だよ」
「あ、なんだ! そういう事か!」
「……そういう訳でフロンツィエに着いたら聞き込みから始めたい。構わないだろうか?」
「ああ、異議なしだぜ」
「うん! いいよ!」
「……これで私から共有しておきたい事項は伝え終えた。いや、まだ一つあったか……。私は連絡役として定期的に捜索班と連絡を取る為、連絡手段の魔道具を預かっている。これは事前に登録された魔力でしか動かせず、私の魔力でしか動かせない。定期連絡の際は声を掛けよう。…………これで本当に私からは以上だ。さて、そろそろ港に着くな」
前方を見やれば、この国に来る時にも乗船した船が港に停まっていた。
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