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「ここがリザイアスが言ってた……宿? 洞穴の間違いじゃねぇんだよな……?」


 リザイアス手製の手書きの地図を頼りに俺が辿り着いた場所は人通りの少ない通り、そして大きな岩石に穴を開けて作ったような無骨な建物だった。


「この地図が正しいってんなら、間違いねぇんだろうけど……」


 その洞窟が辛うじて宿であろうと推測できるのは外看板に見たことのない文字で大きく、『カザン亭 旅人宿やってるよ! 料理も美味しいよ!』と書かれていたからだ。


 どうして見たことのない文字が読めるのかは不明だが、とにかくこの看板に書かれた文字が示す通りならばここは宿ということなのだろう。まず間違いなくこの外看板がなかったらスルーしてただろうが……。


 ──それにしても、こんな場所で宿を開くってのは立地悪がすぎじゃねぇか?


 寂れた通りなのは、この場所が街の出入り口から遠く離れた外郭部に存在するからだろう。

 街に着いたばかり人が泊まるにしては利便性があまりにも悪く、飲食が出来る店としてもこの外装では閑古鳥が鳴いていることは想像に難くない。


「けど今はリザイアスを信じるのみだ!」


 意を決してカザン亭に入店してみると、予想に反していくつかの少数の人だかりがテーブルを囲って食事をしている。

 広さも外観から出来た予想よりも十分以上に確保されており、二階や地下に続く階段も設置されているのが確認できた。


「おぉー、意外と繁盛してそうだな。実は隠れた名店とか?」


 そうして俺が店のギャップに驚いていると、


「いらっしゃーい! 食事? それとも宿泊? 食事なら空いてる席で待ってて! 宿泊ならカウンターにお願ーい!」


 早速店員が忙しそうにバタバタとした様子で俺に声を掛ける。


 そして、現れたその人物に俺はある種の感動を覚えていた。


 現れた店員は、紅い瞳、亜麻色のロングヘアーを持つウェイトレスの美少女だった。

 しかし、見ただけで普通の人間ではないと分かるものが少女の頭の上とスカートの裾から生えている。


 少女の頭からは二本の角、そしてスカートの裾からは大きな尻尾が伸びて揺れ動いていた。

 所謂、リザイアスとは違う種族の竜人なのだろう。


 その中でも一番の感動ポイントは、


「えーと、お兄さん? 食事? それとも宿泊? おーい?」

「すげぇ、俺感動してる…角や尻尾が生えてる美少女ってファンタジーにも驚きだけど、ちゃんと常識人に会えたことが何より嬉しいんだけど……」

「え⁉ ちょっとちょっとお兄さん⁉ 何でいきなり泣きそうになってるのよ⁉ ……もしかして酔っぱらってる? 入り口で立ち止まると他のお客さんの邪魔になるから冷やかしなら出てってちょうだい!」

「あっはい。それじゃ、宿泊なんで……えーと、カウンター行きますね」



 ◇◆◇



 宿泊手続きの為にカウンターへ向かえば、カウンターには右目部分を伸ばした金髪で隠す少年が座していた。


 しかし、小学生のような小さい体躯でありながら俺を見やる黒色の左目は鋭い眼孔を放っている。


「よく来たな、だがこんなところまで来てこの宿を選ぶとは奇特な客だ」


 ────その奇特な客に対して随分な態度するなこいつ……。


 どう見ても俺より年下だが、カウンターの向こうで座している以上カザン亭の従業員なのだろう。


 ────おっと……。さっきの竜人ウェイトレスさんには思いっきり不審に思われたからな。ここは笑顔で……。


「ここで宿泊の手続きを……」


 印象を良くするために笑顔で臨んだのだが、


「なんだ、その胡散臭いにやけ面は。笑顔のつもりか? だったらその行為は逆効果になっていると言わざるを得ないな」


 ────この国には初対面の相手に挨拶代わりに罵倒する習慣でもあんの……?


「それに私は従業員ではないからな。ただここに座ることで給与が与えられると聞いたから居座っているだけのこと」

「えぇ……? それは従業員では……? つーか、何その仕事……。すげぇ楽じゃん……」


 もう何だか嫌な予感がした俺は、店を出る選択肢が頭を過ぎり始めていた。


 そんな中、俺と目の前の少年との間にトラブルが発生したと感じたのか、先ほど俺を出迎えてた竜人ウェイトレスがやってくる。


「お客さんごめんねー! ネーロ、接客はちゃんとしろって言ったわよね。名前と宿泊日数を聞いて、代金を戴いたら宿帳に記入する。それだけの事も出来ないの? 口を開かないでいてくれた方がマシじゃないかしら?」


 ────あ、あれ……? おかしいな。目にゴミでも入って、ついでに空耳でも聞こえたのか……? さっきまで笑顔だった竜人ウェイトレスさんがすごい冷ややかな表情で少年を見下ろしているように見えんだけど……。


 一応、目を擦って確かめるが俺の視界情報は正確らしく、どうやらあれが竜人ウェイトレスさんの本性のようだ。


「出来ないのではない。しないのだ。オーナーから許可も得ている。確かにここで対応してくれとお願いされたが、『ここで座っていればいいんだな?』と重ねて問うたところホッと息を吐いて頷いてくれたぞ?」

「それは呆れられてるのよ! ばか!」

「ふん、それよりいいのか? 貴様こそ客の前で中々の粗相をしているように思えるが。そんなに怒り散らしてそこの奴も困惑しているぞ?」

「あっ⁉ し、失礼しました〜! うふふ〜」


 竜人ウェイトレスさんは取り繕うが、もう遅い。


 ────け、けど別に多少裏表があるくらい気にするような事でもねぇしな‼


 悲しいかな、俺は多少の裏表がある人物と相対したくらいで動じるような人生を送っていない。

 驚きこそすれ、本当に気にする程の事ではないのだ。


「そう気にするな、リーノ。長時間の接客で心労が溜まっていることくらいの理解は示そう。許してやってくれ客よ。いけ好かない客の対応でもして疲労困憊(ひろうこんぱい)だったのだろう」


 取り繕う竜人ウェイトレスさんの姿を見たカウンターの少年は同情するようにそう言うが、


「お、お客さ~ん、宿泊でしたね? 名前と宿泊日数とお代が戴けたら手続きは大丈夫ですので~」


 ウェイトレスさんは少年を無視しつつも、引き吊った笑顔を俺に向け、少年の代わりに宿の手続きを始める。


「あ、ああ。名前はイチジク──」


 俺もこの場から早く退散したい気持ちから名前を教えようとしたところ、


「精神に乱れがあるな。顔と心が一致してないぞ? 情緒不安定なのか貴様? ……これがもしや更年期──」

「それ以上言わせないわよ!? もう我慢ならない! 上等よ!! 決闘してあげる!! 絶対泣かすわ!!」


 ────逃げ切れんかったか……。



 ◇◆◇



 現在、無関係の筈の俺はカザン亭の従業員である竜人ウェイトレスさんとカウンターに座っていた少年の二人と共に、店先の空き広場へと集まっていた。


 ────ところで君ら店は放置していいの? つーか、俺は何で連れてこられたの?


 竜人ウェイトレスさんに付いてくるよう言われ、半ば強制的に付いてきてしまったが、俺を連れてきた理由はまだ教えて貰えていない。


 すると、やっと説明してもらえるのか竜人ウェイトレスさんが口を開いた。


「巻き込んでごめんなさいね。わたしはリーノ。今からこの世間知らずの無駄飯食らいに灸を据えるため、決闘を申し込もうと思うの」


 竜人ウェイトレスさんの名前はリーノと言うようだ。


「リーノか。俺はイチジク。それで……決闘だったか? それをするのは分かったけど……何で俺が一緒に連れてこられてんの?」

「ええ、それはあなたに審判をしてもらいたいからよ。審判は互いに関係のない人物の方が公平でしょ? 任せてもいいわよね?」


 有無を言わせない笑顔で圧を掛けてくるのは、既に化けの皮が剥がれる場面を俺が目撃してしまったからだろう。


 とは言え、俺は嫌な事は嫌と言える人間だ。


「確かに俺はあんたら二人とは初対面だけど……それで俺が巻き込まれるのはおかしくねぇか? メリットが全くねぇんだけど」


 言外に俺が審判とやらを勤めるメリットを要求してみると、


「当然、試合の結果に関わらず審判を勤めてくれたらお礼をするわ。あなた、荷物も持ってないようだし、見るからに生活に困ってるわよね? いつまでもって訳にはいかないけど、当面の生活が安定するまでのサポートくらいならさせて貰うわよ?」


 意外にもリーノから欲しい答えが返ってきた。


「そういう事なら、慎んで審判を執り行わせて貰うとするぜ」


 この条件ならどう転がってもローリスク・ハイリターンだ。


 しかし、俺が快く審判を引き受けたところで、


「待て。私は異論があるぞ? 何故、私がお前ごときと決闘をしなければならん? 格が違うな。それにその手の荒事は一度相手にしたら後が絶たん。執事かメイド長を通せ」


 カウンターの少年が駄々をこねる。


 執事やメイド長という言葉が出てくる辺り、もしかすると少年は良いところの出なのかもしれない。


 などと考察していると、


「んなもんあんたにはいないでしょ! 腹立つわね」


 リーノが鋭い突っ込みを入れたため、俺の考察は無意味に終わる。


 二人の言い争いは続き、少し飽きてきた所で進展が見られた。


「それに貴様に勝ち、その客の身を自由に出来たところで私にはなんの利もないたろう」


 ────ん? 今なんつった?


「あら、あんたのその妄想ごっこに付き合ってくれる人が増えるからいいじゃない。でもその心配は無用ね。だってわたしが勝つから」

「え? 今なんて言った? 何か恐ろしい言葉が聞こえた気がすんだけど?」

「ハッ、それならまだ貴様が私のメイドになる方が華になるだろうよ……。そうだな、それなら考えなくもない。召使いとメイドが労することなく手に入るとするならそう悪くない話だ」

「おい、お前ら聞けって」

「あら? じゃあ、わたしもあんたに働く上での常識を学んで貰うことにするわね。それじゃ──」

「待て⁉ え? いやいや! 待て待て待て⁉ 俺にもどういう事か説明してくんない⁉ 途中から割と物騒な言葉が聞こえてきて気が気じゃねぇんだけど⁉」


 俺の声がヒートアップした二人にやっと届いたのか、二人は俺の方を向く。

 しかし、その表情はキョトンとしており、まるで俺がおかしいかのような反応だ。


「そう難しい話じゃないわよ? このあたりだとあんまりメジャーじゃないみたいだけど、わたしやこいつの故郷じゃ互いに矛が退けないような揉め事は神聖な決闘で決着をつけてたのよ」


 リーノの説明に少年が続き、


「だが、その決着を決闘者本人同士が決めるとなるとどちらも負けを認めないのは必定であろう? それ故にどちらにも加担しない公平な審判が用意される必要がある」


 ────なるほど、それはまぁ納得できる。


「だからこそ審判者には決闘者と同等の覚悟を、つまりはその命運を賭けて貰うというだけの話だ」

「いや⁉ 審判者に厳しすぎねぇか⁉ どっちが勝ってもどっちかに命握られてんじゃねぇかよ⁉ んなルールなら俺はどっちも勝者になんて決められねぇよ⁉」


 当たり前のように俺の人権を天秤に掛けていたやり取りにビビるが、それなら解決方法は簡単だ。


 何が何でも勝者を決めなければいい。


 しかし、その安易な考えは直後に間違いだったと思い知らされた。


「そうよ。審判はそういう姿勢でいいの。決闘は『どちらが審判に自分の勝ちだと認めさせるか』なんだから」

「いや、だからどっちも勝ちにしねぇって言って───」


 俺が呆れて肩を落としたその瞬間。

 風切り音が突如右耳の僅か数センチ横から聞こえると共に、頬から一筋の血が流れた。


「む? 外したか。いや、避けたのか。中々やるな。だが今ので私が勝ちだと理解出来ただろう? 勝者の宣言を早く言え。出なければ次は……確実に刻むぞ?」


 ────は? え、今のなに? 何で? は? いや、それよりも逃げねぇと……⁉


 動転しながらも状況を把握しようと周りを確認すると、俺に向けて右手を水平に振り抜いた状態の少年が不敵な笑みを浮かべている。


 まず間違いなくこの少年が何かしたのだろう。


「ちょっと⁉ まだ決闘の合図は出てないわよ! 名乗りも上げず仕掛けるなんて卑怯じゃない!」


 そんな天の助けのような台詞を言うのはリーノだ。


 俺は助けてもらおうとリーノの方に振り向くが、


「そっちがその気ならっ‼」


 同時にリーノは一足飛びで俺の懐に入り込んできていた。


「わたしは龍国ドラゴネシア三大公爵プルプァ家のリーノ・プルプァ! わたしの勝利を認めなさい!」


 そして、懐に入り込まれた風圧で俺は尻餅を着き、眼前を轟音と共に何かが過ぎ去っていく。


 それはどうやら、リーノが体全体を回転させて振り回した大きな尻尾のようだった。


「嘘⁉ 避けられた⁉」

「ほう……? 私の一撃だけでなく、リーノの一撃も避けたか。存外戦えるのか? ならば、名乗るだけ価値はあると言えよう。私はネーロ・エンブラオン。魔王が滅びし今、再び魔を統べて新たな王となる名だ」


 ────恐怖で審判を脅すこれのどこが神聖な決闘だぁ⁉ に、逃げるしかねぇ⁉


 俺は全力でこの場から離脱するために走り出す。

 冷静に考えれば逃げ切れる筈もないと頭で理解しているが、恐怖が俺の体を突き動かしていた。


「あっ⁉ 逃げたわ!」

「この場合、傷をつけた私の勝ちで問題ないな?」

「はぁ⁉ あんたの魔法じゃ一歩だって動かせてなかったじゃない! わたしは攻撃を避けられたのよ! あんたの一撃より驚異に思われたってことでしょ!」


 ただ不幸中の幸いだったのは、あの二人が暫く言い争ってくれた事だろう。おかげで追いつかれることなく詰所に駆け込む事が出来た。


 詰所には居たのはリザイアスじゃなかったが、今はそれどころじゃない。


「なぁ⁉ 俺をもう何日かここで泊めてくれねぇかな⁉」

「えーと……ここは宿屋じゃないんだけど」

「ちくしょう⁉ なら脱ぐぞ⁉ 脱いだら俺を捕まえる大義名分くらいにはなるよなぁ⁉」

「ちょ、ちょっと⁉」


 俺が大義名分を得るため再び葉っぱ一枚の姿となる決意すると、


「おいおい……。オチバ、お前やっぱそういう趣味だったのか……?」

「リザイアスゥウ! いいから早く俺を匿ってくれええええ!!」


 間一髪で俺はヤバい奴らから逃げ切る事が出来たのだった。


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