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俺たちが通行の邪魔にならない空いている場所に腰を落ち着けてゼンの話を聞く体勢を整えると魔法使いの風体をした男──ゼンも俺たちの対面に腰を落ち着けて姿勢を正した。
やはり交渉事に関してはこのゼンという男が全て対応しているのだろう。彼の連れであろう二人は腰を落ち着けるつもりはないらしい。
格闘家らしき女性──ドミは腕を組んで直立不動の姿勢を維持しているがその首の動きは明らかに船を漕いでおり、剣士の少女──スピラはこれから話し合いが始まるというのに俺に対してガンを飛ばし続けている。
「ねぇ、もしかしたらボクたちってこれから暫く一緒に行動するかもしれないんだよね? なら自己紹介しようよ!」
そんな微妙に話し合いをするにしては居心地の悪い空気の中、クラルテが会話の口火を切った。
「ボクはクラルテ・フライハイト。聖教会から勇者の称号を貰って魔王に苦しめられる人たちを助ける為に旅をしてるんだ! よろしく。はい、次はオチバ!」
先陣を切って自己紹介を始めたクラルテは続けて俺に繋げていく。
「それじゃ、俺はオチバ・イチジク。俺は……」
だが、俺は名前を告げた後で口籠ってしまっていた。
何故なら俺にはクラルテのように勇者の肩書きもなく、大層な目的もない。経歴を語るにしてもこことは違う世界で通っていた出身校や大学の話なんて意味をなさないだろう。
強いて目的を掲げるとすれば“元の世界に戻るため、俺をこの世界に連れてきた神と接触したい”という事になるのかもしれないが、今話すような事でもないし初対面の相手に話す事でもない。
となると、“特別な目的はない”と無難に自己紹介を終わらせるのも手に思えたが……。
────これからの話し合いを思えば勇者と比較して見劣りしすぎるような自己紹介は可能な限り避けてぇ……。
スピラは今にも俺に噛み付く態度を示している。あまり舐められてしまうような隙を与えたくはなかった。
「……俺には勇者みたいな肩書きはねぇけど、かなりの修羅場を潜り抜けて来た経験はあるぜ」
とはいえ、やはり俺には勇者に匹敵するような武勇伝などない。
恐らく今の俺に自慢できるような武勇伝があるとすれば、それは偶然と言えどもラスバブを倒した事になるのだろう。だがその栄誉はリーノたちに譲った。今になって自らの手柄だと吹聴する事なんて出来ないし、吹聴したところで証明も出来ない。
俺に出来る事は精々がラスバブやネーロとの戦いを修羅場と称して口にする事くらいだった。
そんな俺の対してゼンは困ったような顔を浮かべている。当然の反応だ。武器も防具も持たない俺はどう見たって戦闘を得意としていない。俺だってこんな装備の奴が修羅場を潜り抜けてきたと説明しても簡単には信じられないだろう。
「ハッ! 得物もねーってのにどうやって戦うんだよ?」
そしてスピラも鼻で笑いながらそれを指摘する。
しかし、平穏な国で暮らしていた俺だ。どのみち武器を持っていたところで上手く扱えないだろう事は容易に想像できる。多分俺は武器が有ろうと無かろうとまともに戦うことすら出来ない。
────それにそもそも武器や防具を買う資金もねぇしな。
そんな訳で武装という武装をしていない俺だが、その言い訳についてはちゃんと事前に用意してある。
「いいんだよ。俺の戦いは考える事だからな。武力に関してはクラルテが居れば問題ねぇのさ」
「ぐっ……!」
クラルテの名前を出すとスピラは押し黙った。何となくスピラの扱い方が分かってきた気がする。
「オチバは咄嗟の判断が凄いんだよ。それにちゃんと相手のことを考えてるからこう見えて友達作りが上手なんだ。すぐ仲良くなれる筈だからオチバともよろしくねっ!」
「……クラルテ、お前は俺の保護者か何かなの? まぁ、いいや。そんな訳でよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
そうして俺も自己紹介を終えるとゼンが反応してくれるが……。
「しかし、お二人とも家名持ちですか……」
どうやら俺とクラルテが家名を持っている事に注視しているらしい。
俺の知る限りリザイアスもノイギアも家名を名乗ってはいなかったが、家名を持つことは何か強い意味合いでもあるのだろうか。
ゼンの反応が気になった俺はクラルテにそっと尋ねてみる。
「クラルテ、家名持ちってのはそんな珍しいもんなのか?」
「うーん、ボクの経験からすれば地域によるとしか言えないかなぁ。家名があるのが当然の国もあれば、そうじゃない国もあるし、特別な家柄だけが家名を持てるって国もあるよ」
簡単な説明を聞いた感じだと家名の重要度は地域によって特色が出るらしい。
家名を持つ事が許されるのは爵位のある家だけという国もあれば、そもそも家名を持つのが義務になっている国もあるという。
また、特別な偉業を成し遂げる事で聖教会から直接家名を授けられたりする場合もあるそうだ。
「ボクはその例外かな。魔王を倒したからボクは聖教会から勇者の称号と家名を授かったんだ。だから実はボクって女神フィロメナ様を信仰する聖教を国教としてる国だと騎士爵って扱いらしいんだよね」
「なるほど、つまり俺が家名を名乗ったことで俺がどこぞの爵位持ちかもしれないってゼンは警戒してる訳か……。だったら誤解される前に説明した方が良さそうだな……」
そう判断した俺は早速ゼンに補足説明を始める。
「家名って言っても爵位があったりする訳じゃねぇから全然気にしなくていいぜ」
「そ、そうですか。安心しました」
ゼンも俺の言葉にホッとしているようだ。
「ああ。それに俺の実家はここからずっと遠い場所にあるから影響力があったとしてもここまでは絶対に届かねぇしな。ま、俺の家名は飾りみたいなんだ。つっても、あんまり失礼なこと言うと代々家名を守ってきたご先祖様たちに失礼だし、遠くから化けて出て来られても嫌だからな。これくらいにしとくよ」
「だ、代々家名を守ってきた……ですか?」
「あ、あれ……? なんで顔をひきつらせてんだ……? ここ笑うとこなんだけど……」
「い、いえ。何でもないですよ」
ちょっとした冗談のつもりだったのだがウケた様子はない。それどころかクラルテを含めみんな表情を硬くさせていた。
これは後でクラルテから聞いたことだが、呪いが存在するこの世界において“化けて出る”というのは冗談にならない言葉なのだとか。確かにこれは俺が悪い。
「そ、それじゃあ次はゼンさん達が自己紹介する番だねっ」
重くなった空気を振り払うようにクラルテがゼンたちに自己紹介の続きを促す。
「さっきの口ぶりだとキミたちは兄妹、なんだよね?」
「はい。スピラは片親違いになりますが私たち三人は兄妹です。私の名前はゼン。彼女らの兄です。妹たちは寡黙な方がドミで、元気な方がスピラと言います」
クラルテの指摘で思い出したが、そう言えばゼンは兄と呼ばれ、ドミは姉と呼ばれていた。
三人の容姿はスピラが銀髪と赤眼を持ち、ゼンとドミはアッシュブラウンの髪と黒眼を持っている。
スピラだけ外見的特徴が二人と大きく異なるが、こうして改めてよく見ると三人の顔立ちは細かいところで確かに似ているようだ。
「うむ、次女のドミだ」
「三女のスピラ。さっきも言ったけどわたしは勇者を目指してんだ。だからクラルテさん、あんたの近くで勉強させてくれよ!」
しかし、兄妹の言動は全く似てない。
「スピラ。まだフライハイトさんとイチジクさんにちゃんと話が出来ていません。待っていてください」
「……ったく、分かったよ。ちゃっちゃと終わらせろよ、ゼン」
どうやらスピラは兄であるゼンをあまり敬ってはいないようだ。
「では、改めて。お二人とも話を聞いてくださるようでありがとうございます」
「まだ聞くだけって段階なのは忘れないでくれよ?」
「はい、それは勿論。ですが聞いていただければきっと私たちと行動を共にする事に納得していただける筈ですから」
ずいぶんと自信満々な様子のゼンに俺も気を引き閉めて耳を傾ける。
「話と言うのも今回の地下施設についてです」
「そりゃそうだろうな。辺りで様子を窺ってる同業者っぽい奴らと何か関係してるのか?」
「ええ。順を追って話しますと、最近この大陸で勢力を増していた魔王がとある勇者によって滅ぼされたのは有名な話ですよね」
「あー、それが原因で魔物の数が減少してるってやつか」
「それです。では、魔物を討伐して日銭を稼いでいた人たちがどうなっているかもご存知で?」
「それも聞いたな。でもそれって街路整備の助力依頼とかなんとかで対処は出来てるって話だったはず……。あぁ、そう言うことか」
「早いですね、もう気づかれましたか」
「要は俺たちみたいに目の前に一攫千金に繋がる話があるから誰もがこの依頼に飛び付いてる状況だからこんなに人が集まってる訳か」
「はい。その通りです。それに特に腕に覚えのある者であればこの機会は絶対に逃せません。それがここに同業者たちが集まる理由です」
「なるほどな。ここに人が集まってる理由は納得したよ。となると、次の疑問は“どうしてこいつらはまだ地下研究施設に入らないで外にいるのか”って事になるけど……。それにも理由があるんだな? そしてその理由がきっとゼンたちが俺たちに声を掛けた理由に繋がる……」
それらの情報を踏まえた上で改めて周囲に視線を向ける。
すると今まで見えなかったものが見えてきた。
よく見ると周囲にいる同業者たちは互いの様子を窺いつつも、敵対の視線を飛ばしている訳じゃないようだ。
「あれは、見定めようとしてる……? そうか。あいつらも“仲間”を探してるって事か。ゼンたちと同じように」
「ええ、その通りです」
「あれ? でもオチバ、仲間を探してるならどうしてここにいる皆で協力しないんだろ? ボクたちに話し掛けてきたのだってゼンさん達だけだったし」
「そりゃあ簡単な話だな。人数が増えれば報酬が減る。だから出来る限り最少の人数で挑みたいんだろ。つーか、あの依頼って一人頭の報酬じゃなかったんだな」
俺は依頼の写しを取り出してクラルテに見せる。
『"清掃依頼"
依頼人:モルテ=フィーレ共和国環境整備委員会
場所:北方都市ミッドヴィルに建造された元モルテ王国と元フィーレ王国による共同魔法研究地下施設
報酬:五万フィロ~五十万フィロ
備考:現在、地下二階までの清掃が完了しています。地下三階以下の清掃進行一フロア毎に報酬を上乗せします。また、地下研究施設より回収した魔道具は買い取りという形で報酬の追加もあります』
報酬の欄には一人頭と書かれていない。一人だろうと百人だろうと一律でこの報酬額なのだろう。
「あっ! ほんとだ⁉ ……待って⁉ いつの間に写してたの⁉」
「初めての依頼だし何があるか分かんなかったからな。依頼って要するに契約だろ? 何か見落として契約違反なんてのは怖いから写しといたんだ。ちゃんとギルド職員さんからの許可も貰って写したから安心してくれ」
これでこの場に人が溜まっている理由と彼らが周囲を窺っている理由が判明した。
「後は“どうしてさっさと仲間を作って地下研究施設に行かないのか”って点だけど、“仲間にするなら強い奴が良い”ってなところかね。今この依頼書を見て気付いたぜ。この写しにある“清掃進行一フロア毎に報酬を上乗せする”ってやつ。これを達成したかどうかをギルドに報告するにはその証明が必要だよな? つまり、フロア毎に清掃をした証明となるものがあるって事だ」
強い仲間が必要で、各フロアには清掃を完了した証明となるものが存在する。
そしてギルド職員はこう言っていた。この依頼の本質は、地下研究施設にある防衛設備の破壊だと。
これらの情報から導き出される答えは一つしかない。
「これ、それぞれ次のフロアに行くには防衛設備──要は門番みたいな役割の奴を倒さないといけねぇってことか」
「……凄いですね。イチジクさんの仰った通りですよ。今現在、三階層のほぼ全ての清掃は完了しているらしいのですが、四階層に続く部屋に用意された防衛設備の破壊にまでは至っていないとの事なんです。もしかするとこの場にいる全員で挑めば突破も可能なのかもしれませんが……。報酬が減ってしまう事を気にする人が多くて足踏みをしている、というのが現状ですね。補足があるとすれば、防衛設備に挑戦する順番待ちが存在するという点でしょうか。明確にルールがあるわけではありませんが無用なトラブルを避ける為の暗黙の了解というやつです」
ゼンから情報を得たお陰でようやく状況がはっきりとしてきた。
ここに集まる彼らは俺たちと同じく依頼書を見てやって来た同業者だが、地下研究施設の防衛設備を破壊するに至らなかった面々なのだ。
だから彼らは依頼達成の為に強力な仲間を必要とし、新たにやって来た同業者が強者かどうかを見定めた上で勧誘しようとしている。
そして彼ら地下研究施設の防衛設備を破壊するに至らなかった面々同士で組まないのは、恐らく報酬面での問題なのだろう。
よく見てみれば殆どの同業者たちは既に四、五人で徒党を組んでいる。それらの徒党が合流しない理由は一人当たりの報酬額を減らさない為だとしか思えない。
「結局、金のトラブルが原因で滞ってるわけか。じゃあ俺たちは都合よく二人組だったから本当は誘いたかっただろうな」
「そうなの? でもあの人たちはゼンさんたちみたいにボクたちを誘いに来てないよ?」
クラルテは何故彼らが誘いに来なかったのかを疑問に思っているようだが、その理由は簡単だ。
「そりゃあ、クラルテが勇者だから怖気づいたんだろ。あれだろ? そのマントって勇者の証なんだろ?」
「そ、そうだけど……。でもなんで怖気づくのさ⁉」
「これも報酬の問題だろうな。なんたって勇者は魔王を倒すくらいの強者だ。ってことは、確実にここにいる連中にとってクラルテは圧倒的に格上の存在って事になる。そんな格上の存在と組んだ時にまず怖いのは報酬の一人占めだろ?」
「ボクはそんなことしないよっ⁉」
「知ってるよ。けど、あいつらには分からねぇ事だからな。それを確かめる為に様子見して出遅れたんだと思うぜ」
「う、嘘……。え、もしかしてゼンさんたちもボクを見てそんな風に思ってたの……?」
クラルテがゼンたちに顔を見合せると、ゼンは苦笑いを浮かべ、ドミは未だに船を漕いでいる。
「あー、ホントなんだぁ……。勇者の証がまさか逆に敬遠される理由になるなんて思わなかったよ……」
「わ、わたしはそんな風に思ってなかったからな! そもそもクラルテさんが勇者だって気づいたのは近づいてからだったし……!」
慌ててスピラが口を開くが、それはそれでフォローになっていないような気がする。
「要するに今の状況は物怖じしないスピラが動いた結果、誰よりも早く俺たちに接触したってことだな」
「あ、あはは……。そうなりますね」
ゼンに視線を戻して確認すると、ゼンだけじゃなくスピラもばつの悪そうな顔をしていた。
読んでいただきありがとうございます。




