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遅くなりました。

 依頼書にあった目的地に辿り着いてみれば、そこには大きな神殿のような建造物が建てられていた。

 建造物はギリシャのパルテノン神殿を思わせるような凝った彫刻による装飾がなされており、神秘的な雰囲気が漂っている。


「なんか研究施設って聞いてたからもっと不気味な雰囲気だと思ってたけど……。全然そんな雰囲気じゃないんだな」

「うん、そうだね。それに色んな人がいる」


 研究施設と覚しき建造物付近には十数組ほどの同業者と思われる人たちが互いの様子を(うかが)いながら(たむろ)していた。


「でも、多分こいつらも依頼にあった清掃目的で来たんだろ? 何でこんな入り口で溜まってんだ?」

「なんでだろう? 休憩中とかかなぁ?」


 同業者と思われる者たちだが、一向に建造物へと進む気配はない。それどころか新たに現れた俺たちをじろじろと値踏むような視線で眺めてきている。


「な、なんだ? まさか報酬を少しでも多く貰うために他の同業者を潰そうって魂胆だったりしねぇよな……?」

「ど、どうだろう……? 警戒の意思は感じるけど……。でも危害を加える感じはまだないね……」


 そうして俺たちの警戒心も強まっていく中、同業者と思われる一組が近づいて来た。


 ────こ、こっちに来やがる⁉


 特別な能力を持たない俺はこの世界の荒事に関して圧倒的下層のヒエラルキーにいる。

 だから内心では怖じ気づいているのだが……。


 ────な、舐められるのだけはマズい……‼


 その一心から何とか平静を装って堂々と待ち構える。


 近づいてきたのは三人組の男女だ。

 少女を真ん中にして左右両側に男性と女性が一人ずつ並んでいる。

 

 真ん中の少女は銀髪のショートヘアと吊り気味の赤い眼で整った容姿を持っているが、隠すつもりのない好戦的な表情がこの少女の性格を物語っていた。

 またクラルテ同様に軽装の防具を身に着け、腰に剣を吊るしていることから身軽さを重視した剣士である事が窺える。

 

 少女の左側にいる女性はかなりの高身長で、身に着けている装備から想像するに格闘を主体として戦う拳闘士と言ったところか。ナックルガードを装備し、鉢巻を額に巻いている。

 

 少女の右側にいる男性はいかにも魔法使いといった風貌だ。とんがり帽子に全身を覆うローブ、その手には杖が握られている。


 そうし三人の観察を済ませる頃には剣士の少女が目の前で足を止めていた。 

 

「うーん、コイツは弱そうだからなしだな」


 そして剣士の少女は俺をじろじろと物色するように見た果てにそう呟いた。


「おい」

「それじゃこっちはどんな感じだー?」

 

 いきなりの罵倒には思わずツッコんでしまうが剣士の少女は気にも止めていない。


「こ、こいつ無視しやがったぞ……」

「じ、自由な人だね」


 剣士の少女は俺に興味を失うと次に隣にいるクラルテへと視線を向ける。

 そしてマントに気づくと息を飲み、目を見開いた。


「なっ⁉ そのマント、マジもんかよ⁉ ヤバい‼ 本物⁉ すげぇッ‼ え⁉ マジの勇者なのか⁉」

「え、ええと……。うん、そうだけど……」


 剣士の少女はぶっきらぼうな口調が鳴りを潜め、鼻息を荒くして興奮している。その姿にクラルテも困惑している様子だ。


「何だこいつ……。さっきと態度が違い過ぎんぞ……」

「あ、あはは。でも敵意は無さそうだよ?」


 クラルテのことをキラキラとした瞳で見つめる剣士の少女は、先程までの好戦的な表情の持ち主とは思えない程に頬が緩んでいる。


「まぁ、確かに敵意は無いみてぇだけど……」


 剣士の少女から感じる雰囲気が敵対するものでないというのは俺にも理解できた。

 だがその直後、剣士少女は俺の台詞に対して目敏く反応する。


「敵意? この人にそんなもん向けるわけねーよ! わたしはスピラ! わたしも勇者を目指してんだ! だから先輩勇者には敬意しかないっていうか。あっ! そっちも地下研究施設に用があって来た感じなのか? つーか、それ以外でこんな場所来ねーよな! なぁ折角だから一緒に行こーぜ‼」

「え……。丁重にお断りさせてもらいてぇんだけど……」


 スピラと名乗った少女は敵意がないことを主張し、何故か俺たちと行動を共にすることを提案するが、俺はその提案を反射的に断っていた。

 何故ならちょっと話しただけでも分かる彼女の強烈な性格に俺は嫌な予感を感じ取っていたからだ。 

 俺の即答にスピラと名乗る少女はキョトンとした顔をするが、次第に言われた意味を理解して顔を赤くさせ、俺を鋭く睨み付け始める。


「お前、わたしに喧嘩売ってんのか?」

「嘘だろおい⁉ 沸点が低すぎるぞ⁉」

「や、止めてください! スピラ!」


 今にも剣を抜きそうな様子の少女だったが、魔法使い姿の男性がその肩を掴んで止めた。


「何すんだよゼン‼」

「迷惑をかけては駄目です。ドミもスピラを止めて下さい」

「うむ、ゼン兄さんの言うとおりだ。迷惑は駄目だ。スピラ」


 ゼンと呼ばれた魔法使い姿の男性が拳闘士の女性に助力を求めると、拳闘士の女性は剣士少女に向けてファイティングポーズをとる。


「はぁ⁉ 待てって⁉ ドミ姉のそれはマジでシャレになんねーだろ⁉」

「どうせ私の口じゃスピラは止まらないだろう? だったら私に出来る方法は一つだけだ」


 ドミと呼ばれた拳闘士の女性はそれ以上の問答をする事なくナックルガードを装備した拳を剣士の少女に打ち込み、剣士の少女はすかさず後方へと退避した。


「うわっ……⁉ や、止めろってドミ姉……⁉」


 しかし、拳闘士の女性は後退した剣士少女の懐に飛び込んで足払いを仕掛ける。


「あがっ……⁉」


 見事に足下を払われた剣士の少女に拳闘士の女性は回避不能のマウントポジションを決めていく。


「スピラ、これが私とゼン兄さんの愛だ。受け止めろ」

「マジで待てって⁉ つーか、マジにそれで殴るのはヤバいだろ⁉」


 それでも拳闘士の女性が止まることはなく、拳が高く振り上げられる。


 だが……。


「む……?」


 その拳が振り下ろされる事はなかった。

 拳を振り下ろせないことに疑問を持った拳闘士の女性は、止まった原因に目を向ける。


「ええと、思い違いだったらごめん。ボク達のせいで喧嘩するのは止めて欲しいなぁ、なんて……」


 拳闘士の女性が振り上げた拳を止めたのはクラルテだった。


「ふむ……。安心してくれ。これは喧嘩じゃない。愛の拳なんだ。それにちゃんと寸止めするつもりだったから問題はない」


 どうやらこの拳闘士もヤバい奴の部類だったらしい。


「ドミ、もう結構ですよ。スピラを止めてくれてありがとうございます。でもあまりやり過ぎるとスピラに嫌われますよ?」

「そうか……。スキンシップとは難しいな……」


 魔法使いの男性はホッと胸を撫で下ろし、拳闘士の女性は落ち込む様相を見せている。

 と、その時俺は急に静かになった剣士の少女を見て気づいた。


「……なぁ、もしかしてこいつ失神してないか?」


 ブクブクと泡を吹いて失神している剣士の少女について指摘すると、魔法使いの男性は慌てて少女を介抱し始める。その傍ら、拳闘士の女性は手持ち無沙汰からか一仕事終えたような態度で腕を組んで仁王立ちしていた。


「……どんな場所に行ったって変な奴はいるもんなんだな」

「ふふっ! ボクもオチバと行動するようになってから変な人とよく遭遇するようになった気がするよっ!」




 ◆◇◆




 剣士の少女──スピラが目を覚ますと魔法使いの男性──ゼンは俺たちに頭を下げた。


「スピラが大変ご迷惑掛けました」

「ふん、悪かったな……」


 心の底から申し訳なさそうにするゼンとは対称的にスピラは形だけの謝罪をする。


 その態度に思わない所が無いわけでもないが……。


 ────別に実害があった訳でもねぇんだよな……。


 むしろ懇切丁寧に謝罪するゼンに申し訳ない気持ちが勝り始めてきたほどだ。


「いや、今回の件は──」


 とにかく謝罪を受け入れようと俺が口を開こうとしたその瞬間……。


「ビビらして悪かったな。でもこのくらいでビビる雑魚は出しゃばんない方がいいと思うぜ?」


 少女のその科白(せりふ)で俺は一つの真理を思い出した。


「す、スピラ⁉ 早く謝って下さい!」

「お、オチバも落ち着いてね……? ボクはオチバが強いって知ってるから……!」

「別に気にしてねぇよ。泡吹いて失神してた奴がなんか言ってるなって思っただけだし」

「なッ……⁉ お前ッ……‼」

「オチバ⁉ それホントに落ち着いてる⁉ 落ち着いてないよね⁉」

「落ち着いてるっての……。だからちゃんと思い出したんだよ」

「何を⁉」


 俺はこの世界に来てからの人々との出会いを思い返し、一つの真理にたどり着いていたのだ。


「この世界じゃ罵倒すんのも挨拶なんだろ? 分かるぜ。舐められて格下認定されちまったら色んな奴の標的になりかねないもんな。……そうじゃなきゃこんな口悪いやつとそうそう出会う訳ねぇしな‼」

「違うよっ⁉ 思い出して⁉ ボクと会ったときはそんな挨拶しなかったよね⁉ というかやっぱり落ち着いてないじゃん⁉」

「大丈夫だ! 最悪の状況でもこっちにはクラルテが居るからな! こいつクラルテよりも弱いんだろ? なら争いになったってまず負けはねぇ!」

「はぁ⁉ お前、それはズリーぞ⁉ 喧嘩はテメェの力で戦えよ⁉ それで勇者の仲間か⁉」

「うるせぇ! 仲間と力を合わせて戦うのは立派な作戦なんだよ!」

「頼りにされるのは嬉しいけどボクとしてはもっと平和的に解決してほしいかなっ⁉ キミたちもそう思うよねっ⁉」


 クラルテがゼンと呼ばれていた男性とドミと呼ばれていた女性に向けて声をかけると、直ぐにゼンが応じる。


「も、もちろんです! スピラ! 止まってください! 目的を思い出すんです!」

「ハァ? ここまで言われて……! うっ……⁉ はぁ、分かったよ」


 ゼンの言葉……というよりは、その隣でファイティングポーズを取るドミに怖じ気づいたのだろう。スピラは矛を収めた。

 ならば俺もこれ以上言い争うつもりはない。終息に向けて話を進める事にする。


「それじゃもう噛みつくのは無しな? 俺たちも別に面倒事を起こしたい訳じゃねぇ。さっさとあの研究施設に行かなくちゃなんねぇんだ」


 それだけ告げて三人を通り過ぎようとすると……。


「あ、あの! 待ってください! あなた方も依頼でこちらに来たんですよね……?」


 ゼンと呼ばれていた男性が俺に待ったをかけた。


「……そうだけど。もしかしなくてもお前らの話したいことって“一緒に行こう”って誘いなんだろ? 俺は乗り気じゃないぜ?」


 初対面時の科白からも察せる通り、どうにもスピラという少女は俺に対して友好的じゃない。同行するメリットなんて俺にはないのだ。


「そ、そうですよね。ですが、あなた方も清掃依頼で来たのでしたら私たちの話は決して損になるばかりの内容にはならないと思いますよ? あなた方は気になっているんですよね? ここで同業者の皆さんが足を止めている理由について」

「そりゃあ、気になるけど……」


 この三人組が上手くやっていけてるのは恐らくこのゼンという人物がいるからなのだろう。

 ゼンはまさに今俺たちが気になっている情報を餌に俺たちの気を引くことに成功していた。


 ────ここに集まってる同業者たちが互いの出方を窺ってるの理由ってのは確かに気になる……。


 実は地下研究施設はヤバい化け物どもの巣窟になっている、なんて状態であれば知らずに突入するのはあまりにも危険だ。


 ────けど、このスピラってのとは正直関わりたくねぇんだよなぁ……。


 情報を取るか、私情を取るか。

 その二つを天秤にかけて俺は……。


「……依頼のことを考えたら流石に情報が優先か」


 情報を取った。

 

「だねっ! オチバならそう答えると思ってたよ! でもオチバが嫌だったら断っちゃうのも一つの選択肢だからね?」


 俺が返答に迷っている気配を感じたのかクラルテは口を開くが、その言葉はクラルテにしては珍しく判断を俺に委ねるものだった。


「……意外だな。何となくこいつらは困ってる様子だからクラルテなら『話を聞くぐらいはいいんじゃない』って話を聞く方に後押しするかと思ってたのに。いいのか?」

「心外だなぁ。まぁ、いつもならそう言うかもね? でも今回は違うよ」


 クラルテは拗ねたように口を尖らせると不満を述べる。


「謝ったからって仲間をバカにされたことをすぐに許せるほど、ボクは人が出来てないんだよねっ」

「………そっか。なら話を聞くことにすっか。その情報を知らなかったせいで仲間を危険に晒したくねぇしな」


 こうして俺たちはゼンから話を聞くため、足を止めて腰を落ち着けるのだった。

読んでいただきありがとうございます。



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