15
「あぁ〜。やっと休めるぜ〜」
「ボクもくたくたぁ~」
ラスバブの件、リーノとネーロの件と片が付き、疲れきった俺たちはノイギアの店に帰ってきた。
「ったく、俺の店は宿でも治療院でもないんだがな……」
しかし、何だかんだと言いつつも俺とクラルテに労いの一杯を出したり常備の薬箱を持ってくる辺りノイギアも本気で不満に思っている訳でもないのだろう。
「さて。それでお前らこれからどうする予定なんだ? その手で直接あのクルエル教徒を詰所に突き出さなかったって事は、この国に長くいるつもりはないんだろう?」
「今後の予定か……」
ノイギアに指摘され、今後の展望について改めて考えてみる。
そうなると先ずは目標の設定だ。
────取り敢えず、“元の世界に戻れるのかどうか”ってのは知っときてぇとこだな……。
となれば、現状の最終目標は“元の世界へ帰還する方法の手掛かりを探す”という事になるだろう。
そしてその手掛かりについては“俺をこの世界に呼び込んだ神”に直接聞くのが手っ取り早いに違いない。
「それじゃあ先ずはその神を見つける事が今の俺の目標って事になるのか……? いや、そう言えば確か神の国ってのがあるんだっけか……。なら、今の目標は“神の国に行く”ってことになりそうだな」
この世界には神が実在し、神が暮らす国がある……なんて話をこの街の衛兵たちから聞いた覚えがある。
その国に俺の求める神がいるかどうかは分からないが、今はそこに向かうくらいしか手掛かりはない。
だが……。
「か、神の国っ⁉ だめだめっ⁉ 絶対ダメだよ⁉」
「オチバ、お前は本当に驚かせてくれるな。一応聞くが、今のは冗談で言ってる訳じゃないんだな?」
何気なく呟いた俺の言葉にクラルテとノイギアは強い反応を示した。
「えっ? いや、冗談のつもりはなかったけど……。でもその反応を見るに神の国ってのは相当危険な国なんだな……」
クラルテの慌てた具合やノイギアの困惑した表情から、神の国というのがおおよそ物騒な場所である事が窺える。
「本気で知らないのか? なら親切心から教えておこう。神の国ってのは文字通り、神々だけが住む国だ」
そう言ってノイギアは灯りを消して窓を開ける。すると夜風が部屋に吹き込み、月明かりが部屋を照らした。
「おぉ……! でけぇ月だな」
その月は俺が知る月よりも遥かに大きく、強く輝き、俺が立つこの大地が地球でない事を実感させた。
「あれが神が住むって言われてる場所なんだが……。まぁ、月に行けるもんなら行ってみなって話だ」
「え……? 月に行く……? ま、待て待て⁉ いま、月に行くって言ったか⁉ あっ⁉ いやそうか‼ 魔法があるんだもんな……! 月に人が住める環境があってもおかしくねぇって訳か……!」
「お前さんは何を言ってるんだ……。月が人の住める場所な訳がないだろう。過去には月を目指した亜人種もいたというが、少なくとも俺が知る限り誰一人として無事に帰還したという話は聞いたことがないな。そもそもあんな遠く離れた場所に普通の人間がどうやって行くもんなのか、俺の方が知りたいね」
ノイギアの説明を俺なりに咀嚼して理解したつもりだったが、どうやら完全に的外れのようだ。
そして今のノイギアの説明受け、俺はやっと神々だけが住む国なんて呼ばれているのかを理解した。
「要するに神の国ってのは物理的に人の手が届いてねぇ未開の地って事かよ⁉」
なるほど、向かう手段も確立されてないのに行こうとするなんて確かに冗談を言っていると思われても仕方がない。
────ん……? いや、待てよ……? それにしてはクラルテの反応はちょっとおかしかったような……? “無理”とか“不可能”って反応ならまだしも……。“駄目”って反応はまるで……。
クラルテの科白はまるで神の国に行く方法があるかのような口振りに思えた。
「なぁクラルテ、“駄目”ってのはどういう意味なんだ? 俺はてっきり物理的に神の国に行くのが難しいって話だと思ってたんだけど、もしかしてクラルテは行く方法について何か知ってるのか?」
「はぁ……。お前さんは本当に何も知らない世間知らずなんだな……」
俺の疑問がよっぽど変だったのかノイギアから溜め息が漏れる。
「こいつはあくまでもフィロメナ神を信仰する聖教の教えだが……。“人は死後、神の国を通じて死後の世界に行き着く”なんてのがある。勿論それが事実かどうかは分からん。だが、この教えを下地にした創作話なんてのは世に幾つもある。それだけ世間に浸透してる教えって事だ。そして創作話において神の国に行く者は死者しかいない。要するに、“月に行く”って言葉は“死に向かう事を象徴する言い回し”ってな訳だ」
「そうだよオチバ! 早まっちゃダメ‼ 考え直そうよ⁉」
「わ、分かった⁉ 分かったからしがみつくな⁉ 知らなかったんだよ⁉ 俺だって死にたかねぇよ⁉」
俺の求める神についての手掛かりがありそうな場所は今のところ神の国をおいて他にないが、死してまで神の国とやらに行きたい訳じゃない。
「……けど、困ったな。そうすると行き先についてはとんと当てがねぇ……」
「なら暫くはボクと一緒に行動しようよっ! きっとオチバの為にもなるからさっ!」
これからの動きについて頭を悩ませていたところ、クラルテからそんな提案が飛び出した。
「俺の為にもなる……? いや、でも確かクラルテの目的って人探しだったよな……? あんまり俺とは関係なさそうだけど……。それにその探してた奴ってのは結局ネーロの事だったんだろ? ネーロの事はもういいのか?」
「う〜ん、目的についてはちょっとだけ違うかな。ボクの目的は“魔王因子を持っている人を探して助けること”だからね。それであのネーロって人だけど、あの人はちゃんと魔王因子を制御できてたから大丈夫だよ」
「……ネーロの性格は全然大丈夫じゃねぇ気がするけど、まぁいいか。じゃあクラルテは次の魔王因子を持ってる奴を探して助ける為に旅を続ける訳だ。……何だか果てのなさそうな旅だな」
「まぁね。この国に長居する理由もないし、暫くは当てのない旅になるかも……。あ、でも次の魔王因子保持者については見当がついてるから探すのには苦労しないで済みそうかな」
「そうなのか? って事は、直ぐ近くの国に別の魔王因子を持ってる奴がいるのか」
「むー……。ねぇ、もしかしてまだ気付いてないの? ボクが言ってる次の魔王因子保有者ってキミの事だよ、オチバ」
「……いや、別に俺は魔王因子なんて持ってねぇよ?」
「ほらやっぱり気付いてない! ボクはちゃんとノイギアが言ってたことを覚えてるよ! ボクが倒しきれなかったクルエル教徒の翼人を倒したり、ネーロとも渡り合ったってこと!」
「おいノイギア⁉ お前が言ってたことをマジに信じてんじゃねぇか⁉」
「全部事実だろう?」
「詳しく話してくれって言ってんだけど⁉」
誤解を解いてくれとノイギアに訴えたつもりだが、ノイギアにそのつもりはなさそうだ。
「オチバ! こっち向いてちゃんと聞いて! 凄く大事な話だよ!」
「お、おう⁉」
「とにかく、ボクが見た限りじゃ今のオチバは魔力や何か特殊な力があるように見えない。けど、ノイギアから話を聞く限りじゃあの時のオチバはボクを越える力があったのは間違いないはずなんだよ。ボクはそれを魔王因子の影響だって思ってる」
「い、いやぁ、俺は全然魔王因子なんてのとは無関係だと思うぜ……?」
「うう、オチバ……! ボクに心配かけないようになんて思わなくていいんだよっ! これからボクはキミの旅仲間で、魔王因子保持者の先輩なんだからさっ!」
「あ、これはもう何を言っても聞き入れてくれない感じのやつか……」
「でもこれからは安心して‼ オチバが魔王因子を制御できるようになるまでボクがちゃんとオチバの面倒は見る! これから一緒に頑張ろうね‼」
「め、面倒を見る……?」
「うん! という訳で、オチバも旅支度は済ませといてね! オチバの事はちゃんと見るけど、他の魔王因子に苦しんでる人たちもボクは出来るだけ助けたいからさ! 大丈夫! ボクが居る限り絶対に危険な旅にはしないよ!」
「もう俺が同行すんのは決定事項なのな……? まぁ、別に問題はねぇか。ちょうど行き先については困ってたとこだし……。よし、クラルテについて行くよ」
「決まりだね!」
そうして俺とクラルテの話が纏まりかけた所でノイギアが口を挟んだ。
「取り敢えず予定が決まったなら何よりだ。しかし、水を差すようで悪いがお前さんらはその前にする事があるんじゃないか?」
「「する事……?」」
「おいおい、勘弁してくれ。お前さんらはいったい誰の金でそんな立派な召物を着てるんだ? 旅に出るにしても借金を返済してからにしてくれよ?」
「「あっ」」
ピンときていなかった俺とクラルテだったが、流石にこう直接的に言われれば分かる。
俺とクラルテはスクラヴェルバウムの案内状に書かれていたドレスコードに則った服装を買う為、ノイギアからお金を借りていたのだ。
だが、当然……。
「ど、どうしよう……⁉」
「どうしようって……。そりゃ先にどうにかして返済手段を探すとこから始めるしかなくねぇか……?」
無一文の俺やクラルテに返す当てはない。
「はぁ、こんな事ならラスバブを引き渡して得られたかもしれない褒賞金をリーノから少し分けて貰えないか頼んどくべきだったぜ……」
こうして俺とクラルテは暫くこの渋くてダンディーな店主──ノイギアの店で働くことになるのだった。
◆◇◆
後日、スクラヴェルバウム商会の中心人物が国家転覆を図っていたとされるニュースがモルテ=フィーレ共和国内に知れ渡った。
また、これを理由にモルテ=フィーレ共和国政府主導の元でスクラヴェルバウム商会は捜査される次第となり、スクラヴェルバウム商会が数々の犯罪を助長する顔を持っていた事も露見した。スクラヴェルバウム商会が取り潰されるのも時間の問題だろう。
そして、それと同時にモルテ=フィーレ共和国内では三人の英雄についての話題で持ちきりだった。
その英雄の内の二人──ネーロとリーノは今、カザン亭にいる。
ネーロはカザン亭で相も変わらずカウンターで偉そうに足を組んで来客に対応していた。
「泊まるのか? ならそこに名前を書いて金を置いてけ。……何だと⁉ 握手……⁉ ふざけ……いや、オチバの認める魔王が分からん以上無下にも出来んか。仕方がない。手を出せ」
「「キャー、ネーロさま可愛い〜‼」」
「か、可愛いだと……⁉ なんて屈辱だ……⁉ くっ……! 私をここまで精神的に追い詰めるとはオチバの奴、とんだ勝利条件を提示してくれたな……!」
そうしてネーロとの触れ合いに満足した宿泊客が上階へと消えていくと、ネーロは改めてリーノから聞き及んだ先日の顛末についてを思い返す。
「しかし、オチバ……! 私はお前を気に入ったぞ! 不意をつかれた私の仇を取り、まさか正面からあの狂信者を倒すとはな。やはり備えた才は智謀だけではなかったということか。必ずや配下に加えてやるぞ」
ネーロはリーノから聞いた事の顛末を都合良く解釈し、彼の中でオチバの評価は大きく膨れ上がっているようだった。
「わあ! 本物⁉ 本物のネーロくんだ⁉」
「あっ! こっち見た!」
「可愛すぎるんですけど!」
そしてそんな事を考えている間にもネーロの前に新たな宿泊客の女性たちがやってくる。
「……チッ、また客か。宿泊ならその宿帳に名前を書いて金を置いて上の空き部屋を使え」
ネーロは苦い顔を臆面もなく女性たちに向けるが、仕事を放ったりはしない。
何故ならこのまま彼女たちを無視すればいつまでも彼女らが目の前に留まるという事を嫌と言うほど体験してきたからだ。
一方、店内の飲食フロアも大賑わいの様相をなしており……。
「リーノちゃん、注文お願いしてもいいかい?」
「は〜い! ただいま〜!」
「リーノちゃ〜ん! こっちにも!」
リーノはひっきりなしに厨房とフロアを動き回り、新たに雇い入れた従業員たちと協力して店を回している。
こうしてカザン亭が繁盛している理由はひとえにネーロとリーノがモルテ=フィーレ共和国の危機を救った英雄として人気者になったからに他ならない。
スクラヴェルバウム商会を告発した事が二人の評判を一気に回復させたのだ。
今やリーノは愛嬌のある竜人の看板娘として、ネーロは口が悪いが何だかんだ話を聞いくれる本当は優しい少年として、そして何より英雄として、二人はモルテ=フィーレの民衆に受け入れられ始めていた。
だが、かつて無いほどに繁盛しているカザン亭だというのにそのオーナーであるシャンスの姿は店内の何処にもなかった。
夜逃げした訳ではない。
シャンスはネーロとリーノに次ぐもう三人目の英雄としてモルテ=フィーレ共和国政府に招聘されてカザン亭にいなかったのだ。
────なぜ私がこんなところにいるのでしょうか……⁉
政府の呼び出しを受けてしまったシャンスはあれよあれよとモルテ=フィーレ共和国の中枢を担う政治家たちが卓につく一室へ通されていた。
「ようこそおいで下さいました英雄シャンス様……!」
政治家の一人が笑顔でシャンスに挨拶をしたのを皮切りに次々と他の政治家たちもシャンスを英雄と呼んで挨拶していく。
どうしてシャンスが三人目の英雄となったのか。どうしてこの場に呼ばれているのか。その経緯は驚くほど簡単だ。
それはリーノがラスバブを国に突き出した際に“全てはカザン亭オーナー、シャンスの指示によるもの”という証言をした事にある。
リーノは純粋に宣伝するつもりでカザン亭とシャンスの名前を出したのだが、この証言によってシャンスも二人と同じように民衆から称賛されるようになったのだ。
そして強力な魔法を使うネーロと強靭な膂力を持つリーノを従わせるシャンスはさぞかし凄い存在なのだろうという世間の憶測は瞬く間に大きくなり、“シャンスは悪事を許さぬ英傑であり、全ての悪を見通す瞳を持っている”なんて噂や遂には“シャンスはモンテ=フィーレ共和国を救うために遣わされた神の一柱なのだ”とまで口にする民衆までもが出てきてしまう事態にまで発展してしまっていた。
今のシャンスはやろうと思えば革命を起こすだけの求心力があるだろう。この状況を重く見たモルテ=フィーレ政府は動かざるを得ない。
しかし、シャンスの人気を見る限り彼を取り締まる事の影響は計り知れなかった。
ならばモルテ=フィーレ政府の答えは一つ、シャンスを仲間に引き入れる他ない。
「シャンス様には是非とも国賓としての待遇を──」
「国を上げてカザン亭の建て直しを──」
「シャンス様にも議会の席を用意させていただくというのは──」
「モルテ=フィーレの至る所にシャンス様を象った像をつくるというのは──」
政治家たちは何とかしてシャンスを引き込む為の言葉を並べていくが、その全てにシャンスはただただ胃を痛めていく。
だがシャンスの受難はまだ始まったばかりだ。
何せ今の彼はスクラヴェルバウム商会を壊滅させた立役者であり、スクラヴェルバウム商会と繋がっていた組織から少なくない恨みを買ってしまっている筈なのだから……。
◆◇◆
冷たい牢屋の中。
囚人服を着る翼人の美女が牢屋内にある備え付けの長椅子に姿勢を正して座っていた。
彼女の背に畳まれている美しい黒翼は広げられないよう根本から拘束され、両手は魔力の流れを封じる魔道具の枷が掛けられている。
だが、そんな酷い扱いを受けているにも関わらず彼女は文句も言わず、ただ祈るように瞳を瞑り続けていた。傍からは神に祈りを捧げる敬虔な信徒にしか見えないだろう。
上司から一時的に囚人の女性の監視を任せられた看守は彼女のそんな姿を見て憐れみの心を覚えるが、上司から聞き及んでいた彼女の罪を思い返し、心を鬼にして監視に集中する。
看守が上司から聞いた話によると、彼女は国家転覆を謀った首謀者と事だった。またそれだけではない。国外では他にも多くの余罪を持っている超危険人物だという報告も聞いている。
しかし、静かに祈り続ける彼女の姿は報告にある超危険人物というイメージと重なり合わない。どちらかと言えば宗教画や彫刻といった芸術作品を想起させる平和な印象を看守は彼女に抱きつつあった。
事実、この牢に入れられる迄の間にも彼女は抵抗という抵抗をしなかったと聞いている。
ここに来て看守は上司がこの場を離れた理由を理解した。上司は神を信じて祈り続ける彼女の姿が見るに耐えなかったのだ。
彼女は手枷で手首に傷が出来ているにも関わらず今も呻き声ひとつ上げずに祈りを捧げている。
いつしか看守は彼女を危険人物だと結び付ける事に疑念を抱き始めていた。
しかし、彼女──ラスバブは紛れもなく超危険人物なのだ。
彼女は今、新たな悟りを開いていた。
────同志……。いえ、あの方はやはりクルエル神が遣わした使徒様だったのですわ。きっとわたくしがその正体を口にしてしまったから、わたしを罰せられたのですね……? わたくしは必ずクルエル教徒の国を、世界を誕生させてみせます。となれば、それを治めるべき指導者が不可欠でしょう。それは当然使徒様であるできですわ。使徒様はクルエル神によって遣わされた尊き方。わたくしの伴侶となるべきお方に違いありませんもの。
ラスバブは超危険人物である。
彼女は多くの地域においてクルエル教の名の下に大量殺人を含む数多くの悪行を行っており、その手際の良さから正体不明でありつつも指名手配を貰っているような人物なのだ。
彼女はあまりの非道さ故に勇者から魔王の疑いを掛けられたほどの極悪犯なのだ。
ラスバブは枷の掛けられた両手を顎先へと近づけ、日課の祈りをクルエル神に捧げる。
その姿からは極悪人の気配など微塵も感じられない。
誰が見ても立派な修道女だ。
彼女は祈り続ける。
次の悪行に思いを馳せて。
「……なぁ、あんた本当に悪いことしたのか? 何か事情があるなら───」
看守がラスバブに声を掛けた。
彼女は遠からず再び世に放たれるのだろう。




