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俺を執拗に追っていたネーロとラスバブは倒れた。
また、ラスバブが気絶した事により周囲を漂っていた靄についても綺麗さっぱり霧散している。
「これで現状の危機は去った……って事で良いんだよな? 俺に纏わりついてた靄も消えたみてぇだし……。けど、どんな副作用や後遺症があるかも分かんねぇから後で絶対にクラルテに確認しねぇとだな……。ん? クラルテ? そうだ⁉ クラルテ⁉ 大丈夫か⁉」
ネーロの魔法を受けたクラルテが倒れている事を思い出して駆け寄ろうとした所、大きな尻尾と二本の角を持ったカザン亭のウェイトレス──リーノが俺の前に立ち塞がった。
「確か……リーノだったよな? たぶんあんたは決闘のあれこれについて聞きてぇんだろ? でも悪いが今は仲間の方を優先させてもらうぜ。文句とかは後にしてくれ」
「別に文句なんてないわ。審判のあなたが命がけで取り決めた勝敗条件だもの」
「そ、そういうもんなのか……? まぁ、文句がねぇならそれに越したことはねぇけど……」
俺としては両者とも勝利条件を満たせなくて決闘が有耶無耶になってくれるというのが望ましい為、リーノがこの勝利条件に納得してくれるなら大助かりだ。
────なによりこれ以上決闘の問題を複雑化したくねぇしな……。
現状、俺の都合だけで言えば“これ以上決闘の勝利条件に手を加えない”のが賢明だろう。
「それでも、あんたの実力で雌雄を決するような条件じゃなくなっちまったことは謝るよ。悪かった。とはいえ、もう決闘の勝利条件を変える気はねぇ。その点だけは諦めてくれ」
「何度も言わせないでちょうだい。勝利条件については納得してるって言ったわ。審判が決めたことに口出しするほど落ちぶれてないわよ。でも、どんなに厳しい勝利条件でもわたしは諦めないって事は覚えておきなさい。決闘は全身全霊を持って挑む儀式よ。いつかわたしはあなたの勝敗条件に則ってネーロに勝ってみせる。それが言いたかっただけ。それじゃあね」
諦めないという意思表示。リーノは本当にそれだけを伝えると意識を失っているネーロの下へ向かっていった。
◆◇◆
「よぉ、お疲れさん」
クラルテの下に辿り着くと既にノイギアがクラルテの容態を確認しているところだった。
「ノイギアも無事そうでなによりだよ。それでクラルテの様子は?」
「軽く診たところじゃ命に別状はなさそうだ。どこかの骨が折れてる様子もない。脈も呼吸も正常だ。本能的に致命傷を避けたんだろう。流石は勇者と言ったところだ」
ノイギアの言う通り、傍から見てもクラルテに特別大きな外傷は見受けられない。怪我は擦り傷や打ち身といった程度で済んでいそうだ。
しかし、ノイギアが時折見せる知識には地味に驚かされる。
「そっか、よかった……。つーか、ノイギアってかなり物知りだよな。今も手際が良いし。実はすげぇ経歴があったり?」
「さてな。しかし、謎の多さを競うならお前さんには負けるさ。勇者と魔王を虜にする魔性、その上さらにクルエル教の使徒なんだろう? くく、ミステリアスを気取る俺でもそれには勝てんよ」
「じょ、冗談にしたって最悪すぎる……⁉ 勘違いしないよう言っとくけど全部偶然だぞ? 俺は巻き込まれてるだけで、あいつらが暴走して勝手に俺を持ち上げてんだ」
「そうかい。だが、本当に偶然か?」
「そりゃ偶然だろ。つーか、もし誰かが仕組んでるってんなら俺はそいつの事を許せそうにねぇんだけど……」
「なるほど。なら偶然という事にしておくとするか」
「何だよそれ? 含みのある言い方だな」
「なに、これだけの偶然が重なれば偶然じゃないのかもしれない……そういう考え方もあるって話さ」
「勘弁してくれって……」
そうしてノイギアが変に勘ぐってくることに辟易とする中で……。
「ん…………? あ、あれ? ここって……」
クラルテが目を覚ました。
「お、ようやく起きたな。おはようさん」
「大丈夫かクラルテ?」
「……………………そうだ⁉ あのクルエル教徒と魔王因子の保持者は⁉」
クラルテは俺とノイギアの顔を見て暫く呆然としていたが、記憶を整理する中でどうして自分が気を失っていたのかを思い出したのだろう。大きな声を上げて辺りを見回す。
「落ち着け。それならお前が気を失ってる間にオチバが片付けた」
「え……? オチバが……?」
「おいノイギア⁉ 語弊のある言い方は止めろよ⁉」
「ほとんど事実だろうに。魔王を名乗る少年の攻撃を止めたのはお前さん。あのクルエル教徒に一撃を食らわせて意識を奪ったのもお前さん。どこに語弊がある?」
「結果はそうかもしんねぇけど……⁉ でも、ちげぇだろ⁉ それだとまるで俺が簡単に二人を無力化したみてぇになってるじゃねぇか⁉ 俺がこの最適解を頭の中で導くのにどれだけの葛藤があったかお前分かってる⁉」
「……他人様の頭の中なんて分かる訳がないだろう。俺は見たままの光景を簡潔に言っただけだ」
「………………ほんとにオチバが倒してくれたんだ。そっか……。ボクでも倒しきれなかったあの二人を……」
「え、いや……。そうだけど……。でも本当に俺は大したことしてねぇぞ? ネーロ……少年の方に関しては口八丁で丸め込んだ所をラスバブが仕留めたって形だし。ラスバブに関してもネーロの魔法を受けて満身創痍だった所に止めを刺しただけだからな」
「ううん、大したことだよ。ありがとうオチバ。ボクの代わりに二人を倒してくれて。そしてごめん。早々に気絶してキミたちを守れなくなっちゃって……」
「いいっていいって。気にすんな。……つーか、元はと言えばネーロもラスバブも俺が切っ掛けで集まってきた奴らだし。これに関しては俺の方が申し訳ねぇよ」
「そうだぞクラルテ。むしろお前さんがいたからこそオチバは助かったのかもしれんしな。何せ、オチバは何でも魔性らしいからな。魔王少年からもクルエル教徒からも大人気だったぞ。くく……」
「お、お前もうそれ止めろって⁉」
「魔王がオチバに興味を……? もしかしてオチバにも魔王因子が……? でもそんな気配は全然……。いや、まだ覚醒してないだけ……? それなのに魔王因子保持者を倒した……? じゃあオチバの魔王因子はボクよりも……」
「く、クラルテ……? 大丈夫か?」
「……うん。ボクがすべき事が分かった気がする! 大変だけど絶対に制御できるようになるよ! 先輩としてボクが一緒に付いててあげるから一緒に頑張ろうね!」
「え……? クラルテ? 全然意味が分からないんだが……?」
◆◇◆
「よし、じゃあ後はラスバブを詰所に出せば解決だよな?」
「そのことだが本当に良いのか? まぁ、それが望みなら別に止めはしないが……。トントン拍子に面倒な状況になるかもしれんぞ?」
クラルテの無事を確認し、続けてラスバブの処遇について皆に確認すると、ノイギアから何やら不穏な回答が出てきた。
「面倒な状況って……。具体的にはどうな風な状況だ……?」
「スクラヴェルバウムは表向きは商会として動いていたが、裏では危険な組織として動いていたからな。しかし、偽装もあって足がつかない。モルテ=フィーレ共和国もさぞかし手を焼いていた筈だ。そんな危険な組織の悪事を暴いた上に首謀者を捕まえた人物が現れたとなれば、そいつは一躍有名人だろうさ。モルテ=フィーレは共和国になる前の歴史はそれなりにあるが、共和国になってからの歴史は浅い。民衆を扇動して反共和国の勢力として立ち上がられる懸念がある以上、何であれそれ程の人気者を放ってはおけんよ。可能性としては先んじて国の重役にでも据える……なんてところだろうかね? まぁ、俺としては勇者と国の重役が店の常連になってくれ分には嬉しい限りさ」
「待て待て⁉ え⁉ それは聞いてねぇって⁉ もっと詳しく説明してくれ⁉」
「詳しくもなにもそれ以上の説明はないが……。そうだな、ある意味ではモルテ=フィーレ共和国の平和を守った英雄みたいなもんだ。莫大な褒賞は期待できるんじゃないか?」
「ば、莫大な褒賞⁉ いや、どうせその褒賞ってモルテ=フィーレ通貨って落ちだろ⁉ 聖教金貨よりも価値が低いってのは知ってるぞ⁉」
「よく分かったな。多分そうだろう。とはいえ、この国に永住する予定ならこれほど好条件もないぞ?」
ほんの少し心が揺れたが、俺はこの世界に留まるつもりはない。可能であれば元の世界に戻るつもりだ。
その為には先ず俺をこの世界に呼び込んだ神と会うところからだろう。それに神には他にも伝えたい事がある。
────少なくとも俺を素っ裸にしてこの世界に呼んだ事については絶対に許しておけねぇ……!
であれば、この国に永住するという選択はない。
「……ボクはおすすめしないなぁ」
そしてそんな俺の決意をクラルテも後押しする。
「スクラヴェルバウムってかなり大きい組織で、沢山の悪い組織とも繋がってたんだよね? ならきっとその人たちにとってスクラヴェルバウムを失った損失も大きいと思うんだ。だから、そういう人たちの目の敵にされる可能性がとっても高いんじゃない?」
「よーし! ラスバブはリーノたちに引き取ってもらう事にしよう! 俺は絶対に引き取らねぇ! 断固拒否する‼」
「うん! それがいいよ!」
◆◇◆
「それでわたしたちに手柄を譲ってくれるってわけ? わたしたちからしたらありがたい話だけど……。ほんとにいいのよね……?」
俺はネーロを背負ったリーノを呼び止め、ラスバブを捕縛した手柄を渡す話を持ち掛けていた。
「ああ。むしろ引き取ってくれなきゃ困る。俺はお前らみたく自衛できるほど強くねぇからな。厄介事も纏めて貰ってくれるんなら大歓迎だ。それよりもそっちこそいいのか? ラスバブを詰所に引き渡せば一生命を狙われるようになるかもしれないんだぞ?」
話を持ち掛けた身ではあるが、命の危険が伴う選択だ。流石にラスバブを引き取るというの意味については知らせている。
「それは仕方ないって割り切るわ。確かに面倒だけどメリットの方が大きいもの」
「…………メリットなんてあるか?」
「それがあるのよ……。ほら、決闘でわたしたちがあなたを追いかけた日があったでしょ? あの時に色んな所から不評を買っちゃったの。それで名誉挽回してくれってシャンスさんに……。ああ、シャンスさんはカザン亭のオーナーね。彼にそう言われてたから人気者になる事は願ったりなのよ」
どうやら本当に心配は無用らしく、リーノの表情は晴れやかだ。
「それじゃあ、お互い納得できたって事で大丈夫そうだな」
「ええ、問題ないわ。あ……! でもこれは言っておこうかしら」
「ん?」
「こほん!」
改まった様子を見せ、咳払いをするリーノに俺が疑問を抱いていると……。
「是非ともカザン亭に来て下さい♪ お待ちしてますね♪」
リーノは当初カザン亭で見せた美少女スマイルを披露し、ポーズをとっていた。
「…………安心しなさい。次は余計なトラブルは起こさせないから。ほら、友達とか連れて来なさい! じゃあね!」
白けた空気に耐えきれなくなったのか、リーノはやけくそ気味にそう言い捨てるとクラルテたちを指さして去っていく。
「気が向いたら…………。いや、やっぱり行かねぇかな」
因みにラスバブは気を失ったまま両手首を縛られた状態でリーノの尻尾に巻き取られる形で運ばれていった。




