121
よろしくお願いします。
「ユーリィちゃんの時間を少〜し、俺様に預けてくれな〜い?」
「そ、その……」
ジオフォレスに右手を掴まれ、壁際まで追い詰められたユーリィさんに逃げ場はない。
恐怖を覚えているのかその声は震えているように感じられる。
だがそれでも、
「……お断りします」
彼女の気持ちは折れていなかった。
しかし、
「う〜ん、俺様に詰め寄られて断る女なんて久々に見るな〜」
ジオフォレスも折れる様子はなく、
「は? ジオフォレス様からの誘いを断るとか意味分かんないんだけど〜?」
「……特待生という事は実家もそこまで裕福ではないでしょうに。公爵家との繋がりを不意にしようだなんて正気と思えませんね」
それどころかジオフォレスに付き従う女子たちから大きな反感を買ってしまったようだった。
「二人ともいいっていいって。……それに、こういう頑固な娘を従順にさせちゃうのも悪くないしね〜」
「……っ⁉」
────流石にこれ以上時間は掛けられねぇか……。
ユーリィさんが逃げられる切っ掛けでも作れたらと様子を探っていたが、ジオフォレスはユーリィさんから離れる素振りを一切見せない。
このままだと心的負担の大きいユーリィさんが先に根負けしてしまうのは時間の問題と言えるだろう。
────作戦とか思いつかねぇけどここはもう動くしか……!
そう決意して一歩を踏み出そうとしたその時、
「騒がしいと思って来てみれば……。いくらジオフォレス先輩と言えどもそれは見過ごせませんね。その女は俺が先に目をつけていたのです。横取りは勘弁願いたい」
俺に先んじて衆目の場へと躍り出た人物がいた。
────あいつは……!
「どうしても手を出すというのなら……。この俺、ディアン・スィエルディーチが相手となりましょう」
乱入したのは数名の取り巻きを引き連れたスィエルディーチ公爵家の子息、ディアン・スィエルディーチだった。
口ぶりがやや丁寧なのは相手が同格の公爵家だからだろう。
「ディアンくん⁉」
「うわ〜……。スィエルディーチ家の坊っちゃんが出てきちゃったか〜。……というか、あれ? そうするとやっぱりユーリィちゃんって坊っちゃんの愛妾だったってこと……?」
「だから違いますって⁉ ディアンくんはこの学園で出来た初めての男の子の友達です‼」
「あらら〜。坊っちゃんカワイソ〜。ま、でも予想通りって感じだよね〜。そんな雰囲気にも見えなかったし〜。……じゃあ、俺様がユーリィちゃんを誘っても坊っちゃんに文句を言われる筋合いはないって事だ?」
「フッ、まさかジオフォレス先輩ともあろう人が女の機敏に気づけないとは……。窮地に颯爽と現れたこの俺に対してユーリィは照れているんですよ。両想いである俺とユーリィの間にジオフォレス先輩が入り込む余地などないのが──」
「そんな事よりもディアンくんはこの先輩と知り合いなの⁉ だったら何とかわたしの手を放してくれるよう先輩に頼めないかな⁉」
「──フッ、俺の言葉を遮って許される女なんて貴様くらいなものだ。安心しろ。端からそのつもりだ。……そういう訳でジオフォレス先輩、ユーリィはいずれスィエルディーチ家の派閥に加わる女なのです。直ぐにその女の手を放して頂きたい」
ディアンは真剣な表情でジオフォレスにそう言い放つが……。
「いやいや、まだユーリィちゃんは何処の派閥にも入ってないんでしょ〜? だったら普通は早い者勝ちってもんじゃな〜い?」
ジオフォレスはおちゃらけた態度で茶を濁し、ユーリィさんの手を放さない。
「……それはつまり、スィエルディーチ家を相手にするということですか?」
「へぇ~。中々男を見せるような台詞を言うようになったじゃん。でも坊っちゃん、軽率にそんな台詞を吐くのは貴族としてどうなのかな〜って俺様は思うわけ。その発言は、“決闘を挑んでる”としか読み取れないんだけど〜? それともそういう意味だって分かって言ってる〜?」
「……ッ!」
ジオフォレスは脅すような口調で圧を掛け、ディアンは僅かに目を逸して怯んでしまったように思えたが……。
「…………‼」
目を逸らした間際で何かに気づいたのか、ハッと顔を上げてジオフォレスに視線を戻す。
そして、
「フッ。ジオフォレス先輩、貴方とはいずれ戦わなければならない相手だと思っていた……! だったら今ここで格付けするのも悪くない……!」
ディアンは好戦的な顔と言葉遣いでジオフォレスとの決闘に臨む姿勢を示した。
「ふ〜ん。いつもは俺様と対立しそうになったら弱気になるのに今回は逃げないのね〜。……それだけこの娘に御執心ってことかな?」
「ジオフォレス先輩こそ、貴方にしては一人の女に固執しすぎているのでは? 随分とらしくない……!」
「……坊っちゃんが俺様にそんな態度を取るなんて初めてだね〜。大人しくいつもみたいに怖気づく姿でも見せてくれたら俺様も退いてあげようかなって思ってたんだけど〜。……そういう態度なら俺様も退けないよ?」
「……っ! 望むところだ……!」
「ちょ、ちょっと⁉ 二人とも乱暴なのは止めよう⁉ ねぇ聞いてる⁉」
ユーリィさんが一触即発の空気を読んで二人を落ち着かせようと声を上げるが……。
「ユーリィ、悪いが貴様の頼みでもそれは聞けない。ここで退けばスィエルディーチ家の名誉に傷がつく」
「俺様は実家の事なんてどうでもいいんだけどね〜。でもナメられっぱなしは男としてカッコ悪いでしょ」
「そんな……⁉」
両者ともに退くつもりはなさそうだ。
「ま、どうせ坊っちゃんが俺様に勝てると思えないし? 決闘の詳細なルールとかはそっちで自由に決めちゃってよ。何なら坊っちゃんはその後ろにいるお仲間たちと一緒に戦ってもいいぜ?」
腕に自信があるからか、それともディアンの実力がどれ程のものか把握しきっているからなのか、ジオフォレスは余裕のある顔で決闘のルールについてディアンに丸投げする。
しかし、
「スィエルディーチ家は武門の家。俺は正々堂々とジオフォレス先輩と戦わせてもらいますよ」
ディアンは仲間を連れて戦うことはないと宣言した。
その潔さのある台詞に俺を含め多くの野次馬たちが息を飲み、
「はぁ、坊っちゃんが本気だってのは分かったよ。ここまで増長させちゃうなんて俺様も坊っちゃんに甘い顔を見せすぎちゃったかな〜。……ならいいぜ? 本気の決闘をしよう」
ジオフォレスも漸くユーリィさんを解放してその体をディアンへと向ける。
「で? 決闘はいつする? 俺様は今直ぐでも構わないぜ?」
ジオフォレスがやる気を見せた事でこのまま庭園で決闘が始まってしまうのではないかと思わせる緊迫した空気が漂う。
そうして誰もが固唾を飲んで見守る中、ディアンが口を開いた。
「そう言えば、ジオフォレス先輩に一つ伝え忘れた事がありましたね」
「……まさかとは思うけど負けたときの言い訳とかじゃないよね〜?」
「いや、ただ“この決闘に参加する資格のある人物”がもう一人この場にいたなと……。それを伝え忘れていました」
「……はぁ? 分かりやすく言ってくれない?」
「簡単な話ですよ……! 何もユーリィを欲しているのはこの俺だけではないと言うことです……!」
そう言ってディアンは指先で“ある一点”を勢いよく指し示す。
────ま、待て待て……⁉ 嫌な予感がするぞ……⁉
ジオフォレスを始めとして、ユーリィさんやその他大勢の視線がディアンの指先を追っていく。
やがてディアンが指差した人物が誰なのかが特定されるに連れて野次馬たちは距離を取り、指先の人物を中心にして一つの輪が出来上がった。
多くの人が散ったというのにディアンは指先を変えていない。ただ一人、輪の中心に残された人物に向けて指を差し続けている。
最早、ただの思い過ごしだと自分を納得させる事すら許されない。
「フッ……。いい加減俺ばかりに任せてないで出てきたらどうだ……! アーディベル家の令嬢の従者でありながら、帝都闘技場で誉れ高い勇士として名を上げ、初代ロイライハの再来と噂される我が好敵手……! オチバ・イチジク……‼」
こうして俺は誇張された紹介と共に問題の渦中へと引きずり込まれてしまったのだった。
読んで頂きありがとうございます。
ブックマーク、いいね、評価は大きな励みになってます。面白いと思っていただけたのなら是非よろしくお願いします。




