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よろしくお願いします。

 

「ジオフォレス様……! 私を愛していると仰って下さった言葉は嘘だったのですか……⁉」


 涙を流して訴えるのは名前も知らぬ女子生徒だ。

 記章を見るに一年生だろう。


「嘘? まさか! 俺様は本気で君のことを()でてたよ?」


 対して女子生徒に訴えられているのは逆立つ金髪が目立つ男子生徒。

 名前はジオフォレスと言うのだろう。

 彼は訴えられているというのにどこ吹く風といった様相で冷や汗一つかいていない。

 記章は四年生を指し示している。


 また、ジオフォレスはよほどモテるのだろう。彼を取り巻く幾人もの女子生徒が彼の一挙手一投足に黄色い声を上げていた。


 ────会話を断片的に聞いてみりゃ痴情のもつれが発端って感じだな。それだけなら俺も見て見ぬ振りとかできんだけど……。


 しかし、涙を流す女子生徒のすぐ側にユーリィさんがいるのを俺は見つけてしまったのだ。


 ここは亜人たちの尾行を優先すべきだというのは分かっている。

 それに何の力もない俺が関わるべきでもないだろう。

 下手をすればリスティアお嬢様にもまた迷惑を掛ける。


 ────それでも友達が問題に巻き込まれてるってのに完全な無視なんてできねぇだろ。


 とはいえ、全容の分からない問題に対して無闇に首を突っ込む訳にもいかない。


 ────先ずは目の前の状況について把握しねぇと。


 そうして事態の全容とユーリィさんの立ち位置の把握に努めていると金髪の男子生徒──ジオフォレスの口が開かれた。


「俺様はいつだって目の前にいる女の子を全力で愛でてるからね〜。君と過ごしてる時、一番は間違いなく君だったんだけど……。それで満足してくれな〜い?」

「わ、私との逢瀬は遊びだったと……⁉」

「う〜ん。俺様としては遊びのつもりはないんだけどね〜。みんな同じくらい愛してるし。他の娘と過ごす時はその娘が俺様にとっての一番になるって感じ? まぁそれが納得できないなら君とはこれまでかなぁ〜」


 そんな誠実さの欠片も感じられない言葉をぶつけられた女子生徒はいよいよその場で泣き崩れてしまったようだ。


「え〜? 泣くほど俺様との別れが辛いの? でもごめんよ。俺様って女の子を束縛するのは好きだけど、されるのはそこまで好きじゃないんだよね〜」


 だがジオフォレスは女子生徒を気に掛けるでもなく、追い打ちを掛けるような台詞を突きつける。


 そして信じられないことに彼の周囲を取り巻く女子生徒たちはそんな彼の台詞にまたしても一際大きな黄色い声を上げていた。


 ────これ、俺がおかしいのか……? あの金髪が好かれる要素がさっぱり分かんねぇんだけど……。


 確かにジオフォレスという男子生徒の容姿はかなり良い部類ではあるだろう。

 逆立った綺麗な金の短髪、タレ気味の眼尻(まなじり)と泣きぼくろに碧色(へきしょく)の双眼、その上身長も高い。


 あまり褒めたくないが、容姿のレベルに関して高水準を記録し続けるこの世界の中でも上位に食い込む程であるように思える。


 ────けど、それを加味したって性格が終わってんだろ……。


 ジオフォレスがかなりヤバい性格をしている奴だと認識できたところで次はユーリィさんたちの様子を窺うと……。


「その、エアーファさん……。大丈夫、じゃないよね……。わたしが手を引くから落ち着ける場所に行こう?」


 どうやらユーリィさんは衆人環視の的となる女子生徒をこの場から連れ出す事にしたらしい。彼女が泣き崩れている女子生徒に向かって手を差し出しているのが確認できた。


 しかし、


「君、新入生だよねぇ? 可愛い顔してるじゃん。ねぇ、これから一緒に茶会でもどう?」


 ユーリィさんの手はいきなり横から割り込んだジオフォレスに握られてしまっていた。


「なっ⁉ 何であなたが……⁉ というかこの状況で何を考えてるんですか⁉ 結構です!」


 ユーリィさんはキッパリとジオフォレスの誘いを断るのだが……。


「ん? あれ? 断っちゃう? マジ? あっ、もしかして俺様の素性が分からないから断ってる感じ? フフフ、じゃあ先ずは自己紹介からなんてどう?」


 ジオフォレスは誘いを断られても全くめげていなかった。それどころか更にユーリィさんへ興味を募らせてしまったように思える。


「ちょっと……! 近いです……‼ 離れてください‼」


 ユーリィさんの静止の声も聞かず、ジオフォレスはぐいぐいとユーリィさんに詰め寄り、彼女を壁際へと追い詰めていく。 


 そんなジオフォレスの動きを止めたのは彼の両肩にしなだれ掛かる取り巻きの女子たちだった。


「え〜、ジオフォレス様〜。その女は止めておいた方が良いですよ〜?」

「ん? それってどういう事?」

「ジオフォレス様、その女は帝国貴族でありながらセアリアス学園の特待生に選ばれているのです。……貧乏をひけらかすなんて同じ帝国貴族として恥ずかしい限りですわ」

「そうそう! それにその特待生って所構わず男子に色目使ってるんですよ〜? ……なんでもスィエルディーチ家の愛妾(あいしょう)とかって噂もあるみたいですし〜?」

「……スィエルディーチ家かぁ〜。ちょっと面倒だなぁ〜」


 スィエルディーチ家の名前を聞いて嫌な顔をするジオフォレスだが、ユーリィさんへの興味は尽きてないのだろう。壁際に追い詰めた彼女を解放するつもりはないらしい。


「……で? 君ってスィエルディーチ家の坊っちゃんと深い関係なの?」

「ふ、深っ⁉ 違います‼ ただの友達です‼」

「だってよ? ガセみたいじゃん? まぁ、あいつと顔見知りってのは本当みたいだし。しょうがない。ここは勘弁しておいてあげようかな〜。今スィエルディーチ家と揉めても良いことなんてないしね〜」


 そう言ってジオフォレスは一度ユーリィさんから離れるのだが……。


「色んな男子に色目使ってるみたいだけど〜。ジオフォレス様に相手されなくて残念だったわね特待生〜。公女殿下のお気に入りだからって調子に乗ってるから恥をかくのよ〜」

「…………ジークリットちゃんのお気に入り?」

「え? ジオフォレス様? あっ⁉」


 何やら取り巻きたちの台詞を耳にしたジオフォレスは再度ユーリィさんへと詰め寄っていく。


「今度はなんですか……?」

「気が変わった。やっぱり自己紹介させてもらうよ。俺様はジオフォレス・アストゥリタ。アストゥリタ家の名は聞いたことくらいあるんじゃない? そう公爵家のアストゥリタ家さ。さあ、次は特待生ちゃんの番だよ?」


 壁際に追い詰められているユーリィさんは逃げることもできず、強い眼差しでジオフォレスを見つめ返すと口を開いた。


「…………ユーリィ・マヤリスです。アストゥリタ先輩、動けないので離れてください」

「ふ〜ん? ユーリィちゃんね。ねぇ? 俺様っていつかは帝国の皇帝かアストゥリタ家の当主になるのが決まってるんだけど……それでも俺様を()()けられるの?」

「こ、皇帝候補者⁉ ……いえ、関係ないです! このままジオフォレス先輩といた方が怖い気がしますので」

「え〜? 普通怖いなら逆らわないもんじゃない? ユーリィちゃんって面白いねぇ? フフフ。というか皇帝候補者って聞いても態度変えない女の子ってジークリットちゃん以外にもいるんだねぇ〜。俺様、驚いちゃったよ。俺様、ユーリィちゃんに俄然興味持っちゃったな〜」

「なっ……⁉」


 ユーリィさんの毅然(きぜん)とした態度にジオフォレスは興味を持ったらしく、どうやらそう簡単に引き下がるつもりはないらしい。


 だがそれよりも……。


 ────は……? 待て待て待て⁉ 今あいつ、自分の事を()()()()()って言ったよな⁉


 全く手掛かりの得られなかった“残る一人の皇帝候補者”に関する情報が思いがけず飛び込んできた事に俺は強い衝撃を受けたのだった。



 ◆◇◆



 ────ジオフォレス・アストゥリタ……! こいつが皇帝候補者の一人⁉ って事は……⁉


 衝撃から立ち直った俺は直ぐに周囲へと視線を巡らせる。ジオフォレス・アストゥリタを後援する派閥を特定するためだ。


 そうして最初に確信したのは、亜人たちが擁する皇帝候補者は彼ではないだろう、という事だった。


 ────衆人にも、取り巻きの中にも亜人の姿は見えなかった。それにいつの間にかさっきの亜人たちも消え失せてやがる。ジオフォレスは亜人と繋がってねぇ……。


 続いて“スィエルディーチ家の派閥がジオフォレスの後援となっている”という可能性についても考えてみたが……。


 ────ジオフォレスは自分が皇帝候補者だってのを全く隠すつもりがなかった……。だが、それに対してディアンはスィエルディーチ家の派閥が擁する皇帝候補者の名前を未だに公の場で出してねぇ……。


 方針が一致していないのだ。

 そう考えると“スィエルディーチ家の派閥がジオフォレスの後援となっている”という可能性は低いように思える。


 ならばいったいどんな派閥が、或いは組織がジオフォレスの後援となっているのか。


 ────順当に考えりゃジオフォレスの実家のアストゥリタ家って感じもするけど……。それなら“アストゥリタ家が皇帝候補者を擁してる”って噂がもっと広まってねぇとおかしい……。なんつーか、他に主格になってる派閥みたいなのがある気がすんだよな。でもそんな集まりがあるようには…………いや、あったわ。


 周囲ではなく、当事者に目を向ければ一目瞭然だった。


 ジオフォレス・アストゥリタの付近にはずっと彼を取り囲み、しなだれ掛かる集団がいる。


 ────ジオフォレス・アストゥリタの後援者は、奴を支持する女性たちだった訳か……!


 そうして俺の疑問は晴れたのだが……。


「ねぇ、ユーリィちゃん? 一回だけでいいから俺様と二人だけで話なんてしてみない?」


 依然としてユーリィさんに降り掛かる受難は取り除かれていないのであった。


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