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読んでくれてありがとうございます。

 

 リーノとネーロの襲撃を知らされた俺はラスバブと二人をぶつけて同士討ちさせる事を思い付き、直ぐにでも応戦するようラスバブに提案したのだが……。


「……どういうことですの?」


 俺が提案した直後、突如としてラスバブは考え込む仕草を取り、何やら釈然としていない様子を見せていた。


「ど、どうかしましたか?」


 何か気に触る事をしでかしてしまったかと気が気でない俺はラスバブに何事かと尋ねるが、集中しているのかラスバブからの返事はない。

 しかし、やがてラスバブは熟考の末に得心(とくしん)がいったのか、その意識は再び俺に向いた。


「…………失礼しましたわ。わたくし、てっきり同志がつけられたのかと思っておりましたが、どうやらそうではなかったようですわね」


 そう発言したラスバブは周囲に漂う(もや)を次々と掌へと吸い寄せ、一つの塊に収束させていく。

 そうして収束した靄はラスバブが軽く腕を振るうと楕円形の板のような形に姿を変えていき、その表面に像を映し出した。


 ────これは……。映像……? この靄はそんなことも出来んの? え、じゃあコイツが靄を生み出した張本人かよ⁉


 靄を生み出した犯人はラスバブだった。それを知れた事実は大きい。

 しかし、靄に映し出されたその映像を見て俺の心はそれどころではなかった。 

 次々と靄に映し出されるのは破壊し尽くされた何処かの建築物だ。いずれも火の手が回り尽くし、黒煙が空を埋め尽くしている。それこそ映像の中でしか見たことはないが、まるで紛争地帯での出来事を中継しているかのような光景が靄の表面に映し出されていた。 


「えーと、ラスバブ同志……? ここに映っているのはいったい……? 凄い惨状ですけど……」

「どれもわたくしたちスクラヴェルバウムが所有する施設ですわ。襲撃者はその(ことごと)くを破壊して周っているようですわね。今映しているこの施設ではスクラヴェルバウムに興味を持つ方々を集めてパーティーを催していた筈ですわ。本来の目的としましてはこうして集めた者の中からクルエル教徒の素質を持つ者を見つけ出すことにあったのですが……。今回集まった同志はあなただけでしたわね。それにしても、こうもスクラヴェルバウムの施設を破壊し回っているとなるとどうやら襲撃者の狙いはスクラヴェルバウムに所属する誰かに用があるのでしょうね」


 襲撃者というのは悩むまでもなくネーロたちの事だ。

 そしてネーロたちは俺を追っている。

 つまり、彼らは俺を見つける為だけにこの惨状を引き起こしたという事だった。


 ────な、なに考えてんだあいつら……⁉ シャレになってねぇ大惨事だぞ⁉ しかも今の説明からすると……⁉ 今映ってるこの破壊された施設にクラルテとノイギアがいるって事じゃねぇのか⁉


 ひょっとすればクラルテとノイギアが助けに来てくれるかもしれない……なんて期待をしていたが、この様子を見る限り二人の助けは期待できない。むしろクラルテたちの方が助けを求めている可能性すらあり得るだろう。


 ────待て待て、落ち着け……。クラルテは勇者だ……。いやまぁ、俺には勇者ってのがどれくらい凄い存在なのかまだ今ひとつ分かってねぇけど……。それでも少なくとも魔王ってのをブッ倒す位には強い筈だ……。それにノイギアだって冷静な奴だ。きっと二人とも心配はいらねぇ……。


 気持ちを落ち着かせ、俺は二人の無事を信じる。

 それに現状プラスの部分は確かにあった。

 それは先程ラスバブが周囲の靄を集めたことによって俺を取り巻いていた靄が俺から離れてくれた事だ。纏わりついていた靄が無くなった事で思考がより鮮明になったような感覚がある。


「同志はわたくしにこれらの危険を伝えに来た……という訳でしたのね」


 全然そんな事はないが、ここでそれを否定して追求される訳にもいかない。

 俺はラスバブが漏らしたその小さな科白を聞き逃した事にし、仲間の安否を確認する。


「……ところで、私の後援者である二人の現状はどうなっていますか? この映像の場にいると思われるのですが見当たらなく……」

「後援者……? ああ、同志が連れていた方々ですわね? 流石は同志と行動を共にするだけはありますわ。どうやら襲撃者と交戦中のようです」


 ラスバブの操作で靄に映る像が切り替わっていく。

 するとそこにはクラルテとネーロが互いに傷を負う姿が映しだされた。


「クラルテ……⁉」


 状況は五分五分に見える。

 しかし、それは何かの拍子でクラルテが負けてもおかしくないということでもあった。


「ら、ラスバブ同志……! すぐに彼女に助勢をお願いします‼」

「ふふ。同志はわたくしにこれより訪れるであろう災禍を事前に報せてくれましたわ。ならばわたくしもこの困難を乗り越えることで同志に対する感謝の礼を体現すると致しましょう」


 クラルテの満身創痍な姿を見てラスバブに助力を求めたところ、難解な言葉回しだがどうやらラスバブは俺の言葉を聞き届けてくれるようだ。


 ────よしっ! 敵だと恐ろしいもんだが味方だと思えば中々に頼もしく感じるじゃねぇか!


 ラスバブはリーノとネーロの狙いが俺だと気づいておらず、風向きは悪くない。

 後はラスバブの居なくなったこの場から悠々と離脱し、クラルテたちと合流できれば全て解決だ。

 なんて考えていると……。


「それでは同志、共に参りましょう」


 俺とラスバブの足下で魔法陣とでも呼ぶような紋様を象った光が浮かび上がった。


 ────は…………?

 

 ラスバブの声が聞こえると同時に俺の視界は黒く暗転し、やがて世界に色が戻る。


 そうして視界が開けたその先では…………。



「やああああああっ!!」

「ふははははははっ!!」


 必死な形相で光輝く剣を構えるクラルテと、幾つもの魔方陣を周囲に展開しながら笑うネーロが、俺とラスバブを挟むようにして今まさに激突しようとしていた。


「……っ⁉ オチバ⁉」

「イチジクだと……⁉」


 二人の間に突如出現した俺とラスバブにクラルテもネーロも虚を突かれ、動きが止まる。


 ────いや、俺の心臓も止まりかけたぞ⁉ ラスバブお前⁉ こんなところに割り込ませるなんてどうかしてんだろ⁉


 だが、争う二人の間に出現したのはラスバブの作戦だったのだろう。 


「うわ⁉」

「チッ!」


 争う二人の中間地点に出現したラスバブは動きの止まった二人に対してそれぞれ左右の手から靄を噴出させて攻撃を仕掛けていた。両者同時に不意打ちを仕掛けるとするならこれ以上完璧なタイミングはない。


 しかし、二人とも攻撃されると分かれば意識を戦闘状態へと戻し、それぞれ迫りくるラスバブの靄から距離を取って回避する。


「ちょっ‼ ちょっと待って下さい同志ラスバブ⁉ クラルテ、えーと……! 剣を持っている彼女は私の仲間です‼ 何故攻撃を……⁉」


 しかし、ラスバブは俺の言葉に耳を貸さずネーロだけでなくクラルテにも靄による攻撃を執拗に続けている。


 そんなラスバブの靄に対し、二人は回避だけでは対処しきれないと迎撃行動に移っていた。

 ネーロは周囲に展開している魔方陣から風を発生させて靄を吹き飛ばし、さらなる攻撃を警戒して距離をとりつつ魔力弾で弾幕を作る。

 クラルテは近接武器で対応しているせいで不利に思えたが、その手に持つ光剣を一振りするだけで靄が千切れ、ラスバブに向かって駆け出していた。

  

 ラスバブはネーロの魔力弾を靄で防ぎ、近づいて来るクラルテには直接その身体に靄を纏わりつかせようと靄を操作する。

 ネーロ、クラルテ、ラスバブは互いに攻撃し続けてはいるものの、戦況そのものは硬直状態に近い状態が出来つつあった。

 

「同志ラスバブっ! クラルテは私の仲間ですっ! 攻撃を止めてくださいっ! 今はあっちの──」


 俺は再びラスバブに静止するよう求めたのだが、大声でそれを口にしたのがマズかったらしい。


「さっきから同志同志って……! オチバ! いったいどうしちゃったの⁉ それに口調も変だよ⁉ まるでその人の仲間みたいに……! こんな時にふざけるなんて流石のボクも怒るよ‼」


 ラスバブの機嫌を損ねないようにとラスバブに合わせた演技をしていた事がクラルテに誤解を生んでしまっていた。


 ────お前……⁉ こんな時になんてベタな勘違いを……⁉ 


 何とかしてクラルテの誤解は解きたいが、ラスバブに演技していた事を悟られる訳にはいかない。せめてラスバブの攻撃範囲から離れた場所でなければ俺がラスバブの標的になってしまう。

 苦肉の策としてラスバブの後ろ越しに仕草や口パクでクラルテに俺が演技している旨を伝えようと奮闘してみるが……。


「……⁉ そっか‼ この靄で思ったことが喋れないんだね……! つまり、この人がオチバを洗脳したんだっ‼ 待っててねオチバ! 直ぐにボクがコイツを倒して洗脳を解いてあげるから……!」


 クラルテに伝わっている気配は全くない。

 むしろ更に誤解を加速させてしまったとさえ言えるだろう。


 ────駄目だ‼ クラルテには伝わらねぇ‼ そうだノイギア! お前ならこの状況を説明してくれるだろ‼ 何処だノイギア⁉


 俺はノイギアを探して辺りを見回し、壁に寄り掛かるノイギアを見つけた。ただし、その傍らにはノイギアを介抱するリーノの姿もある。


 ────あいつらはなにやってんだ? いや、別に羨ましいとかじゃねぇけど……。俺がこんな困ってる時に何やってんのお前? え……? つーか、下手したら俺の事に気にづいてすらいねぇんじゃ……。


 俺が頬を引きつらせながらノイギア達を見ていたところ、これまで俺の言葉を無視して戦闘を続けていたラスバブが口を開いた。


「同志、先ほどはあなたの言葉に反応できず大変申し訳ありませんでしたわ。ですが、わたくしにも事情があるのです。同志のお連れの方と言えど、あの光剣(こうけん)を持つ者はわたくしの敵なのです」


 ラスバブは明確にクラルテを敵だと表明する。どうやらクラルテが持つ光剣とやらに敵対の理由があるらしく、続けてラスバブはクラルテに向けて口を開く。


「その光る魔力剣を持つあなたに一つお聞きしても? あなたの持つその光剣は、勇者クライシア・クシェルと同じ技である光剣と見て相違ありませんわね?」 

「……言葉巧みにボクを惑わすつもりなら無視しようかとも思ったけど。へぇ、師匠のこと知ってるんだ?」

「知っていますわ。ですがなるほど……。師匠と呼ぶという事は、あなたも勇者という事で間違いないですわね?」

「うん、間違いないよ。ボクは勇者クラルテ・フライハイト。勇者クライシア・クシェルの一番弟子だ。そしてこの光剣もボクが師匠から教わった技だ」

「そうですのね。感謝しますわ。これではっきりしました。……やはりわたくしにとってあなたは敵ですわ」

「……っ! もしかしてキミも魔王因子を──」

「わたくしを魔王と勘違いして殺しに来たクライシア・クシェルをわたくしは決して許しませんわ‼」


 勇者が人違いで殺人未遂、もしかしすると勇者というのは俺が思っているよりもヤバい存在なのかもしれない。  


「ちょっと⁉ ボクを師匠と同じにしないでよっ⁉ ボクはそんな勘違いしないし! それに師匠だってちょっと勘違いしただけでしょ‼」


 勘違いしないと言うが、今まさにクラルテも俺が洗脳されていると勘違いしている。

 それに今明かされたクラルテの師匠とやらのエピソードは“ちょっと勘違いしただけ”で済まされない事案だろう。


「え、オチバ⁉ なんかボクに向ける目がおかしくないっ⁉ くっ……⁉ これもキミの仕業だねっ‼」


 そしてクラルテは俺のドン引く視線を受けて更に勘違いし、その責任をラスバブに転嫁していた。


 しかし……。

 

「この私を最優先で狙わなかった事を後悔するといい」

 

 そんな口論は会話に加わっていなかった第三者──ネーロに次の攻撃準備を整えさせる時間を与えてしまったようだ。

 ネーロは自身の周囲に数々の魔法陣を展開し、それらの魔法陣上には光球が生成されていた。そしてその矛先は俺たちに向いている。

 魔法が使えない俺でも分かった。ネーロは一斉攻撃を仕掛けようとしているのだ。


「おいおいおい……⁉ お前ら喧嘩してる場合じゃねぇぞ⁉」


 明らかに危険だと分かるネーロの魔法に恐怖心が限界まで煽られる中、俺はこの状況を打破してくれる可能性のある二人に賭けて声を上げる。

 だが……。

 

「この一撃を持って私は貴様らに勝利するッ! 見事耐えることが出来たのなら私の配下に迎え入れてやろう‼」


 クラルテとラスバブが俺の声に反応するよりも先に数多の魔方陣から色鮮やかな魔法が発射されてしまった。


 ────ヤバイヤバイヤバイヤバイ……⁉ これはマジで死ぬ……⁉ 

 

 確実に常人では耐えられない致死の熱量が向けられ、恐怖心を振り切って脳裏には死が過ぎる。

 今、俺の胸中は“死にたくない”という気持ち一色に染まっていた。

 しかし、こんな危機的状況だというのに何故か俺の思考はパニックにも陥らず動き続けている。

 生への渇望が止め処なく溢れ、助かる術を全力で模索していた。 

 その原因はラスバブの(もや)にある。

 この時の俺はそれどころではなく気付いていなかったが、この場にはラスバブが散々撒き散らした靄が広がっており、ラスバブの一番近くにいたせいで俺は再び靄を纏っていたのだ。

 感情の抑制を緩めるこの靄により、俺は“死にたくない”という思いに突き動かされていた。


 ────逃げるのは間に合わなねぇ……! かと言って今から二人に期待すんのは神頼みが過ぎる……!


 どれだけ生への渇望が強くなっとしても、生物的身体能力の限界を超えることは出来ない。

 クラルテとラスバブならば対抗手段を持ち得ているかもしれないが、持ち得ていない可能性だってある上に俺を守りきれる保証もない。


 だとすれば……。


「おいネーロ‼ 本当に良いのかお前‼ 俺が死んだら絶対に決闘はお前の勝ちにならねぇぞ‼ 審判としてここで宣言してやる! ここで俺が死ぬもんならリーノの勝ちだ‼ この攻撃で俺を傷つけてもリーノの勝ちにしてやる‼ けどここで攻撃を止めるってんならお前を勝ちにしてやってもいい条件を俺は提示してやる‼ えっと、それはだなぁ──」


 決闘の勝利条件を盾にネーロの攻撃を踏み止まらせる。これがギリギリで思いついた俺の策だった。 

 だがあまりにも適当な勝利条件や簡単に達成できる勝利条件を設定する訳にはいかない。何せこの決闘に勝利した者に俺の命は握られてしまうのだ。リーノにも命の手綱を握られたくはないが、絶対にこの暴虐武人な少年に命の手綱を握らせてはいけない。 

 また無理難題な勝利条件を設定するのも聞く耳を持ってくれない可能性を考慮すれば避けなければならないだろう。


 容易に達成できず、ネーロが耳を貸す価値を見いだしながらも、俺に有利な勝利条件。


 そんな都合の良い条件は思いつかない。


「ネーロ! お前、確か王になるとか言ってたよな‼ だったら俺に王になった姿を見せてみろ‼ だが普通に王になったんじゃ認めねぇ‼ 暴力に頼って王様になるのは駄目だ‼ 俺の知る王ってのは民衆に認められてこそだからな‼ お前は俺に暴力に頼らないで王になった姿を見せてみろ‼ それが出来ないってんならこの瞬間からリーノの勝ちだあああ‼」


 だから俺はネーロの野心につけ込んで勝利条件を遠い未来に先送りする事にした。

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