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よろしくお願いします。

 

 使用人としての早起きがすっかり板についた俺は自然と今日も早朝から目を覚ましていた。


 今日の予定は昼過ぎに学生寮の前でリスティアお嬢様と合流する手筈だ。

 だから本当なら早起きする必要性はないのだが……。


 ────ルーギッドさんに供物を捧げる約束をしてっからな。


 それにクラルテとユーリィさんの朝食を準備する必要もあった。

 形式上クラルテはアーディベル家の客人であり、ユーリィさんも客人であるクラルテの連れという事になっている。

 二人がアーディベル家の客人である以上、使用人の俺はきちんと二人を(もてな)さなければならないのだ。


「……けど、昨日はユーリィさんに悪いことしちまったな」


 俺は厨房へと足を運びながら昨夜の事を思い起こす。


『それじゃあ、お客さん! あなたの名前も教えてよ!』


 ユーリィ・マヤリスにはどこか人を惹きつけるような独特な雰囲気があった。

 そしてその空気に飲まれた俺は、いずれ彼女が大きな騒動の中心になるような予感を覚えたのだ。


 そこで深く考えてしまう俺の癖が裏目に出た。


『あ、ああ。オチバ・イチジクだ。よろしく』


 俺はそんな警戒心丸出しの挨拶を返すことしかできなかったのだ。


「今思えば明らかに感じの悪い態度だったよなぁ……。お詫びに朝食ぐらいは豪勢に振る舞ってやりてぇけど。……って、厨房に誰かいんのか?」


 厨房に近づけば人の気配が感じられた。

 クラルテは朝に弱く、ルーギッドさんは厨房で何かをするような性格にも思えない。


 そうなると……。


「おはよう、ユーリィさん」


 消去法で予想した通り、そこにはエプロンを着けたユーリィさんがいた。


「ふぇ……? あ! おはよう、オチバくん! もう! 気軽にユーリィって呼んでくれていいのに……」

「勘弁してくれって。これでもユーリィさんの要望には最大限応えてるつもりなんだから。客人のあんたにこんな口を利いてるってだけで本来なら叱責もんなんだぜ?」


 使用人の俺が客人のユーリィさんにこんな口を利いてるのは、他ならぬユーリィさんの要望によるものだ。


 とはいえ、特別親しい間柄でもないのに客人を呼び捨てするのは使用人として如何なものかという事あって敬称を付けさせて貰っている次第だ。


 ────まぁ、本音としてはユーリィさんと親しくなり過ぎると何かに巻き込まれそうな予感がするってのもあるんだけど……。


「で、そういや何であんたが厨房にいるんだ?」

「あ、あははー……。世話になりっぱなしなのも何だし、お礼に朝ごはんくらいは準備しようかなあ〜って思って……」


 どうやらユーリィさんは一宿一飯の恩義からクラルテに朝食を作ってあげようとしていたのだろう。


「そういうことか。でもクラルテは朝に弱いからな。急いで作らなくても間に合うと思うぞ。よし、そんじゃ俺もルーギッドさんの供物と朝食を準備するか」


 俺は気合いを入れ直して厨房に足を踏み入れるのだが……。


「…………ん? あっ!? 待って待って!? オチバくんそれ何か勘違いしてる!?」


 それを見たユーリィさんが慌てた様子で俺の前を塞いだ。


「勘違い……?」

「うん。クラルテちゃんだけじゃないよ。わたしはオチバくんとルーギッドさんの朝ごはんも準備しようしてたの」

「俺とルーギッドさんの朝ごはんを……。ユーリィさんが……?」

「そう!」

「え?? 何で??」


 てっきり寝床を融通してくれたクラルテへのお礼に朝食を作ろうとしていたのだと思っていた俺にとって、ユーリィさんのその言葉は完全に予想外だった。


「お世話になったんだもん。これくらいやらせて貰わないと!」


 胸を張るユーリィさんが指し示すのは厨房のテーブルに並べられた食材だ。

 確かによくよくそれら並べられた食材を見てみれば、ユーリィさんとクラルテが二人で食べるにしては多すぎる量な気もする。


「あれ……? けど、こんな食材買った記憶ねぇぞ……?」


 俺は昨日の買い出しで朝食に使えそうな食材を幾つか買っていたのだが、テーブルに並ぶ食材を見渡せばその殆どが俺の買ってきた食材とは違うものだった。


 その疑問を口にしようとすると、


「キャハハ! 洋館の備蓄ですよ! び・ち・くー!!」


 笑い声と共に人形(ビスクドール)が俺の目の前に出現した。


「うおっ!? って、ルーギッドさんか……。ビックリしたなぁ……」

「ん〜! 良〜い反応ですね〜! 驚かしがいがありますよー!」

「勘弁してくれって、心臓に悪すぎる……。でも、備蓄があったのか……。そんなのがあるんだったら昨日買い出しに行く前に教えてほしかったよ」

「いやいや、そうはいきませんよ〜! この備蓄はアーディベル家の方がこの洋館にお帰りになられた時や緊急の来客があった時の非常用ですからねー」

「……ユーリィさんも来客だろ?」

「確かにそうですがー、その時は既にオチバさんが食料を調達し終えて帰ってきてましたからねー。備蓄を開放する必要はないとルーギッドさんは判断したんですよー」

「なるほど……。で、じゃあ何でその“非常用の備蓄”を使って“ユーリィさんが朝食の支度をする”なんて流れになったんだ?」 


 驚かされた腹いせという訳では無いがどう考えても来客に料理させるのは変ではないかとルーギッドさんに詰め寄って見ると、


「えー……。そ、それはですねー。えーとー……。そのー……。ユーリィさんはお菓子作りが得意だと聞いたのでー……」


 ルーギッドさんはあからさまに動揺した雰囲気を漂わせた。


「え……。まさかアーディベル家の使用人ともあろうルーギッドさんが私欲を優先して来客のユーリィさんに料理を強要させてたりなんて……してないよな?」


 そんな疑惑をルーギッドさんに向けていると、


「そ、それも誤解だよ、オチバくん!? ルーギッドさんがお菓子好きって聞いて、わたしが自分から振る舞わせてほしいってお願いしたんだよ!」


 ユーリィさんがルーギッドさんを擁護した。


「そそ、そうですよー!? ルーギッドさんは、来客であるユーリィさんの“料理をさせてほしい”という願いを聞いてあげただけに過ぎないんですからねー!! 全くオチバさんってば人聞きの悪い! お菓子を作ってくれると言うから交換条件で朝食の材料を渡したとかそんな事がある訳ないんですよー!!」


 そしてそれに乗っかるようにルーギッドさんはまくし立てる。


「いや、もう自白だろそれ……。けどまぁ、状況は分かったよ。要はユーリィさんが進んでやってるってことなんだよな?」

「うん! そう言うこと! 誤解が解けて良かったぁ〜。じゃあ、オチバくんは座って待ってて! 特別な朝ごはんとかじゃないけど、腕によりをかけて作るから! あっ! でもお菓子には期待して良いよー!」


 ユーリィさんは椅子に腰掛けて待っていてほしいと俺に言うが、客人であるユーリィさんに全部任せっきりというのは忍びない。


 だから、


「いや、だったら俺にも何か手伝わせてくれねぇか?」


 俺はユーリィさんに料理の手伝いを申し出る。


「えっと、でもそれだとお礼にならないような……」

「頼む、ユーリィさん。使用人だってのに客人に料理を任せちまうんだ。何もしないで待つ方が気疲れするっての」

「そっか……。ならお手伝いしてもらおっかな!」



 ◆◇◆



「朝ごはんも完成ー! 後はお菓子が焼き上がるのを待つだけだね! こっちはわたしに任せて、オチバくんは朝ごはんを並べて貰えるかな?」

「おう、やっとくよ」


 テーブルに並べられた皿にはトーストやベーコン、目玉焼きとユーリィさんが宣言していた通りありふれた朝食が乗せられていた。


 しかし、


「悪いな……。マジでお手伝いしかできなくて……」


 これらの調理に殆ど俺は関与することができていなかった。


「そんな! オチバくんのお陰で順調に料理できたし、わたしはすごく楽しかったよ!」

「そう言って貰えると多少は報われるよ」


 ユーリィさんはフォローの言葉を口にしてくれるが、事実俺の存在はお手伝いくらいにしかなっていなかった。いや、その域に到達していたかすら怪しい。


 なぜなら、この洋館の厨房にある調理器具のほぼ全てが魔力によって動くものだったからだ。

 一応、俺もタリスマンの魔力を利用すればそれらの調理器具を使うことはできる。

 だが、火を扱う料理となるとその加減は魔力をどれだけ上手に制御できるのか、という話になる。

 そしてそれらを制御する一番の方法は経験を重ねるしかない。


 ────茶会の練習はこれまで何度もしてきたから紅茶の加減は分かってんだけどなぁ……。


 “魔力を介して動かす調理器具の(たぐ)い”を殆ど触ったことのない俺が役に立てる筈もなかったという事だ。

 反対にユーリィさんは手際良く調理器具を使いこなしていた。


 ────これから暫くこの洋館に住むことになるし、調理器具を使った訓練もしといた方が良さそうだな……。


 俺がそんな決意を密かに固めていると、


「焼き上がったよー!」


 ユーリィさん主導で作られていた焼き菓子が完成したようだった。

 出来上がったのはチョコレートチップクッキーだろうか。俺の中にある知識と照らし合わせてみるとそれに近しい焼き菓子に見える。


「キャッハ〜! これは美味しそうな甘味ですね〜!! これは備蓄を開放した甲斐がありましたよ〜!」


 ルーギッドさんからの評価も上々の様子だ。


 そしてユーリィさんが焼き菓子を食卓に持ち運んでいると……。


「ふぇ……? あっ……!?」


 手元に意識を取られていたからなのか、ユーリィさんは(つまず)いてバランスを崩してしまっていた。


「危ねぇっ……!?」


 だが、これまで(くぐ)ってきた修羅場の賜物(たまもの)だろうか。咄嗟に動いた俺の体は何とかユーリィさんを支える事に成功する。


「あ、ありがとう、オチバくん。折角の焼き菓子をひっくり返しちゃうところだったよぉ。あ、あははー……」


 ユーリィさんはそんな風に茶化した調子で誤魔化すが、その表情には疲労が溜まっているように俺は思えた。


「……なぁ、もしかして魔力の使い過ぎで倒れたんじゃないよな?」


 何かと魔力切れの症状を抱える人物と縁のある俺は先ずその疑いをユーリィさんに掛けるのだが……。


「え……? それって魔力切れのこと? ううん。その心配はないよ! ……その、わたしってちょっと人よりも魔力が多いみたいでね? それでちょっと疲れやすい体質みたいなんだ。心配掛けてごめんね」


 どうやら本当に魔力切れの心配はないらしい。


「ふわぁ〜……。みんなおはよ〜……。なんだか良い匂いがしたから起きちゃったよ〜。……え? これ、どういう状況?」


 すると、やがて眠気眼(ねむけまなこ)のクラルテが匂いに誘われて起きてきた。


「あっ! クラルテちゃん、おはよう! ちょうど出来たところなんだよ〜。ほらっ、座って座って! 一緒に食べよ!」


 何事も無かったかのように立ち上がったユーリィさんの音頭で皆がテーブルを囲むと食事が始まり、会話はやがて今日の予定についての話題へと移っていく。


「う〜ん……。ボクは今日もこの国の散策かなぁ……。昨日見た限りだとやっぱり強い魔力を持ってる人は学園に集中してるみたいだし……。あんまり急がなくてもいいかなぁって。ふわぁ……。ボクはもう一眠りした後に出掛ける事にするよー……」


 うつらうつらとしながらもしっかりと朝食を平らげて焼き菓子にも手を伸ばしていたクラルテだが、どうやらこの後は二度寝を決め込むことにした様子だ。


「わたしは昨日と同じにならないようにこの後は学園に向かおうかな。入学と入寮の手続きもあるしね!」


 ユーリィさんはこの後直ぐにセアリアス学園に向かうと宣言する。


「ふむー? ルーギッドさんはこのままお留守番ですよー? あー、それとですがオチバさん。昨日は朝昼晩の三食とおやつに夜食という供物を提示しましたがー、無理のない範囲で結構ですよー。オチバさんの料理スキルがそこまで壊滅的だとは夢にも思わなかったルーギッドさんの落ち度ですのでー」

「色々と物申してぇけど、今朝の現場を見られたら何も言えねぇな……。寛大な配慮に痛み入るよ」


 実際のところ、ルーギッドさんの申し出は非常に助かった。調理器具を満足に使えない俺にとって甘味を洋館で作ることはそれなりの難題になる事が判明したからだ。

 加えて、こんな状況でリスティアお嬢様に呼ばれたりなどすれば料理に時間を割く余裕なんてまずない事も考えられる。


「それでオチバくんはどうするの? 確か、学園にオチバくんの仕える人がいるんだよね?」

「ん? ああ。そうだな……。俺もリスティアお嬢様から昼過ぎには学生寮前に来るようにって言われてるから最終的には学園に行くことになるかな」

「そうなんだ! それなら一緒に学園に行こうよ! わたし、是非そのリスティア様って人に会ってみたい! それにオチバくんとの約束もあるしね!」


 その約束はそこまで重要な約束ではないのだが……。


「……そうだな。そんじゃ、俺もユーリィさんに付き合って学園に向かう事にするよ」

「やった!」


 俺の方から仲良くしてやってほしいと頼んだ手前、ユーリィさんの提案を無下(むげ)にはできなかった。


 ────それにユーリィさんなら直ぐにリスティアお嬢様と打ち解けてくれそうだしな。


「むむむ……。オチバってばまたそうやって人を引っ掛けて……。どうなってもボク、知らないよー?」

「おい、クラルテ!? 変な言い掛かりは止めろっての!?」

「えー? 言い掛かりかなぁ……。でも何かあったら呼んでよねー」

「……何かねぇのが一番だけど、そんな時が来たら頼りにさせて貰うよ」


 そうして支度の整った俺とユーリィさんは、クラルテとルーギッドさんに見送られながらセアリアス学園に向けて洋館を出発するのだった。


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