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よろしくお願いします。
「いらっしゃーい!」
俺が露店に近づくと直ぐに店主であろう人物が元気よく応じた。
店主は全身が旅装束に包まれており、その相貌はフードによって隠れている為よく分からない。
辛うじて分かるのはこの人物が薄茶色の髪を伸ばしている事と、旅装束の煤け具合からこの人物がそれなりに旅を経験している事が窺えるくらいか。
────実際に旅を経験している奴が売る道具ってんなら信頼性も見込めそうだな。
「ちょっと見させて貰ってもいいか?」
「うん! 見てって見てって! この魔力瓶なんてすごい自信作なんだよー!」
そう言って店主は目の前に並べられた大小様々な魔力瓶を俺に勧めてくる。
自信作と言うからにはこの並べられた魔力瓶を製作したのは店主自身なのだろう。
ところでだが、魔力瓶はその製作者によって品質に大きなばらつきがある。
その理由は魔力瓶の製作には製作者の技術だけでなく魔力も使われるからだ。
だから魔力瓶の良し悪しは製作者の技術と魔力が直結していると言っても過言ではない。
ではどうやって魔力瓶の良し悪しを見分けるのか。
────そいつは瓶をよく観察するしかねぇ。
魔力瓶という道具は、“中身となる魔力液”と“包みとなる瓶”の繊細な魔力バランスから成り立っている。
“中身となる魔力液”とはこの世界特有の植物や魔獣の素材を利用して作られる“魔力を中立化した液体”のことであり、それら中立化した魔力液は無色透明であるという性質と使用者の魔力に馴染ませる事で変色して使用者の魔力になるという性質を併せ持つ。
そしてこの魔力液が他者の魔力に染まらない為に“包みとなる瓶”が必用とされる。
しかし、魔力液を何の変哲も無い瓶に注いでも瓶はその魔力に耐えきれず破損してしまう。
だから瓶も魔力で強化するのだが、瓶を魔力で強化しすぎると今度は注いだ魔力液が瓶の強化に使用された製作者の魔力に染まってしまうという問題が生じる。
故に“魔力液”と“瓶”の魔力バランスが重要なのだ。
────つまり、魔力液の色と瓶のひび割れを見りゃ魔力瓶の良し悪しは大体分かるってこった。
さっそく店主に勧められた魔力瓶を手に取った俺は魔力液の色と瓶の表面をチェックするのだが……。
「は…………? 何だこの魔力液……。淡く光ってやがる……?」
手に取って初めて俺はこの魔力瓶の異常さに気付いた。
今まで見たことのない魔力……という訳ではない。
寧ろ見慣れた部類の魔力であり、こんな魔力を使える人物は俺の知ってる中で一人しか思い至らないほどだ。
────この魔力、クラルテと似てるんだ……。込められた魔力が強すぎてこんな光を放ってやがる。つーか、これだけ強い魔力液が入ってんのに何処にも瓶にひび割れがねぇのもやべぇぞ……! たしか、自信作って言ってやがったよな……。
それの意味するところは、目の前の店主がクラルテと同じように強力な魔力を保有しているという事に他ならない。
────何だか一気に怪しく思えてきたぞ……。
俺の警戒心は急激に跳ね上がるのだが、
「えっへへー! この魔力瓶、作るの凄く大変だったんだー! 特に大変だったのはねー!」
無邪気に魔力瓶の製作秘話を語る店主からは怪しさなんてものは一切感じられない。
────考え過ぎか。
そう警戒を解いた瞬間、
「────」
店主は急にある一点を見つめると黙りこんでしまった。
「え……? ど、どうした……?」
「……はっ!? お客さんが美味しそうな食べ物を持ってたからつい!?」
どうやら店主は俺が屋台で買い集めた食べ物に目を奪われていたらしい。
「…………この食べ物が売ってた屋台なら向こうの方にあるぞ?」
「あ、ありがとう。でもちょっと手持ちが無くて……。あ、あははー……。その、実はわたし今日この国に来たばかりなんだけど……。色々と見て回ってたらいつの間にかお財布を何処かに落としちゃったみたいなんだよねー……。いや~、これだけ人が多いと全然見つからなくて困っちゃうよ〜」
「そ、そりゃ災難だったな」
「本当にそうなんだよー! しかも探すのに時間掛けすぎたせいで学園の門もいつの間にか閉まっちゃってたし……。あっ! お客さんにこんな話しちゃってごめんね!?」
「いや、災難が重なったら誰かに愚痴を言いたくなる時もあるよな。まぁ、元気だせよ」
店主の波乱な一日には同情するが、しかし同時に『手持ちが無い』という言葉には疑問が浮かぶ。
「……でも、こんな良質な魔力瓶を売ってるならそれなりに稼げてそうだけどな。少なくとも俺はここまで良質な魔力瓶なんて見たことねぇぞ?」
「え、えへへー。そんな風に褒められるのは凄く嬉しいなあ〜。……でも全然売れないんだよね」
「そうなのか?」
「うん。こうしてここを通る人たちを見ててやっと分かったんだけど、みんな旅道具に興味ないみたいなんだよ〜。多分、ヴィッツ公国が魔獣被害の少ない国だからかなあ……」
それを聞いて店主の広げる道具が売れない理由に察しがついた。
────あー、そうか。そもそも定住する人たちからすりゃ旅道具の需要なんてねぇもんな……。
「とにかく!! 足を止めてくれたのはお客さんが初めてなんだあ〜。魔力瓶以外にもあるから見てみてよ! この国に来るまでの旅で集めた魔獣の素材とか傷薬なんかもあるからね!」
「……じゃあ、魔力小瓶と傷薬を幾つか買わせてもらうよ」
「本当っ!? ありがとう!!」
「まぁ、あんたも頑張れよ」
そして代金と引き換えに商品を受け取った俺が目の前の露店から離れようとしたその時、
「えっ!? ちょっと待って!?」
店主が俺の腕を掴んで待ったを掛けた。
「こんな大金貰えないって!? 魔道具が買えちゃうよ!?」
「いや、こんだけ凄い魔力小瓶なら普通それくらいするだろ……。それに俺にとっちゃ魔道具よりも重宝しそうなもんだし」
「それにしてもこれは多すぎじゃない!?」
「マジで気にしなくて良いんだって。どうせ帝国通貨が使えんのはロイライハ帝国とヴィッツ公国の二国だけだし、他の国で使えないなら持ちすぎても邪魔なだけだしな。それに大金は荷物になるって旅を知るあんたなら理解できるだろ?」
「う、うーん……。確かにそうだけど……。それでも貰いすぎて気が引けちゃうよ。これってわたしの手持ちがないからだよね……?」
「違ぇよ。俺はこの魔力小瓶にそれだけの価値があるって思ったから払ったんだ。つーか、帝都でこいつが売られてたら競売に掛かってこの程度の額じゃすまねぇと思うぞ? まぁ、いらないってんなら残った代金はあんたの自由にすればいいよ」
「あ、あははー……。そっかあ。わたしの作った魔力瓶の価値かあ……。そう言われると断りづらいなあ……。うん、分かった。じゃあ、この代金はわたしの魔力瓶が評価されたって事でちゃんと受け取るね!」
「おう、そうしてくれ」
「ありがとうお客さん! あっ、そうだ! お客さんの名前を教えてよ! 次にあった時にこの恩は必ず返すから──」
「だから恩とかそういうんじゃねぇっての。……でもどうしてもって言うんなら、これからあんたの同級生になるリスティアって女の子と仲良くしてやってくれ。あんたもセアリアス学園に入学するんだろ?」
「え……!? な、何でわたしがセアリアス学園に入学するって知ってるの!?」
「だってそりゃあ……。あんたは『今日この国に来たばかり』とも、『学園の門が閉まっちゃった』とも言ってたからな。この国で学園と言えばセアリアス学園だろうし」
「あっ……!?」
「じゃ、もう行かせてもらうぜ」
そうして良質な魔力小瓶や傷薬という思い掛けない収穫を得た俺は当初の予定に従ってルーギッドさんに捧げる供物となる甘味を買い漁りに行くのだった。
◆◇◆
「そういやルーギッドさんの体って人形だよな……? これ、食べれんのか……?」
露店街で見繕った甘味を買い集めた俺は洋館への帰路についていた。
洋館のあるこの区画は相変わらず静寂に包まれているようで露店街で感じた騷しさは微塵も感じられない。
「ん? あれって……。クラルテとルーギッドさんに……誰かもう一人いる?」
洋館が見えてくると玄関前の庭でクラルテとルーギッドさんが見知らぬ誰かを交えて対話している姿が窺えた。
「あっ! オチバ、おかえり!」
「キャハハ! ようやく帰ってきましたね! 待ち侘びましたよ! ルーギッドさんの甘味たち〜!」
俺の存在に気付いたクラルテとルーギッドさんはいち早く俺に目を向ける。
「ただいま。クラルテも戻ってきてたんだな。一応、お前の分の晩飯も調達しといたぜ。それとこれはルーギッドさんの供物だ。んで、そっちの人は……。って、あんたはさっきの……」
「あっ!? さっきのお客さん!?」
クラルテが連れてきた人物は先ほどの露店街で立ち寄った旅道具を取り扱っていた店主だった。
「あれ? 二人とも知り合いだったの?」
「いや、知り合いっつーか。さっき露店街でこの人から幾つか道具を買わせて貰ったんだよ」
「ふーん? じゃあボクと入れ違いだったのかな? ボクもついさっき強い魔力を感じて露店街をウロウロしてたらこの人を見掛けてさ。それで……えーと、つい色々話を聞いてたら彼女が宿を探す時間を奪っちゃったみたいで……。それでボクもちょっと責任感じちゃってさ。ボクの部屋に泊まらせてあげようかなーって」
クラルテに“彼女”と呼称された旅装束の店主は、俺の真正面にやってくると頭に被るフードをふわりと外す。
その瞬間、空気が変容した気がした。
「さっきはありがとうお客さん! 名前を聞けなかったのがやっぱり少し心残りだったんだー!」
少女の素顔は一見して何処にでもいるような飾り気のないものだ。
肩まで伸ばした薄茶色の髪に、それと同じ色をした優しげな瞳からは素朴でか弱い町娘といった印象を受ける。
しかしその印象とは裏腹に瞳は力強くしっかりと正面を見据えており、その言動からも芯の通った性格をしていることが垣間見えた。
「わたしはユーリィ・マヤリス! 今晩だけお世話になります! 気軽にユーリィって呼んでね!」
ユーリィ・マヤリス。彼女の人を惹きつけるような独特な雰囲気に俺は圧倒される。
そして、
「それじゃあ、お客さん! あなたの名前も教えてよ!」
彼女は近い未来に何か大きな問題を引き寄せてしまうだろう、そんな漠然とした予感が俺の脳裏を過ぎるのだった。
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