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よろしくお願いします。
「リルドがもう何処にもいない……?」
所々漏れ聞こえた情報から”分身“という単語がリルドと何かしらで結びついている事は何となく予想できていた。
だからだろうか、リルドがアリルドの魔法で生み出された分身だと聞いても意外と驚きは小さかった。
だが、
「何処にもいないってどういう事だよ……? それにこれがあいつの残滓って……」
もう二度と再会することがないと告げられた衝撃は決して小さくなかった。
「そのままの意味だ。オレの分身は役目を果たして消滅した。だからもう何処にも存在しない。そしてその魔力小瓶には分身が残した最後の魔力が込められている。……とはいえ、その程度の魔力にどれだけ有用な情報があるのかは懐疑的だがな」
別れ。
旅をする以上それが起こり得るのは予想していたし、覚悟もしていたつもりだった。
出会いは一期一会で、別れがそのまま一生の別離になるなんて事はどんな世界でも当たり前にある出来事だからだ。
────けど……。いざ突きつけられてみるとそう簡単に割り切れるもんじゃねぇな……。
ざわつく心を深呼吸で無理やり落ち着かせていくと感覚が次第に研ぎ澄まされていく。
すると、
────あ……。そういや、握ってたのか……。
俺の意識は握り締めている魔力小瓶へと向いた。
この魔力小瓶の中にはリルドの残滓があるという。
「……もしかしてこの残滓を使えばリルドを助けられたりとか──」
「出来ないな。魔力の残滓はただの情報だ。確かにその残滓には“リルド”という分身の人格を構成する要素はあるかもしれない。だがそこに人格の核となる部分は存在しない。だから残滓だ。仮にその残滓を素に分身を生み出したとして、その分身は残滓から得られた記憶や情報を知識として知った今のオレを基礎とした分身に過ぎない」
「……本当にどうすることも出来ねぇんだな」
「そうだ」
アリルドの物言いは無慈悲にも聞こえるが、はっきりと断言して取り繕わないその姿勢には彼なりの誠実さが垣間見えた気がした。
「そっか……。リルドの事、教えてくれてありがとうな。あんたがいなかったら俺はリルドの身に何が起こったのか知ることすら出来なかった。それにリルドと過ごした日々は楽しかった。あいつと出会わせてくれてありがとう」
「……納得したか。ならこれでオレの魔法については口外無用だ。それとその魔力小瓶は──」
そうしてアリルドはこの話は終わったと魔力小瓶の話に移ろうとするのだが、
「いいや。話はまだ終わってねぇぜ」
「……なに?」
そうはいかない。
「正確な約束はこうだった筈だ。“あんたが俺の疑問を解消する代わりに俺はあんたの魔法を誰にも口外しない”。そうだよな?」
「……抜け目のない奴だな。良いだろう。だが答えてやるのは分身についてだけだ」
「十分だよ。一つだけどうしても聞かせてほしい事がある。あんたはどんな情報が欲しくて分身を各地に放ったんだ? 俺はリルドの友人として、あいつがどんな目的のために生み出されて、どうしていなくなっちまったのかってのを知っておきたい」
俺の質問を受けてアリルドは眉を顰める。
それはつまり、この質問はアリルドにとって都合が悪いものなのだろう。
しかし、
「……オレが欲しかったのは有力貴族の情報だ。お前の言うリルドという分身はアーディベル公爵家の情報を得るためにオレが三年前に生み出した存在だ」
アリルドは俺の質問に対してはぐらかさずに答えた。
「分身が消滅する理由、いわゆる寿命はオレが分け与えた魔力を消費しきることだ。オレは分身たちに寿命を迎える前に魔法による証拠隠滅と各自の方法でそこで得た情報をオレに渡すよう命じていた。……アーディベル公爵家に潜らせたオレの分身はお前に魔力小瓶を託すことで確実にオレに渡ると踏んだんだろう」
流石に何故有力貴族の情報が欲しかったのかをアリルドは明言しなかったが、帝国の有力貴族の情報を欲っする理由なんてものは殆ど限られている。
────アリルドはいつか帝国の有力貴族と関わりを持つつもりでいるって事だ。
リルドもその覚悟があったからこそ命を賭してまでこの魔力小瓶を俺に託し、アリルドに届けようとしたに違いない。
────あいつの友人だって豪語すんなら、それを見届けてやるのが友人として出来る最後の努めなのかもしんねぇな……。
「……アリルド、約束だ。あんたの魔法は口外しない。それとこいつも受け取ってくれ」
俺はアリルドに魔力小瓶を差し出す。
「けど、俺はリルドの友人としてその魔力小瓶があんたの物だってのを見届けたい。今ここで開封してくれるか?」
「……それでお前が魔力小瓶を渡すのならここで開封しよう」
そうしてアリルドが魔力小瓶に魔力を注いでいくと魔力小瓶の蓋は呆気なく開封された。
「……これでどうだ」
「ああ……。文句なしにこれはあんたの物だ」
この魔力小瓶は決められた魔力でないと安全に開封出来ないとクラルテが言っていた。
無事に開封できた事からこの魔力小瓶を渡す相手はアリルドで間違いなかったという事になる。
「…………なるほど」
魔力小瓶に込められたリルドの残滓をアリルドは上手く取り込む事が出来たのだろう。
俺には魔力を知覚する事なんてできないが、小さく呟いたアリルドの様子からアリルドがリルドの残滓を取り込んで何かしらの情報を得たのを察する事はできた。
「お前のお陰でアーディベル公爵家の事情がおおよそ把握出来た。ありがとう、オチバ…………っと悪い。分身の記憶が混ざったせいで思わず知った風な口を利いたな。……もう用は済んだ。これで失礼しよう」
アリルドはそう告げると俺に背を向ける。
少しだけ口調が柔らかく感じたのは、アリルドがリルドの記憶を得たからなのかもしれない。直前のアリルドからはリルドの面影を感じたような気がした。
だがそれは当然なのだろう。リルドはアリルドの三年前の分身であり、二人は根幹の部分で同一の存在だったのだ。二人の差異は三年という年月を違う環境で過ごしたことに起因する。
元々はリルドもアリルドみたいな硬い性格だったのかもしれない。それがアーディベル家で過ごしてく内に軟化して……。
────本当にそうかなのか……?
その疑問が湧いた瞬間、
「……アリルド。ちょっと待ってくれ」
俺は背を向けて歩き出すアリルドに声を投げ掛けていた。
「……何だ? お前の魔法はオレの天敵だ。これ以上はお前と出来るだけ関わりたくないんだが」
未だにアリルドは俺に魔法が通じなかったのを俺の魔法のせいだと勘違いしているが、今はそんな事よりも他の点について俺は注視する。
それは、振り向いたアリルドの表情と記憶の中にあるリルドの表情の違いについてだ。
俺の記憶の中に映るリルドは常に飄々とした掴みどころのない奴で、人に好かれ易いという理由だけでキャラ付けの為の語尾を付けるような自由人だった。
しかし、アリルドからはリルドのような余裕は何処にも感じられない。
寧ろ、ひたすら真面目で暗い雰囲気を醸し出し続けている人物といった印象だ。
────もしかして……。リルド、お前が俺に託したかったのは魔力小瓶をアリルドに渡すことなんかじゃねぇんじゃねぇか……?
よく考えてみれば不思議な点はあった。
────どうしてリルドは魔力小瓶を運ぶ人選に俺を選んだ……?
セアリアス学園に向かう人材なら他にもいた。俺でなくても良かった筈だ。
いや、寧ろリルドの魔法で記憶が消せない俺を選ぶのは明らかな人選ミスと言える。
事実、アリルドは記憶の不始末と言って俺からリルドの記憶を消そうとした。
────機密性が重視されることはリルドも承知してた筈だ……。
だが、リルドはそれにも関わらず文字通り命を懸けて魔力小瓶を俺に託した。
────なら、リルドは全部承知で俺を運び人に選んだって事になる……。
では俺を選んだ理由とはいったい何なのか。
────簡単な話だ……! アリルドとは別の目的がリルドにはあったんだ……!
ではリルドの目的とは。
────俺はそれを知ってる……! リルドには夢があった……!!
その夢はあまりにも俗物的で誰も気に留めることなく簡単に流されてしまったが、多くの一般人なら誰もが一度は考えたことのあるような夢だ。
────“金持ちになって、ぐーたら昼寝三昧する”。それがあいつの夢だった。
怪訝な表情で俺を見るアリルドに向け、俺はかつてリルドにされた質問をする。
「アリルド、あんたはどんな夢を持ってるんだ?」
「────っ」
アリルドはその質問を受けて明確に言葉を詰まらせていた。
そうして僅かな躊躇いの後にアリルドは苦々しい顔を浮かべながら口を開いた。
「…………言った筈だ。分身についての疑問にしか答えるつもりはない」
それを告げたアリルドは振り向くこともなく早足にこの場を後にする。
とはいえ、俺が知りたい情報を得るにはその反応だけで十分だった。
分身の残滓を取り込めばその記憶や情報を知識として得る事が出来るとアリルドは言っていた。
恐らく俺に夢を尋ねられた時、アリルドの頭の中ではリルドが語っていた夢が思い起こされていたに違いない。
そしてリルドの夢を思い起こした時のアリルドあの反応は、リルドの夢に心当たりがあると言っているも同然の反応だった。
つまり、三年の月日で変わったのはリルドじゃない。
────変わったのはアリルド、あんたの方だったのか……。
きっとリルドと違う三年を過ごしていく内にアリルドの中で異なる夢が出来たのだろう。
────そんで、その夢はリルドが思い描いていた夢とかけ離れてるんだな……。
アリルドのあの反応は、かつての自分の夢と今の自分の夢の間に生じた葛藤のように思えた。
「やっと分かったぜ……。リルド。お前が魔力小瓶を俺に託した本当の目的は、俺とアリルドを引き合わせる為だったんだな。アリルドを気にかけてやってくれって事だったんだな……」
本当のところは分からない。
深い考えもなく頼みやすい相手が俺だったからかもしれないし、もっと違う意図を持って俺を選んだのかもしれない。
でも、俺はそういう風に思いたい。
「…………つっても、俺はあいつの目指す夢に口を挟むつもりなんざこれっぽっちもねぇけどな」
アリルドの夢が何なのかは知らないが、アリルドが自身の夢に相当な覚悟を持っているのは分かる。
その覚悟を中途半端な立場や覚悟で掻き乱すのは余計なお世話というやつだろう。
それが例えリルドの最期の頼みだったとしても、俺がアリルドの夢を邪魔する権利なんてものはどこにもない。
────でも、友達になる程度なら別に邪魔にはなんねぇとも思うんだよな。
友達と似た顔をしていて、根は悪い奴じゃない。
「おまけに初対面でもいきなり罵倒したりしない貴重な奴だ」
いきなり記憶を消す魔法なんてものを放ちはしたが本人は危害を与えるつもりはないと証言していたし、クラルテが敵意を感じなかったのが何よりも信用できる証拠だ。
「……よし、決めたぜアリルド。こうして出会ったのも何かの縁だ。次に会った時はよろしく頼むぜ」
俺はもう姿の見えないアリルドに向かってそう宣言するのだった。
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